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精神障害のある救急患者対応マニュアル 第2版

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精神障害とその関連疾患のある救急患者を対象にした治療マニュアル。救急現場でよく遭遇する幻覚・妄想、急性覚醒剤中毒、せん妄などの症状について、「診断のポイント」「治療フローチャート」「精神科医にうまく引き継ぐコツ」を示しながらコンパクトに解説。また臨床で必須の医薬品を厳選し、それらの特徴と実践的な使い方のポイントをまとめた。救急科と精神科の双方に通暁する著者だから書きうる、現場目線の実践知がここに!
上條 吉人
発行 2017年10月判型:B6変頁:298
ISBN 978-4-260-03205-6
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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 恩師・守屋裕文先生が部長だったある総合病院神経科で,私が担当していた20歳の女性患者が自殺した。この出来事をきっかけに,私は精神科医から救急医へと転身した。1992(平成4)年の秋のことだった。それから四半世紀の月日が流れ,今も救急科専門医・指導医でありながら精神保健指定医および精神科専門医・指導医という,前例のなかった二足のわらじを履いて駆け続けている。
 理学部化学士としての経歴もあって,救急医としては「急性中毒学」を,精神科医としては「救急医療におけるリエゾン精神医学」をサブスペシャリティとしてきた。いずれの専門家も少数だったこともあり,これらの分野では医師,看護師,薬剤師,救急救命士の卵への講義ばかりでなく,講演やマスコミを通じて発言もしてきた。著書としては医学書院から『臨床中毒学』(2009年)をはじめ,単著を数冊上梓した。
 本著は2007年に刊行した『精神障害のある救急患者対応マニュアル』の改訂版である。初版の頃はまだ若かったせいか,筆は軽く勢いで書きあげることができた。それから10年の月日が流れ,筆は重く腕に鉛を仕込まれたようであった。年齢のせいか二足のわらじが次第にきつくなってきたのもあるだろう。いつの間にか精神科医よりも救急医としての比重が圧倒的に大きくなり,膨大な救急医としての仕事の傍らの,わずかばかりの精神科医としての貢献でさえ負担になってきた。そしてなにより最愛の妻の闘病と執筆の時期が重なっただけでなく,救急医に転身する私の背中を押してくれた守屋裕文先生が病に倒れた。しんどい状況だったが,日々の診療のなかでの精神障害を背景にした救急患者さんたちとの貴重な出会いと,今年9月3日に亡くなるまで出来の悪い息子のような私を見守ってくださった守屋裕文先生,そして今年6月18日に亡くなる最期の瞬間まで笑顔を絶やさず私を支えてくれた妻のおかげで,なんとか脱稿にたどり着くことができた。
 1章「ERと精神障害」では,本書の導入として,身体疾患との鑑別を要する精神障害などについて概説した。2章「ERにおける精神科必須薬10」では,注射薬がある(速効性が期待できる)6薬剤を含めた10薬剤を取り上げ,各薬剤情報のエッセンス(適応,用法用量,禁忌,慎重投与,副作用など)を簡単にまとめている。3章「精神障害のある救急患者」は本書の核となる章である。典型的な経過をたどる35症例を精神症状,昏睡状態,腹部症状などに分類し,救急医はもちろんのこと,プレホスピタルケアの役割を担う救急救命士,初期対応後の看護を担当する看護師にも役立つ内容を心がけた。4章では,精神障害のある救急患者を治療する際に,知っておいたほうがよい法的知識について,症例ベースで具体的に取り上げた。5章は,日々の慌ただしい救急臨床のなかでふと疑問に思う時があったら,ぜひ目を通してもらいたいメッセージである。
 最後に,本書の執筆にあたり,企画,構成,執筆にわたって多大な尽力をたまわった医学書院医学書籍編集部の西村僚一氏に心から感謝したい。

