医学界新聞


CAP認定による国際標準化をめざして

インタビュー Emily E. Volk,長村義之

2023.06.05 週刊医学界新聞(通常号):第3520号より

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 2019年6月からのがん遺伝子パネル検査の保険適用に伴い,遺伝子検査を行う医療機関の検査部や,医療機関からの委託を受ける衛生検査所は,「適切な第三者認定」を受けることが義務付けられている。ではこの「第三者」とは誰か。厚労省が発表する事務連絡1)によれば,米国病理医協会(College of American Pathologists:CAP)による認定が該当するとされ,日本国内でCAPの存在に注目が集まっている。

 今回,本年4月に山口県で開催された日本病理学会総会に合わせ来日したCAP PresidentのEmily E. Volk氏,また日本人として初めてCAPの査察官に任命された元・日本病理学会理事長の長村義之氏にインタビューする機会を得た。なぜ今CAPによる認定が求められているのか。キーパーソンの二人が考える病理医・臨床検査室の未来とは。

(収録日 2023年4月11日)

――まずはCAPという団体について教えてください。

VOLK CAPは,1946年に病理医によって設立されたNPO法人です。病理専門医を代表する組織であり,病理学および検査医学の優れた実践者を育成することで患者に提供される医療の質向上をめざしています。会員の病理専門医は1万8000人,所属するスタッフは全世界で約800人を数えます。

――どのような実務を主に担っているのでしょう。

VOLK 病理専門医の資格認定に向けた支援や,会員に対する生涯教育プログラムの提供,それから外部精度管理としての検査室認定プログラム(CAP Laboratory Accreditation Program,以下CAP認定)の運用などです。CAP認定の位置付けは米国内で確立されており,米国の公的医療保険制度であるメディケアやメディケイド,および大多数の民間保険会社から給付金が支払われる際の条件となっているほどです。現在,65か国,8000以上の施設がCAP認定を受けています。

――検査室の品質管理においては,日本国内では国際規格であるISO15189の認定を受けている施設が多いと思います。違いはどこにあるのですか。

長村 主な違いはに挙げた通りです。CAPの特徴としては,検査室が実施する全ての検体検査が対象となり,分野ごとに細かな規定があること。さながら料理本のような印象で,規定を順守していれば検査の質が担保され,ひいては患者に提供される医療の質も保証される仕組みになっています。そのためCAPの認定前と後では,検査の質に大きな差が生まれることが期待されています。しかもこの規定は,500人以上の第一線で活躍する病理医たちの経験や最新のエビデンスに基づいた見直しが毎年なされています。

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 ISO15189認定とCAP認定の比較(長村氏提供)

――CAP認定に当たってのフローを教えてください。

VOLK まずは書類審査が行われます。その後,CAP認定の査察官によってチェックリストに基づいた現場の査察を実施。得られた結果を総合的に判断し,認定証の発行に至ります。なお認定の更新は2年に1度です。

――長村先生は,CAPに認定された日本人初の査察官と伺いました。査察では何を意識して確認されていますか。

長村 チェックリストに沿って批判的に検査の質を評価していくというより,まずは現場スタッフとの対話を通じて検査室の運営方法に問題がないかを確認していくことが多いです。やはり運営方法に問題があると,検査室全体に影響を及ぼしますから。専門的な検査の質評価はその後ですね。

VOLK 私も同じ考えを持って査察の任に当たっています。査察で重要なのは,問題が見つかった時にとがめるのではなく,適切な手法を教えることです。そのため検査室のスタッフと何度もディスカッションし,検査に対する理解度を確認しています。

――査察官にはどのような方が選ばれているのでしょうか。

VOLK 査察官になるには,CAPの作成した認定テストに合格する必要があります。また,資格は更新制であり,認定テストを定期的に受けなければなりません。テスト内容も順次更新されますので,知識のアップデートが常に求められます。しかしながら,こうした厳しい認定基準があるにもかかわらず,査察官には金銭的な報酬は一切支払われません。査察官たちは,検査の質を向上したい,患者に貢献したい一心でボランティアを引き受けてくださっており,査察官に任命されることは病理医の中で大変名誉なこととされています。患者に対して正しい検査が行われることをCAPは第一に願っているのです。

