医学界新聞

毒を愛し,毒を制す

上條吉人氏に聞く

インタビュー 上條吉人

2023.10.30 週刊医学界新聞(通常号):第3539号より

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 2021年埼玉医科大学において,日本初の中毒学の研究・教育・中毒患者の診療を専門とする臨床中毒学講座と臨床中毒センターが開設された。その初代教授・センター長に就任した上條吉人氏は,同講座やセンターでの活動に加え,20年に発足した日本臨床・分析中毒学会の活動にも精力的に取り組んでおり,氏がこのたび上梓した『臨床中毒学 第2版』(医学書院)にも,これらの研究成果があまた詰め込まれている。自らを“中毒中毒”と称する氏に,埼玉医科大学,学会での取り組みや臨床中毒学の面白さについて聞いた。

――埼玉医科大学で臨床中毒学講座および臨床中毒センターを立ち上げた目的を教えてください。

上條 米国をはじめとした海外では中毒学が医学分野の1つとして確立し,中毒センターも数多く存在します。日本にも,臨床中毒学の研究・教育・中毒患者の診療に今まで以上に力を入れられる場が欲しかったのです。救急に運ばれてくる中毒患者の多くは,自殺や自傷を目的に大量の薬や毒物を摂取しており,精神的な問題を抱えています。これらの患者を中毒から救うには,身体的な診療だけでは足りません。薬や毒物を摂取するに至った背景にある精神的な問題に対してもしっかり診療し,身体と心を並行して診る「心身総合診療」を実現していく必要があると考えています。そのため,精神科への理解が深い施設で臨床中毒学に取り組みたいと長らく思っていました。

 そんな折,幸いにも当時埼玉医科大学救急科の教授だった芳賀佳之先生に「埼玉医大でもっと中毒を頑張ってみないか」とお声掛けいただきました。本学は毛呂病院という精神科病院が発祥のため精神科が充実しており,“多くの中毒患者の背景にある薬物依存は甘えや意思の弱さではなく,精神疾患”ととらえて臨床に向き合っていました。臨床中毒学に取り組むにはうってつけの場と感じ,埼玉医科大学で臨床中毒学講座と臨床中毒センターを立ち上げることになったのです。

――臨床中毒センターでは具体的にどのような活動をしているのでしょうか。

上條 まず,心身総合診療を念頭に置いた救急診療です。重症度を問わず運ばれてきた中毒患者を救急科や集中治療部などと連携しながら治療し,初療から退院(転院)まで一貫した治療を提供しています。また,当センターには精神科医や臨床心理士も所属しており,神経精神科・心療内科とも適宜協力しながら精神的なケアも行っています。

 中毒診療は救急医だけで成り立つものではなく,薬毒物の情報を提供する薬剤師,中毒物質の薬毒物分析を担う専門家,精神的なケアを行う臨床心理士・精神科医など全員が力を合わせることで成立します。講座名やセンター名にある“臨床”という言葉には,「中毒診療においては医師だけでなく多職種によるチーム医療が最重要」という意図を込めています。

上條 臨床だけでなく薬毒物の分析・研究にも力を入れています。興味深い症例に出合った時に,薬毒物を定性・定量分析し,次の治療に役立つ症例報告として世界に発信することが,中毒診療の発展のために不可欠だからです。実際に,2008年をピークに流行した硫化水素中毒1),2011~14年に流行した危険ドラッグ中毒2, 3),13年より流行したカフェイン中毒4)などの社会問題になった中毒は,私が中心となり多施設共同調査を施行し,原著論文として世界に発信しました。日本の中毒診療に携わる者として,正しい知識・情報を後世に遺すことができたのは意義深いことだったと自負しています。

――今後の診療に生かすための,薬毒物分析を伴う正しい情報の発信が大切ということですね。

上條 そのとおりです。薬毒物分析においては,2020年に発足した日本臨床・分析中毒学会(J's-CAT)とも連携しています。学会員の在籍する施設で貴重な症例が見つかった時は,当センターをはじめとした薬毒物分析ネットワークに所属している分析機器が整った施設に検体を運んでもらい,分析し,結果をフィードバックしています。

