臨床中毒学 第2版

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わが国の中毒診療のトップランナーとして精力的に活動を続ける著者が、「臨床現場で役立つ中毒学の成書」をコンセプトに、これまでの自身の経験・知見と最新のエビデンスを惜しみなく注ぎ込んだ決定版。 1章「急性中毒治療の5大原則」に続き、2章以降は中毒物質112物質をジャンル別(医薬品、農薬、家庭用品、化学・工業用品、生物毒)にまとめ、フローチャートも交えて解説する。巻末には「近年の中毒トレンド」も掲載。

上條 吉人
発行 2023年11月判型:B5頁:696
ISBN 978-4-260-05220-7
定価 14,300円 (本体13,000円+税)

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第2版の序

 本書の初版を2009年に上梓してから,早いもので14年の時が流れた.初版冒頭の「献辞」では,3人の娘たち(名前のイニシャルは全員「M」)のことを「大自然の中で毒のある動植物を探すときめきを分かちあったちっちゃな冒険者たち(3Ms)」と記した.彼女たちはみな成人し,今ではそれぞれの道に進んでいる.一方で,「中毒中毒」(⇒p V)の筆者に長年寄り添ってくれた妻は2017年に永眠した.2018年には男気溢れる生きざまが憧れの的だった守屋裕文先生(元・東京都立広尾病院神経科部長)が,2019年には親分肌に満ちたリーダーシップが魅力的だった鈴木市郎先生(前・医療法人博文会理事長)とキノコ鑑定の師匠だった畠山久紀氏(長野県松原湖畔にある「ファミリーロッジ宮本屋」ご主人)がご逝去された.大切な人たちが遠くに行ってしまった寂寥感が筆者の胸中の多くを占めていた.
 時計の針を少し戻す.筆者は2015年に北里大学から埼玉医科大学に異動した.「中毒(学)は医学の重要な一分野であり,中毒(使用症)は甘えや意志の弱さではなく立派な精神疾患である」と捉えて臨床に向き合うその校風に惹かれたのだった(埼玉医科大学はもともと毛呂病院という精神科病院が発祥で,精神科が充実している).大学の理解と支援があり,2021年にはわが国で初めて医学部に「臨床中毒学講座」が,大学病院に「臨床中毒センター」が設立され,筆者のライフワークである「中毒」の臨床・研究・教育に没頭できる環境が整った.学外では2020年に志を同じくする者たちと「一般社団法人日本臨床・分析中毒学会」(http://www2.issjp.com/jscat/)を立ち上げた.
 本書第2版の構想と準備は,2017年から始まっていた.初版は幸いにも好評を博し,改訂を望む多くの読者の声は筆者の励みとなったが,実は改訂の最大のモチベーションは「『臨床中毒学』の執筆が自分にとって至福の時間だったから」である.そして「あの至福の時間をもう一度味わいたい」と思って,改訂に向けた具体的な作業を開始した時期に,前述の通り伴侶を失った.還暦近くになり,筆者の筆も重くなったこともあるかもしれない.第2版の着手から刊行まで時間を要したのにはこのような事情がある.それでも何とか校了にこぎつけることができたのは,初版刊行の翌2010年に生まれた娘と(彼女のイニシャルもMなので娘たちは4Msになった),2021年に生まれた息子の存在である.
 2010年生まれの娘との思い出は数々あるが,1つ挙げるとするなら,登木口進先生(新潟県小千谷市在住の神経内科医)が主宰していた「ドクササコ研究会」の仲間たちとのドクササコ狩りである.日中は小千谷市の時水城山を所々で疲れてぐずる娘を背負いながら渉猟し,夜は笑顔が戻った娘を加えて歌と踊りの大宴会をしたことを昨日のことのように思い出す(⇒p 546「100. ドクササコ」).そして我に返り,いま目の前にいるちっちゃくて愛らしい息子に目をやると「彼とも同じように大自然の中で毒のある動植物を探すときめきを分かちあいたい」という意欲が新たに湧いてきたのだ.
 初版刊行(2009年)以降のわが国の中毒トレンドを簡単に振り返ってみる.前年の2008年から,多硫化カルシウムを含有する入浴剤と酸性洗浄剤を混合して発生する硫化水素を吸入して自殺する,いわゆる「硫化水素自殺」(⇒p 611)が流行したが,致死率が非常に高く多くの若者が亡くなった.2011~2014年には合成カンナビノイド系物質やカチノン系物質が添加された植物片,粉末,アロマリキッドなど,いわゆる危険ドラッグの摂取により著しい精神症状や横紋筋融解症が生じた中毒患者が急増し,車の暴走による死亡事故が起きて大きな社会問題となった(⇒p 614).2013年からカフェインを主成分とする市販の眠気だるさ防止薬(錠剤)の過量服用によるカフェイン中毒患者が増加し,重症や死亡例の報告が相次いだ(⇒p 618).これらについてはいずれも筆者が中心となり多施設共同調査を施行し,その結果を世界に発信した.『臨床中毒学』の題名を冠する書籍の著者として,この歴史をきちんと後世に残したいという思いが募ったからである.中毒に関する正しい知識・情報・データを広めるべく,マスコミの取材や警察からの問い合わせに時間が許す限り対応するのも,同様の使命感によるところが大きい.
 最後に初版の監修を通じて本書の基礎づくりにご貢献いただいた相馬一亥先生(北里大学名誉教授),わが国初の「臨床中毒学講座」および「臨床中毒センター」の設立にご尽力いただいた丸木清之先生(埼玉医科大学理事長),小山勇先生(同大学専務理事),別所正美先生(同大学前学長),篠塚望先生(同大学病院長),本書の企画,構成,執筆にわたって多大なるお力添えをたまわり,節目節目でモチベーションを上げるべくグルメ会やフグ釣りなどをともにしてくれた医学書院医学書籍編集部の西村僚一氏,制作部の日高汐海氏に心からの感謝を捧げたい.

