ルーブリックの意義と活用の実際
対談・座談会 北川明,日高艶子,正野逸子
2024.09.10 医学界新聞(通常号):第3565号より
看護教育においても普及し,広く知られるようになったルーブリック。学生の実技テストやレポート課題の評価は従来行われてきたことであるため,ルーブリックによって評価基準を明確化することの意義に,しっくりこない先生もいらっしゃるかもしれません。このほど上梓された書籍『看護を教える人のためのルーブリック導入講座』1)(医学書院)は,ルーブリックの具体的な作成・活用方法はもちろん,その意義や背後にある考え方も含めて,総合的に学ぶことのできる入門書です。本紙では,書籍執筆者の北川氏と,長年看護教育に携わる日高氏,正野氏による座談会を企画。教育を通じて感じるルーブリックの意義や活用の実際についてお話しいただきました。
北川 私がルーブリックと出合ったのはおよそ10年前のことです。防衛医科大学校の看護学科設置準備室に在籍していた当時,カリキュラムを具体的に策定する中で,ディプロマ・ポリシーをいかに達成するかを描くための長期的ルーブリックを作成しました。
日高 私は,聖マリア学院大学でカトリックの愛の精神を基盤とした看護専門職者を育成するためのカリキュラム構築に携わって参りました。教育評価とそれに伴う責任について常日頃考える中で,ルーブリックの必要性を強く感じ,推進してきた次第です。
正野 産業医科大学や西九州大学で,看護学科のカリキュラム改正や構築に携わってきました。専門は在宅看護学と家族看護学ですが,特に在宅看護学では看護過程演習・実習を複数の教員が担当するため,評価がずれないようルーブリックを活用してきました。また,学生の主体性を育成するための方法としても,ルーブリックの活用を推奨しています。
要素を切り分けて評価し,統合する
日高 まずはルーブリックがどのようなものかについて,北川先生から簡単に説明していただけると良いのではないでしょうか。
北川 現在の教育においては「何を教えるか」よりも,学習者が「何をできるようになるか」という能力の育成が重要視されていますが,その能力を評価するものとしてパフォーマンス評価が存在します。パフォーマンス評価は,評価対象が学習者のふるまいや成果物であり,学習者の反応には多様性や幅が生じますから,目標の達成・未達成の二分法での評価が困難です。そのため教員による質的な判断が求められるわけですね。そして,そうした質的な評価はずれやすい。人の間での評価のズレ,同じ人の中での時期による評価のズレなどをなるべく小さくすることを目的に使われるのがルーブリックです。
正野 いずれのズレも,現場で学習評価を行う中で痛感するところです。レポート採点をしていても,複数人の教員がいると,同じレポートに対しての評価がぴったり一致することはめずらしく,1人でずっとレポート採点をしていると,一番最初に採点したレポートと最後に採点したレポートとで,全く同じ基準で評価できているのかと問われると,それもまた難しい部分があるのが実際です。
日高 面接試験でも,いくつかの部屋に分けて複数の教員が面接官を担当するスタイルがありますが,部屋ごとに評価基準が異なると,当然のことながら受験者にとって不公平なものになってしまいます。厳しい先生の部屋に当たってしまって運が悪かったね……というわけにはいきません。
北川 ルーブリックを一言で述べると,「ある課題の目標を達成させ評価するために構成要素ごとに評価基準を並べたもの」です(図)。評価対象になる能力は単純な技術ではなく,臨床のような複雑な場面において状況を正しく把握・判断し,それに応じた対応を行う複合的なものです。そうした能力を評価する場合,要素を切り分けて分析的に見ていくほうが合理的です。
正野 例えば看護技術で言うと,技術の正確性,患者さんに対する説明,声掛けや安寧への対応,プライバシーの保護,感染管理などに分けられますね。
日高 いくつかの要素に分けることで,技術は的確にできているが,患者さんへの説明や評価者への報告が適切ではなかったというように評価を行うことができます。また,学生へのフィードバックも行いやすくなることは利点と言えるでしょう。
北川 そうした有用性が,ルーブリックがさまざまな場所で使われるようになってきた理由なのかなと思います。
インタラクティブな意思疎通ツールとしてのルーブリック
日高 ルーブリックは有用であるにもかかわらず,国内に入門書が豊富にあるわけではありません。ですから,今回北川先生が『看護を教える人のためのルーブリック導入講座』を上梓されたことには意義があると感じました。
書籍の中に書かれている「ルーブリックをつくることは,学生のためになるだけでなく,教員が教育と向き合うために必要なツールである」との言には賛同するところです。ルーブリック作成は単にチェック項目を挙げていくだけの作業にとどまらず,選んだ項目には自分自身の教育観が反映されます。作成後に見直すことでリフレクションする効果を有しているのです。学生に何ができるようになってほしい,こういう看護師に育ってほしいとの教員の願いや思想が込められているのがルーブリックです。
