医学界新聞

逆輸出された漢字医学用語

連載 福武敏夫

2024.04.09 医学界新聞:第3560号より

 地球上の動物で最も血圧が高いのはキリンと言われ,260 mmHg(3.51 mH2O)くらいと突出している。これは首が長く,心臓から頭まで3 mもあるから納得できる。ゾウ(240 mmHg)も背が高いが,血圧は背の高さや身体の大きさだけで決まるものではなく,イヌは112 mmHgなのにネコは171 mmHgという〔丸善出版『理科年表 平成17年』(2004)〕。

 最初に血圧が測られた動物はウマで,1700年代前半にイギリスの聖職者が測定したという。ウマの血圧はヒトと大差ないのだが,頸動脈にパイプを刺されるという痛いことをされたせいか,300 mmHgだったという。私の医師人生において計測した血圧で最も高いのは280 mmHgだったが,これはそこまでしか測れない血圧計のせいであり,あの時の上昇の勢いでは300 mmHgだったかもしれない。300 mmHgといえばルーズベルト大統領はヤルタ会談の2か月後に脳出血で亡くなったが,その時の血圧は300/190 mmHgだったという。

 「血圧」はblood pressureの訳で,中国でも同じ語が用いられ,用語としての輸出入については不明である。ともかくも医学的に血圧が取り上げられるのは1896年にカフでの血圧計が考案されてからである。

 「高血圧」はhypertensionの訳であり,エーザイ社の創業史によると1924年に創業者である内藤豊次がドイツから降圧薬を輸入した際に広告で用いたのが初めという(薬名は「アニマザ」)。Google Scholarで検索すると同じ1924年に「蜘蛛膜下腔内異物吸収機排除能ニ就テ」(木村直樹ら)という論文で「低血圧」と共に使用されており,1928年には「高血壓症ニ關スル研究」(紅谷庄吾)という論文も著されている。いずれも千葉医科大学(当時)からでそれぞれ精神科,第二内科からだった。中国では20数年遅れて1948年の『医葯学』に初出する(『新華外来詞詞典』)。

 「高血圧」という言葉が医学でない作品に初めて登場したのは安藤鶴夫の『巷談 本牧亭』(1964)における「糖尿と高血圧を発見されてから,五十面を下げて,はじめて自分のからだのことを考えはじめた」であって,予想以上に現在に近い。「低血圧」は杉浦明平の『解体の日暮れ』(1966)における「青い顔をして寝ていました,低血圧もあるんですって」である(いずれも『日本国語大辞典』)。


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