 2023年10月吉日
 埼玉医科大学教授・臨床中毒学
 上條吉人

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1章 急性中毒治療の5大原則
 原則 1 全身管理(1A, 2Bs, and 3Cs)
 原則 2 吸収の阻害
 原則 3 排泄の促進
 原則 4 解毒薬・拮抗薬
 原則 5 精神科的評価・治療・トリアージ

2章 医薬品
 A 向精神薬
  1 フェノチアジン誘導体
  2 ブチロフェノン誘導体
  3 非定型抗精神病薬
  4 第1世代三環系抗うつ薬(TCA)
  5 第2世代三環系抗うつ薬(TCA)(アモキサピン),四環系抗うつ薬(マプロチリン)
  6 新規抗うつ薬(SSRI,SNRI,NaSSA)
  7 リチウム
  8 カルバマゼピン
  9 フェニトイン(PHT),ホスフェニトイン
  10 バルプロ酸(VPA)
  11 ラモトリギン(LTG)
  12 バルビツール酸類
  13 ベンゾジアゼピン受容体作動薬
 B 市販薬(解熱鎮痛薬,感冒薬)
  14 アセトアミノフェン(パラセタモール)
  15 アスピリン(アセチルサリチル酸)
  16 イブプロフェン
  17 ジフェンヒドラミン(第1世代抗ヒスタミン薬)
  18 ブロムワレリル尿素
  19 カフェイン
  20 エフェドラアルカロイド(エフェドリン,メチルエフェドリン)
  21 コデイン,ジヒドロコデイン
  22 デキストロメトルファン(DXM)
 C 循環器薬
  23 β遮断薬
  24 Ca拮抗薬
  25 ACE阻害薬
  26 有機硝酸塩(ニトログリセリン,硝酸イソソルビド)
  27 ジギタリス強心配糖体(ジゴキシン,ジギトキシン)
 D その他の医薬品
  28 テオフィリン
  29 ムスカリン受容体遮断薬(ビペリデン,トリヘキシフェニジル)
  30 糖尿病治療薬
  31 コルヒチン
  32 イソニアジド(INH)
  33 カンフル(樟脳)
 E 覚醒剤,麻薬
  34 アンフェタミン類(メタンフェタミン,MDMA)
  35 コカイン
  36 オピオイド類(モルヒネ,ヘロイン)
  37 大麻(マリファナ,ハシッシュ,ハッシュオイル)
  38 LSD(リゼルギン酸ジエチルアミド)
  39 γ-ヒドロキシ酪酸(GHB)
  40 5-MeO-DIPT(5-メトキシ-N,N-ジイソプロピルトリプタミン)
  41 幻覚性キノコ,マジックマッシュルーム(シロシビン,シロシン)
  42 イボテン酸・ムシモール含有キノコ(ベニテングタケ,イボテングタケ)
  43 危険ドラッグ(合成カンナビノイド系物質,カチノン系物質)

