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『感染対策60のQ&A』より

連載 坂本史衣

2023.11.24

基本的な医療関連感染対策について,理論と活用の両面からわかりやすく語りたい――。その想いをきっかけに出版された書籍『感染対策60のQ&A』では,医療関連感染の予防と制御に関する60の質問に,著者の坂本史衣氏が理論と実践を紹介しながら回答を示していく構成となっている。医学界新聞プラスでは,本書から下記の3項目をピックアップし,3週にわたって紹介をしていきます。

  • ● 医療関連感染を引き起こす病原体の感染経路にはどのようなものがありますか?
  • ● 麻疹に対する平時の対策と発生時の対応について教えてください
  • ● 針刺しを防ぐにはどうすればよいですか?

Q 麻疹に対する平時の対策と発生時の対応について教えてください

  • A

  • ☞  全職員に,1歳を過ぎてからの2回のワクチン接種歴があることを確認します

  • 患者には,標準予防策に空気予防策を追加します

  • ☞  感受性者が曝露した場合は,緊急ワクチン接種を検討します

●理論編

  •  麻疹は感染力が極めて強く,重症化しやすい感染症です.
  •  症状出現前から感染性を発揮するため,麻疹と診断された時には,周囲の人は曝露してからすでに数日が経過していることがあります.さらに,空気を介して伝播するため,曝露する人数が多く,全員を把握できないこともあります.
  •  このようにひとたび麻疹が発生すると,二次感染の制御は困難になりがちで,多大な労力を要するため,ワクチンによる予防が重要です.


a───ウイルスの特徴
麻疹ウイルスはパラミクソウイルス科モルビリウイルス属に属する一本鎖マイナス鎖RNAウイルスです.直径100~250 nmで,エンベロープを有します.
感染性は極めて強く,基本再生産数は8~12と推計されています.

b───検査と届出
臨床的に麻疹を疑った場合,通常は以下の検査を行います.採取すべき検査材料や輸送について,あらかじめ管轄の保健所に確認しておきます.

  •  麻疹特異的IgM抗体の確認(発疹出現後4~28日)
  •  急性期と回復期のペア血清で麻疹特異的IgG抗体の有意上昇を確認
  •  咽頭ぬぐい液,EDTA血,尿からの麻疹ウイルス遺伝子の検出


麻疹は感染症法で全数把握の5類感染症に指定されており,臨床診断した段階でただちに届出を行う必要があります.

c───流行状況
2010年以降,国内に常在していた遺伝子型D5がみられなくなり,2015年3月にWHO西太平洋地域事務局は日本を麻疹排除国に認定しました.

しかし,その後も海外由来の遺伝子型の麻疹ウイルスが,主に麻疹ワクチン未接種や1回のみ接種した感受性者に集団感染を引き起こしています.感染者の多くは成人です.2019年には感染症法に基づく全数把握を始めてからは最大となる744例の報告がありましたが,新型コロナウイルス感染症が国内で発生した2020年以降は,低水準で推移しています.パンデミック発生後の受診控えによる接種率の低下により,流行が起こる懸念があります.

d───潜伏期間
平均は14日,範囲は7~21日です.

e───感染可能期間
発疹出現の約4日前~発疹出現後4日目頃まで続きます.「医療機関での麻疹対応ガイドライン 第7版」では,感染可能期間を「麻疹発症(発熱,カタル症状,発疹のいずれかが初めて出現した日)の1日前から解熱後3日を経過するまで.なお,発熱がない修飾麻疹の場合は発疹出現後5日を経過するまで」としています.学校保健安全法では,解熱後3日を経過するまで出席停止となります.

f───感染経路
空気中を浮遊するウイルスを含むエアロゾル粒子の吸入による感染(空気感染),気道分泌物による粘膜の汚染(飛沫感染,接触感染)で感染します.気道分泌物で汚染された環境表面との接触による感染はまれとされています.

g───手指消毒
アルコール性手指消毒薬には感受性があります.

h───臨床症状
カタル期→発疹期→回復期の順に進行します.高熱が1週間ほど続き,合併症を起こすこともある重症度の高い感染症で,通常入院を要します.

