新春随想
2025
寄稿 門脇 孝,堀内 成子,大橋 博樹,髙田 昌代,奈良 信雄,辻 哲夫,小宮 ひろみ,中島 直樹,林 和弘,岡田 拓久,狩野 拓也,横山 美佐子,習田 由美子
2025.01.14 医学界新聞:第3569号より

わが国の医学研究力の向上に向けて
門脇 孝
日本医学会連合 会長
虎の門病院 院長
科学研究力の低下はわが国の将来の全般にかかわる深刻な問題である。医学領域も例外ではない。私が専門とする2型糖尿病を含め多くの疾患における関連遺伝子や病態は,日本人・アジア人と欧米人の間で大きく異なる。すなわち,医学研究力の低下は,長期的にわが国の予防を含めた医学・医療の進歩と国民の健康の向上・増進を危うくする恐れがある。
医学研究力低下の大きな要因は研究医の減少と研究時間の減少である。近年の研究医減少の背景として,初期臨床研修・専門研修が充実した一方,臨床と研究の両立を志す研究医に対する支援が不十分であることが指摘されている。医学領域においては,その多くが臨床研修,時には専門研修を経てから大学院へ進学するため,他の研究領域と比較して高年齢の研究者が多い。そのため,同期の臨床医との経済格差は歴然としている。欧米では一般化していることだが,大学院で研究に専念しながら生活が成り立つような給与を出すなど,研究者としてのキャリアを継続するための経済的支援が求められる。
研究時間の問題も劣らず重要である。全国医学部長病院長会議の資料によると,この20年間で臨床に従事する若手教員の研究時間は半減しているという。私自身の経験でも,研究者として成長した時期は,研究に専念できた米国留学中の3年余りと,研究にかなりの時間を費やせたその後の10年くらいだった思う。年々臨床の繁忙度が増している大学病院で臨床と研究を両立させるためには,臨床教室においても臨床業務が少ない研究ポジションを設けたり基礎教室と連携したりして,十分な研究時間を確保する仕組みが求められる。
医学系で大幅に減少している海外留学者を再び増加させることも喫緊の課題である。研究者としてのキャリアでは,世界の研究のフロントでの経験がその後の国際的な研究ネットワーク形成も含め一生役に立つ。日本からの海外留学者数の大幅な回復と,そのための支援拡充が期待される。スポーツの世界では大谷翔平選手が海外で大活躍しているように,研究においても海外で大きな成果を上げている日本人研究者は今でも決して少なくない。彼ら彼女らが,日本に帰国して研究室を持って活躍できるための支援や,日本と海外の両方で研究室を持つことができるダブルアポイント制度を含め,国際頭脳循環の一層の促進が必要である。

JANPU創立50周年――変化に柔軟に対応できる看護の力を育む
堀内 成子
一般社団法人日本看護系大学協議会 代表理事
聖路加国際大学 学長
1975年に始まった日本看護系大学協議会(JANPU)は,2025年で創立50周年を迎える。わずか6大学の教員有志から始まった本会が,300課程を超える会員校を有する会になることを誰が想像しただろうか。2024年10月現在,学士課程304,大学院修士課程223,博士後期課程130を有するまでに成長した。
看護学士課程の2025年の最大の挑戦は,看護学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂である。これまでのコンテンツ(教育内容)基盤型教育から,卒業までに学生が身につけるコンピテンシー(資質・能力)基盤型教育への改訂をめざす。改訂のきっかけは2022年に岸田首相(当時)の私的諮問機関である教育未来創造会議が発出した第一次提言にある。これをもとに,JANPUは2040年に向けて看護学教育に求められる人材像を,「時代の変化に対応して自ら課題を設定し,論理的思考力,グローバルなコミュニケーション等によって,新たな価値やビジョンを創造し,積極的に社会を改善していく資質・能力を有する人材」と定めた。コロナ禍を経て,Z世代,それに続くα世代の学生の性質も変化している。失敗したくない・傷つきやすい特性に合う教授方法の開拓も必要である。
看護系大学院で学ぶ大学院生の数は年間約7000人と近年は横ばいであるが,社会人の割合が多い特徴を持つ。なかでも医療機関や保健所等に勤務しながら,あるいは大学で教鞭をとりながら学ぶ大学院生が多い。看護師・保健師・助産師は免許更新制度のない国家資格である。従って,自ら必要に応じて生涯学ぶ姿勢を持つ勤勉な集団であることが求められる。このためにはリカレント教育あるいはリスキリングが必要だろう。臨床実践を積み重ねていくと「outputの連続に疲れる」「inputが枯渇する」という時期がある。その時,大学院に学びを求める。特に看護学は実践科学であるため,研究者を育成するカリキュラムだけでなく,高度実践家・管理者育成のカリキュラムが必要である。臨床実践の現場にいる看護職は,相手の痛みに寄り添い,その軽減を願うがゆえに職業上,共感疲労に陥りやすく,適切な方法を取らないと燃え尽き(バーンアウト)に至る可能性がある。人生100年時代にいきいきと仕事を続けられるようワークエンゲージメントに管理者が心を砕き,各自のレジリエンスを高める環境や教育的試みを導入する対応が望まれる。
脱皮を繰り返す巳(へび)にあやかり,巳年は「再生や変化を繰り返しながら柔軟に発展していく」創立50周年になるよう歩き続けたい。

かかりつけ医機能報告制度から始まる新たな地域医療の在り方とは?
