脳波で診る救命救急
意識障害を読み解くための脳波ガイドブック

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ICU脳波モニタリングの定番書に待望の翻訳版が登場。装置の設定方法といった基礎的な事項から、判読方法のポイント、疾患に応じた特徴的な所見、そして、治療での活用法まで必須事項を網羅。それら全てが豊富な脳波図と翻訳経験豊富な訳者による精錬された日本語で解説されている必携の書。

原著 Suzette M. LaRoche / Hiba Arif Haider
吉野 相英
発行 2023年03月判型:B5頁:456
ISBN 978-4-260-05058-6
定価 15,400円 (本体14,000円+税)

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訳者まえがき(吉野相英)/はじめに(Suzette M. LaRoche, Hiba Arif Haider)

訳者まえがき
 本書は2018年にSpringer Publishingから出版された『Handbook of ICU EEG Monitoring,Second Edition』の全訳であり,わが国ではいまだ本格的に紹介されたことのない新世代の脳波学教科書である.本書が扱っている脳波所見は最近までその意義が不明だったものが大半であり,従来の脳波学教科書とは一線を画している.本書を手にした方は脳波学が新たな大航海時代を迎えたことに気づくに違いない.
 訳者は脳波検査室を30年近く兼務し,すべての診療科の脳波を判読してきた.その間,脳波検査はアナログからデジタル,脳波ビデオ同時記録の導入,サーバによるデータ管理,報告書の電子化などの発展を遂げてきた.とはいえ,国際10-20法に従って記録された30分程度の脳波を判読し,報告書を作成するという基本的な作業自体に大きな変化はなかった.したがって,脳波は神経系の診療に欠くことができない検査とはいえ,枯れた技術であり,若い医師が興味を抱かなくても当然だと,なかば達観しつつ判読を続けてきた.
 ところが,この枯れた検査技術と考えていた脳波分野に訳者の好奇心を駆り立てる未知の大海原が眼前に現れたのである.それが本書のタイトルにある「脳波で診る救命救急」である.わが国では端緒についたばかりだが,IT技術の飛躍的進歩によってビデオ脳波を離れた場所からリアルタイムで判読できるようになり,欧米の救命救急センターでは,意識障害患者の長時間ビデオ脳波モニタリングが診療に欠かせない存在となりつつある.
 救命救急の現場で長時間脳波モニタリングが実施されるようになると,意識障害患者では非けいれん性発作だけでなく,周期性放電をはじめとするさまざまな律動性/周期性パターンが想定を超えて頻繁に出現していることが明らかとなった.そして,それまではもの珍しい博物学的所見として扱われることが多かったこうした脳波パターンの臨床意義が,大規模多施設研究を通じて次第に詳らかにされ,遂には律動性/周期性パターンを記載するための脳波用語体系が編纂されるまでに至った.本書はまさにその集大成ともいえ,こうした脳波所見を実地臨床に役立てることができる時代を迎えたのである.
 非けいれん性てんかん重積状態(NCSE)も本書の主要なテーマの1つである.NCSEも救命救急で遭遇することが多いが,診断一致率が低く,その脳波判定は「アート」の領域に属するなどと皮肉られることもあったし,脳波に所見を認めても臨床症状に欠ける「境界領域」が存在するなど,不可解な点が多かった.現在ではNCSEに関する知見もかなり整理され,具体的な診断基準も提案されるに至っている.読者は本書によって現状で知りうる限りのNCSEの全貌に迫ることができるだろう.
 ルーティン脳波の判読を生業としてきた訳者にとって,いまだ踏み入れたことのない分野も本書にはいくつか登場する.なかでも定量脳波(QEEG)についてはまったくの初学者である.長時間脳波のデータは膨大であり,これをリアルタイムで判読し続けることはできない.そのためにQEEGの開発が進められてきた.イメージとしては,2時間分の脳波をさまざまな計算解析技術を駆使して圧縮し,特徴を際立たせ,ディスプレイ上にカラー表示したものになるだろうか.QEEGを活用することによって効率的に未加工脳波の判読を進めることが可能になるだけでなく,NCSEや脳虚血を自動検知できる日も遠くないという.まさに隔世の感がある.
 訳者が初めてNCSEと遭遇したのは40年近く前になる.1年間の初期研修を終えて,高尾山の麓の病院で働き始めたころだった.リチウム中毒だったその患者の脳波は全般多棘徐波複合の連続であり,当時はNCSEの存在など知る由もなかったが,その異様なまでに規則的な波形に目を奪われてしまったことを昨日のことのように憶えている.その後も何回となくNCSEに遭遇してきた.精神科領域もNCSEと遭遇する機会の多い診療科の1つであり,ほとんどの向精神薬がNCSEの原因となりうる.本書のおもな読者層は脳神経外科医,救命救急医,脳神経内科医,小児科医,麻酔科医,臨床神経生理専門医・専門技術師になるだろうが,精神科医にもぜひとも本書を手に取っていただきたい.
 原書の電子版にはWeb上で閲覧できる附録の脳波図47点が追加されており,この翻訳書には附録図もすべて含まれているので,活用していただきたい.脳波に関する用語は可能な限り『日本臨床神経生理学会用語集2015』に合わせたが,いまだ日本語訳が定着していないものも多く,訳者独自の訳語も少なからず存在する.なお,翻訳作業中に「米国臨床神経生理学会(ACNS)救命救急標準脳波用語体系2021」が公表された.本書はその内容を先取りしているとはいえ,2021年版の概要を紹介することも訳者としての務めだろう.転載の許諾が得られたので,2021年版の変更点,簡約版,用語一覧表を巻末に追加した.参考にしていただきたい.
 最後に,本書出版にあたりご尽力いただいた医学書院の諸氏,IT関連の翻訳に関して貴重なアドバイスをいただいた日本光電工業の今城郁氏,中尾善明氏,野平晴彦氏に深謝したい.

