医学界新聞

めざせ「ソーシャルナース」! 社会的入院を看護する

連載 石上雄一郎

2023.07.31 週刊医学界新聞(看護号):第3527号より

患者は85歳女性。5年前から物忘れが始まりアルツハイマー型認知症と診断された。数日前から発熱があり尿路感染症の診断がつき入院となった。退院調整時に患者の息子から「母をこのまま病院に置いてもらえないか?」と相談された。患者には短期記憶障害がみられるが,ある程度会話は成立する。一方トイレに行くと汚すことが多く,便を触ってしまうこともある状態だった。「知らない人に家に入ってきてほしくない」と患者が希望するため息子は仕事を辞めて介護しているものの,疲弊している状況だった。

 介護を要する患者の入院後に家族が退院を拒むケースをよく経験するのではないだろうか。認知症に代表されるような神経疾患は家族(介護者)の負担も大きく,家族の介護への理解は今後の治療方針や療養場所にかかわる。現代の日本では老老介護,認認介護,介護離職,介護うつ,介護殺人などの言葉もあり,冒頭のCASEはまさに医学的な問題だけでなく社会的な問題が医療現場にも露呈している事例と言える。

 患者退院後の長期的な生活を考える時に,家族(介護者)へのアセスメントやケアは切っても切り離せない。患者は退院後,家族からのさまざまなサポートを得ながら生活することが大半だからだ。今回は患者家族へのアセスメントやケアを解説する。

 患者が自宅療養を選択した場合,患者が自宅で過ごせる,好きな活動に参加できるなどのメリットがある一方で,介護者である家族は介護の基本を学び,薬を管理し,患者の日常生活を支援することが求められる。また生活面だけでなく,患者の心理的サポートもしなければならず,終わりの見えない状況にバーンアウトしてしまう介護者も一定数いる。

 ところで読者の皆さまは「あいまいな喪失」をご存じだろうか1)。喪失が不確実ではっきりとしないまま終わりのない悲しみを背負うことで,別れのない「さよなら」(Goodbye without Leaving)と形容される(註1)。認知症やアルコール依存症,神経/精神疾患などで患者の人格がすっかり変わってしまった場合に生じる現象で,身体は存在しているものの心が存在しないように家族は感じる。認知症患者の家族は「あいまいな喪失」を体験しており,これにより家族関係が悪くなったり自分の気持ちをわかってもらえないと周囲から孤立したりする方もいる。患者から口癖のように暴言を吐かれたり「死にたい」と言われたりした場合,家族の心理的負担は計り知れない。したがって,患者のみならず家族への心理的ケアも重要となる。

 早期からの退院支援の鍵は,家族の介護状況をアセスメントすることだ。以下の6点の評価と声掛けをぜひ行ってほしい2))。

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 介護状況を把握するための6つの評価と声掛け

①家族の介護サポート体制

 主介護者は誰でどの程度介護にかかわっているか,その他に介護者がいるかはアセスメント時に重要な情報だ。また,「介護者に何かあった場合にどう介護を継続するか?」は特に老老介護の場合に必須の質問となる。介護の分担をきっかけに家族同士が不仲となることも多いので,家族関係が良好かの把握も忘れないようにしたい。患者と家族の関係や誰と生活しているかは家族図を書きながら聞くと,相手も答えやすいだろう。

②病状に対する家族の認識

 患者家族が患者の病状をどう認識しているかを必ず確認したい。医療者は病状を一方的に説明することに慣れているものの,伝えたつもりが伝わってないことがよくあるからだ。また,受け答えの様子から家族のインテリジェンスをある程度推察できるだろう。

③家族の価値観

 治療方針や療養場所を考える時,本人と家族の価値観を考慮する必要がある。特に施設に入所するかを決める場合,本人は「最後まで家で過ごしたい」と「家族に迷惑をかけたくない」の間で揺れている。一方の家族は「できるだけ本人らしく家で過ごしてほしい」「施設に入れるのは罪悪感がある」と「自宅での介護にも限界がある」の間で揺れている。何を優先すべきかは状況によって異なるので,慎重に判断したい。

④家族の健康状態

 患者本人に判断能力がない場合,重大な意思決定を患者家族と行わないといけないこともある。重大な意思決定には心理的負担を伴うにもかかわらず,意思決定時の家族への心理的ケアがおろそかになりがちである。家族面談や家族が面会に来た時に表のような声掛けをまずしてほしい。

⑤家族の介護の知識とスキル

 介護は誰にでもできると思われがちだが,実際はとても難しい。多くの介護者は初めてで自信がない中で介護を行っている。介護保険を申請可能なのに利用していないケースも珍しくない。入院を機に申請を検討したい。

⑥家族の相談先など

 家族はプロの介護者よりも親密な関係にあるからこそ,患者から日用品の買い出しといった軽い用事も全て頼まれ,時に対立することがある。「ケアマネジャーはわかってくれない」と誰にも相談できていないケースもあることから,家族が介護の悩みを溜め込んでいないか,介護に関する相談先が存在するかを確認してみよう。

 ここで注意したいのは,前回でも触れたように社会的入院には家族以外の因子も関係している点だ。家族の介護状況を把握したからといって全てが解決するわけではない。退院が困難と思われたら早期からの支援や社会福祉士への相談が必要だ。

 入院し,3日後には熱が下がり,食事を開始できる状況となった。翌日,担当看護師がアセスメントした結果,家族の介護状況は限界を迎えており,その点を主治医と社会福祉士に伝えた。主治医から患者・息子へ説明を行い,看護師は入院中のADLや生活状況を社会福祉士と共有した上で介護サービスを調整した。治療後から調整を始めると入院期間が延び,その間のADL低下が懸念されるため,ある程度の見通しが立てば治療中でも早期からの介入が望ましい。

 詳しい支援の方法は「ケアラー支援の基本手引き」3)を参照すると良い。介護者である家族にも配慮したケアプランをケアマネジャーに作成してもらう場合は,専用の情報伝達シート4)を活用することも検討しよう(註2)。

・家族からの入院希望は,家族による介護が限界を迎えているサインかもしれない。

・認知症患者の家族は「あいまいな喪失」を体験している。

・家族は第2の患者である。家族の健康状態を中心に介護の状況を評価する。


註1:身体は存在してないものの心理的には存在しているように感じる,「さよなら」のない別れ(Leaving without Goodbye)も存在する。災害で行方不明となった家族がどこかで生きていると信じる状況などがこれに当たる。

註2:ケアマネジャーへの情報伝達シートを使用する際は,認知症の人と家族の会愛知県支部(rara2@ma.medias.ne.jp)まで連絡を。

1)JDGSプロジェクト.「あいまいな喪失」情報サイト.2020.
2)Sannes TS, et al. Caregiver Assessment and Support. In:Creutzfeldt CJ, Kluger BM, Holloway RG(eds). Neuropalliative Care. Springer;2018. pp279-92.
3)全国介護支援団体連合会.ケアラー支援の基本手引き.全国介護支援団体連合会:2018.
4)認知症の人と家族の会 愛知県支部.介護家族よりケアマネージャーに伝えたいこと.2012.

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