医学界新聞


ヘルスサービスリサーチで病院と地域をシームレスに

インタビュー 田宮菜奈子

2023.08.07 週刊医学界新聞(通常号):第3528号より

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 人に健康・幸福をもたらすサービスを,必要な人に,いかに効果的に届けるか。ヘルスサービスリサーチは国や地域が持つデータの解析を通して,社会により良い医療サービスを提言する研究分野である。レセプトデータといった公的データが近年整備されてきたことに伴い,データに基づく医療政策の立案が求められている。わが国で初めてヘルスサービスリサーチ分野の研究室を開いた田宮菜奈子氏に話を聞いた。

――ヘルスサービスリサーチの目的と取り組みを教えてください。

田宮 人に健康・幸福をもたらすサービスを,必要な人に,いかに効果的に届けるかを研究する学問です。病気の予防から介護福祉までを含むシームレスな医療サービスの実現をめざし,国や地域で収集される公的データの分析を通して,医療サービスの質,コスト,そして医療サービスへのアクセスの三つの視点から研究を進めています。

 こうした研究に取り組もうと思ったのは,病気や障害を抱えて生きていく人やその家族に対して,医療や社会的側面を含む個々のニーズに合った支援があってしかるべきと考えたためです。

――それはなぜでしょう。

田宮 私の妹が知的障害児であったことがきっかけです。妹に知的障害があると診断され,どのように生活すれば良いのか家族が途方に暮れていた時,地域の保健師さんが家族の話に丁寧に耳を傾け,障害児教育等のサービスを教えてくださいました。当時は病院で検査,診断,治療をした後,社会的な医療サービスへつなぐフォローがなかったために,対応に当たってくださった保健師の方に母が大変感謝していたことを覚えています。この経験から社会的な医療に関心を持つようになり,こうした分野に注力した教育を展開する筑波大に入学したのです。

田宮 妹と共に暮らしていた経験や学生時代の実習を通して,病院と地域をつなぐ在宅での医療提供の必要性を感じていました。しかし,私が医学生の時代はまだ世の中に在宅医療の在り方が認められておらず,当然診療報酬も付いていませんでした。そのような折,医療制度になければ制度として認められるよう動けば良いという考えを持つ先生に学生実習で出会い,ただ実践するのでなく,「データで定量的に良さを示す」ことができれば,診療報酬にもつながり医療を変えられる可能性を知りました。

 また,駆け出しの臨床医としても,病院で自身の担当した患者さんの退院後の地域での様子を把握できない,自身の医療を振り返ることのできないもどかしさを感じました。

 目の前の患者に一生懸命対応するだけでなく,長期的俯瞰的な目でとらえ,社会の仕組み,制度を改善していくことで患者とその家族を救いたいと公衆衛生の道に進む決意をした後,本格的にヘルスサービスリサーチという言葉を目にしたのは米ハーバード大に留学していた1993年です。「これこそ私が研究したいものだ!」と直感しました。

――95年に帰国後,日本でヘルスサービスリサーチ分野を開拓されていかれたのですね。

田宮 ええ。在宅診療医として臨床に携わりながら研究を続け,2003年に日本初のヘルスサービスリサーチ分野の研究室開設に至りました。今では,データを示して診療報酬の新設や改定につなげ,世の中の医療をより良い方向に少しでも進めていくという,医学生の時に志していたことを実現できる機会も増えています。

田宮 最近では,心大血管疾患リハビリテーション料の診療報酬改定(2022年度)へ寄与することができました。

――診療報酬改定につながった研究について詳しく教えてください。

田宮 本事例では,先に挙げたヘルスサービスリサーチの三つの視点のうち,医療サービスへのアクセスに着目して研究を進めました。というのも,心臓リハビリテーションの意義はエビデンスとしてさまざまな論文で明らかにされていたものの,心臓手術後の患者の多くが心臓リハビリテーションを受けていない現状があったからです。

