医学界新聞

書評

2024.01.08 週刊医学界新聞(レジデント号):第3548号より

《評者》 慶大教授・環境情報学部/医学部大学院健康マネジメント研究科

 「膵臓のがんが,肝臓のあちこちに転移してます」。今年7月,都内のがん専門病院で,母が宣告を受けた。説明を聞いた母の口から最初に出てきた言葉は,「先生,今年パスポートを10年更新したばかりなんですけど……」だった。説明した医師も,隣にいた私も意表を突かれ,しばしの沈黙となった。

 著者の尾藤誠司氏は,ロック魂を持った総合診療医であり,臨床現場の疑問に挑戦し続けるソリッドな研究者でもある。諸科学横断的な視座から探求し続けてきた研究テーマは,臨床における意思決定(注:医師決定ではなく意思決定)である。尾藤氏は約15年前に『医師アタマ――医師と患者はなぜすれ違うのか?』(医学書院,2007)を出版し,誤ったエビデンス至上主義がはびこりつつあった医学界へ一石を投じた。その数年後には一般向けに『「医師アタマ」との付き合い方――患者と医者はわかりあえるか』(中公新書クラレ,2010)という新書を出した。帯に「医師の取扱説明書」とあるとおり,患者・市民が医師の思考パターンを理解し,良好な関係を築けるような知恵が詰まったわかりやすい書籍だった。

 さて,今回出版された『患者の意思決定にどう関わるか?――ロジックの統合と実践のための技法』は,氏のこれまでの集大成となる渾身の学術書であり,実践への指南書でもある。今日まで蓄積されてきた,臨床の意思決定を考える上で不可欠な理論や領域(例えば,プロフェッショナリズム,臨床倫理,さまざまな行動科学理論,EBM,ナラティブ,さらには生成AIに至るまで)を網羅するだけでなく,そこに経験を積んだ臨床家ならではの深い考察と分析が加えられている。思弁的な部分と実践的な部分が交差する本書は,実用的でありながらも,経験知やハウツーを伝える医学書とは明らかに一線を画している。

 医師と患者の関係は,医師が主導権を持つパターナリズム,サービス消費者ととらえられる患者が力を持つコンシューマリズムを行き来し,SDM(shared decision making:共同意思決定)の時代に入ったといわれている。PubMedで論文を検索すると,2010年代半ばからは,SDMの論文刊行数がインフォームド・コンセント(IC)を抜いて急上昇し続けている。しかし,ICもSDMもEBMも全て,欧米から輸入された概念である。それらが登場した文脈や,めざす理念は理解できたとしても,実際の診療現場にそれらをやみくもに落とし込もうとすると大きな困難と混乱にぶつかる。日々の診療は,「決める」という行為の連続である。時間に追われる中,目の前の患者の訴えは置き去り,EBMもICも形骸化し,医療者にとっての正解を押し付けてしまうことも多いだろう。

 例えば,医療者は知識やエビデンスなどを,患者は自身の価値観や病の体験などを持ち寄り,共同で意思決定を行うことは可能なのだろうか。そもそも両者は何をシェアすべきなのか。両者の信頼とはどのようなことを言っているのか。本書では,そうした疑問を持つ医療者が思考を深め納得できるよう議論が展開されていく。本書は,患者の意思決定の「支援」ではなく,意思決定への「関与」が大事だと強調している。支援と関与はどのように異なるのか,なぜ支援より関与が大事なのか,ぜひ臨床家の皆さんに本書を手に取って確認していただきたい。

 冒頭で紹介した母は,告知の2か月半後に彼岸へ旅立った。パスポートは使えなかったが国内旅行を2回楽しみ,自宅で家族に手を握られながら息を引き取った。母にとって最良の意思決定ができたのか,本書を読みながら考え続けている。


《評者》 愛知県がんセンター感染症内科部
感染対策室長

 坂本史衣先生といえば,言わずと知れた「感染管理のプロフェッショナル」です。感染症業界の人ならば,まずその名を知らない人はいないのではないでしょうか? 知らなかったらモグリです。「感染管理ならば,感染症内科医もやっているでしょ? 専門でしょ?」と,思われるかもしれませんが,チッチッチ,それは違うのです。あくまでもわれわれ感染症内科医は,感染症「診療」の専門家であって,「感染管理」の専門家ではないのです(一部に両方に深い見識と経験を持つ稀有な存在もいますが)。坂本先生は,学会活動や多くの著書を通じて,長きにわたって日本の感染管理を牽引されてきました。私自身も,実際に坂本先生の講演や著書で感染管理を学んできた熱心なファンの一人です。そのような師匠的存在の坂本先生の著書の書評を書かせていただくことはとても光栄なことで,とてもとてもうれしいことなのです。