3章 農薬
 F 殺虫剤
  44 有機リン
  45 カーバメート(カルバミン酸塩)
  46 ピレトリン類,ピレスロイド類
  47 ホウ酸
 G 除草剤
  48 パラコート
  49 グルホシネートアンモニウム塩含有除草剤
  50 グリホサート・界面活性剤含有除草剤(GlySH)
  51 アニリン系除草剤
  52 塩素酸ナトリウム
 H 殺鼠剤
  53 ワルファリン,スーパーワルファリン
  54 モノフルオロ酢酸
  55 タリウム塩(硫酸タリウム)
 I その他
  56 クロルピクリン

4章 家庭用品
 J 防虫剤
  57 ナフタレン,パラジクロロベンゼン
 K 洗浄剤
  58 腐食性物質(酸性物質,アルカリ性物質)
 L その他
  59 ニコチン含有製品(タバコ,電子タバコ用リキッド)
  60 ベンザルコニウム(BZK)

5章 化学用品,工業用品
 M 炭化水素および芳香族化合物
  61 天然ガス成分,石油製品(プロパン,ブタン,ガソリン,灯油)
  62 シンナー(トルエン,キシレン)
 N アルコール類およびグリコール類
  63 フェノール,クレゾール
  64 メタノール(メチルアルコール)
  65 エタノール(エチルアルコール)
  66 イソプロパノール(イソプロピルアルコール)
  67 プロピレングリコール
  68 エチレングリコール
 O 重金属
  69 無機ヒ素化合物(三酸化ヒ素)
  70 水銀
  71 鉛
  72 カドミウム
  73 鉄化合物
 P ガス
  74 一酸化炭素(CO)
  75 硫化水素(H2S)
  76 二酸化硫黄(亜硫酸ガス),塩化水素(塩酸ガス),アンモニア《水溶性の高い刺激性ガス》
  77 塩素ガス《水溶性の中程度の刺激性ガス》
  78 窒素酸化物(NO,NO2),ホスゲン《水溶性の低い刺激性ガス》
  79 フロン類《フッ素を含むハロゲン化炭化水素》
  80 ヘリウム
 Q その他
  81 二酸化炭素(CO2
  82 シアン化物
  83 アジ化ナトリウム(NaN3
  84 フッ化水素酸
  85 マグネシウム(Mg2+

6章 生物毒
 R 植物毒
  86 トリカブト
  87 幻覚性ナス科植物(ハシリドコロ,チョウセンアサガオ)《抗コリン・トキシドローム》
  88 ヒガンバナ科植物(ヒガンバナ,スイセン属植物)
  89 ドクゼリ属植物
  90 ヨウシュヤマゴボウ
  91 キョウチクトウ属植物
  92 スズラン属植物
  93 ナツメグ
  94 イチョウ(ギンナン)
 S キノコ毒
  95 環状ペプチド毒キノコ(ドクツルタケ,シロタマゴテングタケ,コレラタケ)
  96 ツキヨタケ《胃腸症状型》
  97 クサウラベニタケ《胃腸症状型》
  98 カキシメジ《胃腸症状型》
  99 ニガクリタケ《胃腸症状型》
  100 ドクササコ
  101 コプリン群キノコ(ヒトヨタケ類),ホテイシメジ《エタノール・ジスルフィラム反応様症状型》
  102 ニセクロハツ
 T 魚介類
  103 フグ毒(TTX)
  104 パリトキシンおよびその類似毒素(パリトキシン様毒)
  105 シガテラ毒(CTXs)
  106 ヒスタミン(サバ亜目)
  107 麻痺性貝毒(STX,GTX)
 U 刺傷,咬傷
  108 ハブクラゲ刺傷
  109 カサゴ目魚類刺傷(オニダルマオコゼ,オニオコゼ,ミノカサゴ)
  110 マムシ咬傷
  111 ヤマカガシ咬傷
  112 ハブ咬傷