 そこで,手術後に地域での心臓リハビリテーションの実施が少ない現状を,市町村が持つデータから解析し,実施の意義と併せて研究成果1)を国に示しました。そのエビデンスが評価され,診療報酬の改定に影響を与えることができたのです。その後,全国のデータ(NDB)でもこの問題を確認しました2)

――解析に必要なデータも入手しやすくなっているのですね。

田宮 はい。欧米諸国と比べると国家レベルのデータの利活用は大きく遅れを取っていましたが,システム整備も進んでおり,研究にも利用しやすくなりました。10年以上前は国のデータを利用するのに,申請から3年かかることがありましたから。市町村単位でも利用できるレセプトデータ等の公的なデータも随分蓄積されています。また,さらなるデータの利活用も見据え,当研究室ではつくば市に職員として研究者を派遣する取り組みも行っています。研究者は市の職員として公的なデータを市民のニーズも踏まえて分析します。その結果は市に還元されるだけでなく,論文にまとめることで社会にも貢献しています。データの利活用は良い方向に進んでいるように思います。

田宮 ただし,あくまでデータは社会,ヒト,病気を可視化して理解するためのツールでしかありません。そのためデータだけを見るのではなく,臨床現場を実際に見ることも当研究室では心掛けています。臨床現場に立つことで,さまざまな問題点に気づくことがありますし,現場の医療者から問題点を直接吸い上げることもできるからです。そうして臨床現場で得た問題点を研究室に持ち帰り,データによって可視化しています。私は今でも週に1度,老健施設・クリニックで勤務しています。

――田宮先生の研究室には,医師だけでなく多様なバックグラウンドを持つ研究者がいらっしゃいます。各人が知る臨床現場だけでなく,多角的な視点を研究室内の議論でも得られるのではないでしょうか。

田宮 医師だけでも麻酔科医,小児科医,内科医,救急医等が在籍しており,他にも看護師,保健師,理学療法士等の資格を有する研究者が活躍しています。週に一度行うゼミでは,さまざまな立場から意見が出てくるのでとても勉強になります。そして,このゼミでは互いの意見を尊重し,心理的安全性を意識して議論することを大切にしています。

 また,医療職ではなくデータサイエンティストとして,より専門的にデータ処理ができる研究者も在籍しています。医療職に高度なデータ処理を教えてもらう一方,臨床医学を教えるギブアンドテイクの関係を彼らと築けています。研究室全体でチームとして良いバランスがとれているので,今後さらに良い研究成果を出せるのではと期待しています。そして,ヘルスサービスリサーチという研究分野自体を発展させて,より良い社会づくりに貢献できればと思っています。

(了)


1)Komiyama J, et al. Factors Associated with Outpatient Cardiac Rehabilitation Participation in Older Patients:A Population-Based Study Using Claims Data from Two Cities in Japan. Ann Clin Epidemiol. 2022;4(1):11-9.
2)Circ Rep. 2023[PMID:37180473]

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筑波大学医学医療系ヘルスサービスリサーチ分野 教授

1986年筑波大医学専門学群を卒業後,東大大学院医学研究科に進学。筑波大社会医学系助手,帝京大医学部衛生学公衆衛生学教室助手を経て,93年に渡米。ハーバード大公衆衛生大学院修士課程を修了。帰国後,帝京大医学部講師,老健施設長を経て2003年より現職。第82回日本公衆衛生学会総会学会長。23年10月に刊行される『公衆衛生』誌(医学書院)では,特集「エビデンスに基づく公衆衛生とヘルスサービスリサーチ」を企画する。

◆第82回日本公衆衛生学会総会開催のお知らせ

第82回日本公衆衛生学会総会が2023年10月31日~11月2日,つくば国際会議場にて開催される。国内および英米のヘルスサービスリサーチ研究者と日本政府の担当者が登壇して,ビッグデータのリンケージにおける課題や,ヘルスサービスリサーチの在り方を議論するシンポジウム等を予定。

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