①カタル期(2~4日)
発熱,咳,鼻汁などの上気道症状,結膜炎症状などが現れます.乳幼児には消化器症状が現れることもあります.発疹が出現する1~2日前頃に,下顎臼歯のそばの頬粘膜に白色で周りに発赤のある「コプリック斑」と呼ばれる粘膜疹がみられます.

②発疹期(3~5日)
カタル期が終わるといったん体温が1℃ほど下がった後で,再び39℃以上の高熱と発疹が現れます.発疹は顔面から現れ(顔が赤く見える),2日ほどで全身に広がります.初めはぼたん雪のような扁平で赤い発疹が次第に隆起し,癒合して,斑丘疹となります.やがて,現れた順に暗赤色になりながら,退色します.

③回復期
解熱し,全身状態が改善します.発疹は色素沈着となって黒ずんだ状態でしばらく残ります.

i───合併症
麻疹ウイルスは,リンパ節,脾臓,胸腺など,免疫を担う全身のリンパ組織を中心に増殖し,一時的に強い免疫抑制状態を引き起こします.そのため,細菌や他のウイルスなどによる感染症を合併し,重症化することがあります.

麻疹への罹患による二大死亡原因は,麻疹肺炎(1~6%)麻疹脳炎(0.1~0.2%)です.さらに,発疹の出現から2週間以内の回復期に,免疫反応によって急性散在性脳脊髄炎acute disseminated encephalomyelitis(ADEM)と呼ばれる神経障害が起こる場合があります.麻疹によるADEMの死亡率は10~20%と予後不良であり,死亡を免れた場合でも,神経学的後遺症がみられることがあります.その他,中耳炎(7~9%),下痢症(8%),クループ症候群,急性肝障害,心筋炎など,さまざまな合併症が起こります.数万例に1例と比較的まれではありますが,おそらく麻疹ウイルスの潜伏感染により,罹患から7~10年を経て,亜急性硬化性全脳炎subacute sclerosing panencephalitis(SSPE)という予後不良の脳炎を起こすことがあり,2歳未満で麻疹に罹患した場合にリスクが高まるといわれています.

合併症や死亡のリスクが高いのは,5歳未満の乳幼児,免疫不全患者や20歳以上の成人で,先進国であっても1,000人に1人が死亡する感染症です.妊娠中の感染で,流産,死産のリスクが上昇します.

j───修飾麻疹
ワクチン接種後に免疫が弱まった成人や,母体からの移行抗体を持つ乳児など,麻疹に対する免疫が不十分な人が麻疹に感染すると,潜伏期間の延長,高熱が出ない,あるいは,発熱期間が短い,カタル症状がみられない,発疹が全身ではなく手足のみに出現するなど,非典型的で軽症な麻疹を認めることがあり,これを修飾麻疹といいます.修飾麻疹は感染力が低いものの,感染源となることがあります.

k───ワクチン
麻疹含有ワクチン*1を,1歳を過ぎてから2回接種することで,接種者の98%が麻疹に対する抗体を産生します.ほとんどの人において,生涯にわたり予防効果が持続すると考えられています.

MRワクチンの副反応で,最も頻度が高いのが発熱で,接種から5~10日後に約2割にみられます.発熱と同時期に発疹や蕁麻疹を認めることもありますが,数日で消失します.極めてまれ(0.1%未満)にショック,アナフィラキシー,血小板減少性紫斑病が起こることがあります.また,これも極めてまれながら,接種との因果関係がわからないADEM,脳炎,脳症の発生報告もあります.

初回接種後は,27日間をあけて2回目を接種します.生ワクチンであるため,妊娠中はワクチンを接種することができず,接種後約2か月間は避妊が必要です.

l───感受性者への対応
感受性者が感染可能期間の麻疹患者と接触した場合,曝露から72時間以内に麻疹ワクチンを接種することで発症を予防できる可能性があります.曝露から72時間が過ぎていても,積極的に接種を検討します.

