医学界新聞

対談・座談会 勝原裕美子,山之上雄一

2023.11.27 週刊医学界新聞(看護号):第3543号より

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 コーチングとは,コミュニケーションを通じてかかわる相手が望む未来を見つけ,その未来の実現に向けてその人が持っている力を最大限に発揮するための援助を指します。管理者がコーチングを身に付けることで,スタッフ各人の能力やモチベーションが引き出されるため,結果として周囲の人や組織に利益をもたらします。本紙では,看護管理の現場で“コーチングマインド”を持ったかかわりができるようになるための考え方やメソッドが記された新刊『コーチングマインドを極めると,マネジメントがもっと楽しくなる』(医学書院)を上梓した勝原裕美子氏と山之上雄一氏の対談を通して,コーチングマインドとは何かをひもときます。

勝原 看護部長を務めていた頃,ある仕事でサポートをお願いしていた米国人コンサルタントが「なぜ裕美子には,コーチがいないの? 米国では一般的な管理者もコーチングを日常的に利用しているわよ」と私に言いました。これが,看護管理の現場にコーチングを定着させようと思ったきっかけです。かねてコーチングに関心があり研究したこともありましたが,もっと身近にあるべきだと言われたのはかなりの衝撃でした。

 それからもう一度コーチングを学び直し,ご縁があって山之上先生と出会いました。山之上先生とは,『看護管理』誌で連載(2020年1月号~21年5月号)を持つほか,学会でワークショップを開催するなどしてきましたね。

山之上 勝原先生と出会ってから看護の奥深さをより知るようになりました。私はプロのコーチとして,医療関係者をはじめ,経営者やアスリートまで幅広くコーチングを行っています。本日はコーチングの専門家として,また看護という世界を外側から見てきた立場より,感じたことをお話できればと思います。よろしくお願いします。

勝原 山之上先生はアスリートも担当されていますが,スポーツで用いられるコーチングと,われわれが用いるコーチングは意味が異なっていますよね。

山之上 ええ。スポーツ競技で監督がするような指導や指示を想像される方が多いと思いますが,われわれはそれらをティーチングと定義し,コーチングはその人が持つ力(考えや技術,経験など)を最大限に発揮できるよう援助するコミュニケーションと定義しています()。

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 ティーチングとコーチングの違い〔『コーチングマインドを極めると,マネジメントがもっと楽しくなる』14頁より〕

 サッカーで例えると,ボールの蹴り方を教えるのはティーチングで,「うまく蹴れたときは,どういう蹴り方で,何を意識していた?」と問い掛けて内省を促し,そこで得た気付きを生かしてもらうのがコーチングです。

勝原 看護師の働く現場は,問題解決思考がほとんどです。現在の患者さんの状態をアセスメントし,望ましいアウトカムを設定して,その差を埋めるために「どうすることが最善か?」と,問題をなくすための努力を看護師はいつもしています。患者さんにも「血圧が高いので塩分は控えてください」と指導します。これはティーチングですね。その一方で,患者さん自らが主体的に塩分制限に取り組めるように,「患者さんの関心事」に関心を寄せてサポートするのがコーチングです(図1)。コーチングという言葉を使っていないだけで,実際には看護実践の中でコーチングを行っているのです。

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図1 「相手の関心」に関心を寄せる〔『コーチングマインドを極めると,マネジメントがもっと楽しくなる』36頁より〕

 ところが,スタッフを相手にすると,できていないことの指摘や,こうすればどうかというアドバイスをつい口にしてしまい,ティーチングが優位になりがちです。コーチングは,問題解決のための方法論を教えるティーチングとは別物であることを,看護管理者には把握しておいてほしいです。

山之上 おっしゃるように,答えを教えることだけが管理者としてのかかわりの全てではありません。「こうやったらうまくいくよ」と伝えるティーチングのかかわり方も時に大事ですが,「何が問題だと思っているのか」「それはどうしてなのか」「何ができるのか」と,スタッフが自ら考えて行動する支援を行うことも管理者の大事な仕事です。

