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『心理社会的プログラムガイドブック』より

連載 池淵 恵美

2024.04.12

 精神障害のリカバリーにおいて,専門家がサポートできる手段の一つに心理社会的プログラム(心理社会的治療)があります。ところが,これまで心理社会的プログラムは身近でありながらも目的や効果については不明確な点も多く,薬物療法や個人精神療法などのアプローチに比べると軽視されてしまいがちでした。

 新刊『心理社会的プログラムガイドブック』は精神疾患のリハビリテーションに長年取り組んできた著者が,多様な心理社会的プログラムの目的や内容を体系的に整理・分類し,その使い方やエビデンスを伝授した1冊です。  

 「医学界新聞プラス」では,「第1章 心理社会的プログラムは何のために必要なのでしょうか?」「第2章 どんな心理社会的プログラムを知っていますか?」の内容を一部抜粋し,全3回でご紹介します。

 

心理社会的治療(本書では「心理社会的プログラム」と呼びます。理由は後述します)とは,どんなものなのでしょうか。改めて考えると,案外よくわかっていない感じがするかもしれません。筆者は精神障害の人たちが社会参加できるようにサポートする上で,いろいろなプログラムを活用してきました。

 薬物療法では幻聴などの精神症状の改善を目指します。個人精神療法では今現在の不安や目標,過去から連なる自分の中にある悩みや迷いなどに対応していきます。そして心理社会的プログラムは,友達を作ったり,自分にふさわしい仕事を探したり,家族との関係を改善したり,社会の中で自分らしく生きていけるように,必要な意欲と希望を育んだり,知識やスキルを学んでいくためのものです。心理社会的プログラムにはいろいろな種類があり,やり方も多岐にわたるので,なかなか全体像がみえにくいと思います。本書はその全体像がみえるように,コンパクトにまとめたものです。なお心理社会的治療という呼称のほうが一般的と思いますが,たとえばスポーツであったり,お料理であったり,必ずしも狭義の「治療」とは考えにくいものもありますので,ここでは少し耳慣れないかもしれませんが,心理社会的プログラムという呼称を採用しています。
 
 精神障害の人たちがリカバリーに向かっていくときに,私たち専門家がサポートできる手段として,薬物療法をはじめとする生物学的治療,個人精神療法,心理社会的プログラムの3本柱があります。心理社会的プログラムは種類がたくさんありすぎて,どのプログラムを利用するとよいのか,迷ってしまう人は少なくないと思います。ともすれば新しく出てきたプログラムは効果がありそうなので乗り換えていく,ということになりがちと思いますが,ずっと廃れないで使われ続けているプログラムもあります。そもそも心理社会的プログラムは人手も時間も必要ですし,場所も確保しないといけませんし,中にはスタッフがトレーニングを受ける必要のあるものもありますから,簡単ではありません。だからこそ,リカバリーに役立つプログラムのどれをどのように使っていくかという知識やスキルが求められます。
 
 筆者のこれまでの経験をもとに,具体的な提案をしたいと思い,本書を書くことにしました。読者の皆さんのお役に立つことができれば幸いです。

A心理社会的プログラムと精神障害リハビリテーションはどこが違うのでしょうか 

 拙著1)では,リハビリテーションの原義について,「権利,名誉,尊厳の回復」であると紹介しています。権利をはく奪された人が,後年名誉の回復と復権がなされる場合に,リハビリテーションと呼ばれてきました。

 近年の精神障害リハビリテーションでは,精神障害のために社会生活や人としての生き方を阻害されている人たちの社会参加を目指すことがミッションであり,そのための手段として,医学的リハビリテーション,教育的リハビリテーション,職業リハビリテーションなどがあります。かなり広い概念で,たとえば障害を持つ人が暮らしやすくなるために,環境への介入や権利擁護など,復権のためのさまざまな支援が含まれてきますが(広義のリハビリテーション),一般的には障害に対する医学的なアプローチ(医学的リハビリテーション:たとえば精神症状への対処法の学習)を指すことが多いと思います(狭義のリハビリテーション)。定まったプログラムがあるわけではなく,個々の人たちの状況に合わせて計画・実施されます。

 それに対して,心理社会的プログラムは,社会生活スキルトレーニング(SST)のように,社会参加を後押しするために,知識やスキルや意欲や自己価値観の改善などを目指して,特定の獲得目標の学習や活動を行うものです。「心理社会的」とあるのは,個人のこころの回復が社会参加の改善につながっていくことを含意しており,またこころと社会との相互作用がさまざまな影響をもたらすことを活用して,治療目標を目指します。こころの探求と新たな生き方を目指す個人精神療法(または心理療法)とは目的が異なります。治療の一部として行われるものもありますが,たとえば家族心理教育のように,家族のリカバリーが目標となるプログラムもあります(もちろんその結果として当事者にもよい影響があるわけで,家族心理教育の再発防止または再発遅延効果は有名ですね)。また運動や作業などの身体活動を行って個人の作品や所属する集団の仲間との交流を楽しむプログラムもあります。そしてそれぞれのプログラムの背景には,生物・心理・社会的な理論があり,それに基づく介入技術が定式化されていて,実施する時間数や参加する対象者の人数も決まっています。そして介入の標的の改善効果が臨床研究によって実証されているものが多いです。

 近年はリカバリーという言葉が多用されています。単に病気からの回復だけではなく,こころの回復と成長や,社会生活の向上,それに伴う人生と自己に対する満足感の増加などが含まれている言葉です。薬物療法で症状がよくなったとしても,必ずしもリカバリーが達成されるわけではありません。そこに心理社会的プログラムの出番があります。

 もう少しイメージをつかんでいただくために,具体例をみてみたいと思います。なお本書で紹介する事例はいずれも,筆者がたくさんの当事者の方たちから学んだことをもとに創作したもので,特定の個人を紹介しているわけではないことを初めにお断りしておきます。

文献
1) 池淵恵美:こころの回復を支える 精神障害リハビリテーション.医学書院,2019

 

「何となく」から卒業しよう!

<内容紹介>デイケアで40年以上にわたり精神疾患リハビリテーションに取り組んできた著者が、心理社会的プログラムをどのように実践すればよいかを丁寧に解説する。さまざまなプログラムを「対人交流-課題達成」「身体活動-言語」の軸で分類・整理し、その使い方を伝授。急性期病棟、慢性期病棟、外来、デイケアなど場面別での使い分けについても詳しく手ほどき。これから始める人も、現場で困っている人も誰が読んでも気づきがある1冊。

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