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『PT・OT・STのための臨床5年目までに知っておきたい予後予測の考えかた』より

連載 竹林崇

2023.04.14

 新人や若手の療法士にとって,自身の受け持つ対象者の疾患や障害がどの程度改善するかを正確に予測することは簡単ではありません。予後について先輩やベテランに意見を仰ぐも,主観や感覚に依るところもあり何を参考とすべきか迷うケースも多いのではないでしょうか。そこで,参考となるのがリハビリテーションを実施する中で機能障害がどのような経過をたどるのかを調査した予後予測研究です。このたび刊行された書籍『PT・OT・STのための臨床5年目までに知っておきたい予後予測の考えかた』では,実臨床における予後予測研究の活かしかたや,最新のエビデンスを基に疾患別の予後予測の方法が解説されています。

 「医学界新聞プラス」では本書のうち,「予後予測の重要性」「全身管理における脊椎・脊髄疾患の機能予後予測」「脳血管疾患の予後予測に必要な上肢機能のアウトカム」の項目をピックアップし,3回に分けて紹介します。


 

  • POINT
  •  リハビリテーションにおける予後予測について理解する
  •  予後予測研究に用いられる研究デザインについて理解する
  •  予後予測研究を理解できるように関連する専門用語について理解する


 

1 予後とは

 予後とは,「疾患や症状,障害に対する医学的な今後の見通しに関する,経験や科学的な証拠(エビデンス)に基づいた見解」を意味する言葉である.PubMedやMEDLINEなどで検索する際には,英語でその意味をもつ「prognosis」という言葉を使用するのが一般的である.たとえば,医療現場で,医療者がよく口にする「予後がよい,予後良好」という言葉は,対象となる疾患や障害の今後の見通しがよいことを指す.逆に,「予後が悪い,予後不良」という言葉は,それらの見通しが悪いことを指す.また,回復状況をはっきり伝えるような表現ではないものの,「比較的予後が良好である(不良である)」という言葉も医療者の間でよく使用される.これは,類似する疾患のなかで比べると予後がよい(悪い)場合や,予後を予測した研究に比べて,眼前の対象者の予後が良好(不良)だった場合に使用されることが多い.

 このように予後という言葉は,疾患や症状,障害などに幅広く使用されることから,それらの見通しを示す対象も当然のように異なる.たとえば,命にかかわる疾患(難病指定されている神経筋疾患,悪性度合いの高い癌や,重症心疾患・呼吸器疾患などの内部障害)では,生命予後という言葉がよく使われ,「○年生存率」など生存期間を示すことが多い.一方,同じ医療においても精神疾患などでは,命の危険に対してよりも,対象者が社会でどのような状況に到達するのか,すなわち社会的な予後(帰結)に対する意味合いが大きい.また,リハビリテーション領域においては,生命予後という言葉は,臨床現場においてリハビリテーションの対象となる障害の原因疾患に対し使用する場面も少なくない.しかしながら,多くの場合,リハビリテーション領域における予後とは,対象となる障害の「機能予後」や,対象者がどのように社会に復帰し,どのような生活を送るかといった「社会的予後帰結」に対して用いられることが多い.

2 リハビリテーション領域における予後予測

 リハビリテーション領域において,予後予測は2つの観点から非常に重要となる.まず1つ目として,リハビリテーションプログラムの開始にあたり,リハビリテーションにかかわる多職種の間では妥当性の高い共通のゴール設定が不可欠であるため,チームに所属するメンバー1人ひとりの経験に頼るだけでなく,科学的なエビデンスに則り予後予測を行う必要性がある点が挙げられる.『脳卒中治療ガイドライン2021』1) でも,「リハビリテーションプログラムは,脳卒中の病態,個別の機能障害,日常生活動作(ADL)の障害,社会生活上の制限などの評価およびその予後予測に基づいて計画することが勧められる(推奨度A/エビデンスレベル中)」とされ,重要視されている.

