医学界新聞

書評

2023.11.06 週刊医学界新聞(通常号):第3540号より

《評者》 大阪公立大大学院教授・神経精神医学

 精神障害による労災申請もその認定も増加の一途をたどっている昨今,メンタルヘルスケアは職場における最優先課題の一つである。職場のメンタルヘルスに関する成書も多く出版され,最近はスマホでネット記事にもアクセスできる。困ったら本で,ネットで,検索すれば良いと思っておられる方も多いのではないか。しかし,それでは職場でいざというときに役立たない。職場で求められているのは,目の前で困っている労働者,上司,そして産業保健スタッフへの具体的対応だからである。またネットなどですぐに参考資料を引けるように思いがちだが,どのように調べて良いのかわからず,目の前にある具体的な困りごとに役立つ記載にはなかなかたどり着かないだろう。本書の良いところは,単なる病気の説明にとどまらず,メンタルヘルス不調による職場での具体的な困りごとや,「事例性」に多く触れているところである。痒い所に手が届く内容で驚いたが,執筆者が「現場が本当に知りたい問題」を取り上げるべく,周囲の産業医,産業保健スタッフにあらかじめアンケートを実施したと知り,さもありなん,と納得した。

 本書がQ&A形式であることも素晴らしい。いざ困った時に目次からよく似た質問(Q)を見つけてそれへの具体的な対応(A)を読むことができる。職場での一次から三次予防のノウハウが惜しげもなく書かれており,入門書として最初から勉強するのも良いだろうし,困ったことが起こる度に本書をひも解くことも良いだろう。そうすれば知らないうちに実践に即した知識と対応方法が身に付くことだろう。

 評者は精神科医師として産業現場にかかわっているが,実際のメンタルヘルスケアは精神科医だけでは行えない。職場のことをよく知る他の産業保健スタッフや人事労務担当との連携が欠かせないし,昨今は安全配慮義務やハラスメントなど法的知識なくしてメンタルヘルスケアは行えない。この本は産業現場の経験が豊富な産業医,精神科医,看護師・保健師,弁護士,おのおのの専門家で執筆者陣を構成し,おのおのの視点での専門的解説に加え,さまざまな職種の連携を念頭において書かれている。このことは労働者本人への対応だけでなくさまざまな職種と連携する時に大いに役立つ。

 法律家なども執筆しているので文章が堅苦しいのではないかと思ったが,「入門」と表題にあるように文章は平易である。だが内容は奥深く,職場でよく遭遇し頭を抱えてしまうメンタルヘルスケア問題への対応が具体的かつわかりやすく記載してある。現場をよく知る専門家ならではであろう。職場にかかわる多くの人がメンタルヘルスケアで困った時にすぐ手に取れるように,職場の机の上に常備しておきたい一冊である。


《評者》 関西医大准教授・精神神経科学

 双極症は,活動性が低下する抑うつ状態と活動性が高まる躁状態を交互に示す“双極”の病態を持つ疾患である。一般的には,抑うつ症状の期間が躁症状よりも長く,20代で発症が多く,性別による発症の差はない。抗うつ薬に反応しないことが多く,気分安定薬の使用と再発防止が重要であり,発症には遺伝的要素が関与していると考えられている。

 しかし,この双極症の病態生理は,モデル動物で再現することが難しいため,詳細な解明が進んでいない。その結果,診断や治療の参考になるバイオマーカーが存在せず,患者と丁寧に向き合いつつ,病歴と症状を基に類似症状を示す疾患を鑑別し,治療を進める必要がある。そのため,現状では治療に難渋するケースも少なくない。

 診療の現場において,双極症の臨床の基本となる治療法の選択肢,その根拠とメカニズムを包括的にまとめた本書は,双極症の診療時に信頼できる内容である。第1章から第6章までは臨床的な視点から,そして第7章から第13章までは双極症の研究における新たな可能性やヒントについてバランス良く記述されている。

 前半の臨床部分では躁状態,抑うつ状態を呈する身体疾患や,原因となる薬剤が網羅され,難治性双極症の診療にも役立つ診断の重要性が強調されている。また,薬物治療の作用機序や薬物動態に関する情報が豊富で理解しやすく記述されている点も素晴らしい。特にリチウムに関しての緻密な記述は,論文の総説を上回る情報が網羅されており,著者のリチウムへの強い思いがうかがえる。

 後半の研究部分では,“現在のところ,双極症を積極的に診断することのできる特異的検査方法は存在しない”と始まるバイオマーカー研究の章,そしてゲノム研究の情報量が圧巻である。双極症の発症に関与する遺伝の関与について,連鎖解析,ゲノムワイド関連研究,ポリジェニックスコア,コピー数多様性,染色体異常,全ゲノム解析,デノボ点変異など,全ての解析手法が網羅され,深く掘り下げられている。双極症の発症に遺伝的関与が明らかとなって久しいが,その遺伝情報が臨床応用につながらない現状のジレンマを抱えながらも,初学者にもわかるように丁寧に解説されている点が印象的である。これらの章を読むと,双極症の遺伝子マーカーの特定やその機能の解明により,双極症の理解を一段と深め,未来の治療法開発への期待を高めるものとなっている。

 日本うつ病学会の双極症ガイドラインの統括でもある著者が一人で書き上げた新刊『双極症 第4版――病態の理解から治療戦略まで』は圧巻の内容で,双極症に関するあらゆる観点から,主題を巧みに組み合わせた,貴重な洞察と知識を提供する一冊である。


