医学界新聞

書評

2023.07.10 週刊医学界新聞(レジデント号):第3525号より

《評者》 東北大大学院教授・神経内科学

 筋疾患はどれも頻度が低い希少疾患に分類されます。しかしながら時々臨床現場で遭遇し,すぐに診断して治療を改善することで,治療効果が期待できる多発筋炎などの炎症性筋疾患と遺伝性筋疾患を見分けることはとても重要です。

 私たち脳神経内科医はまず,患者さんから詳しく病歴を聞き,神経診察を行います。筋疾患では全身の筋の筋力を徒手筋力テストなどで確認し,それと同時に筋萎縮の有無を確認していきます。最も重要なのは近位筋優位か遠位筋優位かですが,どこの筋が萎縮しているかの「罹患筋分布」を確認するだけで例えば筋緊張性ジストロフィーや封入体筋炎はすぐに診断ができるようになります。この罹患筋分布の確認に筋CTあるいはMRIを用いることは,有力な手段となります。このテキストはその標準撮像法(ルチン撮像法)の読影の仕方から始まっています。カラーでそれぞれの筋を示した模式図はとてもわかりやすいです。

 炎症性筋疾患や筋ジストロフィーを疑う患者さんであれば,CK値の他に炎症所見や各種自己抗体を確認する必要があるかもしれません。抗合成酵素症候群(ASS),免疫介在性壊死性ミオパチー(IMNM),ミトコンドリアM2抗体陽性筋炎などの鑑別は重要となってきていますので,本書で確認していただきたいです。

 筋生検にて所見の確認を行う前に,罹患筋分布をこのアトラスと一緒に確認することで,臨床診断を詰めていくことは大切です。さらにはどこの筋で筋生検を行うかの「筋生検部位の決定」に大きな力を発揮します。

 さらに本書の特徴としては代表的な筋ジストロフィーや先天性ミオパチーなど神経内科専門医が知っておくべき疾患を全て網羅していることです。各項目はその疾患で押さえるべきポイントが記載され,さらには患者さんの写真や筋生検の所見なども記載されていますので,筋疾患の勉強,特に神経内科専攻医にはうってつけの一冊で,こんな教科書が欲しかったです。

 本書は筋画像データベースの成果であり,1枚1枚がとても貴重な画像です。人工知能AIによる画像診断の臨床応用が期待されていますが,この分野は当面実現されそうにありません。なぜならば学習に必要な多数の画像を用意することができないからです。

 私自身は留学先で遠位型ミオパチーに分類される三好型ミオパチー(三好型遠位型筋ジストロフィー)の原因遺伝子dysferlin(ジスフェルリン)の同定に携わった関係で,帰国後も仙台西多賀病院の高橋俊明先生と一緒に遺伝子解析を続けています。おかげさまで,全国から解析の依頼を受けていますが,時々,これはまず間違いなくdysferlin遺伝子が原因ではなさそうだという症例の依頼をいただきます。それはそれで重要な症例なのですが,遺伝子診断を行う前に臨床診断の重要性を常に実感しています。

 最後にcolumnも充実しています。特にcolumn 3「川井充先生の思い出」とcolumn 4「Beevor徴候」はぜひ,お読みください。


《評者》 いばらきレディースクリニック院長


《評者》 福島医大教授・こころと脳の医学

 本書は新しい臨床脳波分野を著した『Handbook of ICU EEG Monitoring, Second Edition』を,長年にわたり脳波学とその臨床に携わってこられた吉野相英先生が翻訳された素晴らしい良書である。吉野先生と同様に30年以上前から脳波に携わってきた評者にとっても,先生が訳者まえがきで述べられているように,30年前の臨床脳波は,てんかんや脳炎,睡眠などの病態を可視化できるが,CTなどのように視覚に訴える脳画像とは違い,間接的でやや控えめなツールであった。当時はHans Bergerの脳波(electroencephalogram:EEG)の発表(1929年)からすでに半世紀を経て,精細な時間解像度を有する唯一の脳機能計測法であるとはいえ,研究され尽くした感のあるやや古い医学分野であった。しかしながら,この訳本に示された臨床脳波の姿は,切迫した生命の傍らでその臨床医を助ける有益なツールであり,まさに新たな役割を与えられた活力に満ちている。優れた学者でありながら臨床家でもある吉野先生が,日々の仕事に追われる中,一人でこの大著の翻訳をやり遂げられたことに驚くとともに,その熱意に心より敬意を表するものである。また,この新しい臨床脳波分野の教科書に注目されたその達見にも感服する。