 次に,対象者のその後の人生にかかわる情報提供という点においても,予後予測は必要になる.リハビリテーションにかかわる専門家は,多くの場面で,対象者自身,家族,医療・介護チームの構成員,さらには対象者のケースワーカー,ケアマネジャー,対象者の職場関係者などから,「この障害はいつまで続くのか?」「回復を遅らせる要因は何か?」「最終的にはどのような状況に至るのか?」「仕事にはいつ復帰できるか? そもそも復帰できるのか?」といった重要な質問を受ける.これらの質問に対する答えは,対象となる障害の臨床経過や専門家自身の過去の経験,さらには科学的なエビデンスから導き出される.また,特に情報提供としての予後にかかわる項目としては,対象となる疾患や障害の①反応性(なんらかの改善や悪化に対するエビデンス),②寛解性(対象となる疾患や障害が検出されなくなる可能性),③再発の可能性(寛解後に再び対象となる疾患や障害が検出される可能性),④持続する期間(なんらかの治療的介入を受けた場合,経過やその期間に影響を与えるかどうか),などが含まれる2)

3 療法士教育における予後予測の実際と問題

 リハビリテーション領域における予後予測については,昔から多くの研究がなされているが,筆者は,最初に予後予測研究が意識され始めたのは1960年代ごろではないかと考えている.

 海外における脳血管疾患(脳卒中)の帰結研究,臨床的な予後予測研究としては,非常に大規模なCopenhagen Stroke Studyが挙げられる2).これまでの帰結研究,予後予測研究が単一施設や比較的小さなコミュニティ内で収束していたのに対し,この研究は,デンマークのコペンハーゲン市で1年間に脳卒中を罹患し,その後,急性期ケアとリハビリテーションを受けるに至った患者の大半を対象としたコミュニティベースな前向きの観察研究である3).この研究では,①組織的な脳卒中ケアとリハビリテーションの効果,②初期の重症度と機能障害に関連した脳卒中の神経学的転帰(予後)と機能的転帰(予後),③上肢機能と歩行の回復の実際,④初期の重症度に関連した脳卒中の神経学的・機能的回復に要した時間経過,⑤脳卒中の回復メカニズム,⑥脳卒中の進行度,年齢による自然回復における再灌流の程度,糖尿病の有無,入院時の血糖値,脳卒中のタイプ(出血・梗塞),無症候性梗塞,およびMRI T2強調画像でみられる脳室周辺や深部白質の高信号病変(leukoaraiosis)などを調査し,それらが示す人口統計学的・医学的・病態生理学的要因が脳卒中の回復に及ぼす影響を調べた.これまでと異なり,実臨床に非常に近い患者群を対象に行われた研究として,大きな注目を集めた.

 また,わが国においては,1961年から50年以上にわたり継続されている九州大学のグループによる久山町研究が挙げられる.この研究では,福岡市に隣接した糟屋郡久山町(2010年当時の人口約8,400人)の住民を対象に,脳卒中および心大血管疾患などの疫学調査を行っている.注目すべきは,調査開始当時の久山町の住民が全国平均とほぼ同じ年齢・職業分布という特徴をもち,平均的な日本人の縮小モデルとしての可能性を有していた点である(図1-14).ただし,この研究では,脳卒中発症や再発に関する疾患などの予後に焦点が当てられており,残念ながらリハビリテーションにかかわる知見は少なかった.

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図1-1 久山町研究の特徴

40歳以上の全住民を対象とし,高い受診率(80%),部検率(75%),追跡率(99%)を誇ったわが国を代表する疫学的な研究である.調査の対象が,一般的な日本人の平均と近い特徴をもつことで,多くの日本人に汎用できる結果として期待された.
九州大学大学院医学研究院衛生・公衆衛生学分野久山町研究室:久山町研究より

 リハビリテーション領域における代表的な臨床所見をベースにした予後予測研究としては,長年利用されてきた二木5)の予測が挙げられる.「二木の早期自立度予測基準」と呼ばれることが多いこの研究では,対象者の脳卒中発症時期に合わせて,①入院時の予測,②入院後2週時の予測,③入院後1か月時での予測,について調査がなされた.この研究が公表された当初は,急性期においてシステマティックに予後を予測するための画期的な手法として,広く注目を集めた.

