逆輸出された漢字医学用語
[第3回] 精神病
連載 福武敏夫
2023.08.07 週刊医学界新聞(通常号):第3528号より
「精神」という言葉はいつからあったのか。中国に既にあったものを使用してきたと言われ,確かに紀元前300年前後の荘子の書にある。本邦では万葉集の大伴家持の長歌の中に出てきており,「こころ」と読ませている。しかし別版なのか,「情邪」という漢字が当てられているものがあり,真相は不明である。近代の中国では,1858年の『医学英華字釈』に「精神」がみえるが,これは「spiritus」の訳語である。
医学用語としての「精神病」は『日本国語大辞典』によると,奥山虎章による『医語類聚』(1872)に初出し,「phrenica」や「psychosis」の訳語である。中国で医学用語として最初に現れるのは蕭瑞麟による『日本留学参観記』(1904)である。これはその年の秋に著者が留学生活中に見学した学校や各種工場について記したものである。小説では尾崎紅葉の『多情多恨』(1896)にみられる。
富士川游による『日本醫學史』(初版1904,参考にしたのは1941年版)では,精神疾患は古くは「癲狂(モノクルヒ)」(『和名類聚鈔』)や「中風狂病」(『医心方』)などと呼ばれ,明治前の『内科秘録』(本間棗軒,1864~1867)には癲狂や精神錯乱,心気などの用語が使われていた。神戸文哉による『精神病約説』(1876,原著の抄訳)などを見ると,明治以降になって「精神病」が用いられるようになったようだ。その後,1886年に帝国大学医科大学(現・東京大学医学部)に精神病学教室が榊俶教授の下に創設された。同教室で助教授を務めた呉秀三は卒業後4~5年目の1894~95年に単著で大部の『精神病学集要』を著し,榊の早逝により1901年に2代目教授になった。呉は長くその任にあり,日本の精神医学の創始者となったばかりか,1892年以降「日本医史学会」の前身となる奨進医会で富士川游と協力し,1927年に設立された学会で初代の理事長となり,1902年には三浦謹之助とともに「日本神経学会(第一次)」を創設した。
なお『Harrison's Principles of Internal Medicine,19th』の中国語訳では,「精神疾病」や「精神障碍」が用いられている。
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