 2023年1月
 吉野相英


はじめに
 この分野唯一となる本書の初版を出版したのは5年前にすぎないが,当時,神経救急に携わる医師や神経生理専門医にとって未知の領域だったこの分野の要点を記した簡潔な参照マニュアルが必要とされていた.同じころ,米国臨床神経生理学会(ACNS)は「救命救急標準脳波用語体系2012」を公表し,ICU脳波モニタリングという分野が本格的に動き出し,大学附属の大規模医療センターに限らず私立病院でも,新生児から高齢者に至るあらゆる種類の重症患者に活用されるようになっていった.
 ICU脳波に関心がある神経生理専門医にとってはまさに発見の時代の到来である.およそ10前に志を同じくするメンバーが立ち上げた救命救急脳波モニタリング研究コンソーシアム(CCEMRC)は,いまでは北米と欧州の50を超えるセンターが参加するまでに発展している.CCEMRCは数え切れない共同研究プロジェクトを推し進め,重症患者の脳波モニタリングに関する理解を深めただけでなく,いまだ研究されたことのない領域にも光を当ててきた.急性脳損傷の診療に関わる分野では,二次性脳損傷の原因となる非けいれん性発作や遅発性脳虚血などの検知に長時間脳波が重要な役割を担っていることに気づき,認識を深めている.脳波の律動性/周期性パターンの意義を探索するために集積された多施設データは私たちを啓発し続け,かつて打ち立てられていた原理原則のいくつかを消し去る(あるいは少なくとも見直しを始める)ことさえももたらしている.
 長時間脳波モニタリング自体がサブスペシャリティとなったことに議論の余地はない.24時間体制での脳波のモニタリングとその評価を可能にする遠隔サービスが一般的になっていくのに合わせて,記憶容量とネットワーク性能が進歩し,普及への道を拓いた.現在,多くの臨床神経生理専門医研修プログラムがICU脳波モニタリングを必修課程に組み込んでいる.実際,ICU脳波モニタリングに特化した専門研修の履修が可能であり,米国臨床神経生理専門医認定機構は救命救急脳波モニタリングをサブスペシャリティとして認定している.世界中の多くの専門学会が年次総会においてこの分野の教育と研修を始めている.
 本書は長時間脳波モニタリングを必要とするであろう重症患者の診療に携わる脳神経内科医,神経救急医,脳神経外科医,看護師,脳波専門技術師をはじめとするすべてのスタッフのためのハンドブックとなるようにデザインされている.この第2版では対象範囲と内容を拡げ,厚みが増したとはいえ,基礎,適応症,評価,治療,補足事項に関するトピックスを取り扱う5つのセクションから構成されていた初版の形式と大枠では変わらない.スタッフの配置モデル,レポート生成とICUチームとの連携,診療報酬コードなど,ほかではほとんど取り上げられていない実務上の留意事項についても初版と同様に論じている.脳波の評価に関する第3部には律動性/周期性パターンをかなり詳細に取りあげているACNS用語体系とその評価者間信頼度を新たに加えた.また,てんかん重積状態の管理など,治療に関する内容を改訂し,難治性てんかん重積状態の代替治療に関する章を新たに加えた.ICU脳波の最も急速に進化している分野の1つが予後予測に役立つ脳波パターンの識別であるので,これについて成人と小児に分けて,さらに心停止の有無に分けて論じている.また,具体的な脳波パターンの臨床意義を理解し,識別する読者の能力が高まることを期待して,脳波図をデジタルアトラスとして追加した.これらの図は本書附録のebookにアクセスすれば見ることができる.