生ワクチンが接種できない1歳未満の乳児,妊婦,免疫不全患者などは,曝露から6日以内に免疫グロブリンを投与することで重症化を予防できる可能性があります.感受性のある医療関係者は,緊急ワクチン接種や免疫グロブリンの投与の有無にかかわらず,最初の曝露から5日目~最後の曝露から21日目まで就業制限を行います.

実践編●

1 平時の対策

麻疹は重症化や長期的障害を残すリスクが高い感染症であり,ウイルスに曝露した感受性者はほぼ全員が発症するため,1歳を過ぎてからの2回のワクチン接種による予防が極めて重要です.

医療機関に勤務するすべての職員(委託・派遣を含む)および研修生は,麻疹含有ワクチン接種歴を母子手帳などの文書で確認し,診療記録や接種歴確認用のカードなどに記録しておきます.1歳以降に2回の接種歴があれば,抗体検査は不要です.

麻疹に限らず,速やかな個室隔離を要する感染症の症状や徴候(発熱,呼吸器症状,発疹,消化器症状など)がある患者に積極的に症状を申告してもらえるよう,院内各所,ホームページなどの見やすい所に案内を掲載します.受付で個室隔離の必要性を事務職員が容易に判断できるような基準も作成するとよいでしょう.

麻疹疑い例が発生した場合の隔離,検査,届出,感受性者への対応を含むプロトコルを作成し,関係部門と共有しておきます.麻疹の臨床診断が困難な場合に専門診療科に相談する仕組みも作っておきます.

麻疹や結核など,空気予防策を行う感染症に罹患した患者が受診することがある医療機関では,外来や病棟に空気感染隔離室(陰圧個室)を整備します.

麻疹が発生したら,速やかに感染対策担当者・チームに連絡が行われる体制を構築しておきます.

2 麻疹疑い例発生時

麻疹が疑われる2歳以上の患者にはサージカルマスクを着用してもらい,速やかに空気感染隔離室(なければ個室)に隔離します.診察や検査はその部屋の中で行います.入院を要する場合は,空気感染隔離室に収容します.診断が確定後は,感染可能期間が過ぎるまでは原則的に部屋の中で過ごしてもらいます.

患者の担当は,1歳を過ぎてからの2回のワクチン接種歴があるか,感染防御レベルの抗体価*2が証明できる職員に限定します.妊娠中の職員は担当から外すのが無難でしょう.患者と接触する職員は,N95マスクを着用します.患者に直接触れる場合は手袋を装着するとよいでしょう.必要な検体を採取します.臨床診断を行った時点で,ただちに届出を行います.

3 麻疹診断確定後

有効な治療薬はなく,対症療法が中心となります.二次感染予防のために,感染可能期間を過ぎるまで,上記の疑い例発生時の対応を継続します.

また,麻疹の診断が確定した患者が,外来受診あるいは入院時に速やかに空気感染隔離室に収容されず,周囲の人が曝露したと考えられる場合は,管轄の保健所と連携しながら以下のように対応します.

a───接触者の洗い出し
「医療機関での麻疹対応ガイドライン 第7版」によれば,接触者とは,感染可能期間の麻疹患者と,①直接接触した人,②約2 m以内で会話などの際に飛沫を浴びた可能性がある人,③同一の空間に滞在していた人を指します.③の空間とは,患者が行動した場所を指し,空調を共有する空間も含まれます.また,麻疹ウイルスは空気中で2時間ほど感染力を維持するため,患者が退出した後の空間に少なくとも1時間(最大2時間)滞在した人も含まれます.修飾麻疹の場合,感染力は弱いので,①と②のみが接触者になります.

①と②に当てはまる接触者は比較的容易に特定できますが,患者が外来受診者だった場合などは③に該当する人を漏れなく洗い出すのは通常困難です.そうした場合は,例えば麻疹患者に院内での移動ルート,滞在先やその日時を聞き取り,その場所と時間帯(+最大2時間)に院内にいたと考えられる外来受診者などに連絡することや,掲示物やホームページ上で接触者に該当する人は連絡するように呼びかけるといった対応を行います.

b───接触者への対応
把握できたすべての接触者(患者,面会者,同行者,職員など)について,1歳以降に受けた2回分の麻疹含有ワクチン接種歴,または感染防御レベルの抗体価,または検査で確定した麻疹の罹患歴を母子手帳や検査結果報告書などの文書で確認します.いずれかが証明できた人への対応は不要です.ただし,免疫不全患者は再感染のリスクがあるので,感受性があるという前提で対応を検討します.