付録
 1.近年の中毒トレンド
  1 グリホサート・カリウム塩を含有する除草剤中毒(2006年~)
  2 硫化水素自殺(2008~2011年)
  3 急性危険ドラッグ中毒(2011~2014年)
  4 カフェイン含有錠剤の過量服用(2013年~)
  5 ベゲタミン® 錠の販売中止(2016年)
 2.わが国の中毒事件簿
  1 有機リン
  2 パラコート
  3 グリホサート・界面活性剤含有除草剤(GlySH)
  4 タリウム塩(硫酸タリウム)
  5 ベンザルコニウム(BZK)
  6 フェノール,クレゾール
  7 エタノール(エチルアルコール)
  8 無機ヒ素化合物(三酸化ヒ素)
  9 水銀
  10 カドミウム
  11 一酸化炭素(CO)
  12 硫化水素(H2S)
  13 二酸化硫黄(亜硫酸ガス),塩化水素(塩酸ガス),アンモニア《水溶性の高い刺激性ガス》
  14 シアン化物
  15 アジ化ナトリウム(NaN3
  16 トリカブト
 3.毒物を扱った推理小説ガイド
  1 バルビツール酸類
  2 コルヒチン
  3 アンフェタミン類(メタンフェタミン,MDMA)
  4 コカイン
  5 オピオイド類(モルヒネ,ヘロイン)
  6 大麻(マリファナ,ハシッシュ,ハッシュオイル)
  7 イボテン酸・ムシモール含有キノコ(ベニテングタケ,イボテングタケ)
  8 有機リン
  9 カーバメート(カルバミン酸塩)
  10 パラコート
  11 タリウム塩(硫酸タリウム)
  12 腐食性物質(酸性物質,アルカリ性物質)
  13 ニコチン含有製品(タバコ,電子タバコ用リキッド)
  14 無機ヒ素化合物(三酸化ヒ素)
  15 水銀
  16 鉛
  17 カドミウム
  18 一酸化炭素(CO)
  19 二酸化硫黄(亜硫酸ガス),塩化水素(塩酸ガス),アンモニア《水溶性の高い刺激性ガス》
  20 二酸化炭素(CO2
  21 シアン化物
  22 トリカブト
  23 幻覚性ナス科植物(ハシリドコロ,チョウセンアサガオ)《抗コリン・トキシドローム》
  24 ドクゼリ属植物
  25 キョウチクトウ属植物
  26 スズラン属植物
  27 環状ペプチド毒キノコ(ドクツルタケ,シロタマゴテングタケ,コレラタケ)
  28 フグ毒(TTX)
  29 麻痺性貝毒(STX,GTX)
  30 マムシ咬傷
  31 ヤマカガシ咬傷
 4.撮影データ

索引

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中毒学のバイブルと言ってよい充実度と完成度
書評者:沼澤 聡(昭和大大学院教授・毒物学)

 多くの救急医に好評を博していた上條吉人先生の『臨床中毒学』の改訂版が刊行された。著者は,理学部で化学を専攻したのち医師となったが,当初の専門は精神科であったと聞く。その後,担当患者の死を契機に救急医に転身し,中毒沼にはまっていったとのことである。このような経歴が醸し出す雰囲気は,本書の随所に感じられる。

 すなわち,急性中毒治療の原則に「精神科的評価・治療・トリアージ」を含めて5大原則としたこと,各中毒起因物質の説明に薬物の構造や物性,代謝などケミストリーが多く取り上げられていること,「毒のメカニズム」として毒性発現の薬理学的メカニズムを詳細に解説していること,実症例をふんだんに紹介していること,著者自身の撮影による植物・動物を含めた多くの写真など,挙げればきりがない。

 さらに,「ひとことメモ」では,これまでの臨床経験から治療時に注意すべきことや当該薬物の小ネタまで,中毒を理解し他者に重要な点を伝える上でとても参考になる。これらが連関して本書の臨場感溢れる雰囲気を作り出している。もちろん,著者のユニークな経歴だけでなく,個性的な感性も本書に染み出て花を添えていることは言うまでもない。

 一方,中毒診療に長年従事した著者ならではの,実臨床で出会う頻度や直感的な毒性の強さをドクロマークの数で示し,混乱した状況でも,最低限押さえておくべき情報を端的に示している。また,「治療のフローチャート」も判断材料が整理され,Yes/Noで瞬時に判断可能となっている。このようにERで活用されることを念頭においた作りは,臨床家にとって有用な構成となっている。

 また,付録として巻末にまとめられた「近年の中毒トレンド」や「わが国の中毒事件簿」は,捜査機関から多くの相談を受ける著者ならではの具体的な記述となっており,付録ながらこの章だけで新書として上梓できるくらいの内容を備えている。以上のことから,本書は,まさに中毒学のバイブルと言ってよい充実度と完成度であり,中毒の専門家にとどまらず各領域の臨床医や研修医,コメディカル,医療系学生等に広く薦めたいテキストである。


臨床中毒学の奥深さを教えてくれる良書
書評者:福島 英賢(奈良県立医大教授・救急医学)

 2009年に発刊された上條吉人先生の『臨床中毒学』の第2版が満を持して上梓されました。

 上條先生がこれまで経験された急性中毒はもちろんのこと,国内外の多くの研究者が研鑽を積んで明らかにしてきた毒物の奥の深いメカニズムや臨床症状,全身管理に始まる治療について非常に詳細に記載されています。また多くの症例提示もあり,日常の急性中毒の診療において必要不可欠な一冊となっています。

