医学界新聞

書評

2024.01.29 週刊医学界新聞(通常号):第3551号より

《評者》 東北大大学院文学研究科准教授・社会人間学

 臨床意思決定のテキストの決定版であり,今後一つの基準となる本である。

 この半世紀で医療における意思決定の在り方は様変わりし,医師が患者の最善を考えて治療法を決めるスタイルから,医師からの情報提供を受けて患者が自身の治療法を決めるスタイルへと大きく変化した。

 が,現実はそう単純ではない。そう言われても自分一人で決めたい患者ばかりではないし,そもそも患者が決めても専門家としては提供できない医療もある。その結果,現在では医療者と患者が「共に考え,共に決める」という在り方が模索されている。本書はこの歩みをさまざまな研究領域を横断しつつ理論的にたどり,専門家の意思決定へのかかわり方を実践的に示したものである。とりわけ理論編でのインフォームド・コンセント,シェアード・ディシジョン・メイキング,ナラティブ・アプローチの整理は秀逸であり,本書を一読すればかなり見渡しの良い地平からこれらの関係を理解することができる。

 ところで,本書はテキストであると同時に明確な理論的主張を持った本でもある。その中心は,医療者を「支援者」ではなく「関与者」としてとらえる視点である。要は「意思決定の主体を患者に限定し,医療者はそれを“外側から”支援する」という一般的な考え方を否定し,医療者もまた意思決定に関与する主体として位置付けようという提案だ。それもあって本書では一貫して「意思決定支援」という用語を使っていない。これは一歩踏み込んだ医療者のかかわりを正面から肯定するモデルであり,ただしその一方でやり方によっては医療者中心の意思決定へと「退行」しかねない立場でもある。

 だからこそ,著者はそうならないための仕掛けを随所に効かせている。特にあの手この手で著者が説明するのは,医療者が前提としている価値が特殊なものであり,それは必ずしも患者にとっては優先すべき価値ではないこと,両者には対立があることを自覚すること(わかり合えないことをわかり合うこと)の重要性である。逆に言えば,専門家としての価値に基づいて特定の選択肢を推奨する,という形で意思決定に深く関与するからこそ,自分の価値に対する反省的な認識が不可欠となる,というわけである。ここには新しい時代の専門家のモデルがある。

 私たちはいま,かつてないほど自由で不自由な社会に生きている。それぞれの自由な選択を表面的には尊重し,「自分で決めること」が至上の価値になる一方,それ故に「自由に」他者とかかわることが難しくなっている(「人それぞれなんだから放っておけば良い」という圧力)。ここを抜け出して「少しおせっかいな社会」(清水哲郎)に向かうには,どのような論理と技法が必要だろうか。本書は専門家による意思決定への関与という主題に即して,この問いに対して一つの解を出した。その意味で,医療者向けのテキストとして書かれているものの,それを超えて広い読者に読まれることを期待したい。


《評者》 国立病院機構栃木医療センター内科副部長

 現代医療において,エコーの果たす役割は年々大きくなっています。Point-of-Care Ultrasound(POCUS)などのベッドサイドエコースキルが体系化され,スマホに接続できるような小型軽量化したポケットエコーも開発され,技術革新は日進月歩です。一人一台エコーの時代も夢ではなく,医療機関によっては実現しているところもあると聞きます。ベッドサイドで手軽に検査ができ,低侵襲であることも大きな魅力で,これからますます重要性が増していくと思います。一方で,術者の技量によって検査を通して得られる情報が大きく異なるのが課題の一つです。自ら行った検査ではわからなかった所見が,上級医や検査技師によって指摘されることも少なくないでしょう。エコー技術の習熟や標準化がこれからの重要な課題です。

 『レジデントのための腹部エコーの鉄則』は,これからの腹部エコー学習の新たなバイブルとなる一冊です。この書籍の特徴は何といっても,経験豊かなスペシャリストによる「鉄則」です。エコー技術のclinical pearlともいえるこの鉄則一覧が本書の冒頭にまとめられています。

 「すべての膵嚢胞は膵癌に通じている⇆膵嚢胞は見逃すな」
 「肝内胆管は,はっきりと見えたら異常,肝外胆管はseven-eleven rule」
 「FAST陰性=出血なしではない。FASTは後腹膜臓器・骨盤損傷の出血は評価できない」

 腹部エコーを実施する上で重要なポイントではありますが,何より臨床推論において重要な内容が多く含まれており秀逸です。エコー検査はあくまで臨床推論に基づいて行うべきという諸先生の熱い思いが伝わってきます。

 本書の構成は,基礎編と実践編に分かれていますが,特に実践編ではQRコードで確認できる動画が満載で,その数実に80本以上です。エコー技術の習得には,書籍を読むだけでは伝わりにくい,具体的なプローブのあて方や声掛けなども重要です。動画を通して,まるで指導医が隣にいて教えてくれているような体験学習が可能です。また,実践編2,3では,まず症例の病歴・身体所見による診断推論があり,その推論に基づいたエコー所見とその解釈が解説されています。検査前確率を意識してエコーをどのように用いるか,所見の解釈やその後のアプローチなど,その後の臨床経過をリアルに体験することができます。

 『レジデントのための腹部エコーの鉄則』は,腹部エコーを学ぶ全ての医療従事者にとっての実践的なガイドです。本書を通して,多くの医療者がエコー技術の向上だけでなく,臨床推論においてエコーをどのように用いるかを学ぶことができると確信しています。


《評者》 東大大学院教授・産婦人科学

 待ち望まれた『産婦人科ベッドサイドマニュアル 第8版』がやっと出版された。

 産婦人科医必携の書として長年親しまれている『産婦人科ベッドサイドマニュアル』の第8版では最新の産婦人科学に即した改訂が行われており,さらに親しみやすい書となっている。1991年からの歴史を誇る本書がこれまで版を重ねて人々に愛されてきた理由は,常に時代に応じた必要とされる内容が適切に提供されてきたからである。本書はとても読みやすいのみならず,単なるハウツーにとどまらず簡潔な中にその背景知識が読み取れる類いまれなるマニュアルである。

 全ての執筆者が徳島大の関係者であることは大きな利点であり,単に徳島大の伝統を反映しているだけではなく,高度な医療から地域医療までを幅広く同じポリシーのもとで行ってきた臨床の良さが如実に表れている。どの1項目をとっても科学的根拠に基づいた最新の臨床指針が的確に示されている。新たな項目では最先端の診療内容から必要なものが過不足なく選ばれており,まさに日々の臨床に直結した書籍である。Side memoは楽しく読めるテーマが満載されており,そこだけ読んでも知識が大きく広がる構成である。

 本書は白衣のポケットに入れて持ち歩くのにも適しているが,病棟,外来に必ず一冊常備すべきで,大学などでは研究室に常備しておいてもさまざまな場面で役立つことは間違いない。目次をめくってみると,腫瘍,生殖内分泌,女性医学,周産期と実地臨床に即した項目立てになっており,探したいことがすぐに見つかる。図表は充実しており字の大きさも見やすく配慮されている。フローチャートが多数掲載されており,実際の臨床ではフローチャートに沿って症例を取り扱うと正解にたどり着けるようになっており,初期研修医,専攻医にとってはとてもありがたい。

 このような優れた書籍を育てて来られた青野敏博先生,苛原稔先生,岩佐武先生の歴代の教授のご努力と,医局員の先生方のご協力に敬意を表したい。現在,産婦人科は激動期を迎えているが,本書が進むべき方向を照らす松明として広く使用されることを願っている。

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