新春随想
2025
寄稿 門脇 孝,堀内 成子,大橋 博樹,髙田 昌代,奈良 信雄,辻 哲夫,小宮 ひろみ,中島 直樹,林 和弘,岡田 拓久,狩野 拓也,横山 美佐子,習田 由美子
2025.01.14 医学界新聞:第3569号より

わが国の医学研究力の向上に向けて
門脇 孝
日本医学会連合 会長
虎の門病院 院長
科学研究力の低下はわが国の将来の全般にかかわる深刻な問題である。医学領域も例外ではない。私が専門とする2型糖尿病を含め多くの疾患における関連遺伝子や病態は,日本人・アジア人と欧米人の間で大きく異なる。すなわち,医学研究力の低下は,長期的にわが国の予防を含めた医学・医療の進歩と国民の健康の向上・増進を危うくする恐れがある。
医学研究力低下の大きな要因は研究医の減少と研究時間の減少である。近年の研究医減少の背景として,初期臨床研修・専門研修が充実した一方,臨床と研究の両立を志す研究医に対する支援が不十分であることが指摘されている。医学領域においては,その多くが臨床研修,時には専門研修を経てから大学院へ進学するため,他の研究領域と比較して高年齢の研究者が多い。そのため,同期の臨床医との経済格差は歴然としている。欧米では一般化していることだが,大学院で研究に専念しながら生活が成り立つような給与を出すなど,研究者としてのキャリアを継続するための経済的支援が求められる。
研究時間の問題も劣らず重要である。全国医学部長病院長会議の資料によると,この20年間で臨床に従事する若手教員の研究時間は半減しているという。私自身の経験でも,研究者として成長した時期は,研究に専念できた米国留学中の3年余りと,研究にかなりの時間を費やせたその後の10年くらいだった思う。年々臨床の繁忙度が増している大学病院で臨床と研究を両立させるためには,臨床教室においても臨床業務が少ない研究ポジションを設けたり基礎教室と連携したりして,十分な研究時間を確保する仕組みが求められる。
医学系で大幅に減少している海外留学者を再び増加させることも喫緊の課題である。研究者としてのキャリアでは,世界の研究のフロントでの経験がその後の国際的な研究ネットワーク形成も含め一生役に立つ。日本からの海外留学者数の大幅な回復と,そのための支援拡充が期待される。スポーツの世界では大谷翔平選手が海外で大活躍しているように,研究においても海外で大きな成果を上げている日本人研究者は今でも決して少なくない。彼ら彼女らが,日本に帰国して研究室を持って活躍できるための支援や,日本と海外の両方で研究室を持つことができるダブルアポイント制度を含め,国際頭脳循環の一層の促進が必要である。

JANPU創立50周年――変化に柔軟に対応できる看護の力を育む
堀内 成子
一般社団法人日本看護系大学協議会 代表理事
聖路加国際大学 学長
1975年に始まった日本看護系大学協議会(JANPU)は,2025年で創立50周年を迎える。わずか6大学の教員有志から始まった本会が,300課程を超える会員校を有する会になることを誰が想像しただろうか。2024年10月現在,学士課程304,大学院修士課程223,博士後期課程130を有するまでに成長した。
看護学士課程の2025年の最大の挑戦は,看護学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂である。これまでのコンテンツ(教育内容)基盤型教育から,卒業までに学生が身につけるコンピテンシー(資質・能力)基盤型教育への改訂をめざす。改訂のきっかけは2022年に岸田首相(当時)の私的諮問機関である教育未来創造会議が発出した第一次提言にある。これをもとに,JANPUは2040年に向けて看護学教育に求められる人材像を,「時代の変化に対応して自ら課題を設定し,論理的思考力,グローバルなコミュニケーション等によって,新たな価値やビジョンを創造し,積極的に社会を改善していく資質・能力を有する人材」と定めた。コロナ禍を経て,Z世代,それに続くα世代の学生の性質も変化している。失敗したくない・傷つきやすい特性に合う教授方法の開拓も必要である。
看護系大学院で学ぶ大学院生の数は年間約7000人と近年は横ばいであるが,社会人の割合が多い特徴を持つ。なかでも医療機関や保健所等に勤務しながら,あるいは大学で教鞭をとりながら学ぶ大学院生が多い。看護師・保健師・助産師は免許更新制度のない国家資格である。従って,自ら必要に応じて生涯学ぶ姿勢を持つ勤勉な集団であることが求められる。このためにはリカレント教育あるいはリスキリングが必要だろう。臨床実践を積み重ねていくと「outputの連続に疲れる」「inputが枯渇する」という時期がある。その時,大学院に学びを求める。特に看護学は実践科学であるため,研究者を育成するカリキュラムだけでなく,高度実践家・管理者育成のカリキュラムが必要である。臨床実践の現場にいる看護職は,相手の痛みに寄り添い,その軽減を願うがゆえに職業上,共感疲労に陥りやすく,適切な方法を取らないと燃え尽き(バーンアウト)に至る可能性がある。人生100年時代にいきいきと仕事を続けられるようワークエンゲージメントに管理者が心を砕き,各自のレジリエンスを高める環境や教育的試みを導入する対応が望まれる。
脱皮を繰り返す巳(へび)にあやかり,巳年は「再生や変化を繰り返しながら柔軟に発展していく」創立50周年になるよう歩き続けたい。