 上條先生は現在,本邦唯一の臨床中毒学講座の講座長として,日々中毒診療に携わっておられます。上條先生も序で記されているように,日常臨床で経験する中毒症例もこの10年で大きく変わってきていました。精神科で処方される薬剤も大きく変わり,かつて経験した鎮静剤中毒によって長期間人工呼吸管理をしなければならない,という症例はかなり減りました。一方で,ジフェンヒドラミンやカフェインといった市販薬による急性中毒症例は増えており,重篤な状態に至る症例も珍しくありません。これら急性中毒症例に対しては一般に気道・呼吸・循環といった全身の管理が行われます。しかし同時に忘れてはならないのが精神科的な対応です。上條先生ならではの着眼点,重要ポイントとして,初版に引き続いて急性中毒治療の5つ目の大原則として「精神科的評価・治療・トリアージ」が記されています。

 本書は日常の急性中毒診療の大きな一助となるだけではなく,急性中毒という病態がいかに興味深いかを教えてくれます。巻末には近年の中毒のトレンド,中毒にまつわる事件,はたまた推理小説で登場する中毒についても付録として紹介されています。これらもまた読み応えがあります。

 本書は日々経験する急性中毒症例はもちろんのこと,臨床中毒学が奥の深い学問領域であることをわれわれに教えてくれる良書です。ぜひ皆さんの施設の救急処置室や診察室に備えておかれることをお勧めします。


著者自身のキャリア最高到達点を軽々と更新した第2版
書評者:松本 俊彦(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長)

 今日,臨床医学においてself-poisoning(毒物もしくは過剰量の医薬品を故意に摂取すること)は重要課題の1つだ。その行為は,自殺目的から行われる場合もあるし,心理的苦痛を紛らわせるため,あるいは,居場所のない者同士が孤立を解消し,仲間との絆を深めるために行われる場合もある。誤って服用するといった事故として発生する場合もあろう。いずれにしても,self-poisoningという現象は,救急医療・自殺予防・依存症医療を横断する問題であり,その治療や再発防止には救急医療と精神科医療との緊密な連携が欠かせない。

 本書の著者は,当初,自身の医師としてのキャリアを精神科医から開始し,途中で救急医へと転じ,評者の認識では「臨床中毒学」という医学分野の創始者だ。実際,自殺予防と薬物乱用・依存に関する研究において,著者は文字通り「余人をもって代え難い」存在であり,評者も何度となくさまざまな研究プロジェクトで著者の助力を仰いできた。

 最近十年を振り返っても,刻一刻と乱用薬物が変遷する中で,著者と協働して行った研究は少なくない。危険ドラッグやベゲタミン錠による健康被害,そして最近では市販薬過剰摂取による健康被害……。こうした研究活動の中で,私たちは,精神科医の安易な多剤大量処方への憤りや,危険な成分を含有する市販薬を販売し続ける製薬企業への疑問を共有してきた。のみならず,問題解決を求めて,一緒に厚生労働省へと陳情に出向いたこともあった。もはや「同志」もしくは「戦友」といってよいだろう。

 いうまでもなく,そのような活動を展開してきた著者にとって,2009年に刊行された『臨床中毒学』はそのキャリアにおける最高到達点だった。同書は,診療の中で遭遇し得るあらゆる毒物や依存性物質を網羅し,その薬理学的特徴のみならず,典型的症例や治療法まで提示されていたのだった。どう逆立ちしても薬学の基礎研究者には書くことのできない無双の書,かつてない唯一無二の書として,刊行以来,多くの臨床医に愛されてきたのだった。

 そして今回,満を持しての第2版刊行であるが,決して誇張ではなく,著者は軽々と自身の最高到達点を更新しているのだ。それもそうだろう。この14年間,わが国にはあまりにも多くの出来事があった。危険ドラッグ乱用禍と,その鎮静後に増加した急性カフェイン中毒,さらに近年では,若年女性を中心に増加する市販鎮咳薬・感冒薬の過剰摂取,そして,「大麻グミ」(大麻成分類似物質)のような新たな脱法的薬物の登場……。第2版には,これらの問題と最前線で向き合ってつかみ取った最新の知見が,ふんだんに盛り込まれている。

 全ての臨床医必携の書だ。すでに初版をお持ちの方は急ぎ第2版を購入し,知識のアップデートを図っていただく必要がある。まだお持ちでない臨床医の先生は,現代医学における重要課題の1つ,self-poisoningと向き合うべく,直ちに本書を入手しなければならない。

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