看護のアジェンダ
[第221回] なぜ「退屈なので退職」するのか
連載 井部俊子
2023.05.29 週刊医学界新聞(看護号):第3519号より
10数年,共に仕事をした元同僚が退職するというので“面接”した(長く管理をしていたせいで,私にはものごとの真相をはっきり知りたいというクセがある)。退職の理由は何かという私の問いに,すでに十分考慮してきたという彼女の答えは「退屈」であった。
退職者との面接は立場上数多くしてきたが,仕事が負担であるとか忙しくてやっていけないなど,いわゆる過剰説が一般的であった私にとって,仕事が退屈だから辞めるという理由そのものが新鮮だった。いや,仕事が退屈だからというよりも,職場の雰囲気が退屈だからといったほうが正確かもしれない。やることはあり,皆,黙々と仕事をしているし仲が悪いわけではないが退屈なのであると彼女は付け加えた。
彼女の話を聞きながら,ある本のタイトルを思い出した。それは『暇と退屈の倫理学』(國分功一郎著,朝日出版社,2011年)である。自宅の本棚から取り出して表紙をめくると,購入した日付があった,「2013.8.12」と記されている。およそ10年前に私は「暇と退屈」に惹かれて読んでいたのだ(しかも最近この本が文庫本となって,書店に並び人気だという)。しかし,当時は暇と退屈には無縁の生活を送っていた私には,面白いタイトルの本だなという印象しか残らず,その後,暇と退屈について考察することはなかった。
10年が経過して,自分の目の前に現れた,その仕事ぶりをよく知っている有能な同僚が,私の本棚にあるタイトルに通ずる理由で退職を決断したということに心が動いた。
ハイデッガーの退屈論
國分が前述の書で,暇と退屈に関するいくつかの学説を紹介している(あらためて読み直すと興味深い)。本稿では,「退屈論の最高峰」であるハイデッガーの退屈論『形而上学の根本諸概念』に関する著者の解説を取り上げたい。
ハイデッガーは,「退屈はだれもが知っていると同時に,だれもよく知らない現象」であるので「こういったものを分析することは実に厄介である」と述べた上で,退屈を二つに分けて考えることを提案する。一つは「何かによって退屈させられること」。もう一つは「何かに際して退屈すること」。前者を退屈の第一形式,後者を退屈の第二形式と呼ぶ。
第一形式は受動形である(「退屈させられる」)。これははっきりと退屈なものがあって,それが人を退屈という気分のなかに引きずり込んでいるということである。第二形式では,何か特定の退屈なものによって退屈させられるのではない。何かに立ち会っているとき,よくわからないのだ...
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