――学会との連携の意図を教えてください。

上條 忙しい救急医が法医学や薬学などの薬毒物分析の専門家と協働できる場を提供することで,意義のある英文症例報告・原著論文の発信を後押しすることです。日本の救急医療現場ではこれまで本格的に薬毒物分析を行う施設がほとんどありませんでした。当学会の薬物ネットワークが稼働したことで日本の薬毒物の分析・研究活動がより活発になることを期待しています。

 喜ばしいことに,学会では現在成果が着実に出ており,本学会から発表された論文に海外の中毒専門家が興味を示してくれています。そこから海外とのネットワークが構築され,来年の5月に世界の中毒研究者の権威が集まる国際会議()を日本で開催する運びになりました。日本からの発信が価値あるものだと世界に認められたと思うと,非常にうれしいですね。

――国際会議ではどのようなトピックが議論されるのでしょうか。

上條 今回の国際会議のメインテーマは生物毒中毒です。アジアでは日本に比べて生物毒中毒に関する研究が進んでおり,日本が学ぶことは非常に多いです。地球温暖化が進む現在,これまで熱帯にしか生息していなかった有毒生物が日本でも見られるようになってきています。構築したネットワークを活用して正しい応急処置や治療法を世界から学び,ガイドラインとして普及させることで,より日本の中毒診療の質を上げていきたいです。

――お話を伺って,生き生きと活動されている様子がよくわかりました。

上條 新しいことに取り組むのは楽しいですよ。同じ志を持った人と共に,自分がやりたいことを実現していくことに非常にときめくんです。ときめきがあるからこそ,多方面の活動を頑張れているのだと思います。

――本領域で今後めざしたいことはありますか。

上條 日本における臨床中毒学のさらなる発展です。まず,埼玉県の広域の中毒患者を当センターで診療できるようにしたいと考えています。患者も解毒薬・拮抗薬も,1か所に集約したほうが効率が良いはずです。また,現在は中毒の専門家が日本に少ないので,臨床中毒学講座で次世代の中毒の専門家を育て,中毒に携わる人を増やしていきたいですね。臨床中毒学に興味がある読者の方は,ぜひ当院に研修に来ていただければと思います。

 そして,われわれの臨床中毒センターをモデルにして,各都道府県に中毒の専門家と解毒薬を集約した臨床中毒センターを設立し,その地域の中毒患者を心身ともに診療できる体制を整えたいというのが私の願いです。

――最後に,先生の思う臨床中毒学の面白さを教えてください。

上條 臨床中毒学は深めていくと非常に面白い学問です。次から次へと新しい中毒物質が出てきて興味深いですし,新しい症例に出合った時に,症状や臨床経過を正確に記録すると同時に薬毒物分析をして症例報告する。また,多施設共同で多くの症例を集積して原著論文として海外に発信する,という過程のとりこになっています。私は自分のことを“中毒中毒”だと思っているんです(笑)。このたび上梓した『臨床中毒学 第2版』(医学書院)は,そんな私の中毒に向き合ってきた人生が詰まっている1冊です。自分が読むとしたらどんな情報を入れたら面白いか,役に立つかを考えつつ,楽しみながら書きました。ぜひ手に取ってみてください。

(了)


:国際会議の開催およびガイドライン作成のためのクラウドファンディングを11月半ばに開始する予定。

1)Clin Toxicol(Phila). 2013[PMID:23700987]
2)Intern Med. 2014[PMID:25366001]
3)Am J Drug Alcohol Abuse. 2016[PMID:27314752]
4)Intern Med. 2018[PMID:29526946]

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埼玉医科大学医学部臨床中毒科 教授/埼玉医科大学病院臨床中毒センター長

1982年東工大理学部化学科卒,88年東京医歯大医学部卒。同年より同大附属病院および関連病院にて精神科医としての研鑽を積み,受け持ち患者の自殺既遂を契機に救急医に転身。92年より北里大救命救急センターにて研鑽を積む。2012年北里大中毒・心身総合救急医学特任教授,14年北里大救命救急医学教授/北里大メディカルセンター救急センター部長,15年埼玉医大救急科教授を経て,21年より現職。専門分野は急性中毒。20年に「一般社団法人 日本臨床・分析中毒学会」を設立して代表理事に就任,翌年からわが国で唯一の臨床中毒学講座および臨床中毒センターを運営している。『急性中毒診療レジデントマニュアル 第2版』『精神障害のある救急患者対応マニュアル 第2版』『臨床中毒学 第2版』(いずれも医学書院)など著書多数。

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