 本書は共同執筆者の労と専門知識の共有なしには完成しなかっただろう.診療,教育,研究に貢献し,専心してくれたエモリー大学とミッション病院の脳波専門技術師,神経生理専門医,教員をはじめとする諸氏に謝意を表したい.
 最後に,私たちを日々支え続けてくれている家族に感謝しなくてはならない.家族からの変わらぬ支え,励まし,刺激がなければ,この編集作業は不可能だっただろう.この仕事をやり遂げるまでの間,Hibaの夫のJayと娘のNorahからの尽きることのない支え,忍耐,ユーモアに感謝し,生涯にわたって励まし,支えてくれた両親にも感謝したい.この冒険に加わってくれたHiba(彼女がいなければ,この第2版は存在しなかっただろう)とアトランタからアシュビルに転居してからまだ落ち着かないときにこの編集作業を辛抱強く支えてくれたSuzetteのパートナー,Nanに感謝したい.
 あなたがベテランの神経生理専門医であっても研修中であっても,本書があなたの好奇心を燃え立たせ続けることを願う.

 Suzette and Hiba

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訳者まえがき
はじめに
謝辞
執筆者一覧
略称一覧
図の一覧

第1部 長時間脳波モニタリングの基礎
 第1章 長時間脳波モニタリングの準備
 第2章 電極とモンタージュ
 第3章 ネットワーク,遠隔モニタリング,データ保存
 第4章 スタッフの配置

第2部 長時間脳波モニタリングの適応症
 第5章 てんかん重積状態
 第6章 虚血性脳卒中
 第7章 くも膜下出血
 第8章 頭蓋内出血
 第9章 感染症と炎症性疾患
 第10章 外傷性脳損傷
 第11章 予後予測:成人の心停止
 第12章 予後予測:小児の低酸素性虚血性脳症
 第13章 予後予測:脳損傷
 第14章 内科系ICUでの脳波モニタリング
 第15章 小児ICUでの脳波モニタリング

第3部 長時間脳波の評価
 第16章 救命救急標準脳波用語体系2012
 第17章 背景活動
 第18章 片側周期性放電
 第19章 全般周期性放電
 第20章 そのほかの律動性/周期性パターン
 第21章 Ictal-Interictal Continuum
 第22章 非けいれん性てんかん重積状態
 第23章 新生児の発作とてんかん重積状態
 第24章 無酸素性脳症
 第25章 アーチファクト
 第26章 脳波判読の評価者間一致率
 第27章 定量脳波(QEEG)の基本原理
 第28章 定量脳波(QEEG)によるてんかん発作の検知
 第29章 定量脳波(QEEG)による脳虚血の検知