――2022年8月,国立がん研究センター東病院が,病院内における臨床検査室として,国内で初めてCAP認定を取得しました。これまで日本国内でCAP認定を受けていたのは検査センターが中心であった中,なぜ医療機関が申請に踏み切ったのか。現在も複数の医療機関が申請を検討している状況と伺っています。CAP認定への注目度が高まる背景を教えてください。

長村 がんゲノム医療への対応です。2019年にがん遺伝子パネル検査が保険適用となるタイミングで,遺伝子検査を行う検査室には「適切な第三者認定」を受けることが義務付けられました。この第三者機関として厚労省に推奨されたのがCAP認定だったのです1)。さらに,国際的な治験にはCAP認定が参加条件として求められるケースが多く,世界に向けてエビデンスを発信していく医療機関にとっては必要不可欠なものとなっています。

 また,やはり検査の精度を高めるには,検査機器の整備のみならず,検査方法の標準化が何よりも重要です。そうした検査体制のレベルアップを目的として申請を検討されている医療機関も多いのではないでしょうか。CAP側もたくさんの教育的なプログラムを用意していますよね。

VOLK はい。CAP認定前,申請中,認定後のそれぞれの段階に合わせた支援プログラムを用意しています。これらのプログラムは世界中の数千以上にも及ぶ検査室からのフィードバック結果が反映されており,技術力の向上に貢献しています。

 具体的な例としては,1977年から行われているサーベイ,Performance Improvement Program(PIP)です。組織標本(腫瘍性疾患や非腫瘍性疾患,感染症や炎症性疾患など多岐の病変)を用いた症例検討を通じて,病理医の診断スキルの評価と向上を図っています。近年はデジタルパソロジーが進展したことから,Web上での病理診断プログラム(PIPW)が提供されるようにもなりました()。プログラム実施後は回答に対するフィードバックと共に,症例ごとの参加者の回答率をまとめたレポートが送付され,全世界の病理医とのパフォーマンス比較も可能になります。

――自身のスキルレベルを客観的に確認できるのですね。

 今後さらに多くの日本の医療機関がCAP認定にチャレンジしていくには,何が必要だと考えますか。

長村 まずは病理診断に限らず,検査一般の精度管理の問題を身近に感じてもらうことでしょう。国際標準を意識せざるを得ない場面は増えていることから,CAP認定をめざす医療機関も必ず増えてくるはずです。

長村 一方で,2022年12月6日現在の日本の病理専門医数は2726人2)。国際的に見ると,その数は多いとは言えない状況です3)。実際,日本病理学会の認定施設で病理医が常駐するのは389施設(2023年1月12日時点)しか存在しません4)。また,がんゲノム医療に対応するために分子病理専門医の認定を受ける方が増加しているものの,まだまだ現場の需要に十分に応えられるほどの人数ではないのが実情です(2023年4月3日現在581人)5)

――米国の病理医の事情はいかがですか。

VOLK 米国には2万1000人の病理専門医が存在しています。日本の人数と比較すると十分すぎる人数かと思われるかもしれませんが,それでも米国全土の病理診断に対応するにはやや足りないと私は考えています。

長村 新たな病理医をリクルートするためのビジョンはあるのでしょうか。

VOLK CAPでは,医学生向けのメンバーシップ制度を設けたり,“pathologist pipeline”と呼ばれるチームを結成しSNSなどを通じて働きかけたりなど,病理医をめざす方々のリクルートに励んでいるところです。病理学の学習アプリもCAPでリリースし,病理へ関心を持っていただけるような工夫を凝らしています。最近では,医学や科学に興味のある高校生にもアプローチするようになりました。

――リクルート対象は医学生だけではないのですね。

VOLK ええ。高校生にとって病理学の話題で身近なのは法医学です。これはドラマで頻繁に取り上げられるからでしょう。しかし病理医の仕事がそれだけでないことは皆さんもご存じの通りです。そのため顕微鏡とスライドガラスを高校の教室に持参し講義することで,法医学以外の病理医の魅力を知ってもらえるよう努めています。