大橋 博樹
医療法人社団家族の森 多摩ファミリークリニック 院長
本年4月1日より「かかりつけ医機能報告制度」が開始される。この報告制度の目的は大きく2つ挙げられる。1つは,国民・患者が適切な医療機関を選択するための情報を提供すること,もう1つは,地域におけるかかりつけ医機能の確保状況を確認し,不足する機能を補うための方策を各都道府県が設置する「地域における協議の場」で検討することである。
制度の報告内容は1号機能と2号機能に分かれており,1号機能では「継続的な医療を要する者に対する発生頻度が高い疾患に係る診療その他の日常的な診療を総合的かつ継続的に行う機能」として,17の診療領域ごとの一次診療対応の有無や一次診療を行うことができる疾患(主に外来患者数が多い40疾患)についても報告することが定められている。2号機能では,時間外診療の対応の有無や入退院支援の状況,在宅医療の提供や介護サービス等との連携,健診や予防接種,地域活動への参加状況等の報告が求められている。
複数の慢性疾患や医療と介護の複合ニーズを有することが多い高齢者のさらなる増加と生産人口の急減が見込まれる中,地域によって大きく異なる人口構造の変化に対応するためにも,私はこの2号報告の情報が極めて重要になると考えている。これまで,地域医療構想調整会議等では病床機能を中心に議論してきた。しかし,もはや病院医療だけで解決できる問題ではなく,在宅医療や介護,福祉が一体となった地域ごとの方略が,今求められている。
そのためにも新たな協議の場の意義は大きい。とはいえ,開業医の多くはいわゆるソロプラクティスが現状である。24時間対応の在宅医療や時間外診療を求めるのは,医師の働き方改革から考えても現実的ではない。かかりつけ医機能を支える仕組みも重要となる。そこで全日本病院協会が提唱しているのが「かかりつけ医機能支援病院」だ。これは休日・夜間対応や入院対応といった二次救急機能の他に,在宅医療や介護施設との連携など,地域に密着し地域医療を担う病院である。このような機能は大病院よりも中小病院の役割が重要となる。同じように日本プライマリ・ケア連合学会でも,複数の医師が常勤で時間外対応や困難な在宅医療患者に対応する「かかりつけ医機能支援診療所」の必要性を訴えている。これらのような病院・診療所では,幅広い診療能力や介護,福祉との連携も得意とした「総合診療専門医」が求められる。かかりつけ医機能を支える人材として,さらに養成を強化しなければならない。また,他の専門医から総合診療分野へ転向する医師へのリカレント教育も今後は重要となる。
今回の報告制度が,地域に変化をもたらす重要な基点となることを願ってやまない。

すべての産婦にポジティブな出産体験を
髙田 昌代
公益社団法人日本助産師会 会長
2018年,WHOにより「WHO recommendations:Intrapartum care for a positive childbirth experience」が公表されました。これは,日本語版『WHO推奨:ポジティブな出産体験のための分娩期ケア』(医学書院)としても刊行されています。この中において,“Positive childbirth experience”(ポジティブな出産体験)は,「女性がそれまで持っていた個人的・社会文化的信念や期待を満たしたり,あるいは超えたりするような体験であり,臨床的にも心理的にも安全な環境で,付き添い者と思いやりがあって技術的に優れた臨床スタッフから実質的で情緒的な支援を継続的に受けながら,健康な児を産むことを含む」と定義されています。この背景には,国連開発計画が提唱するSDGsの実現に伴い,出産時に命を落とさないだけでなく,「母子が強く成長し健康に生きるための潜在能力を最大限に発揮させることもめざす」ようになってきたことがあります。出産は,女性やその家族の日常生活の延長線上にあり,新しい家族を皆で迎える人間的な営みの側面を持ち合わせるのです。