上記が証明できない人(感受性のある接触者)で生ワクチンが接種可能な人には,発症を防ぐために緊急の麻疹含有ワクチン接種を検討します.通常はMRワクチンを使用します.接種にあたり,感染者の感染可能期間をもとに最初に曝露が起きた日時を推定します.曝露から72時間以内であれば,発症を予防できる可能性があります.ただし,72時間を過ぎていても,今後の感染を防ぐために接種を積極的に検討します.接触者の同居者についても,同様の対応を検討します.抗体検査を行い,結果が得られるのが遅くなりそうな場合には,先にワクチンを接種しても問題はないとされています.

免疫不全患者,妊婦,乳児などの生ワクチン接種の不適当者は,免疫グロブリンの投与を検討します.最初の曝露から6日以内であれば,発症を予防できる可能性があります.

緊急ワクチン接種や免疫グロブリンの投与の有無にかかわらず,感受性者は接触から21日を過ぎるまで麻疹を発症する可能性があるため,感受性のある人との接触を避け,疑わしい症状が現れた場合は,電話連絡をした上で受診するように指導します.連絡があった際に,受診日時,受診先,院内の通行ルート,マスク着用などについて打ち合わせておきます.

多床室で麻疹患者が発生するなど,感受性のある入院患者が麻疹ウイルスに曝露した場合は,他の患者への伝播を防ぐための病床管理と健康観察を行います.退院が可能なら退院させます.

把握できなかった接触者がいると考えて,麻疹患者の発生から約1か月間は,各科外来に麻疹患者が受診する可能性が高いことを念頭に置いて積極的に問診を行います.

c───感染源の確認
入院中の患者が麻疹を発症し,潜伏期間などから院内で感染した可能性が疑われる場合は,感染源を可能な限り調査します.

参考文献
1)Guerra FM,et al:Lancet Infect Dis.2017;17(12):e420-8.PMID 28757186
2)ECDC:Factsheet about measles.
https://www.ecdc.europa.eu/en/measles/facts
3)Government of Canada:Pathogen Safety Data Sheets:Infectious Substances―Measles virus.
https://www.canada.ca/en/public-health/services/laboratory-biosafety-biosecurity/pathogen-safe
ty-data-sheets-risk-assessment/measles-virus.html

4)厚生労働省:麻疹について.
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/mea
sles/index.html

5)国立感染症研究所 感染症疫学センター:医療機関での麻疹対応ガイドライン 第7版.2018.
https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/measles/guideline/medical_201805.pdf
6)日本環境感染学会:医療関係者のためのワクチンガイドライン 第3版.2020.
http://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/jsipc/vaccine-guideline_03(3).pdf


*1    国内では一般的にMR(麻疹・風疹混合)ワクチンが使用されますが,麻疹単独のワクチンもあります.海外ではMMR(麻疹・ムンプス・風疹混合)ワクチンやMMRV(麻疹・ムンプス・風疹・水痘混合)ワクチンが使用されています.

*2    日本環境感染学会の「医療関係者のためのワクチンガイドライン」の最新版を参考にします.麻疹に対する感染防御レベルの抗体価はEIA法(IgG)16.0以上,PA法 1:256以上,中和法 1:8以上となっています.

 

問題解決のための理論と実践をQ&A形式で具体的に解説

<内容紹介>医療関連感染対策の現場で起こる複雑で多様な問題を解決する情報が満載。押さえておきたい60テーマを8カテゴリーに分類し、Q&A形式で具体的に解説(①標準予防策、②感染経路別予防策、③医療器具関連感染予防、④職業感染予防、⑤洗浄・消毒・滅菌、⑥医療環境管理、⑦サーベイランス、⑧新興感染症のパンデミック)。姉妹書の『感染対策40の鉄則』とともにIPC(医療関連感染の予防と管理)に取り組む人の心強い相棒!

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