かかりつけ医機能報告制度から始まる新たな地域医療の在り方とは?
大橋 博樹
医療法人社団家族の森 多摩ファミリークリニック 院長
本年4月1日より「かかりつけ医機能報告制度」が開始される。この報告制度の目的は大きく2つ挙げられる。1つは,国民・患者が適切な医療機関を選択するための情報を提供すること,もう1つは,地域におけるかかりつけ医機能の確保状況を確認し,不足する機能を補うための方策を各都道府県が設置する「地域における協議の場」で検討することである。
制度の報告内容は1号機能と2号機能に分かれており,1号機能では「継続的な医療を要する者に対する発生頻度が高い疾患に係る診療その他の日常的な診療を総合的かつ継続的に行う機能」として,17の診療領域ごとの一次診療対応の有無や一次診療を行うことができる疾患(主に外来患者数が多い40疾患)についても報告することが定められている。2号機能では,時間外診療の対応の有無や入退院支援の状況,在宅医療の提供や介護サービス等との連携,健診や予防接種,地域活動への参加状況等の報告が求められている。
複数の慢性疾患や医療と介護の複合ニーズを有することが多い高齢者のさらなる増加と生産人口の急減が見込まれる中,地域によって大きく異なる人口構造の変化に対応するためにも,私はこの2号報告の情報が極めて重要になると考えている。これまで,地域医療構想調整会議等では病床機能を中心に議論してきた。しかし,もはや病院医療だけで解決できる問題ではなく,在宅医療や介護,福祉が一体となった地域ごとの方略が,今求められている。
そのためにも新たな協議の場の意義は大きい。とはいえ,開業医の多くはいわゆるソロプラクティスが現状である。24時間対応の在宅医療や時間外診療を求めるのは,医師の働き方改革から考えても現実的ではない。かかりつけ医機能を支える仕組みも重要となる。そこで全日本病院協会が提唱しているのが「かかりつけ医機能支援病院」だ。これは休日・夜間対応や入院対応といった二次救急機能の他に,在宅医療や介護施設との連携など,地域に密着し地域医療を担う病院である。このような機能は大病院よりも中小病院の役割が重要となる。同じように日本プライマリ・ケア連合学会でも,複数の医師が常勤で時間外対応や困難な在宅医療患者に対応する「かかりつけ医機能支援診療所」の必要性を訴えている。これらのような病院・診療所では,幅広い診療能力や介護,福祉との連携も得意とした「総合診療専門医」が求められる。かかりつけ医機能を支える人材として,さらに養成を強化しなければならない。また,他の専門医から総合診療分野へ転向する医師へのリカレント教育も今後は重要となる。
今回の報告制度が,地域に変化をもたらす重要な基点となることを願ってやまない。

すべての産婦にポジティブな出産体験を
髙田 昌代
公益社団法人日本助産師会 会長
2018年,WHOにより「WHO recommendations:Intrapartum care for a positive childbirth experience」が公表されました。これは,日本語版『WHO推奨:ポジティブな出産体験のための分娩期ケア』(医学書院)としても刊行されています。この中において,“Positive childbirth experience”(ポジティブな出産体験)は,「女性がそれまで持っていた個人的・社会文化的信念や期待を満たしたり,あるいは超えたりするような体験であり,臨床的にも心理的にも安全な環境で,付き添い者と思いやりがあって技術的に優れた臨床スタッフから実質的で情緒的な支援を継続的に受けながら,健康な児を産むことを含む」と定義されています。この背景には,国連開発計画が提唱するSDGsの実現に伴い,出産時に命を落とさないだけでなく,「母子が強く成長し健康に生きるための潜在能力を最大限に発揮させることもめざす」ようになってきたことがあります。出産は,女性やその家族の日常生活の延長線上にあり,新しい家族を皆で迎える人間的な営みの側面を持ち合わせるのです。
出産は女性にとっては人生の大きなイベントであり,女性が出産体験に満足することがその後の母子関係や育児に影響することがわかっています。そのためにも女性が自分の出産に主体的に取り組めることが必要です。「ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」56項目の推奨項目の1つとして,「産婦を尊重したケア」があります。産婦が自分と赤ちゃんの生死をかけて出産しようとする産み方に対して,助産師はどのような出産を産婦が選んだとしても,その方法を選んだ「人」に支援を行います。その人の生き方を尊重するように,全ての女性の産み方を尊重し,寄り添ったケアがその女性の満足度につながっていきます。
もう1つご紹介する推奨項目に「出産中の付き添い」と「継続ケア」があります。昔の土器や壁画,書物に描かれている出産にも付き添いがいるように,産婦は,自分が選んだ信頼する人による付き添いがあることで安心し,出産に集中して取り組むことできます。妊娠期から継続的にかかわり,自分のことをよく知っている人ならなおさらです。その妊娠期から継続したケアの役割を,日本では助産師が担ってきました。助産師は英語ではmidwifeと言い,「with(共に)」を意味する中世英語のmidと「女性」を意味するwif(wifeの原語)が合わさって「出産するお母さんと一緒にいる女性」を意味します。妊娠・出産・育児が日常生活の中にあるからこそ,助産師は地域で,女性の傍らにいて,女性やその家族から信頼され,相談される役割をこれからも果たしていきたいと願っています。
全ての産婦が,ポジティブな出産体験を経て,全ての母子と家族が笑顔で過ごせる,そんな1年になりますように。

