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『レジデントのための腹部エコーの鉄則 [Web動画付]』より

連載 亀田徹

2023.11.10

 従来,腹部エコーは,検査室で行われる系統的超音波検査として行われてきましたが,近年,臨床医が自らベッドサイドで行うPoint-of-Care Ultrasonography(POCUS)の概念が世界中で共有されるようになりました。腹部エコーの世界は変化の渦中にあると言ってもよいのではないでしょうか。

 書籍『レジデントのための腹部エコーの鉄則 [Web動画付]』は,POCUSと系統的超音波検査の考え方を併せ持ち,解剖学的知識,走査法といった基本から,画像の解釈,病態の把握まで,腹部エコーを行ううえで知っておきたい“鉄則”を1冊にまとめています。本書とともに,新たな腹部エコーの時代へ歩みをすすめてみませんか。

 「医学界新聞プラス」では本書のうち,「実践編1(超音波解剖と走査法——胆囊・肝外胆管)」,「基礎編(プローブとオリエンテーション)」,「実践編3(症候別エコーの実践——下腹部痛)」の項目をピックアップし,4回に分けて紹介します。


 

Practice2
下腹部痛を主訴に受診した33歳女性

■病歴・身体所見による診断推論
受診6時間前からじわじわと持続性の下腹部正中の痛みが出現,3時間前に痛みは緩和したように感じた。歩行や体動では痛みは増強しなかった。性状は月経痛に似ていたが,普段よりも持続時間が長かった。嘔気なし,下痢なし。血圧126/64mmHg,脈拍数78回/分,体温37.8℃,BMI 19kg/m2。腹部は平坦で軟,強めの叩打と圧迫で右下腹部痛は増強するようであったが,腹膜刺激症状は目立たなかった。肋骨脊柱角叩打痛なし。症状は改善しており,腹膜刺激症状も目立たず,急性虫垂炎の可能性はあるが,他の消化管疾患,婦人科疾患,尿路疾患も考えられた。

■エコー所見と解釈
コンベックスプローブで両側腎臓を観察したが,水腎症は認めなかった。次に婦人科疾患として異所性妊娠や卵巣出血,卵巣腫瘍茎捻転の可能性を考慮し,腹腔内出血と下腹部腫瘤像の検索を行ったが関連した所見は認めなかった。最後に虫垂の評価を行うことにした。「どこが痛いか指で示してください」と尋ねると,少し迷いながら「このあたりかな」と右下腹部を指した。リニアプローブに持ち替えて観察を行ったが,当初は消化管ガスの影響で虫垂は同定できなかった。そのままプローブを押さえつけながら観察を続けていると,霧が晴れたかのように蠕動のない管腔像が画面に現れた(graded compression technique) 1)。断面は円形で最大径は10mm,圧縮されず圧痛の最強点と一致した。その管腔像は骨盤部に落ち込みそれ以上観察できなかった。一方,反対側をたどると径は細くなり,盲腸と連続していることを確認した〔図3,▶動画03.(図3cに対応)〕。

図3.jpg

【鉄則】「森」を見てから「木」をみる

・Practice 1のようなケースでは,Point of Careとして,最初から観察範囲を絞ってもいいが,今回のケースでは,痛みの局在が不明瞭で,鑑別疾患も絞りにくい。このような場合は,腹部エコーの一般的な鉄則である,まず全体像をとらえてから局所に絞って観察するのが妥当である。このケースでは観察しやすい範囲から順に評価した。
・虫垂の系統的な同定法としては,上行結腸・盲腸,回盲弁をまず描出し,さらに盲腸から壁の折り返しがなく伸びる,蠕動のない管腔像をとらえることが一般的に推奨される。上行結腸は後腹膜に固定されており,正常ではガス像,細菌性大腸炎では壁肥厚像をとらえやすい。病歴と身体所見から急性虫垂炎かと思いきや,大腸憩室炎や細菌性大腸炎ということもある。

【鉄則】rule in 向きか,rule out向きかを整理しておく

・プロフェッショナルであれば,急性虫垂炎のrule in,rule out双方に腹部エコーは有用であるが,一般的にrule outには不向きである。正常虫垂(全体)の描出が難しいことが少なくないからである。仮に正常虫垂の一部が観察できても完全に否定できない。盲端部に限局した虫垂炎もありえる(筆者には苦い経験がある)。
・ある程度腫大していれば,急性虫垂炎はrule inしやすい。もちろん超音波所見を正確に理解していることが前提である。腫大はもちろん(>6mmとされることが多い),圧縮されない(されにくい),蠕動がない,sonographic McBurney’s signがある,などである。初学者は(炎症を起こした)回腸末端を虫垂と間違うことがある。
・他領域では,例えば急性胆囊炎はrule outしやすい。虫垂と異なり,胆囊は正常像も描出しやすいので,サイズが小さくて緊満感がなければ,急性胆囊炎は考えにくい 2)。一方,超急性期の急性胆囊炎では診断に悩まされることがある。炎症が進んで壁肥厚が目立ち,sonographic Murphy’s signが陽性であれば,rule inできる。

Practice2のその後

「症状はよくなったようですが,虫垂が腫れているようですので,急性虫垂炎として担当の外科に連絡します」と患者に説明し,外科に引き継いだ。当初は抗菌薬の経静脈投与による保存的治療の方針となった。

参考文献
1) Poortman P, et al:Improving diagnosis of acute appendicitis: results of a diagnostic pathway with standard use of ultrasonography followed by selective use of CT. J Am Coll Surg 208:434-441, 2009

2) Summers SM, et al:A prospective evaluation of emergency department bedside ultrasonography for the detection of acute cholecystitis. Ann Emerg Med 56:114-122, 2010

 

 

プローブを握る前にこの1冊!

<内容紹介>解剖学的知識、走査法といった基本から、画像の解釈、病態の把握、そして日常臨床でよく出会うものの、実はどこにも対応法が載っていないものまで、腹部エコーを行ううえで知っておきたい“鉄則”をまとめた1冊。悩みがち・迷いがちなテーマを中心に取り上げ、症例をもとに実践的な対応策を示す。実践編1「超音波解剖とプローブ走査法」では、丁寧な解説とWeb動画でハンズオンセミナーのように走査のコツを修得できる。

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