 さて本書の内容について個別に見ていくと,第1部では,長時間脳波(continuous EEG:cEEG)モニタリングの基礎を,それに必要なハードウェアとソフトウェアによるシステム構成の条件,安全性やコストが詳しく,初学者にもわかるように丁寧に記されている。第2部では,cEEGモニタリングの適応症として,臨床的にいずれも重要な,てんかん重積状態,虚血性脳卒中,くも膜下出血,頭蓋内出血,感染症,外傷性脳損傷などが脳波所見と共にそれぞれ示され,cEEGモニタリングを用いた心停止後の予後予測などについても述べられている。第3部ではcEEGの評価のための脳波用語が記述され,背景活動,片側周期性放電(lateralized periodic discharges:LPDs),全般周期性放電(generalized periodic discharges:GPDs),非けいれん性てんかん重積状態(nonconvulsive status epilepticus:NCSE),無酸素性脳症などの脳波パターンが図示されている。また,最近日本でも注目されている定量脳波(quantitative EEG:QEEG)の可能性と課題も述べられている。第4部では,cEEGモニタリングを活用した全般けいれん性てんかん重積状態(generalized convulsive status epilepticus:GCSE),NCSE,小児や難治性のてんかん重積状態(status epilepticus:SE)の薬物治療が述べられている。第5部では,cEEGモニタリングに関するガイドラインなどについても補足的に紹介されている。

 本書を通じて,救命救急におけるcEEGモニタリングの基礎と臨床がカラフルな脳波図と共にわかりやすく,それでいて詳細に述べられている。それにより,評者のような旧来からの脳波経験者は救急臨床の場で発達した臨床脳波の新しい姿に感銘を受け,初学者はその新しい可能性に対して大いなる魅力を感じることであろう。救命救急医,脳神経外科医,脳神経内科医,精神科医,小児科医,麻酔科医に限らず,多くの医療者に本書を強くお薦めしたい。


《評者》 福島医大白河総合診療アカデミー准教授

 ジェネラリストを掲げる身としては,主訴をえり好みしてはいけないのかもしれない。しかしここだけの話,私は腹痛の診療が好きである。そして私が腹痛の診療に魅了されるようになったのは,本書の著者である窪田忠夫先生にその基礎を徹底的にたたき込んでいただいたからに他ならない。

 腹痛の診療はとにかく奥深い。CTへのアクセスに恵まれた今日の診療では,鑑別診断をあれこれ考えなくてもCTを撮れば診断がつくことも多い。しかし,一方で病歴や身体所見といった,よりベーシックな情報に立ち返らない限り,正しい診断にたどりつくことのできないケースも少なくないのである。そして恐ろしいことに,そのような疾患の中には診断の遅れが致命的となるものが含まれている。

 世の中にはCTの読み方を学ぶ機会はたくさんあるかもしれないが,病歴や身体所見の持つ意味や,腹痛に対してどうアプローチすべきかを体系的に学ぶ機会は残念ながら限られている。20年前,私たち研修医が窪田先生に腹痛のコンサルテーションをするときに存在した真剣勝負の緊張感を今でも鮮明に思い出す。窪田先生は研修医が聴取した病歴,評価した身体所見を一緒に評価し直して,それら一つ一つの意味するところを教えてくれ,われわれと窪田先生との間で評価が異なった場合にはなぜそうなったのかを一緒に考えてくれた。この病歴と身体所見に基づいた緻密な議論を終えた時点でほぼ診断はついていて,エコーやCTなどは診断をつけるためというよりも病歴,身体所見によって想起した診断が正しかったことを確認するための検査という位置付けであった。本書は,そんな著者のあまたの経験に裏打ちされた至高の急性腹症のアプローチを学ぶことができる貴重な指南書である。腹痛診療に携わる全ての方に手に取っていただきたい本書であるが,以下に示すポイントを読んで,「なぜだろう?」と思った方には特にお薦めしたい。

・病歴で発症様式を聴取する際には,「突然痛くなりましたか?」と聴くだけでは不十分。(p24,第1章5「発症様式に最大の注意を払う」)
・ 便秘や胃腸炎という鑑別診断は存在しない。(p28,第1章6「初期診断の対象とすべきではない疾患群」)
・ 非典型的な虫垂炎には非典型なりのパターンがある。(p88,第4章2「若年健康者の下腹部痛」)
・ 何の疾患でどの臓器をターゲットにCTを見るのかを言えなければCTを見てはならない。(p204,第9章1「CTをどう使うか?」)

 本書には窪田先生の経験知が惜しむことなくちりばめられている。これらが急性腹症診療の現場で広く共有されることで,重篤な疾患の見逃しやhospital delayの予防につながることを私は確信している。

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