医学界新聞

レジデントのための患者安全エッセンス

連載 栗原健

2024.04.09 医学界新聞:第3560号より

 患者安全や医療安全という言葉を聞いて,皆さんは何をイメージしますか? おそらく漠然としており,具体的なイメージが湧かないかもしれません。日本や世界中で患者安全が注目され始めたのは20世紀末のことです。他の医学の分野と比べても歴史が浅い状況ですが,臨床研修を実施する医療機関では安全管理体制を敷くことが規定され,医師臨床研修指導ガイドラインには医療の質・安全の項目があり,研修修了時には日常業務の一環として報告・連絡・相談を実践すること,医療事故等の予防と事後対応を行うことなどが求められています1)

 しかし,初期研修中に学ぶべき患者安全について網羅的に教えることのできる医療者や明示している資材は少ないのが現状です。そこで本連載では,「研修医が学ぶべき患者安全」にフォーカスを当て,研修医が何を学び,何を実践すればよいかを具体的にレクチャーできればと考えています。

 「患者安全の問題が起きているという実感が湧かない」「医療事故ってまれな事象ではないか」と考える研修医は多いのではないでしょうか? しかしながら,数値の根拠等に諸説はあるものの,相当な頻度で患者安全の問題(以下,インシデント)が生じているとされ,米国ではメディカルエラーにより年間約2万5000人が死亡していると推計されています(2013年の米国死因の第3位,図12)

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図1 米国における2013年の死因別の割合の推計(上位7項目,文献2をもとに作成)
米国においてはメディカルエラーにより年間で約2万5000人が死亡していると推計されている。

 生じたインシデントにおける医師の関与は患者への影響の度合い(死亡事例や重大な影響が残る等)に大きく影響します。医師が報告するインシデントの患者への影響は大きく(図23),日本の医療事故情報収集等において報告された事故等事案においても,研修医がインシデントへ関与し,結果的に患者が死亡した事例が報告されています4)

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図2 報告職種によるインシデントの患者影響度の割合(文献3をもとに作成)
影響度(インシデントレベル)が高いほど,医師の報告による割合が増える。
*:国立大学附属病院医療安全管理協議会策定。

 また,2018年1月~20年12月に報告された事故等事案のうち,研修医が関与した事例は127件4)とされる他,日本全国の研修医に対して行われたアンケート調査においても研修期間中の1年間に1件以上のインシデントに遭遇した研修医は76.6%で,11.0%の研修医は年間5件以上遭遇したと回答しています5)。内訳を見ると,処置や投薬に関連したインシデントが多いとされています6)。このように研修医が関係するインシデントは決してまれなことではなく,臨床研修修了後もリスクが減ることは明らかになっていません。そのため研修中には,コモンディジーズへの対応方法の習得と同様のレベルでの患者安全の知識や技術の習得が望まれるとともに,学んだことを実践していくことが求められます。

 本稿では個別具体的な安全対策や研修環境にかかわらず,研修医が知っておいたほうがよい患者安全の事項を2点ご紹介します。

●己(研修医自身)の特性を知ろう

 まず,研修医自身の安全上の特性を知っておくことが重要です。研修医自身の特性としては,医療者になったばかりであり,コミュニケーション不和が生じやすいこと,経験不足・知識不足を背景にインシデントが起こりやすいことが指摘されています4, 6)。その他,研修システムとして短期間にローテートすることが,研修医がインシデントを起こしやすい理由として挙げられます。実際,米国の病院においては,研修医のローテート後の引継ぎ不良が死亡率と関連している可能性も示唆されています7)。このように,インシデントが生じる内容や生じやすい理由を予め知っておくことは,インシデント予防に寄与するでしょう。

●病院内の仕組みに詳しくなろう

 国家試験では扱われにくい事項ですが,初期研修中は患者のケアの方法を学ぶだけでなく,病院がどのようなシステムで動いているかを知ることも重要です。病院が医療を提供する際は,患者に近い医療職だけでなく,病院内外のさまざまな関係者が関与しています。これは,患者安全に関しても例外ではありません。医薬品のエラーによる患者の健康被害を防止する機能を果たす疑義照会を例にとってみましょう。院外処方箋の疑義照会発生率は2.74%であり,その中には禁忌薬投与など薬学的疑義照会が4分の3も含まれていたと報告されています8)。疑義照会は薬剤師法上の薬剤師の義務ですが,患者安全を実践していく上で,いかに重要な営みか確認できると思います。薬剤処方と同じく,医療行為の多くは医師が起点となり発生するものの,実際に患者へ行為がなされるまでにさまざまな過程を経て,安全な医療が提供できるよう配慮されています。臨床研修中にこのような病院のシステムを理解することにより,病院に勤務する一員としてどのように振る舞えばよいかを学ぶ一助になるはずです。

 本連載では学ぶ機会の少ない患者安全について,体系的な理論を伝えるというよりも,実際の研修中に役立てられるよう配慮し,以下の内容を含めるようにしたいと思います。

 

①研修医自身がエラーを起こさないように,どのような状況で起こりやすく,どう注意し,安全対策を講じればよいかを明示する

②「研修医が病院に勤める一員としてどう振る舞えばよいか」について,インシデント報告など勤務時に共通して努めるべきこと,そして救急外来や当直中など診療セッティング別に努めるべきことの大きく2つのパートに分ける

 

 患者の安全確保は医療の基盤となる重要な事項であり,医師人生の初期段階で学ぶべき内容です。読者の皆さんも本連載をきっかけに,日々の業務で患者安全を意識し,実践できるようになることを願っています。

・患者安全の問題はマイナー事象ではない!
・研修期間中はエラーが特に生じやすい環境にあることを認識しよう
・医療機関内のシステムについて,もっと詳しくなろう


1)厚労省.医師臨床研修指導ガイドライン 2023年度版.2023.
2)BMJ. 2016[PMID:27143499]
3)Patient Saf Surg. 2020[PMID:32322306]
4)日本医療機能評価機構.医療事故情報収集等事業 第65回報告書.2021.
5)PLoS One.2022[PMID:36455042]
6)Arch Intern Med. 2005[PMID:16344418]
7)JAMA. 2016[PMID:27923090]
8)日本薬剤師会.平成27年度全国薬局疑義照会実態調査 報告書.2016.

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