第4部 治療
 第30章 全般けいれん性てんかん重積状態
 第31章 非けいれん性てんかん重積状態
 第32章 小児のてんかん重積状態
 第33章 難治性てんかん重積状態の代替治療法
 第34章 ICU患者のてんかん発作予防

第5部 補足事項
 第35章 新生児ICUにおける脳波ガイドライン
 第36章 米国臨床神経生理学会コンセンサス
 第37章 長時間脳波モニタリングの診療報酬請求
 第38章 レポートの自動生成とICUチームとの連携
 第39章 マルチモダリティモニタリング
 第40章 ICU脳波モニタリングのこれから

附録 救命救急標準脳波用語体系2021

索引

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精神機能を測るICU脳波モニタリング
書評者:河村 満(奥沢病院名誉院長/昭和大名誉教授・脳神経内科)

 ハンス・ベルガーが初めて人の脳波記録に成功したのは1920年代で今からちょうど100年前のことであった(論文発表は1929年)。この成功の背景には,精神機能を測ることへの強い興味があった。ベルガーは脳波実用化の過程で,脳の温度や脳血流の測定にも力を注いだ。α波やβ波の命名もベルガーによる。

 学生時代(1970年代)の実習で,脳波室の先生から脳波検査法の意味を習ったことを今でもよく覚えている。脳波測定の意義は2つで,1つは意識レベルがわかること,もう1つはてんかん診断ができること,と教わった。X線CTがようやく開発されたころであった。それから半世紀を経て脳波診断の意義は拡大し,神経救急診療の場面全般で大きな意義を持つようになった。これらの背景からNCSE(非けいれん性てんかん重積状態)が示され,最近では健忘・失語などてんかん性高次脳機能障害ともいえる病態が特に注目されている。

 本書はICU脳波モニタリングの定番書である『Handbook of ICU EEG Monitoring』を吉野相英先生(防衛医大精神科学)が全編翻訳なさったものである。全40章に用語についての付録がついて,全体で456ページの大部である。各章には必ず脳波所見が掲載され,in this chapter,キーポイント,予備知識,基礎,今後の課題,付録図,最後に文献が20~30編という構成で非常に豪華である。本書の目玉,特筆すべき点はベルガーの時代には全く想像もできなかったに違いない長時間脳波モニタリングの基礎がわかりやすく示されていること,それに最近何かと話題になる定量脳波の可能性についてきちんと書かれていることだと思う。

 この出版にあたって書評を私に依頼くださったのは吉野先生ご自身であり,謹んでこの依頼をお引き受けすることにした。吉野先生とは以前日本てんかん学会のシンポジウムで講演者としてご一緒したことがある。2019年神戸での第53回てんかん学会学術集会シンポジウムで,シンポジウムのテーマは「認知症とてんかん」というものであった。2人の講演の共通テーマはNCSEであった。てんかん性の高次脳機能障害は以前考えられていた以上に高頻度に発症し,一見認知症にも見えるが実はその多くはNCSEであり,その脳波所見と臨床病態の把握が特に重要であるということがそのシンポジウムで総括された。このシンポジウムがきっかけの1つになり,私は吉野先生の前著(監訳)『精神神経症候群を読み解く――精神科学と神経学のアートとサイエンス』(2020年,医学書院)の書評も書いた。こちらの本も素晴らしい本で翻訳もよい。

 これらの本は,てんかん・意識障害などの神経救急診療現場で働く臨床家,また神経生理学研究の立場の基礎研究者にも有用で,脳波診療の行方を照らす灯の1つとなることは確実である。1人でも多くの人に読んでいただきたいと心から思う。


ER/ICUでの持続脳波モニタリングのバイブルとしてお薦めします
書評者:松本 理器(神戸大大学院教授・脳神経内科学)