 2017年10月吉日
 埼玉医科大学教授・救急医学 上條吉人

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1章 ERと精神障害

2章 ERにおける精神科必須薬10
  はじめに
  (1)抗精神病薬
  (2)抗うつ薬
  (3)抗不安薬・睡眠薬
  (4)抗コリン薬

3章 精神障害のある救急患者
 A 精神症状
  1 昏睡状態のふれこみで搬送された患者(1)[精神障害由来の緊張病性昏迷]
  2 昏睡状態のふれこみで搬送された患者(2)[解離性昏迷]
  3 痙攣のふれこみで搬送された患者[解離性痙攣]
  4 呼吸困難のふれこみで搬送された患者[パニック障害]
 B 痙攣発作
  5 痙攣発作で搬送されたアルコール依存症の患者[アルコール離脱痙攣]
  6 痙攣発作で搬送された統合失調症の患者(1)
      [水中毒による急性低Na血症,著明な脳浮腫]
  7 痙攣発作で搬送された統合失調症の患者(2)
      [水中毒による慢性低Na血症,横紋筋融解症,中心性橋脱髄(CPM)]
  8 痙攣発作で搬送されたうつ病の患者
      [急性アモキサピン中毒,痙攣発作,痙攣重積発作]
  9 痙攣発作で搬送された双極性感情障害の患者
      [慢性リチウム中毒]
 C 昏睡状態
  10 昏睡状態で搬送された統合失調症の患者(1)[低体温症]
  11 昏睡状態で搬送された統合失調症の患者(2)
      [非定型抗精神病薬誘発性糖尿病・DKA(糖尿病性ケトアシドーシス)]
  12 昏睡状態で搬送された双極性感情障害の患者[リチウム誘発性腎性尿崩症]
  13 遷延する昏睡状態で搬送された統合失調症の患者
      [急性フェノバルビタール中毒]
 D 中枢神経症状(痙攣,昏睡以外)
  14 幻覚・妄想を伴う興奮状態で搬送された患者[覚醒剤中毒]
  15 著しい興奮状態で搬送された患者[危険ドラッグ中毒]
  16 高体温および焦燥で搬送されたうつ病の患者[セロトニン症候群]
  17 高体温および筋強剛で搬送された統合失調症の患者[悪性症候群]
 E 腹部症状
  18 悪心・嘔吐,腹痛で搬送されたアルコール依存症の患者
      [アルコール性ケトアシドーシス]
  19 腹部膨満で搬送された統合失調症の患者[向精神薬による麻痺性イレウス]
  20 腹痛で搬送された精神発達遅滞の患者[向精神薬による尿閉]
  21 腹痛で搬送された摂食障害の患者[急性胃拡張]
 F 呼吸・循環器症状
  22 強い呼吸苦を訴えて搬送されたうつ病の患者[うつ病]
  23 突然の呼吸困難,失神,血圧低下で搬送された統合失調症の患者
      [肺動脈血栓塞栓症]
  24 窒息で搬送された統合失調症の患者[嚥下障害]
  25 呼吸困難感で搬送された解離性障害の患者[過換気症候群]
  26 呼吸停止で搬送された境界性パーソナリティ障害の患者
      [急性ペントバルビタールカルシウム,アモバルビタール中毒]
  27 突然の心肺停止で搬送されたうつ病の患者
      [第一世代三環系抗うつ薬中毒による心室頻拍]
 G 精神障害
  28 わけのわからないことを言って不穏状態となって搬送された
      アルツハイマー型認知症患者[せん妄]
  29 わけのわからないことを言って興奮状態となって搬送された
      アルコール依存症患者[アルコール離脱せん妄]
  30 幻覚・妄想,精神運動興奮などを認めて搬送された覚醒剤乱用患者
      [アンフェタミン精神病]
  31 リストカットや過量服薬を繰り返して搬送される患者
      [境界性パーソナリティ障害]
 H 薬物副作用
  32 舌の突出が生じて搬送された統合失調症の患者[急性ジストニア]
  33 落ち着かずじっとしていられなくなって搬送された統合失調症の患者
      [アカシジア]
 I その他
  34 出血性ショックで搬送されたワルファリンカリウム服用中のうつ病患者
      [ワルファリンと抗うつ薬の薬物相互作用]
  35 転倒および股関節痛で搬送された高齢患者[ベンゾジアゼピン類による
      認知機能障害(偽認知症),ふらつき・転倒・骨折]

4章 精神疾患と法律
  1 精神病症状により他害のおそれが切迫している患者への対応
      [精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)と
       警察官職務執行法(警職法)]
  2 精神病症状により殺人や放火等の重大事件を犯した患者への対応
      [医療観察制度]