北川 同感です。特に長期的ルーブリックでは顕著なのですが,1年後に何を知って何ができるようになっていてほしいのか,具体的なイメージをしながら作っていくことになります。教育を深く考えるきっかけになるはずです。
正野 長期的ルーブリックについては重要であるにもかかわらず,あまり作成されていない現状があります。目の前の学習課題についてルーブリックを作成するのにとどまらず,学校を卒業して現場に出た際に看護職としてどのような知識・技術・態度を身に付けておかなければならないのかから逆算した長期的な視点を,教員は持たなければならないのではないでしょうか。
日高 同時に,ルーブリックは学生―教員間の優れたコミュニケーションツールにもなり得ると感じています。ルーブリックの項目を確認することで,教員が自分に何を期待しているのかを学生が知る。それに応じて学生がパフォームし,教員もまたそれに応じる。そうした一連のコミュニケーションの基点になるのではないかなと。
正野 ルーブリックを使って形成的評価を行うことで,学生―教員間の認識のズレを是正できるのもポイントだと思います。共通認識を持って学びに向かえるようになりますから。また,自身の評価に納得しない学生や親御さんに対しても,ルーブリックを手元に置いて一つひとつの項目をともに確認することで事なきを得るケースも存在します。
日高 一方,ルーブリックが学生の思考力を奪うのではといった指摘もあるようですが,その点について北川先生はどうお考えですか。
北川 ルーブリックの中の項目として,ある種の答え(患者をアセスメントするときに何を見なければならない,どう考えなければならない等)を必要なものとして挙げてしまうと,学生が何が必要かを自身で考えなくなるのでは,との指摘はありました。ごもっともではありますが,学年が浅いうちはそういう指示的なルーブリックがあってもいいのではと考えています。1~2年生のうちは,わかりやすいルーブリックで思考訓練を行って,学年が上がるにつれて抽象度を上げていくようなスタイルもあり得るのではないでしょうか。
継続的なブラッシュアップでズレを小さくする
日高 重要なポイントとして,ルーブリックは一度作れば終わりというものではない点が挙げられます。完成したルーブリックに満足しないこと,課題を精査してより良いルーブリックにブラッシュアップすることの必要性を,実際に運用する中で感じました。
北川 実際に採点した結果を今一度見直して,教員の印象とのズレが生じていないか,同一の成果物を評価するに当たって教員間での採点結果に差が生じていないか確認することは必須です。前者のズレでは教員の意図が課題の表記やルーブリックに反映されていない可能性があります。後者の差は,ルーブリックの段階付けに抽象的な表現が含まれていることでも引き起こされるので,要注意です。加えて,採点結果の一覧を確認した上で,成績不良者の多い項目のルーブリックの表現がわかりにくくないかを確認して,学生にとって理解しやすいものにブラッシュアップしていけると良いでしょう。
正野 おっしゃるように,学生全体のルーブリック評価が悪い項目があったときは,ルーブリックの表記に原因がある可能性が否めません。教員が意図するところと学生がルーブリックを読んで理解するところが食い違っているケースがあるからです。
北川 ルーブリックは教員と学生がともに使用するものですので,教員の意見だけではなく,学生の意見も適宜聞きながらブラッシュアップしていくのが望ましいです。
日高 学生と教員間でのズレを軽減する方法は何かありますか。
北川 前提として,評価基準をできるだけ詳細に記載すること,学生が読んで理解できる言葉を使うことが必要です。その上で,先ほど日高先生が指摘されたように,授業の中で,教員がどのような能力を伸ばそうとして課した課題であるのか,学生に何を求めているのかといったことを説明・共有するのが有効かと思います。満点を取れるパフォーマンスや成果物を教員が提示するのも良いですね。総じて,学生―教員間での共通認識を構築するようなコミュニケーションを取ることが重要だと言えるでしょう。
正野 課題の意図を共有することは,教員間でのズレを小さくすることにも役立ちそうです。
北川 そうですね。加えて,評価尺度ごとに該当する「アンカー」と呼ばれる成果物を確認することも,ズレの軽減に資するかと思います。
ルーブリック作成を通じて教育観を改めて考える
正野 ルーブリックを運用する中で難しいと感じる点について相談させてください。段階を付けるに当たって「ほとんど」「概ね」「やや」「あまり」といった程度を表す形容詞・副詞の使用を避けるようにとよく言われますよね。
