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外科研修のトリセツ

連載 高見秀樹

2024.11.18

今回から始まる連載『外科研修のトリセツ』では,外科をローテーションする研修医ハル先生と指導医タキ先生が送る日常を題材に,押さえておきたい外科研修のポイントをお届けしていきます。外科研修を行う全ての研修医に向けた基礎的な内容が中心ですが,「外科医の視点」として外科専攻医や外科志望の研修医向けの知識や技術も紹介していく予定です。

第1回は,外科研修の初日を明日に控えたハル先生のある心配事から……。


Example Image明日から外科の研修が始まるけど外科って大変そうだし心配だな。
精神科志望の僕はどうしたらいいだろう……。
外科は大変なところもあるけれど,幅広いことが学べる診療科だよ。
精神科志望のハル先生も,「何を学ぶか」という目的を持っていればローテート期間を楽しく過ごせるはずです!
Example Image

「手技が得意だから楽しみ!」「なんだか大変そう」「将来外科に進む予定がないのにどう過ごせばいいのだろう……」と,外科研修に臨むに当たって,研修医の皆さんはさまざまな気持ちを抱いているかもしれません。そんな希望や不安を抱える皆さんに,知っておいてほしいポイントが3つあります。外科研修の期間を楽しく,有意義に過ごすために,ぜひこのポイントを押さえた上で研修に臨んでみてください。

また連載記事内では,外科系に将来進みたいと考えている方や,すでに外科専攻医になられた方に向けて,「外科医の視点」として,やや発展的な内容を紹介していきます。これを踏まえた上で研修に臨めると,将来必ず役に立つはずです。

自分が学びたい「目的」を見つけよう!

自身が何科志望であっても,外科研修における目的を持つことが効率よく楽しい研修をする最大のポイントです。

皆さんの外科に対するイメージはどのようなものでしょうか。手術を中心とした手技を行う印象が強いかもしれません。しかし,実は外科医が化学療法や麻酔,内科的な検査を担っている施設も多々あり,研修医の皆さんにとっては,次に示すような幅広い学びの機会がある「ジェネラル」な診療科と言えます。

●基本手技
●手術術式と適応
●清潔操作
●周術期患者管理
●各種検査(画像検査・内視鏡検査など)
●腫瘍学(化学療法・放射線治療など)
●緩和医療

たとえ外科志望でなくとも下記のように学べることはたくさんありますので,研修中に何が学びたいかを,指導医の先生と事前に相談しておくと,より充実した楽しい研修生活を送れるでしょう。

◆精神科志望の研修医の場合
⇒術後せん妄や末期がん患者さんの精神的ケアなどを経験できます。

◆消化器内科志望の研修医の場合
⇒消化器内科の診断の「答え」を見ることができます。

◆皮膚科志望の研修医の場合
⇒皮膚縫合や糸結びなどの基本手技は,外科系診療科ならどこでも必要になります。

◆志望診療科が決まっていない研修医の場合
⇒外科は幅広い手技や知識が身に付きますので将来どの診療科へ進んでも役立ちます。また基本手技や救急疾患を経験できるので,救急外来当直で即戦力となる知識や技術も学べます。

手術室でしかできない経験をしよう!

2年間の臨床研修において手術室でしか学べないことはたくさんあります。何科に進んでも将来役立つ知識や技術を身につけましょう。

1)手術手技:縫合や糸結びなどの基本手技の練習は各自でできますが,実践できる場面は限られています。特に全身麻酔下の手術は指導を受けながら落ち着いて行えるチャンスです。実践のタイミングがいつ訪れてもいいように万全な準備をしておきましょう。具体的な練習方法については本連載で紹介していきますので参考にしてみてください。

2)止血:止血は古来より医師の最も重要な業務の一つとされています。方法は主に①圧迫止血,②縫合・結紮,③焼灼の3つがあり,いずれも出血点を塞ぎ,血栓で止血をするものです。特に出血点を圧迫するのは止血の基本とされ,血管の出血点を塞ぐことで血小板が凝集してできた血栓によって一次止血を行います。その血栓をさらに強固にするためにフィブリンを形成するのが二次止血です。

周術期には血小板および凝固因子に問題があると止血が得られないほか,線溶系亢進により血栓ができやすくなることがあります。そのため,抗血栓療法が行われていないか,凝固能や血算に異常がないかを術前に必ず確認します。また,術中出血量が多いと凝固異常を来す恐れがあることから,術後に凝固能をチェックして,より慎重なマネジメントをする必要があります。