5章 救急医療スタッフへの7つのメッセージ
 Message 1 自殺企図患者を救命し,心身ともに治療して社会復帰に
        導くことには大きな意義がある!
 Message 2 救急医療現場で精神障害に差別的・偏見的な言動は絶対に慎む!
 Message 3 救急医療スタッフも精神障害を学んで,患者に対する
        陰性感情を減らす努力を!
 Message 4 精神科医療に物申すことも時には必要!
 Message 5 精神障害者は自覚症状を訴えなかったり,訴えが曖昧で
        正確に伝えられないことがある!
 Message 6 抗精神病薬を服用している患者の急変には心室性不整脈や
        肺動脈血栓塞栓症を鑑別疾患に加える!
 Message 7 交通外傷患者に発症するPTSDに注意せよ!

索引

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救急科と精神科の双方の観点からまとめられた実践的なマニュアル
書評者: 落合 秀信 (宮崎大教授・救急・災害医学)
 近年,精神疾患を持つ患者が急病などのために救急受診する機会が多くなってきている。また,人口の高齢化を反映してか入院中に精神合併症をきたす患者も増加してきている。そして,そのような精神疾患を持つ救急患者は,しばしば救急隊の病院選定困難の理由の一つに挙げられる。精神疾患を持つ救急患者の初期治療は,救急医に求められる重要な社会的ニーズの一つといっても過言ではない。救急医もある程度精神疾患に対する知識を持ってこのような社会的ニーズに広く応えていくことが必要であり,本書はそのための実践的なマニュアルである。

 これまでも同様の主旨をうたった書籍はあったが,いずれも救急側もしくは精神科側のどちらかの視点に偏っていることが多く,どこか完全ではない印象を持っていた。その一方で,本書の著者は,わが国における中毒診療の第一人者で,精神保健指定医かつ救急科専門医の資格を持ち,日常的に精神科診療ならびに救急医療の第一線で活躍している稀有な救急医である。本書はそのような背景を持つ著者が,長年にわたる経験を基に執筆した書籍であるので,これまで感じていたもの足りなさがまったくない。本書は,病態から治療,治療におけるピットフォールはもちろんのこと,生理学や生化学など基礎的な事項まで取り入れて明確に解説してあり,楽しみながら読み進んで深い知識を得られる。
 本書の構成も実践的に理解できるよう工夫が施されている。まずこれまでの著者の経験に基づき治療に必要な最小限の薬剤を厳選し,それらの使用法や注意点を解説してある。その後に日常遭遇する頻度の多い症状について,ケーススタディ的に解説してあり,実際の臨床の現場にいるような臨場感を持って理解を深めることができる。もちろん緊急対応時に必要な事項を調べるマニュアルとしても申し分ない。このように本書は,救急そして精神科の両面から深く解説してあると同時にマニュアル的な簡便性も有しており,この分野において本書の右に出るものはない。

 東京医科歯科大や都立広尾病院で精神科医として,さらに,北里大救命救急センターで救急医として研鑽を積まれ,現在でも救急医,精神科医,そして中毒研究者として第一線で活躍中である著者による本書は,精神障害のある救急患者へ対応する機会のある医師全てにおける必須の書といっても過言ではなく,ぜひ診療のパートナーとして活用していただきたい。
救急医療にかかわる者が持つべきessenceを凝縮した一冊
書評者: 小林 憲太郎 (国立国際医療研究センター病院救急科)
 救急医療の現場に立つと,精神障害のある患者がいかに多いかという事実にすぐに気付かされる。そして,その患者らが必要としている急性期医療が単に精神科的な問題のみでは解決しないことを,身をもって感じるようになる。

 実際,当院にも毎日のように薬物過量内服による意識障害,水中毒による痙攣,自傷による多発外傷など,精神疾患をベースとした外因性疾患の患者が数多く救急搬送されてくる。また,抗精神病薬内服中の副作用・合併症として尿崩症やイレウス,肺動脈血栓塞栓症,致死性不整脈など,重症な身体的な疾患をきたしていることも決して珍しくはない。どれをとっても,まず必要となるのは身体的な問題に対する救急診療であるが,同時に精神障害に対する対応もある程度必要とされる。そのため,精神障害のある患者の診療に不慣れな医療従事者にとっては,救急初期診療自体に不安を覚えたり,初期診療が落ち着いた後の診療継続にも苦慮したりすることが多いのが現実であろう。