 さて,『感染対策60のQ&A』ですが,『感染対策40の鉄則』(医学書院,2016)よりもさらに読みやすく進化しており,感染管理の実務担当者の新たなバイブル本の一つになると確信しています。

 本書は各テーマが数ページにコンパクトにまとまっており,忙しい業務の合間にもさっと読むことができます。内容は網羅的に記載されているので,臨床現場で直面する可能性がある頻度の高い疑問に対してはきっと答えを見つけられると思います。Q&Aという体裁ではありますが,本書を最初から最後まで読むと,感染制御と管理についての体系的な知識を得ることができるので,通読をお勧めします。

 また,忘れた頃に対策を迫られる,でも重要な麻疹やムンプス,水痘,疥癬などの各論についてもバッチリ記載されており,各施設の院内感染対策マニュアルの作成・改定にも大いに参考になると思います。COVID-19やエムポックスに関する最新の情報も含まれており,ベテランの知識のブラッシュアップにも良いと思いました。加えて,参考文献がしっかりと付いているのも非常にありがたいです。

 総じて,坂本先生の『感染対策60のQ&A』は,読みやすさと十分な情報を兼ね備えていて,感染管理の実務担当者にとって,明日から使える知識を短期間で身につけるのに最適です。コロナ禍を通じて,多くの医療機関にとっては,感染症の脅威を念頭に置いた新たな医療提供体制を構築する必要性がより強調されるようになりましたが,そのような現代の医療現場において,本書は必読の書といっても過言ではありません!


《評者》 東京ベイ・浦安市川医療センター 救命救急センター長

 救急外来・一般内科外来は,ふらふらする,力が入らない,めまい,しびれ,などの愁訴に溢れており,神経疾患を考えない日はありません。当院ではその中から抗NMDA受容体脳炎,ギラン・バレー症候群などさまざまな疾患が明らかになる過程を目の当たりにできますが,そんな診療の先頭に立つ脳神経内科医が本書を上梓した杉田陽一郎先生です。

 しかしそもそも神経診療を苦手とする救急医・一般内科医は少なくないでしょう。苦手と思って避けていると上達しない→できるようにならない→避ける→上達しない,という悪いループから抜け出せなくなってしまいます。そもそも髄膜炎と脳卒中のみ意識していれば大丈夫,ややこしい脳神経内科の疾患が好きだったら救急医になってないよ,という声も聞こえてきそうです。とにかく苦手意識が強いんですよね。

 6歳の子どもに説明できなければ,理解したとは言えない,と言ったのはかの有名なアインシュタインですが,本書は救急医や総合内科・初期研修医など神経診療を専門としない分野の医師に向けてわかりやすく解説しています。杉田先生は院内でのレクチャーも大変明快で難しいことを簡単に話すのに長けていて感動しますが,さすが,本書においてもそのエッセンスは受け継がれています。学習意欲をデザインする枠組みの一つにARCSモデル〔Attention(面白そう),Relevance(やりがいがありそう),Confidence(やればできそう),Satisfaction(やって良かった)の頭文字〕がありますが,本書にはイラストや具体的な症例提示が豊富で,神経診療が面白そう,やりがいがありそうと思わせてくれる工夫が随所にあります。しかし本書は入門的な内容に終始しているものではありません。シンプルに語られる内容の中に筆者の経験と多くの引用文献に基づいた重厚な含蓄が込められているのです。それを支える特徴として特筆するべきは以下の3点です。

①病名から入らないことの重要性

 病名から入るのではなく「病巣」と「機序」を同定すること,これは本書を通じて一貫して強調されている筆者のメッセージです。診断学の大家である千葉大総合診療科の生坂政臣教授も診断不明例を考える際にまずは臓器と病態を考えることを強調し,そうすれば疾患そのものを知らなくても正診につなげられると仰っておられました。「臓器と病態」を「病巣と機序」に置きかえれば言っていることは本書も同様です。それにより診断精度の低い情報からシマウマ(まれな疾患のたとえ)に飛びついてしまう(本書では蛋白細胞解離とギラン・バレーの関係などが挙げられています)誤診を防ぐことができます。そのため病巣ごとに診断論が構成されており,本書の大きな特徴となっています。

