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  • 心の不調に対する「アニメ療法」の可能性(4)恥と迷惑――同調圧力がもたらす精神への影響(パントー・フランチェスコ)

医学界新聞

心の不調に対する「アニメ療法」の可能性

連載 パントー・フランチェスコ

2023.10.16 週刊医学界新聞(通常号):第3537号より

 同調圧力という言葉を聞いたことがあるかと思います。多くの人は,「立派な仕事に就かなければならない」「早く結婚をしなくてはならない」など,人生の大きな転換点における選択に関して,周囲の人間,特に同年代の友人の影響を受けた経験があることでしょう。そうした影響について,なんとなく「良くない」という印象を持つかもしれません。しかし,周囲からの同調圧力は実際のところどれくらい良くないものなのでしょうか? また,同調圧力に対して文化はどの程度影響を与えるのでしょうか? 今回は,同調圧力について話を展開します。

 物理学で言う「圧力」とは,ある物体から別の物体に加えられる力を指しますが,同調圧力とは,特に同じ年齢層の他人から及ぼされる精神的な力を指します。それによって人は,周囲からの圧力がなければ自身が本来選んだはずの選択とは異なる行動,考え方を取るようになります。国のいかんを問わず,青少年は特に感化されやすく,身近に存在する他人は彼らにとって最も影響力のある存在であることが明らかにされています1)。仲間に順応するために,自分自身や社会の他のメンバーに危害を加えることさえあります。私たちは,そこまでしても組織に所属していたい社会的な動物なのです。加えて,青少年は近い関係の友人からも,遠い関係の人からも影響を受け得ると考えられています。つまり,友人だけではなく,時には彼らを取り巻く見知らぬ人々からの圧力にもさらされ得るのです2)

 こうした事実から読み取れるのは,私たちに働く圧力は,おそらくはマジョリティへの統一・統合を志向させるメカニズムとして機能しているのではないかということです。そうした圧力は,私たち個々人の精神健康度を高めることよりも,集団としての生存率を向上させることを目的に働いているのかもしれません。そうであるならば,同調圧力は,精神健康度の向上に貢献しないだけではなく,むしろ有害であるとさえ言えるでしょう3)

 どうすれば精神健康を良い状態に保てるかには個人差がありますが,良い状態とは一般に,自分自身の長所,短所,人生の目標といった事柄を明確にし,自身の固有性を生かす良好な対人関係を築き,環境に適応できる心の状態であると言えます。Happiness researchの分野に貢献した研究によれば,幸福の有無は,人生に与える意味,自己価値,人生の満足度,自己コントロール,自殺念慮の有無に左右されます4)。Bansalらは,青年期の同調圧力は,心理的幸福度に有意かつ負の相関があることを示しました3)。心理的幸福度が高く,生活に満足している若者は,同調圧力にさらされる可能性が低い一方,社交的で対人関係が良好な若者は,周囲から受ける影響が大きい可能性が高いとされています。心理的幸福度が高い若者ほど同調圧力の影響を受けにくいことからは,自尊心を育むことで自身の固有性が持つ価値に対する自覚も高くなり,集団の価値基準に左右されることが少なくなると言えるでしょう。

 日本の恥と迷惑の文化は,こうした事実にどのように関係してくるでしょうか。筆者の考えでは,恥と迷惑に対する過剰な自己意識は,集団におもねらない人に対してネガティブな結果を押し付ける可能性があります。具体的には,賞賛と批判/排除という形で立ち現れるでしょう。例えば,女性の場合は30歳,男性の場合は35歳までに結婚していないと,「あなたは一人前ではない」「何らかの人間的欠陥があるのだろう」「恥ずかしいと思うべき」とでも言わんばかりの社会的圧力がかかる場面が想定されます。また同様に,周囲にうまく溶け込むことのできる性格の持ち主でなければ,「あなたの態度は人に迷惑をかけている」と言わんばかりの社会的圧力がかかる場面も考えられます。これは日本社会で昨今急増している発達障害の誤診にもつながっている可能性があります。こうした傾向性が強まると,「周囲に溶け込まない性格の持ち主はすなわち病気である」と考えることが一般的な,人の個別性を尊重しない社会に発展してしまう恐れがあるのではないでしょうか。何よりも,恥と迷惑を旗印に人々の個別性を批判することが当たり前になってしまうと,精神を健康に保つことに直結する自尊心を,人々の中に育むことができなくなってしまうでしょう。


1)Geary DC.Principles of evolutionary educational psychology.Learn Individ Differ.2002;12(4):317-45.
2)Payne DC,et al.Reconsidering Peer Influences on Delinquency:Do Less Proximate Contacts Matter? J Quant Criminol.2007;23(2):127-49
3)Bansal S,et al.Peer Pressure Of Adolescents In Relation To Psychological Well Being.J Posit Sch Psychol.2022;6(9):4572-5.
4)Bhogle S,et al.Development of the psychological well-being(PWB)questionnaire.J Pers Clin Stud.1995;11:5-9.

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