 さらに,救急搬送の現場で精神障害の疑いをもたれるような患者が本当に精神障害であるのかは,実際に診療をしないと何もわからないという事実も目の当たりにする。不穏状態で暴れている患者が,実は急性薬物中毒やアルコール離脱せん妄であったという状況は常に考えておくべきであるが,その診断に至るようになるにはそれなりの経験や考え方が必要である。

 つまり,救急医療に携わる者は精神障害のある患者がどのような身体的問題にさらされることが多いのか対処・治療法も含め知っておく必要があり,また精神障害があるように見える患者に対しても本当に「精神障害」なのか鑑別し,本来必要な治療につなげていく能力も持ち合わせなければならない。

 しかし,こういった診療能力を身につけていく方法はどんな専門書にも書かれておらず,これまでは実際の診療現場で経験を積んでいくしかなかった。本書は,救急と精神両方の専門的立場から語ることのできる上條吉人氏だからこそ書くことのできた,「救急」と「精神」の狭間で日々救急診療を行っていく上での唯一のマニュアルである。改訂第2版となり近年話題となった「危険ドラッグ中毒」などの新たな項目も加わり,よりベッドサイドに近い臨場感のある本となった。医師だけでなく,救急医療に携わる全ての医療従事者にぜひ熟読いただきたい良書だ。
救急科と精神科を熟知した筆者による名著が10年ぶりに改訂
書評者: 保坂 隆 (日本総合病院精神医学会・理事長/聖路加国際病院精神腫瘍科・部長)
 本書は理学部で化学を学び,医学部を卒業し医師になってからは,精神医学と救命救急医学を極め,現在は埼玉医科大学教授となった上條吉人氏の,「渾身の力」を振り絞って改訂された力作である。

 精神障害を有した患者さんは,普通では考えられないような病態を呈することがある。例えば,超低体温になって運ばれたり,悪性症候群では超高熱を呈したり,飲水過多のために超低ナトリウム血症になったり,などである。救命救急センターで働く医師にとっても,特異な病態であることは確かである。精神障害者に身体的な急変が起こったとき,救急搬送されるのは「身体的」救命救急センターである。その際,救急医の中に精神障害への不知や誤解があると,適切な治療に結びつかないことがある。本書はこのような場を数多く見てきた著者が,救急医のために書いたマニュアルの改訂版である。

 精神障害者が呈する身体症状とそれへの対応が本書の根幹であるが,加えて,第4章では,「精神病症状により他害のおそれが切迫している患者への対応」や,「精神病症状により殺人や放火などの重大事件を犯した患者への対応」が,事例や法律の紹介とともに説明されている。本書にしかない内容であり,救急と精神科の両方に熟知した著者ならではの部分である。ここには,警察官職務執行法や医療観察制度なども条文とともに説明されており,これは精神科医にも十分に有益な内容であった。

 最終章の「救急医療スタッフへの7つのメッセージ」を私なりにまとめて紹介する。著者によれば,救急医療スタッフも,精神障害を学んで,患者に対する差別的・偏見的な言動は絶対に慎まなければならない。また,精神障害者は訴えが曖昧で正確に伝えられないことや,向精神薬には致死性の副作用があることを覚えておく必要がある。一方で,自殺リスクの高い患者に致死的な薬剤を処方したり,高齢者にせん妄や転倒を起こす薬を処方したりするなど,精神医療側にも問題がある場合があるので,時に“精神科医療に物申すことも必要”である。

 さて,精神科医の研修途上の著者に,身体救急の場での研修を勧め,日本には他に例のない精神・身体の両方の治療に精通したプロフェッショナルに育てた故守屋裕文先生のことは,総合病院精神医学会を通して存じ上げている。また,当時病気療養中の著者の奥様にも,臨床の場を通してお会いしたことがある。著者が本書冒頭に,本書がお二人にささげた本であることを明記しているが,著者が感じているように,この改訂版のもつある種の「重さ」には,お二人から著者への後押しのようなものを感ぜざるを得ない。上梓された今も,お二人からのエールを本書の背後に感じてしまった。だから,本書が「名著」になっていくことは疑う余地がないのだと思う。

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