 最後に,脳卒中におけるMRIやCTを用いた伝統的な画像研究を紹介する.前田ら6)は,臨床的な経験をもとにした運動麻痺の予後とMRIやCTにおける損傷部位や大きさに関する予後予測の示唆として,①小さな病巣でも運動予後の不良なもの,②病巣の大きさと比例して運動予後がおおよそ決まるもの,③大きな病巣でも運動予後が良好なもの,に分けて報告している.

 ここでは伝統的な画像解析による予後予測について例を示したが,これらはリハビリテーション領域における予後予測のパイオニアとして位置づけられる素晴らしい研究であると考える.これらの研究があったからこそ,昨今のリハビリテーション領域の発展があったといっても過言ではない.

 ただし,これらの多くは20~40年前に実施された研究である.リハビリテーション領域は,一般的な医学的治療や手続きに付帯してサービスが提供されることが多いため,その治療成績や手続きの進歩に伴い,リハビリテーションにかかわる多くのアウトカムの帰結も大きな影響を受けることは想像に難くない.加えて,2000年以降,リハビリテーション領域においても,公衆衛生的な手続きが介入手段の効果を調査するための一般的な手法として用いられることが増えてきた.具体的には,ランダム化比較試験(randomized controlled trial;RCT)や,システマティックレビュー,メタアナリシスを用い,リハビリテーションに用いる手法そのものの効果の質が向上している.

 このように,リハビリテーションを取り巻く内外の環境が,この20~40年の間に劇的に変化していることを考えると,前述した多くの素晴らしい予後予測研究を現状に当てはめるにことに限界があることも否めない.したがって,先行する予後予測研究の歴史を学び,十分な敬意を示しつつも,近年の医療やリハビリテーションを取り巻く環境から導き出された最新の予後予測を学び,それらを臨床のなかで活かし,検証したのちに,さらに適合度の高い予後予測モデルの開発などにつなげていく必要がある.

まとめ

 超高齢社会を迎え,リハビリテーションの需要は年々高まっている.そのなかで予後予測は,リハビリテーションへのチームアプローチを円滑に進め,かつ妥当性の高いプログラムを対象者に提供するための羅針盤として非常に重要なものであり,同時に,対象者自身や家族,対象者を取り巻く社会への情報提供という点でも欠かせないものと認識されてきた.

 また,リハビリテーションの対象となる疾患や障害のバリエーションは増加し,それらに対する医学的治療も多く開発され,一般化している.リハビリテーション界隈においても,この15年の間にいくつかの大規模なRCTが実施され,アプローチ方法に対する効果のエビデンスが少しずつ蓄積されつつある.このような背景から,医療情勢やリハビリテーションの現状を鑑みた予後予測の最新モデルについて,随時アップデートする必要がある.本書では,そのための一助となる情報を提供していきたい.

  • 文献
  • 1)日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会(編):脳卒中治療ガイドライン2021.協和企画,2021
  • 2)Hudak PL, Cole DC, Haines AT, et al:Understanding prognosis to improve rehabilitation:The example of lateral elbow pain. Arch Phys Med Rehabil 77:586—593, 1996
  • 3)Jørgensen HS:The Copenhagen stroke study experience. J Stroke Cerebrovasc Dis 6:5—16, 1996
  • 4)九州大学大学院医学研究院・公衆衛生分野久山町研究室:久山町研究.
  • 5)二木 立:脳卒中リハビリテーション患者の早期自立度予測.リハビリテーション医学19:201—223,1982
  • 6)前田眞治:我々が用いている脳卒中予後予測Ⅳ.J Clin Rehabil 10:320—325,2001

 

 

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自信を持って予後を予測できる。リハプログラムの最適解を導ける。

PT・OT・STにとって臨床場面で欠かすことのできない重要テーマ「予後予測」。ともすると自身や先輩療法士の経験則に頼りがちなケースも多いなか、本書は、脳血管疾患はもちろん、全身各疾患や障害の予後予測について、これまでの予後予測研究から得られたデータや知識をもとに導き出された数多くの方法を収載している。アウトカムの測定能力やリハビリテーションスキルを1段階上げ、自信を持って予後を予測するための1冊。

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