医学教育のグローバル化
奈良 信雄
日本医学教育評価機構 常勤理事
順天堂大学 客員教授
東京科学大学 名誉教授
2010年9月,わが国の医学教育関係者を震撼させるニュースが駆け巡った。米国の外国人医師卒後教育委員会(ECFMG)が「2023年以降,米国で臨床研修プログラムに参加を希望する外国人は,国際基準で評価・認定を受けた医学部卒業生に限る」と発表したのである。いわゆる2023年問題である。
これに対応するべく,文部科学省,全国医学部長病院長会議等と協議を重ね,2015年12月に,医学教育評価を行う組織として「日本医学教育評価機構(JACME)」を発足させた。JACMEは,2017年3月に世界医学教育連盟(WFME)から国際的に通用する医学教育評価機関として認定された。これをもって,JACMEの評価・認定を受けた医学部卒業者は,ECFMGへの申請資格が得られることになった。
JACMEは,WFMEの国際基準に沿って医学部の教育プログラムを評価し,基準に適合していれば認定している。すなわち,JACMEが認定した医学部は,国際標準の医学教育を実施していると保証される。
2024年10月現在,全82医学部はJACMEの1巡目評価を受けて認定されている。評価の結果を総覧すると,わが国の医学部教育は世界に誇れる水準にあるといえる。しかし,課題も指摘される。たとえば,診療参加型臨床実習が充実していない,学生の教学にかかわる委員会への実質的な参加が十分でない,医学教育プログラムを評価する仕組みが整っていない,などの課題が多くの医学部に対して指摘される。
医学教育評価の実施においては,受審医学部,評価員双方にとって,時間,経費,人材確保などの面で負担が大きい。それだけの負担を凌駕するだけの成果が得られなければ,意義が乏しい。
医学教育評価を受審した医学部へのアンケートでは,「負担は大きいが,医学教育の改善・向上を進めるきっかけになった」との肯定的意見が約90%を占める。実際,全国医学部長病院長会議の調査によれば,臨床実習の全国平均が2010年以前には50週程度に過ぎなかったが,2023年度調査では約69週に増えている。ほかにも,能動的学修の推進,学生の教育への積極的参加などの成果が見られている。
現在,あらゆる分野でグローバル化が進み,医学・医療の面でも国際交流が活発化している。国際的に活躍できる医療人を養成する観点から,国際水準の医学教育を実践することは必至である。負担感が少なく,それでいて質の高い医学教育評価を今後も展開していきたい。

2025年問題として改めて問い直されていること
辻 哲夫
医療経済研究・社会保険福祉協会 理事長
団塊の世代が後期高齢者となる本年は,地域包括ケア政策の推進の一つの節目とされてきた。今後は,2040年に向けて大都市圏を中心に85歳以上人口が急増する。85歳以上の人の平均の要介護認定率は現在約6割であり,慢性期医療ニーズを併せ持つケースが多い。そのため介護人材不足や介護保険財政の深刻化による要介護者の処遇の低下だけでなく医療提供体制の在り方にも深刻な影響を及ぼすことが懸念され,地域包括ケア政策は正念場を迎える。
地域包括ケアシステムがめざすのは,「高齢者が可能な限り住み慣れた地域で,その有する能力に応じ自立した日常生活を営むこと」の実現である。今改めてこの原点に立ち戻り,老いに伴う高齢者の自立度の低下を遅らせると同時に,治し支える医療への転換を行うことが必要である。
このためにはまず,介護政策におけるフレイル予防のポピュレ―ションアプロ―チの強化が必要である。要介護状態になってからの自立度の改善は困難であり,対応の戦略は早期であればあるほど効果が上がる。現に,フレイル(健常と要介護の中間)より早い段階で虚弱の進行を遅らせることで,介護保険給付の適正化に大きく貢献できることを示唆する研究が出始めている。一方,住民主体の通いの場の普及に加えて,一部の自治体では地域の高齢者が主体となってフレイルの構造...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
対談・座談会 2025.03.11
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。