 近年ICUでの脳波モニタリングにより,集中治療期患者の転帰が改善するなどの報告がなされ,持続脳波モニタリングをはじめとした神経集中治療は欧米で注目されています。それに伴い,本邦でもICUにおける脳波モニタリングの重要性が少しずつ認知されるようになってきています。ただ,本邦ではこれらICUにおける脳波所見の判読やそれに対する治療アプローチなどに関して,包括的な日本語の教科書はいまだない状況でした。

 そのような状況の中で登場した本書は,英語の教科書として有名であった『Handbook of ICU EEG Monitoring』第2版の待望の日本語訳です。本書は,日本で集中治療や急性期疾患の治療に携わる脳神経内科医,脳神経外科医,集中治療医だけでなく,生理検査技師や看護師などのコメディカルの方々にも有用で,集中治療期患者の脳波所見や治療のみならず,脳波測定の方法やモニタリングユニットにおけるメディカルスタッフを含めた脳波測定の運用の仕方まで含めた包括的な情報を提供しています。

 本書の最初の章では,ICUでの脳波モニタリングにおける基本的な原則や技術,実際の脳波測定の行い方について詳細に説明されています。次に,脳波モニタリングの適応疾患について記載され,臨床家が遭遇する,正常な脳波活動,異常な脳波活動,病態生理学が米国臨床神経生理学会の用語に基づいて記載されています。また,てんかん重積状態に対する治療アプローチについても詳しく説明されています。いずれの章も包括的ですが,箇条書きで読みやすい形式で書かれています。また各章には,脳波の実例やこれまでの研究に関する文献が豊富に含まれており,非常に実用的で通読も可能ですし,困ったときの辞書として調べることも可能です。本書の附録でも述べられている通り,米国臨床神経生理学会は2021年に脳波所見の用語の改訂を行っており,本書はそれ以前に出版されていますが,脳波所見の解釈や治療アプローチは本書で十分学ぶことが可能です。

 また,最終章で述べられているICUでの脳波モニタリングに関する未解決の問題,例えばてんかん重積状態における最適な治療戦略の確立,脳波パターンと脳損傷の関連やリアルタイムでの脳波モニタリングの開発は今後の研究の方向性を決める一助になるでしょう。

 総括すると本書『脳波で診る救命救急』は,重症患者の脳波モニタリングに関する包括的な教科書であり,最新の技術と臨床的なアプローチに焦点が絞られています。脳波モニタリングに携わる臨床家や研究者にとって非常に有用で,特に重症患者の治療に従事する医療従事者にとっては必読書といえます。本書の登場により,本邦における神経集中治療がさらに普及し,発展することを願っています。


救急現場で活躍する臨床脳波,長時間脳波cEEGモニタリング
書評者:矢部 博興(福島医大教授・こころと脳の医学)

 本書は新しい臨床脳波分野を著した『Handbook of ICU EEG Monitoring, Second Edition』を,長年にわたり脳波学とその臨床に携わってこられた吉野相英先生が翻訳された素晴らしい良書である。吉野先生と同様に30年以上前から脳波に携わってきた評者にとっても,先生が訳者まえがきで述べられているように,30年前の臨床脳波は,てんかんや脳炎,睡眠などの病態を可視化できるが,CTなどのように視覚に訴える脳画像とは違い,間接的でやや控えめなツールであった。当時はHans Bergerの脳波electroencephalogram(EEG)の発表(1929年)からすでに半世紀を経て,精細な時間解像度を有する唯一の脳機能計測法であるとはいえ,研究され尽くした感のあるやや古い医学分野であった。しかしながら,この訳本に示された臨床脳波の姿は,切迫した生命の傍らでその臨床医を助ける有益なツールであり,まさに新たな役割を与えられた活力に満ちている。優れた学者でありながら臨床家でもある吉野先生が,日々の仕事に追われる中,一人でこの大著の翻訳をやり遂げられたことに驚くとともに,その熱意に心より敬意を表するものである。また,この新しい臨床脳波分野の教科書に注目されたその達見にも感服する。