出産は女性にとっては人生の大きなイベントであり,女性が出産体験に満足することがその後の母子関係や育児に影響することがわかっています。そのためにも女性が自分の出産に主体的に取り組めることが必要です。「ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」56項目の推奨項目の1つとして,「産婦を尊重したケア」があります。産婦が自分と赤ちゃんの生死をかけて出産しようとする産み方に対して,助産師はどのような出産を産婦が選んだとしても,その方法を選んだ「人」に支援を行います。その人の生き方を尊重するように,全ての女性の産み方を尊重し,寄り添ったケアがその女性の満足度につながっていきます。
もう1つご紹介する推奨項目に「出産中の付き添い」と「継続ケア」があります。昔の土器や壁画,書物に描かれている出産にも付き添いがいるように,産婦は,自分が選んだ信頼する人による付き添いがあることで安心し,出産に集中して取り組むことできます。妊娠期から継続的にかかわり,自分のことをよく知っている人ならなおさらです。その妊娠期から継続したケアの役割を,日本では助産師が担ってきました。助産師は英語ではmidwifeと言い,「with(共に)」を意味する中世英語のmidと「女性」を意味するwif(wifeの原語)が合わさって「出産するお母さんと一緒にいる女性」を意味します。妊娠・出産・育児が日常生活の中にあるからこそ,助産師は地域で,女性の傍らにいて,女性やその家族から信頼され,相談される役割をこれからも果たしていきたいと願っています。
全ての産婦が,ポジティブな出産体験を経て,全ての母子と家族が笑顔で過ごせる,そんな1年になりますように。

医学教育のグローバル化
奈良 信雄
日本医学教育評価機構 常勤理事
順天堂大学 客員教授
東京科学大学 名誉教授
2010年9月,わが国の医学教育関係者を震撼させるニュースが駆け巡った。米国の外国人医師卒後教育委員会(ECFMG)が「2023年以降,米国で臨床研修プログラムに参加を希望する外国人は,国際基準で評価・認定を受けた医学部卒業生に限る」と発表したのである。いわゆる2023年問題である。
これに対応するべく,文部科学省,全国医学部長病院長会議等と協議を重ね,2015年12月に,医学教育評価を行う組織として「日本医学教育評価機構(JACME)」を発足させた。JACMEは,2017年3月に世界医学教育連盟(WFME)から国際的に通用する医学教育評価機関として認定された。これをもって,JACMEの評価・認定を受けた医学部卒業者は,ECFMGへの申請資格が得られることになった。
JACMEは,WFMEの国際基準に沿って医学部の教育プログラムを評価し,基準に適合していれば認定している。すなわち,JACMEが認定した医学部は,国際標準の医学教育を実施していると保証される。
2024年10月現在,全82医学部はJACMEの1巡目評価を受けて認定されている。評価の結果を総覧すると,わが国の医学部教育は世界に誇れる水準にあるといえる。しかし,課題も指摘される。たとえば,診療参加型臨床実習が充実していない,学生の教学にかかわる委員会への実質的な参加が十分でない,医学教育プログラムを評価する仕組みが整っていない,などの課題が多くの医学部に対して指摘される。
医学教育評価の実施においては,受審医学部,評価員双方にとって,時間,経費,人材確保などの面で負担が大きい。それだけの負担を凌駕するだけの成果が得られなければ,意義が乏しい。
医学教育評価を受審した医学部へのアンケートでは,「負担は大きいが,医学教育の改善・向上を進めるきっかけになった」との肯定的意見が約90%を占める。実際,全国医学部長病院長会議の調査によれば,臨床実習の全国平均が2010年以前には50週程度に過ぎなかったが,2023年度調査では約69週に増えている。ほかにも,能動的学修の推進,学生の教育への積極的参加などの成果が見られている。
現在,あらゆる分野でグローバル化が進み,医学・医療の面でも国際交流が活発化している。国際的に活躍できる医療人を養成する観点から,国際水準の医学教育を実践することは必至である。負担感が少なく,それでいて質の高い医学教育評価を今後も展開していきたい。

2025年問題として改めて問い直されていること
辻 哲夫
医療経済研究・社会保険福祉協会 理事長