《評者》 地域医療機能推進機構理事

 多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は中枢神経障害を引き起こす代表的な自己免疫疾患であるが,その疾患概念は21世紀に入って大きく変化した。従来はMSの1つのサブタイプと考えられていた視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)が,NMO-IgGすなわちアクアポリン4(aquaporin 4:AQP4)抗体が見いだされたことにより病態の異なる疾患と考えられるようになり,さらにAQP4抗体陽性症例の臨床像が多様であることから視神経脊髄炎スペクトラム障害(neuromyelitis optica spectrum disorders:NMOSD)という疾患概念が生まれた。また,中枢神経のミエリンを構成するミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(myelin oligodendrocyte glycoprotein:MOG)に対する自己抗体の関連する疾患として,MOG抗体関連疾患(MOG antibody-associated disease:MOGAD)も類縁する疾患として確立されてきた。これらの中枢神経の炎症性疾患に対する治療も,従来のステロイド,血漿交換,免疫グロブリン製剤や免疫抑制薬に加えて各種の分子標的薬が導入されるようになっている。本書はこうしたMS,NMOSD,MOGADの最新情報を中心とし,それに加えて急性散在性脳脊髄炎(acute disseminated encephalomyelitis:ADEM)やバロー同心円硬化症(Baló concentric sclerosis:BCS)も対象として,日本神経学会が主体となって作成された診療ガイドラインであり,『多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン2017』の改訂版である。前の版の出版からこれまでの間に多くの進歩がみられたが,特に新規治療薬の導入は数多く,知識の整理が必要であり,今回の改訂はまさに時宜を得たものといえよう。

 本書は3つの章から成り立っている。第Ⅰ章は,中枢神経系炎症性脱髄疾患診療における基本情報であり,それぞれの疾患の概要から診断,治療について詳細に記載されている。この第Ⅰ章を通読するだけで,希少疾患であるMS,NMOSD,MOGAD,ADEM,BCSについて,要領良く理解することができるであろう。また免疫性神経疾患の治療薬について,まとまった知識を得るにも最適の教材と考えられる。第Ⅰ章の最後には,医療経済学的側面および社会資源の活用として,診療において重要な検査や治療の保険適用,法律や制度,療養や就労の支援などについて述べられていて,日常診療に役立つ内容となっている。

 第Ⅱ章は診療における5件のCQ(clinical question)と推奨,第Ⅲ章は多数のQ&Aとなっているが,第Ⅱ章はやや専門的な内容であり,日常診療における疑問はほぼ第Ⅲ章で解決できるであろう。したがって,一般の脳神経内科医や他科の医師,看護師やメディカルスタッフにとっては,第Ⅲ章が大変役に立つと考えられる。

 MSおよび関連疾患は,前述のように進歩が著しい領域であるが,その進歩には,特にNMOSDやMOGADにおいてわが国の研究者の寄与も大きなものがある。本書は,わが国のエキスパートの知見の集大成といえるものであり,当該疾患の診療のバイブルとして活用されるものと思われる。


《評者》 自治医大主任教授・内科学/教授・消化器内科学

 この度小山恒男先生,矢作直久先生による『十二指腸腫瘍の内視鏡治療とマネジメント』が出版された。非常にタイムリーな,今必要とされる指南書である。25年前にわれわれがESDを始めたのは,低侵襲で臓器温存のできる内視鏡治療の確実性を高め,適応を広げたいと考えたからである。適応を広げると本来リンパ節郭清を必要とする外科手術の適応病変にまで踏み込む可能性も出てくるため,詳細な病理診断によりリンパ節転移のリスクを詳しく知りたく,一括摘除にこだわったという経緯がある。

 近年十二指腸腫瘍が脚光を浴びている。十二指腸は,解剖学的に特殊な臓器である。食道,胃,大腸では,標準的な治療として手技も確立したESDではあるが,十二指腸においては極めて技術的にも困難であり,リスクも高い。穿孔等の偶発症を起こすと膵液が後腹膜に漏れることにより,致死的な問題に進展するリスクも高い。一方で,十二指腸の解剖学的な特殊性のため,手術的治療においても高度な技術が要求され,リスク,侵襲の大きな手術となってしまう。

 そういう意味では,内視鏡治療で完遂できればメリットも大きいと言える。十二指腸の内視鏡治療はリスクとベネフィットの両方が大きい手技であると言えるが,それ故その特徴をよく知り,理解し,適切な治療法の選択は非常に重要となる。安易に手を出して取り返しのつかないような合併症を引き起こすことのないように本書を通じて理解を深めていただきたい。

 本書は,十二指腸における内視鏡治療の特殊性,実施に必要な体制,術前チェックの実際,麻酔法,ESDのみならず,cold snare polypectomy,under water-EMR,EMR,LECSも含めた各種治療法の解説とコツに加えて切除後の縫縮や縫縮困難時の対応など治療後の偶発症予防法,また,偶発症発生時の対応法まで詳しく解説されている。そして後半では,実際の症例を通じてマネジメントのコツを学べるように豊富な症例が提示されている。これから十二指腸腫瘍の内視鏡治療を始めようとする先生方,十二指腸腫瘍の内視鏡治療をより安全確実に行っていこうと考えている先生方にお薦めの一冊である。ぜひ役立ててほしい。

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