 さて本書の内容について個別に見ていくと,第1部では,長時間脳波continuous EEG(cEEG)モニタリングの基礎を,それに必要なハードウェアとソフトウェアによるシステム構成の条件,安全性やコストが詳しく,初学者にもわかるように丁寧に記されている。第2部では,cEEGモニタリングの適応症として,臨床的にいずれも重要な,てんかん重積状態,虚血性脳卒中,くも膜下出血,頭蓋内出血,感染症,外傷性脳損傷などが脳波所見と共にそれぞれ示され,cEEGモニタリングを用いた心停止後の予後予測などについても述べられている。第3部ではcEEGの評価のための脳波用語が記述され,おのおの,背景活動,片側周期性放電lateralized periodic discharges(LPDs),全般周期性放電generalized periodic discharges(GPDs)や,非けいれん性てんかん重積状態nonconvulsive status epilepticus(NCSE),無酸素性脳症などの脳波パターンが図示されている。また,最近日本でも注目されている定量脳波quantitative EEG(QEEG)の可能性と課題も述べられている。第4部では,cEEGモニタリングを活用した全般けいれん性てんかん重積状態generalized convulsive status epileptics(GCSE),NCSE,小児や難治の重積状態status epilepticus(SE)の薬物治療が述べられている。第5部では,cEEGモニタリングに関するガイドラインなどについても補足的に紹介されている。

 本書を通じて,救命救急におけるcEEGモニタリングの基礎と臨床がカラフルな脳波図と共にわかりやすく,それでいて詳細に述べられている。それにより,評者のような旧来からの脳波経験者は救急臨床の場で発達した臨床脳波の新しい姿に感銘を受け,初学者はその新しい可能性に大いに魅力を感じるだろう。救命救急医,脳神経外科医,脳神経内科医,精神科医,小児科医,麻酔科医に限らず,多くの医療者に本書を強くお薦めしたい。


まさにICU脳波モニタリングのバイブル
書評者:久保田 有一(東京女子医大足立医療センター教授・脳神経外科)

 待ちに待っていた一冊が出た。神経救急や神経集中治療を行う者にとっては,バイブルの一冊である。私は2009~2011年の米国クリーブランドクリニックてんかんセンター留学中に多くのICU脳波を判読していた。このころは,米国においてICU脳波モニタリングが爆発的に広がっているときであった。そのときには教科書もなく,意識障害の患者の脳波が多様で判読に難渋していた。帰国後の2012年に『Handbook of ICU EEG Monitoring』の初版が発売となった。本邦でまだ一般的でなかったICU脳波モニタリングを実施する必要性に迫られた私にとっては,求めていた全てのことがこの一冊に書かれていた。この本には「ACNS Standardized Critical Care EEG terminology 2012」が引用され,ICU脳波モニタリングにおける代表的な波形パターンが紹介されており,ようやく救急脳波の分類化が始まったことを感じさせた。その後,さらなるICU脳波モニタリングのエビデンスがさまざまな施設から発表され,2018年に第2版が出版された。本書は,この第2版の日本語訳版である。しかも本書を手に取ってみると,なんと2021年にACNSから出された「ACNS Standardized Critical Care EEG terminology 2021」までもが本書の最後に附録として含まれている。本書を全て読むことで,ICU脳波モニタリングを全て学習することが可能である。

 訳者の吉野相英先生は,防衛医大の精神科学の教授である。精神科の教授でありながら,救命救急の本を訳されたというのも大変驚きである。一見そう感じる読者もおられると思うが,至極当然で,吉野先生はてんかん・脳波については大変造詣が深く,すでにそれらに関する著書も執筆されている。また,訳者まえがきにあるように,精神科医として薬物中毒の患者に伴うNCSE(非けいれん性てんかん重積状態)など多くの意識障害の患者の診療に当たっており,脳波を積極的に施行し判読されてこられた。われわれからみても,吉野先生が本書を日本語訳されるに最も適している先生であろうと思う。

 ICU脳波に関する最高の本が,ようやく最高の訳者によって日本語で出版された。ICUや救急で脳波を行う医師は,ぜひ本書を手に取って隅々まで読んでもらいたい。

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