団塊の世代が後期高齢者となる本年は,地域包括ケア政策の推進の一つの節目とされてきた。今後は,2040年に向けて大都市圏を中心に85歳以上人口が急増する。85歳以上の人の平均の要介護認定率は現在約6割であり,慢性期医療ニーズを併せ持つケースが多い。そのため介護人材不足や介護保険財政の深刻化による要介護者の処遇の低下だけでなく医療提供体制の在り方にも深刻な影響を及ぼすことが懸念され,地域包括ケア政策は正念場を迎える。
地域包括ケアシステムがめざすのは,「高齢者が可能な限り住み慣れた地域で,その有する能力に応じ自立した日常生活を営むこと」の実現である。今改めてこの原点に立ち戻り,老いに伴う高齢者の自立度の低下を遅らせると同時に,治し支える医療への転換を行うことが必要である。
このためにはまず,介護政策におけるフレイル予防のポピュレ―ションアプロ―チの強化が必要である。要介護状態になってからの自立度の改善は困難であり,対応の戦略は早期であればあるほど効果が上がる。現に,フレイル(健常と要介護の中間)より早い段階で虚弱の進行を遅らせることで,介護保険給付の適正化に大きく貢献できることを示唆する研究が出始めている。一方,住民主体の通いの場の普及に加えて,一部の自治体では地域の高齢者が主体となってフレイルの構造を学び,測定し,ともに改善しようとする活動が普及しつつある。今,自治体行政は,いかにして上から目線でなく住民主体での活動を支援し効果を測定する手法を導入するかが問われている。
併せて,治し支える医療への転換には,在宅医療の推進が必要である。慢性期医療ニーズを持った虚弱な高齢者に対する医療は,基本的には生活の場としての介護施設での対応を含めて在宅医療で十分に対応でき,かつ,それが多くの高齢者の願いに応える道であることが理解されつつある。今,いかにして,団塊の世代以降の高齢者が生活の場で自分らしく生き切る人生の在り方を学ぶか,医師を始めとする専門職が在宅医療の重要性に目覚めるか,自治体行政が地域の医療介護連携の要となれるかが,それぞれに問われている。
以上述べた通り,高齢者自身はもとよりあらゆるステークホルダーが一丸となって,自助,互助,共助,公助の適切な組み合わせの下で地域包括ケアシステムの実現にまい進することを切に願うものである。

女性の健康総合センター設立に当たって
小宮 ひろみ
女性の健康総合センター センター長
2024年10月1日,国立成育医療研究センター内に女性の健康総合センターが開所されました。本センターは,女性特有の生殖器に関する疾患・病態の解明と新たな治療法の開発に加え,ライフステージと性差を意識した女性の健康に関する課題についてエビデンスの創出と政策提言を行い,社会実装につなげることを使命とし,その司令塔機能を果たすために設置されました。
女性は,ライフステージごとに心身の状況が大きく変化し,さまざまな健康上の課題が生じます。そのため女性特有の疾患だけでなく女性の健康(well-being)について,心身における性差を加味し,ライフステージごとに多面的な分析を加え,病態の解明と予防および治療に向けた研究,臨床,技術開発を推進しなくてはなりません。本センターでは次の5点を柱とし,この課題に取り組みます。①女性の健康に関するデータの構築,②女性のライフコースを踏まえた基礎研究・臨床研究の積極的推進,③情報収集・発信,人材育成,政策提言, ④女性の体とこころのケア,⑤女性に特化した診療体制の拡充。
これらを包括的に実施し,センター内にとどまらず,全国の医療機関,関連学会,企業等と協働,連携していきます。すでに⑤に関連した取り組みとして,国立成育医療研究センター内に女性外科/婦人科,不妊診療科,女性内科,女性精神科,女性歯科を備えた女性総合診療センターを開設しました(2025年1月現在,女性外科,女性精神科は準備中)。今後はこれまで国立成育医療研究センターが担ってきたプレコンセプションケア,妊娠と薬の事業,さらに,現在,社会問題化している産後ケアに関しても拡充を進めていきます。
女性の健康課題の解決が飛躍的に発展するよう,センター一同尽力してまいります。どうぞご支援・ご指導のほどお願い申し上げます。

ウェルビーイングは「精密幸福」,いかに実現するのか?