長村 数年前にCAPのミーティングに参加した際,病理関連の研究や論文作成などで優秀な成績を収めた高校生およびその親を表彰していたことを覚えています。そうした取り組みはまだ続いているのでしょうか。

VOLK もちろんです。CAP Foundationとして米国内にとどまらず,世界中の病理医志望の学生や病理関連の研究をしている学生を支援する目的で奨学金を用意しています。表彰された方の中には,実際に病理医となった方もいらっしゃいます。

――病理医不足の問題に対しては,AIの積極的な導入が状況を一変させるのではとの声もあります。VOLK先生は,まもなく開催される日本病理学会総会で病理学とAIに関連した話題で特別講演をされるそうですね。AIは今後,病理医の仕事にどう影響を与えていくとお考えですか。

VOLK AIは,人には気付けないとても細かな相違点を見つけ出すことに秀でています。しかし,あくまで有用なツールの1つでしかありません。病理医の仕事を奪うかもしれないとの話をよく耳にしますが,そうではないと現時点では考えています。ただし,AIを使わない病理医は,AIをうまく使いこなす病理医に取って代わられるでしょう。AIがどう機能し,何を間違いやすいのかといった特性を知っておくことが,これからの病理医には求められるはずです。

長村 同感です。基本的には,今後も細胞や組織を対象に病理医が診断するという行為は変わらないものの,そうした行為の中にAIといった先進的な技術をいかにうまく取り入れていくか,ここが大切なポイントです。日本は一人病理医であることが多く,誤診ができないプレッシャーに常に襲われています。診断を補助してくれるAIがあると,その負担は大きく変わるでしょう。

 他方,今までは顕微鏡を使って細胞・組織を診ていく形態診断が中心でしたが,がん医療をはじめとした医療においては遺伝子の変化をとらえる必要も出てきており,病理医は遺伝子レベルの診断にも携わらなければならなくなっています。ですから,これからの病理医は,一人だけで顕微鏡をのぞいていた世界から,もっと広い世界・領域をカバーする臨床家になる必要があるのだろうと考えています。そして他の施設,他の診療科,そして全世界の医師たちとも積極的にコラボレーションすべきです。

VOLK まさにその通りです。病理学は,分子標的薬を中心とした創薬研究のさらなる発展によってますます重要な学問となるはずです。CAPは,日本の患者のためにも検査の質向上をめざしたいと考えています。そのために,日本の検査室,日本の医療機関と協働することを楽しみにしています。

(了)


:PIPでは,年2回,1回当たり10症例(8組織標本,および2画像診断)が送付され,診断スキルの向上をめざす。PIPWでは,年2回で20症例,あるいは年1回で10症例の画像診断プログラムの選択肢が存在する。

1)厚労省.疑義解釈資料の送付について(その15).2019.
2)日本病理学会.病理専門医一覧.
3)Bychkov A,et al.Constant Demand, Patchy Supply.2023.
4)日本病理学会.日本病理学会認定施設.
5)日本病理学会.日本病理学会認定分子病理専門医名簿.

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CAP President

1993年Missouri大学医学部卒。病理医としてCleveland Clinic Foundation,William Beaumont Hospital等で研鑽に励み,2010年William Beaumont Hospitalの検査部門の副主任となる。その後もさまざまな病院で要職を務め,21年Louisville大学病理学・検査医学部門准教授。同年からCAP Presidentを担う。14年Massachusetts大学経営学修士課程修了。

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日本鋼管病院病理診断科 部長

1970年慶應義塾大学医学部卒。米University of Colorado Medical Center病理レジデント,リサーチフェロー,ヘンリー・フォード病院外科病理クリニカルフェローを経て,75年に帰国。東海大学医学部基盤診療学系病理診断学教授,国際医療福祉大学大学院教授などを歴任し,2017年より現職。これまでに日本病理学会理事長,日本臨床細胞学会理事長,国際病理アカデミー理事長,国際細胞学会理事長などの要職を担ってきた。慶應義塾大学医学部客員教授,東海大学名誉教授。

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