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  • 心の不調に対する「アニメ療法」の可能性(6)物語がメンタルにプラスの作用をもたらす仕組み②(パントー・フランチェスコ)

医学界新聞

心の不調に対する「アニメ療法」の可能性

連載 パントー・フランチェスコ

2023.12.18 週刊医学界新聞(通常号):第3546号より

 前回(連載第5回,本紙第3542号)は,「アニメ療法」の根底にある既存の理論を紹介しながら,基礎的な知識を確認しました。今回は,さらに掘り下げて,物語がメンタルにプラスの効果をもたらす心理的なメカニズムを紹介します。すでに触れたように,全ては感情移入(物語への没入)から始まります。作品に感情的に入り込むことで,自分自身を変える道筋が開かれ,信念,行動の変化がもたらされ得ます。ではその変化とは,どのようなものでしょうか。

 グリーンとブロック1)は,暴力,友情,誠実など,建設的なテーマを取り扱った物語を用いて,被験者に物語作品を鑑賞させた後にアンケート調査を行いました。結果,社会的行動の向上がみられました。被験者は,個人的な利益がなくとも,自発的に他者への関心,共感を示すようになったのです。こうした変化が現れると,非行や暴力といった反社会的行動が減少し,共通の場を大切にする気持ちが強くなります。信念の変化の鍵は感情移入と先述しましたが,具体的にどういったメカニズムを通じて生じる変化なのでしょうか。筆者の考えでは,鑑賞者と物語作品に登場するキャラクターの間に生じる感情的な動態が肝要です。鑑賞者は物語の世界へ没入すると,しばしば自身が作中のキャラクターになったかのように,キャラクターを応援したくなったり,憧れ,好き,嫌いといった生々しい感情を抱いたりすることがあります。このプロセスを,筆者は「同一化」と呼んでいます。

 哲学者のウォルハイム2)によると,人間は日常において自己表現を抑圧されることが多いけれど,他者あるいは物語のキャラクターの視点を借りると,自己を想像的にとらえ直すことができます。元々自身の内面にあるものの抑制されている感情が登場人物の体験に置き換えられ,そうした感情を間接的に自由に表出できる可能性があるのです。社会に認めてもらえないと,葛藤の末に感情を押し殺す恐れがある一方,自己をキャラクターへと預けることで楽になることがあります。鑑賞者はキャラクターから何かを学んで,自分自身へと再帰します。このようなアイデンティティーの「旅路」は,物語がもたらすことのできる心理的な現象と筆者は考えます。

 物語作品の鑑賞は,単に現実逃避であると片付けられるものではありません。アニメ療法の目的は,最終的に現実に帰還することです。もちろん作品だけの力で目的を達成することが困難な場合,鑑賞後のカウンセリングや,アニメ療法に特化した作品によって不足を補う必要があります。同一化がいきなり成立するわけでもありません。私たちのアイデンティティーが部分的に特定のキャラクターに惹かれる現象があり,筆者は「共振」と呼んでいます。例えばあるキャラクターが,鑑賞者が長らく憧れている正義感を有していると感じれば(共振),キャラクターの振る舞いや服装,スタイル,話し方をも身につけたい気持ちが生まれるかもしれません(同一化)。

 私たちが好奇心と探究心を持って作品に接すれば,憧れの対象を一つに絞れない可能性があります。自分自身のまだ知らない側面に気づくこともあり得ます。複数のキャラクターに対してその複数の性質に共振し,自己発見し,最終的に自己変容する可能性も十分あるということです。生じた自己変化の種は,育てる必要があります。鑑賞後のカウンセリングであれば,カウンセラーとの対話を通じて,新しい発見を深め,自己変化をものにすることも可能でしょう。カウンセラーに頼らない場合は,AIの力を借りながら鑑賞後のタスクをクリアすることで,物語から得たものを現実世界に落とし込むといった方法もあるでしょう。


1)J Pers Soc Psychol. 2000[PMID:11079236]
2)Wollheim R. The Good self and the bad self:the moral psychology of British idealism and the English school of psychoanalysis compared. British Academy;1976.

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