中島 直樹
九州大学医学研究院医療情報学講座 教授
九州大学病院メディカル・インフォメーションセンター長
「ウェルビーイング」とは,ある個人にとって究極に善い状態,つまり自己の利益にかなうものを実現した状態であるという。つまり,身体的・精神的のみならず,社会的,経済的にもその個人が望む最高の状態の実現というわけだ。究極の個別医療がPrecision Medicine(精密医療)ならば,ウェルビーイングはPrecision Happiness(精密幸福)とも言い換えられよう。
われわれ医療者は,専ら患者・市民の健康維持や疾患予防・改善を考え,それが常に患者・市民の最上の幸福につながると考えがちである。そのため,薬剤や外科手術などの治療のみならず,日常生活の食事,運動,生活習慣の情報も全て健康・医療にどう役に立つか(害があるか)ばかりを問う。
しかしながら,多彩な人生の中での幸福観は個人で異なり,しかも同一個人でも時間と共に変わりゆく。特に健康な時には,健康や病気のことよりも,望んだ仕事に就くこと,趣味を満喫すること,家族と共に楽しむこと,経済的に恵まれること,社会に貢献することなど,重要視する人生の要素は個人によってさまざまである。健康・医療を専門としているわれわれには,もはや手出しのできる範囲を超えているように思われる。それでは,いったい誰がそれを実現できるというのであろうか?
私は,世の中のあらゆる領域で個人への情報主権の移譲を推進するDX(デジタルトランスフォーメーション)がその鍵を握ると考える。健康・医療では医療施設が電子カルテなどで情報を管理してきたが,DXによってスマートフォンのアプリ,Personal Health Record(PHR)と電子カルテの連携で個人の自己健康管理が可能となりそうだ。同様に他の領域でもスマートフォンを中心に,次々と情報が個人に集約されている。われわれ医療者は,健康・医療以外の日常生活の情報をいかに健康・医療に役立てるか,という思考になりがちである。逆に,健康・医療の情報をいかに他領域での幸福に役立てるか,という発想も必要ではないか? 例えば,個人の望む職に就いたり仕事を継続したりするために,あるいは幸福を感じる趣味を満喫するために必要な身体・精神機能をスマートフォンで確認・証明する,その低下を予防・改善する,などである。
健康・医療の目的に「健康にする,病気を改善する」だけでなく「個人にとっての幸福度を上げる」も付け加えてみよう。個人に情報が集約し,活用することによって,初めて実現できることである。そのように考えるとわれわれもウェルビーイングの実現に大きく貢献できそうだ。もちろん,それを支援するAIや社会サービスが必要なことは言うまでもない。

オープンアクセス義務化,データとAIの活用で問われ直す医療情報の信頼性
林 和弘
文部科学省科学技術・学術政策研究所 データ解析政策研究室長
日本学術会議科学者委員会学術体制分科会委員長
日本医学雑誌編集者会議組織委員
2025年は公的資金を得て活動を行っている研究者にとって大きな転換点を迎える。すなわち,オープンアクセスの義務化が始まり,2025年度に得た公的資金の研究成果(査読付き論文)から対象となる。また,その論文の根拠データに関しても原則公開することが義務付けられている。
なぜ,オープンアクセスの義務化なのか。政策論としては,公的資金による研究成果を国民に還元し,公共財として幅広く活用するためとなる。特に医学・医療の研究成果は,自身や身近な人の健康に関連することになるため非専門家の関心も高くなりやすい。このような研究成果としての論文は英語で書かれていることが多く,また,非専門家には難解であることが多いが,AIの飛躍的な進歩によって,翻訳と要約が比較的容易となり非専門家にもある程度わかるようになりつつある。
また,論文の根拠データの公開によって,論文の再現性を高め,研究の透明性を高めることができる。オープン化によって一定の再現性が担保された論文などの知識(データ)を多量に処理することで,研究活動や知識生産の可視化が進み,研究が加速し,研究評価にも役立つことが期待されている。そして,その活動自体がデータ科学とAIの進展にも寄与することになる。
一方,オープン化の負の側面を無視することもできない。オープンアクセスは,ビジネスとしては読者(図書館)から購読費を取らない代わりに,著者から論文掲載費を取ることで,誰でも読めるようにしている。この事業モデルは,自費出版と同等であるため,著者から論文掲載費をもらうことを主目的にして質の保証を行わない,ハゲタカジャーナルと呼ばれるフェイクジャーナルを生み出し,質の悪い論文を世に多量に送り出している。あるいは,AIが論文を生成できる時代となり,すでにAIが生成した多量のフェイク論文が世に出回っているのではないかという指摘もある。