外科医の視点
周術期には以下のような出血傾向や血栓傾向を来す因子があり,注意が必要です(表1)。

表1 
周術期の出血傾向と血栓傾向の原因

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外科医の視点
出血点を圧迫する時は,動脈圧や静脈圧に合わせた力で圧迫すれば血管に空いた「穴の部分」にだけ血栓ができて止血ができます。出血点がよくわからないときは血管の上流に力が加わるように圧迫します。完全に閉塞しても困らない血管であればZ縫合や結紮による止血を試みます(図1)。

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図1 圧迫止血のポイント


 

3)解剖:普段はCT画像やイラストでしか見られない解剖が,手術野では直接観察できます。実際の外科医は,例えば右肝動脈が総肝管の前面を走るか後面を走るか,下膵十二指腸動脈がどの血管から分岐しているかなど,より詳細な解剖を考えて画像を見ていますので,その点にも注目してください。

外科医の視点

術前シェーマを書くと,より解剖がわかります。特に上腸間膜動脈や腹腔動脈,肝内の血管は複雑で破格も多いので事前に確認しておくと術中の誤認が減ります(図2)。

医学界新聞プラス_図2.jpg


LGA:左胃動脈,LGV:左胃静脈,RHA:右肝動脈,RGA:右胃動脈,SMA:上腸間膜動脈,SMV:上腸間膜静脈,GCT:胃結腸静脈幹,MCV:中結腸静脈

図2 術前シェーマ


4)手術術式:事前に手術手順を覚えておくと,手術中の次の展開がわかるようになります。助手として外科チームの役に立つ存在感を見せましょう!

5)チームワーク:手術中は,下記に示すノンテクニカルスキルと呼ばれる手技以外のテクニックも求められます1)。特にチームワークやリーダーシップは最も重要なノンテクニカルスキルです。

●状況判断
●意思決定
●時間管理
●リーダーシップ
●コミュニケーション
●チームワーク

周術期のダイナミックな変化から学ぼう

手術によって侵襲が加わると人体には大きな変化が生まれます。患者さんの状態をいち早く察知し,治療方針を決めるのが周術期管理の肝です。

炎症の4徴:身体に侵襲(組織障害)が加わると,炎症性のメディエーターの働きにより血管透過性の亢進,血管拡張が生じます。それによって血管外へ水分の漏出が生じるため,①腫脹し,➁発赤や③発熱が起こります。全身に反応が及べば血圧の低下や脈拍の上昇を引き起こし,腎血流の低下による尿量低下をもたらします。④疼痛は炎症のある部分を安静に保つために起こる生体の反応です。これら4つが「炎症の4徴」と呼ばれます。

修復期に入ると血管内の血流が増加するため尿量の増加や血圧の上昇を来します。このようなダイナミックな変化が周術期の特徴です。

外科医の視点
患者さんにとって「自分の力で治せないくらいの変化」を起こしてしまうのが手術であり,術後合併症です。ムーアの分類(表2)の傷害期には,患者さんは自分の体内のことに集中するため外部との接触を嫌い無気力・無関心になります。逆に言えばスマホを使う,新聞を読める,会話が順調,リハビリに積極的,といった状況では順調に回復していることが予想されます。

表2 ムーアの分類
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外科医の視点
術後合併症として何が起こり得るかは,あらかじめ押さえておきましょう。事前にどのような合併症が起こり得るかがわかっていれば,周術期に診るポイントが変わります(表3)。

表3 代表的な合併症例
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外科研修に臨むに当たって忘れてはいけないこと

これから本連載をお読みいただくに当たって,何よりも重要なことをお伝えしておきます。

1)休める時に休む:外科は体力や気力を使う診療科でもあります。緊急手術や長時間手術があるかもしれません。業務に慣れていない研修医の皆さんは,自分が思っている以上に体力を使っている可能性があります。休める時はしっかり休む。体調やメンタルの不調を感じたらすぐに上級医に相談しましょう。

2)NCDに登録を:外科,脳神経外科,泌尿器科などの手術は,手術数やその内容,合併症などをビックデータとして利用したり,専門医の申請や更新に用いたりするために,NCD(National Clinical Database)というデータベースに登録されます。登録時には手術に参加した研修医の名前も登録することが可能です。領域によっては,3年目からの専門研修の時に利用できることがありますので,忘れずに登録してもらいましょう。


参考文献
1)
Med Educ.2006[PMID:17054619]

名古屋大学医学部附属病院 卒後臨床研修・キャリア支援センター センター長補佐

2003年名大卒。名古屋記念病院,小牧市民病院にて外科修練の後,12年名大大学院消化器外科学にて博士課程に進むと同時に,肝胆膵外科の臨床に携わる。15年に大学院を修了後,同大の教育専任教員になったことで医学教育に注力するようになる。21年4月より現職。20年から2年間は文科省医学教育科の技術参与として出向もした。現在は臨床実習や研修医教育,肝胆膵外科医教育に携わるほか,病院全体の研修医指導や指導医講習会の講師も担う。

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