 コーチングとティーチングでそれぞれ有効な場面が異なりますので使い分けを意識すると良いでしょう。答えを得て問題を処理してしまえばそれで済むような場面や,緊急性のある場面でコーチングのかかわりをされると面倒に感じますし,教わる側が反感を抱いてしまい逆効果になり得ます。これは看護の現場でも同じかと思います。

勝原 そうですね。入職直後の新人看護師や異動後間もない看護師であれば,ティーチングのかかわり方が必要となる場面が多くあるはずです。一方,ベテランになればなるほど,「うまくいったのはどんな時なのか」と内省してもらうことで,自らの経験から解決策が引き出されてくるものです。また,コーチングでは解決策を他人から強制的に教え込まれるのでなく自ら導き出すため,より一層仕事への姿勢が前向きとなるきっかけになると思います。

勝原 コーチングを行う際,ティーチングとの使い分けの他に意識すべきことはありますか。

山之上 まずはスタッフと良い関係性を構築することが大事だと考えています。われわれのコーチングは“周りの人を信頼できて自分らしくいられる居場所があることが幸せだ”というアドラーの哲学を土台としています(図2)。いつも何かに駄目出しをしたり,相談しても否定したりする管理者とは本心で話せないものです。先にも言いましたが,コーチングでは本人が内省して深い気付きを得てから変容することをめざしているため,スタッフの本音を引き出す必要があります。この管理者には話しても大丈夫だという関係を築くことは,コーチングに限らずコミュニケーションの入り口です。

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図2 アドラー心理学を土台としたコーチング〔『コーチングマインドを極めると,マネジメントがもっと楽しくなる』24頁より〕
周りの人を信頼できて自分らしくいられる居場所があることが幸せだというアドラーの哲学の上に,それぞれのコーチのあり方(存在)があって,そのコーチがさまざまな技術を身につけてかかわることがコーチングである。

勝原 スタッフとの関係では,看護管理者は「その相談は後にして」と優先順位を下げたり,「あなたの言いたいことはわかっている。こういうことでしょう?」と決めつけるような発言をしたりすることがあります。もちろん悪気があってのことではないのですが,スタッフからするとその後のコミュニケーションがとりづらくなります。

山之上 スタッフとの人間関係は「土壌」のようなものであり,豊かな土壌はお互いの成長を促します。人はみな,自分の話を聞いてもらいたいとの想いを持っていますので,「自分の話を否定せずにしっかり受け止めてもらえた」とスタッフに思ってもらえることが大事です。何より自分のことを話すだけでも気分がすっきりしたり,頭の中が整理され新たな気付きがあったりもします。面談等でコーチングをする時間は,管理者の時間ではなく,スタッフの時間であることを意識してみてください。

山之上 私は看護業界を外から見ていて,看護師の皆さんは,患者さんに寄り添い笑顔で一声を掛けるといった他者への思いやりに長けていると思いました。ですから,スタッフに対してもそうしたかかわりができるはずです。そのようなスキルはどこかで教わるものなのでしょうか。

勝原 看護師は,基礎教育の頃から傾聴する・共感することの大切さを学んでいます。だからこそ山之上先生の目にもそう映ったのでしょう。ですので,看護管理者の皆さんは,スタッフの話をうまく引き出すこともできると思っています。先にも言いましたが,コーチングではもう少し踏み込んで,相手に関心を寄せるのでなく「『相手の関心』に関心を寄せる」ことを意識してほしいです(図1)。

 一方で,さまざまな職種の方々と携わる山之上先生から見て,看護師に特有のネガティブな特性はありますか。

山之上 「看護師とはこうあるべきだ」との考えを持つ方が多いように思います。患者さんを元気にするため,ひいては社会貢献するために力を尽くそうとする姿勢そのものはすばらしいと思うのですが,こうあるべきという姿に縛られ過ぎているように見えます。

勝原 私もこれまでの経験から,看護師は「せねばならない症候群」が強いような気がします。クリニカルラダーに乗らねばならない,この時間までにこの仕事をせねばならないとか,自分で自分を縛っていて,不自由な状態にあるのではと思うことがあります。