このように知識としての論文のオープン化,データとAIの活用の進展は,正負両面のインパクトを持ち得る。特に医療情報においては,その情報の信頼性をどのように担保するかが常に問われている中で,このような情報流通の変革に応じた対応が求められることになる。知識の生産者である著者は常に科学的妥当性と透明性のある活動とアウトプットが問われ,知識の消費者である読者は,個々の情報リテラシーを高め,また,データやAIを正しく活用することで,デジタル時代の目利きを養うことになる。つまり,2025年からのオープンアクセス義務化は,論文をオープンにするという意味以上に大きなインパクトを持つことになるだろう。

消化器外科医不足の現状について――若手の視点
岡田 拓久
日本消化器外科学会Under-40委員会 委員長
群馬大学大学院消化管外科
皆さま,こんにちは。私は,群馬県で下部消化管外科を中心に診療を行っている39歳の消化器外科医です。また若手外科医の育成・キャリア形成を支援するため,2020年12月に日本消化器外科学会に設立されたUnder-40委員会の委員長を2024年9月から務めています。
厚生労働省の報告によると,全国の医学生・医師数は年々増加傾向にある一方で,消化器外科医の減少は顕著です。日本消化器外科学会の会員数も毎年減少傾向にあり,現在の推移から算出すると65歳以下の会員数は20年後に現在の50%にまで減少するという厳しい未来が予想されています。群馬県でも同様に若手消化器外科医の不足が深刻化していることを肌で感じています。
長時間労働の是正や勤務時間管理の厳格化をめざした「医師の働き方改革」の直前に行われた消化器外科医へのアンケート調査報告1)では,消化器外科は患者さんの生命に直結する診療科であるため,リスクや労働内容の対価としての賃金が十分に支払われていない現状を不満に感じているという結果がありました。また,高度化・複雑化したロボット支援手術などのさまざまな新規手術手技を今の労働環境下で覚えられるのか,不安を感じている若手医師も多いと考えます。こうした現状に対し日本消化器外科学会は,昨年の総会で「消化器外科の明るい未来を達成するためのロードマップ」を提示しており,今後の改善に期待したいと思っています。
上記のアンケートでは,「消化器外科医を後輩や子供に勧めるか」という問いに,「勧める」よりも「どちらでもない・勧めない」と思う消化器外科医が多いという衝撃的な結果も判明しました。しかし一方で,「再度診療科を選択できるとしても消化器外科医になりたい」と回答している医師も多く,やりがいを感じる診療科であることも間違いないのだと感じています。消化器外科医不足の問題を解決するには,消化器外科の魅力のアピールに加え,若手外科医のモチベーション向上と働きがいのある環境づくりが不可欠です。
Under-40委員会では40歳未満の会員が,若手外科医のための活動を自主的に行っており,その一部を紹介します。
U-40 Club:施設やグループを越えた若手消化器外科医の交流の場を提供しています。座談会はキャリア形成や働き方に関する情報交換や意見交換を行っており,現在までに40回以上開催しています。手術手技勉強会は普段は相談しにくい手技の悩みやコツなどを共有する学びの場としています。本会は2024年2月から開始しましたがすぐに定員が埋まるほど人気の会となっています。
U-40 Surgical Seminar:手術手技や消化器外科スキルの向上を目的として,日本消化器外科学会総会の会期中に,U-40が「今知りたい!」「ここを学びたい!」と感じるテーマについてセミナーを行っています。2022年から開始しましたが,40歳以上の会員にも好評です。
U-40教育コンテンツ:開腹術や縫合などの手術手技,医療統計など,若手医師に必要な知識やスキルを学べる動画コンテンツを学会Webサイト内に無償で提供しています。
私自身も若手ではありますが,U-40委員会の活動を通して消化器外科の素晴らしさをわれわれの世代から医学生や若手医師に発信し,安心して消化器外科医として活躍できるような環境の形成をめざしています。消化器外科の素晴らしさ・重要性とともに,ひっ迫している現状を医学界以外の方へも認知いただき,行政などさまざまな面からサポートが進むことを期待しております。どうぞよろしくお願いいたします。
参考文献
1)新原正大,他.日消外会誌.2024;57(3):158-68.