北川 確かに,そうした語は抽象的で,段階の判別に一貫性を持たせることが難しくなる要因なので,避けるほうがベターではあります。多用すると,信頼性の高い評価が難しくなってしまいます。
正野 しかし,そうした表現を使わざるを得ないと思われるような場合もあって,使わないほうが良いのだろうけど,使うしかないのでは……と逡巡してしまいます。
北川 そうした表現を使う場合,教員同士で話し合って,それぞれの段階をどう切っていくのか,擦り合わせを行うしかないのかなというのが正直なところです。ただ,例えば「概ねできている」と表現する場合に,一体どの部分が欠けていて,「完全に」ではなく「概ね」なのかを明確にして,言語化したほうが良いのも事実です。評価要素を切り分けてなるべく具体的な表現に落とし込む努力を行う一方で,それが難しい場合には思い切って「概ね」などを使ってしまうのも一考でしょう。
今の話からもわかるように,ルーブリックを作成することは労力のかかる大変な作業なのです。しかし,教育に大きな効果をもたらしてくれることもまた事実で,私が実感しているのは,学生の能力全体のベースアップに確実につながっているということです。記録用紙と目標しかなかった時代には,かなり基本的な部分から指導しなくてはいけないケースもちらほらあったのですが,ルーブリックを使うようになってから,些事の指導に手を取られることがなくなって,本題にすぐに入っていけるようになりました。
日高 私がルーブリックを導入して感じる変化は,学生に対して評価結果をすぐにその場で返せるようになったことです。フィードバックを素早く的確に行えることで,課題改善に向けての学生の理解が促されました。また,再評価に向けて努力すべきポイントが明示されますから,フィードバック後の伸びも大きい。できていなかった部分が着実にできるようになっていきます。成績向上の推移が目に見えてわかるので,学生も教員もうれしく,モチベーションが上がっているのを肌で感じます。
正野 モチベーションの向上は私も感じるところです。単に知識や技術を身に付けさせるだけでなく,それらが学生の中に根付き,生きる中で使えるようにすること,長期的な視座で看護職として成長させていくことこそが教育であると考えているのですが,ルーブリックはそのための一つの方法です。
日高 評価ツールの背後にある,教育する側がどのようなミッションのもとに何を目指して教育内容を検討しているかが重要であると私は思っています。それはつまるところ,各大学のミッションに基づくディプロマ・ポリシーとカリキュラム,そして教員のパッションであるはずです。
北川 そうですね。ルーブリックを作成することは,教員の中にある理想的な学生像,看護師像を具体化・言語化することであり,教育そのものを突き詰めて考えていくことにもつながります。差し当たっては目の前の教育をより良くするためのルーブリック作成が,看護教員の皆さんが自身の教育観を改めて考える契機となれば,それはとても素晴らしいことだと思います。今回上梓した書籍も,そのための一助としていただければ幸いです。
(了)
参考文献
1)北川明(編).看護を教える人のためのルーブリック導入講座.医学書院;2024.
北川 明(きたがわ・あきら)氏 順天堂大学保健看護学部 教授
阪大医学部保健学科看護学専攻卒。5年間の臨床経験の後,2004年広島県立保健福祉大(当時)看護学科助手,13年防衛医大医学教育部看護学科設置準備室准教授などを経て,21年より現職。『看護を教える人のためのルーブリック導入講座』『看護を教える人のための経験型実習教育ワークブック』(いずれも医学書院)など編著多数。
日高 艶子(ひだか・つやこ)氏 聖マリア学院大学看護学部 Provost(学事顧問)/ ロイアカデミア看護学研究 センター長
聖マリア看護専門学校,久留米大文学部人間科学科心理学系コース卒。福岡大大学院人文科学研究科教育専攻修了。2003年鳥取大医学部保健学科助教授,07年聖マリア学院大看護学部准教授,教授,学部長を経て,24年より現職。19年よりRoy Adaptation Association-International Executive board member。著書に『脳卒中リハビリテーション看護Case Study――セルフケア再構築の成功事例から学ぶ!』(メディカ出版)など。
正野 逸子(しょうの・いつこ)氏 令和健康科学大学 大学院設置準備室長 / 特任教授
神奈川県立看護教育大学校(当時)卒。筑波大大学院教育研究科修了。1997年産業医大産業保健学部助教授,2012年同大教授等を経て,24年より現職。編著に『看護実践のための根拠がわかる在宅看護技術 第4版』『関連図で理解する在宅看護過程 第2版』(メヂカルフレンド社)。
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