山之上 患者さんへのより良い看護という目的のために,看護師の皆さんが行うことにはエビデンスに基づいた一定の決まりがあるものかもしれません。しかし,看護師一人ひとりが,看護の中で何に喜びを感じ,何を大事にしているのか,看護師としてどうなっていきたいのかは,各人で違いがあるはず。コーチングが,看護師としての目標を自分で立て,その目標に向かって自己実現していくきっかけとなってほしいです。

勝原 目の前のスタッフには夢や目標を実現する力,悩みを解決する力があると信じてかかわってください。お互いの可能性を信じて応援する関係性があれば,もっと幸せに,気持ち良く,生き生きと仕事ができると思いますし,だからこそ能力が開花していくのだと思います。

山之上 われわれが上梓した書籍タイトルを「コーチング」ではなく「コーチングマインド」としたのも,看護管理者がみなコーチという仕事に就くわけではないので,“コーチング的なかかわり”ができるようになってほしいとの想いからです。

勝原 加えて,図2で示したアドラー心理学を土台としたコーチングにある「コーチングの技術」から極めるのでなく,まずは「コーチのあり方」を学び,気軽に取り組み始めてほしいという想いもあります。そもそもコーチングに取り組むといっても,特別な技術を学ばなければならないわけではありません。普段から行われている看護管理者としてのかかわりを,少しだけ体系化したものがコーチングです。

 本書は,現場で生かせるコーチングを紹介するために,ハウツーを羅列する作りとせず,ストーリー調にすることを意識しています。

山之上 出てくる登場人物と事例は,私と勝原先生が看護師,看護管理者の方々のサポートをさせていただいた中であった事実を基に着想しました。本書のストーリーとご自身を重ね合わせ,生かせそうな内容があれば積極的に取り入れてほしいです。

勝原 例えば師長さんが大変な中だけど,勇気を出してスタッフに笑顔で「ありがとう」「助かった」と声掛けし始めると,チームの雰囲気にすぐ変化は見られなくても,徐々に変わっていくものです。コーチングマインドを持った取り組みがマイナスになることはなく,やればやるほどプラスが積み上がっていくはず。まずはコーチングマインドを持ってマネジメントを楽しもうとしてみてほしいです。

山之上 ティーチング・評価・判断・指示を中心にスタッフとのコミュニケーションを行ってきた看護管理者の方の中には,コーチングを学ぶことで今までの自分のかかわりが悪かったのでないかと思われる方がいらっしゃるかもしれません。けれども,そうは思ってほしくないのです。ティーチングもかかわり方の一つで,場面によっては有効でしょう。コーチングマインドを身につけることで,自分自身も周りの人も楽になる可能性があります。楽しみながら,まずは実験ぐらいの感覚で取り組んでもらえたらうれしいです。

(了)


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オフィスKATSUHARA 代表

同志社大文学部英文学科卒。聖路加看護大(当時)卒業後,国立循環器病センター(当時)に勤務。兵庫県立大看護学部看護システム学准教授,聖隷浜松病院副院長兼総看護部長を経て,2016年より現職。学びほぐしの場として勝原私塾を開催。コーチング技法も取り入れながらマネジメントが楽しめる人の育成に努めている。ヒーローズサポート株式会社認定コーチ。著書に『コーチングマインドを極めると,マネジメントがもっと楽しくなる』『組織で生きる――管理と倫理のはざまで』(ともに医学書院)ほか。

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ヒーローズサポート株式会社 代表取締役

会社員時代に社内におけるスタッフのマネジメントに悩み,「どうすれば個人と組織が最大限のパフォーマンスを発揮できるのか」を探求。2012年にプロコーチとして起業する。アドラー心理学をはじめ,さまざまなスキルを統合したコーチングや研修で,プロアスリートや経営者,起業家,医療従事者などをコーチングで幅広くサポートするほか,コーチ養成講座を主宰し,コーチの育成にも注力している。著書に『コーチングマインドを極めると,マネジメントがもっと楽しくなる』(医学書院)。

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