東京2025デフリンピック――デフリンピックをご存じでしょうか?
狩野 拓也
2025デフリンピック支援ワーキンググループ委員
愛媛大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科
2017,2021デフリンピック夏季競技大会 男子バレー日本代表
聴覚障害者のオリンピック,デフリンピックをご存じでしょうか。パラリンピックより長い歴史をもつ国際競技大会で,初開催は1924年まで遡ります。今年,その記念すべき100周年大会が,日本で開催予定です。日本での開催は史上初となります。
競技ルールは概ね健聴者競技と同じですが,競技中は補聴器や人工内耳といった聴覚補聴機器を使用しないことが定められています。そのため,競技によってはスタートの合図の音や審判の笛が,光や旗など視覚情報で補完されます。
私自身も生まれつき両耳とも重度の難聴で,耳鼻科医として勤務する傍ら,代表選手として過去2大会のデフリンピックに出場しました。
デフリンピック出場経験を通して感じることは,聴覚障害者は大きな社会参加制約を被るということです。学生時代に団体競技を行いたくても,健聴者と意思疎通が図れないために断念した選手もいます。またスポーツの場面に限らず,耳鼻科医として日々診療する中でも,難聴のために就労を断念した方や,地域のコミュニティに参加できず孤立する方などを多く拝見してきました。
近年,Lancet誌やJAMA誌などに掲載された多くの論文で認知症と難聴の関連や,補聴器の使用をはじめとした聴覚ケアの重要性が提唱されています。残念ながら日本では高齢だから仕方ないと難聴を放置したり,自身の聴力にそぐわない不適切な補聴器や集音器を使用し,補聴器は試したけど合わなかったと誤認されたりする方が多くいらっしゃいます。
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会では,難聴啓発プロジェクト「聴こえ8030運動」を立ち上げ,難聴にかかわるさまざまな情報提供を行っています。学会特設Webサイトからどなたでもアクセスできますので,機会がありましたらご覧いただけますと幸いです(https://kikoe8030.jibika.or.jp)。今回の東京2025デフリンピック開催が,日本国民が聴覚について今一度見つめ直す契機となってくれることを期待しております。

デフバレーボール世界選手権2024沖縄大会 フランス戦でスパイクを打つ筆者。

世界理学療法連盟学会2025開催に向けて
横山 美佐子
北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 講師
理学療法の国際的な広がりに関心を持ち始めたのは,新人時代に行っていた英文抄読会や,20代前半に訪れたオーストラリア旅行がきっかけでした。旅行先で「職業は?」と尋ねられ「Physical Therapist」と答えると,称賛される場面によく遭遇しました。オーストラリアでは理学療法士は広く知られており,街中で「Physical Therapy(Physiotherapy)」の看板を見かけることが多いです。当時の日本では,医療職でない限り理学療法士と接する機会は少なく,私たちの職業を知る人は限られていました。それでも,理学療法の歴史を築いてきた先人や他の医療職の方々から学んだことは,私にとって大きな財産です。
世界理学療法連盟の学会に初めて参加したのは1999年(当時はWCPT),横浜で開催された時でした。妊娠中に参加したウィメンズヘルスのシンポジウムは私に大きな影響を与え,理学療法士としての視野が広がるきっかけとなりました。その後も学会には数年おきに参加し,2007年のカナダ大会や2011年のオランダ大会では,小児サブグループ(現在のスペシャリティグループ:IOPTP)との交流が始まりました。この出会いが,後に日本の小児理学療法グループが国際組織に正式に加盟する契機となりました。
