医学界新聞

サイエンスイラストで「伝わる」科学

連載 大内田美沙紀

2024.01.29 週刊医学界新聞(通常号):第3551号より

 前回(本紙第3546号),「感性を刺激ゾーン」における“あざとい”戦略の理屈についてお話しした。今回も引き続き同ゾーンにおけるイラストの例として,学術誌のカバーアートを紹介したい。

 今や何万とある査読付き学術誌の中で,トップジャーナルの国際学術誌として影響力が強く有名なのは,通称“CNS”と呼ばれるCellNatureScience誌だろう。これら3誌のカバーデザインの共通点として,画像やイラストを表紙の端まで引き伸ばして,その上に誌のロゴを載せている点がある。それぞれの誌のWebサイト1~3)でこれまでのカバーをアーカイブとして見ることができるが,どの号も非常に魅力的に作られている。

 感性を刺激するカバーの学術誌は前回説明した理論から,研究者のみならずそれ以外の人をも惹きつける。学術誌の影響力はもちろん投稿された論文の内容によるものだが,力がある学術誌だからカバーに凝る余裕があり,カバーに凝るからさらに人を惹きつけるというプラスの循環になっているように思える。こうしたカバーの制作は学術誌が抱えるデザイナーによるものがほとんどだと思われるが,実は掲載が決まった論文投稿者にカバーアート案の提出を促す場合もある。

 筆者は研究者とつながりを持つようになってから何度かカバーアート案の制作依頼を受けた機会があり,2018~23年の間に計12回,制作したイラストがカバーに採択された。カバーを飾ることは,その号の代表的な論文であることを意味する。雑誌社は論文が公表された瞬間にカバーアートと,その元となった論文情報をWebサイトやSNS等で拡散し,その後もアーカイブとしてあらゆる媒体に残り続けるため,研究のPR効果は計り知れない。研究者にとっても,投稿した学術誌のカバーを飾ることは研究者人生に大きく影響し,研究のシンボルアートとして残り続ける(使えるイラスト活用法)。

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 これまで私が手がけたカバーアートは,研究内容を直接示したものより,メタファーとして別のモチーフを使って表現したものが多い。例えば,Cell Stem Cell誌のカバー(Volume 24,Issue 4,図1左)では,多様性のあるさまざまな犬種をモチーフとした。サイズの合わない帽子をかぶっている犬の毛糸を編み直しマフラーにすることで(このときロゴマークの一部を編み棒に改変する許可を得た),多様な犬たちみんなが笑顔でマフラーを巻いているイラストだ。これは元となった研究がゲノム編集技術を使っており,細胞の「型」をゲノム編集技術によって操作することでどのような人間へも細胞移植が可能になったことを意味している。一見科学とは関係のなさそうなかわいらしい犬たちを並べることで,「何だろうこれ?」と目立つようにした(図1右)。前回紹介した“あざとい”戦略を用いたことは言うまでもない。

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図1 Cell Stem Cell誌カバーアート(左)。学術誌が陳列されている様子(右)。

 また,Neuron誌のカバー(Volume 106,Issue 5,図2)では,少女がリボンに絡まる大きな風船を抱えている表現を用いた。この風船はしま状に色分けられており,少女も含めて全体的に白い粒状のものをちりばめている。このカバーイラストは,舌先にある塩味を感知する味蕾細胞の研究を元にしており,大きな風船は味蕾細胞を示し(実際に風船のような形をしている),リボンは神経を表している。少女やちりばめた白い粒は,実際に塩を固めてコラージュさせた。

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図2 Neuron誌カバーアート

 さらにもう一例お示ししたい。2023年に採択されたGenome Research誌のカバー(Volume 33,Issue 4,図3)では,ビン玉(昔,日本で多く製造されていたガラス製の漁業用浮き玉)のいくつかにメダカを閉じ込め,メダカがいるビン玉にだけタグの付いたひもが巻かれているイラストにした。これはメダカの発生メカニズムを研究した論文を元としており,ヒストンをビン玉に見立て,巻かれたひもはDNA,タグはヒストン修飾を意味している。

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図3 Genome Research誌カバーアート

 どのカバーにも複雑な意味が内包されているが,もちろん,カバーを見た人にすぐその意味を汲み取ってもらえることは期待していない。先にも言ったように,「感性を刺激ゾーン」にある科学イラストの主な目的は「惹きつけること」である。カバーの詳細については,どの学術誌にもキャプションとしてどこかに必ず記述されており(紙媒体の場合は雑誌の内側,デジタル媒体の場合はクリックすれば表示される),カバーに惹かれ,意味を知りたい人が能動的に読めば良い構造になっている。まさに,前回紹介した直感的で自動的に働く「システム1(速い思考)」がカバーによって刺激され,それに釣られて理性的で思索的かつエネルギーを要する「システム2(遅い思考)」が働いたときに,キャプションを読んでその意味が理解できる仕組みだ。

 カバーへの採択は論文投稿者の夢だが,無論,このカバーアート「コンペ」に勝ち残ることは簡単ではない。筆者はこれまで12回採択されたと前述したが,実はほぼ同じ数だけ落選もしている。各誌がどのようなプロセスでカバーを選考しているかは不明だが,例えば,Cell誌が提示するカバーアート案提出のガイドライン4)では「カバーアートは芸術的でかつ情報が含まれていなければならない」「編集者は美的な質といかに研究内容を含有しているかでカバーを選ぶ」と記述している。

 こうした科学的意味を暗喩したイラストを作成することは,論文を読み解いた上で全く別の形に表現する必要があり,非常に悩ましく時間がかかる作業である。そのため表現の解釈が間違っていないか何度も研究者ともやり取りを重ねて制作を進める。最も時間がかかる部類のイラストだが,非常にやりがいのある作業であり,カバーに採択された際は依頼主の研究者と共に最高の歓喜を味わうことができるからやめられない。なお,落選した場合は研究者と共に数日引きずる落胆も味わうが,これからも機会がある限り挑戦を続けていきたい。


1)Cell. Cover archive.
2)Nature. Volumes.
3)Science. ARCHIVE.
4)Cell. Cover submission guidelines and template.

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