②病歴を重要視している

 脳神経内科といえば神経「診察」が命,と思いがちですが,本書のタイトルがなぜ神経「診療」なのかは本書を読めば1ページ目から明らかとなります。なぜなら第1章に配置されているのは病歴の取り方や注意点で,これはどの科の医師であっても(神経診療をしなくても)読むべき内容です。患者の言葉を医療用語に変換するプロセスである病歴聴取は漫然と話を聞くだけではうまくいかず,仮説に基づいた能動的な聞き取りが必要となります。患者さんが突然といっても,急性発症であったり,いよいよ限界を迎えて一線を超えた場合(本書ではもうダメだ型と表現されている)であったりさまざまなパターンがあることや,非利き手のTIA診断は難しい,といったことなどは経験のある臨床家であれば首肯しながら読み進めてしまうでしょうし初学者にとっては非常に重要なTipsとなります。唯一過去の所見を拾うことができるのは病歴,など病歴聴取に関するさまざまなパールもちりばめられ,これらは筆者本人が誰よりも病歴に真摯に取り組み試行錯誤を繰り返してきた証左でしょう。

③疾患の整理が秀逸

 よくある成書では疾患ごとに章立てがなされ,症候が似た疾患が離れた項目になってしまうことで実践的な構成でなくなっています。しかし本書は症候別に章立てが構成されているため実臨床に活用しやすいという利点があります。非専門医にとっては関連の見えにくい,脊髄硬膜外血腫とTIAが誤診されやすい疾患としてまとめられていたり,パーキンソン病の章に水頭症が出てきたりするなどはその中の一例で,筆者が各疾患のゲシュタルト(シンプルなイメージ)を正確に把握し整理していないとできません。

 これらの特徴に支えられた本書によって,今日から使える神経診療の実践的な能力が楽しみながら得られることはもはや疑いようもありません。

 さらに,救急医にとっては,神経筋疾患による呼吸不全や意識障害の鑑別の進め方など本書内の何気ないコラムが救急外来の診療において大変参考になります。

 さあ,本書を通読して苦手だった神経診療が,やりがいがありそう,と思えたあなた,本書を片手に臨床現場に出かけましょう,ARCSの最後の項目であるSatisfaction(やって良かった)が必ず得られるはずです!


《評者》 リウゲ内科小田井クリニック

 私は最近まで3次救急病院で働いていたが,3次救急病院はその病院の特殊性からか電解質異常の症例に満ち溢れている。病棟で研修医や若手の内科専攻医と診療をしていると,彼らがいかに電解質異常の診療に苦手意識を持っているかがよくわかる。これは,おそらく,「細菌性肺炎→抗菌薬投与」といったような,ルーチンでの対応が電解質異常では現実的ではないからだと思う(そこに面白さがあるようにも思うが)。例えば低Na血症。その原因は多岐にわたり,その治療方法も病態によって使い分けが必要であり,目の前に低Na血症の患者さんがいても,若手の医師は次にどのようなアクションを起こせば良いのかわからないのだ。

 この度,長澤将先生の『Dr. 長澤印 輸液・水電解質ドリル』が上梓された。学会関連のWEB会議でご一緒させていただいたことがあり,一方的に存じ上げていたが,ここ数年は若手の先生が腎臓内科をローテーションしてくると,長澤先生の本を携帯していることが多く,長澤先生の「とっつきにくい腎疾患を若手に教えること」における影響力の大きさを感じざるを得ない状況である。さらに,先日の日本腎臓学会総会(2023年)では,前方の席でたくさんメモされている姿を目にし,長澤先生の影響力はこの勤勉さから来るのか,と思ったのを昨日のことのように思い出す。そんな長澤先生の書かれた本書は,「まさに超現場至上主義」である。

 1章は,各電解質異常の病態が解説されているが,いたずらに細かい病態生理は省いてあり,かつ現場で見ないような病態(例えば,体液量の多い高Na血症など)に関しても,「ここはない」「これもみたことない」と現場目線で潔くカットされている。

 2,3章は実際の症例提示がなされ,現場でよく遭遇する症例を中心に解説されており,網羅性以上に,「〇〇という病態を見たら,まず□□を考える」といったような,超実践的な現場で役立つ知識のオンパレードである。さらに,フロセミドは食事の影響を受けるから,患者さんには「朝起きて,体重を測って,飲むか決めましょう」と話すと良いなど,電解質異常以外の超実践的なクリニカルパールもちりばめられている。何が重要かの順位付けが難しい初学者には,網羅的であるマニュアル本よりも本書のような潔い実践的な本のほうが現場での瞬発力を鍛え,活躍してくれるのではないかと思う。

 この現場のニーズを満たした本書は,きっと電解質異常という深い迷路で行き先を見失っている若手の医師だけでなく,そういった症例の診療をサポートする医療スタッフの助けにもなってくれることは間違いないであろう。

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