2015年にはシンガポールでの学会で日本のIOPTP加盟が正式に承認され,2019年のジュネーブ大会後にはNICUでの理学療法に関するステートメント作成にもかかわる機会を得ました。2021年には組織名称がWorld Physiotherapy(WPT)に改称され,国際理学療法コミュニティは新たな発展を迎えています。
次回の世界理学療法連盟学会は2025年5月29日から31日にかけて東京国際フォーラムで開催される予定です。日本理学療法士協会の60周年の節目となるこの機会に,私は2023年に引き続きプログラム委員会の一員(Congress Programme Committee:CPC)として,国内外の理学療法士が学び合える場の準備を進めています。国内開催は,海外の理学療法士と直接交流できる貴重な機会です。英語に不安がある方も,少し勇気を出して一歩踏み出せば,理学療法士としての視野が大きく広がり,新たな発見が得られるでしょう。また,「理学療法士とは何か」を知る貴重な機会にもなると思います。
くしくも,私自身も1965年生まれで,今年で60周年を迎えます。理学療法士として,全ての国民の「動くこと」を支え,健康に導くことが使命だと考えています。個々の対象者に応じた動作支援を通じて生活の質を向上させるため,医学的知識を基盤に運動に関する専門知識を応用し,日々歩んできました。その年月を振り返りながら,2025年の学会では,日本の理学療法士に向けて充実したプログラムを提供したいと考えています。CPCのメンバーや関係団体とともに全力で取り組み,この随想を呼んでいただいている皆さまと共に国民の健康を支える一助となるよう,有意義な機会を提供するため尽力いたします。この機会を生かし,世界とつながる一歩を踏み出していただければ幸いです。

時代の要請に応じた看護職員の確保について
習田 由美子
厚生労働省医政局看護課 課長
現在,保健師,助産師,看護師,准看護師を含む約173万人の看護職員が医療機関,訪問看護ステーション,学校,事業所,各種施設,保健所,自治体など,地域社会のあらゆる場で活躍しています。その活動範囲は広範であり,患者や利用者の療養生活支援や住民の健康を支える取り組みにおいて,それぞれの専門性を最大限に生かし取り組んでいます。
看護職員の使命は,健康課題を抱える人々が食事,睡眠,排泄などの基本的な生理的欲求を満たしつつ,本人が望む生活を実現できるように支援することです。その過程では,当然のことながら人としての尊厳を何よりも重視し,専門性を発揮した看護を提供しています。
一方で,療養の場やその在り方は近年ますます多様化し,看護職員に求められる知識や技術,判断能力などの幅も広がっています。加えて,社会構造,家族構成や人とのつながり方も変化し,複雑化している現代において,人の生命や尊厳に直接かかわる看護職員には,これまで以上に高い倫理観と,心身や環境の変化を的確にアセスメントする能力が求められます。これらの課題に対応するため,厚生労働省では,看護職員が自らの能力を高めるための学びの環境を充実させることに注力しています。
また,入院医療や在宅医療,外来医療での看護がシームレスに連携し,看護職員が働くフィールドを超えてつながることによって,効率的かつ効果的にケアを届けることができる体制の構築をめざしております。
さらに,少子高齢化の影響で看護職員の人材確保が困難になる中,ICT技術の発展を活用し,医療現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めていく必要があります。看護分野のDX化を進め,業務効率化や労働環境の改善を図ることで,看護職を魅力的な職業とし,新たな人材を呼び込むことが期待されています。
これからも看護職員が心身の健康と尊厳を守る専門職としてその役割を果たせるよう,環境整備や支援策を充実させ,看護を担う仲間を増やし,より質の高い看護を追求していきたいと思います。
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