医学界新聞

書評

2023.05.22 週刊医学界新聞(通常号):第3518号より

《評者》 日大名誉教授
総合東京病院ペイン緩和センター長

 慢性痛を理解するためのバイブルとされる半場道子氏の『慢性痛のサイエンス』が改訂された。本書は副題に「脳からみた痛みの機序と治療戦略」とあるように,慢性痛の謎解きに脳科学,神経科学の視点から迫った最初の本である(初版の序より)。項目をみると,初版では「第1章 慢性痛とは何か」「第2章 慢性痛のメカニズム」「第3章 侵害受容性の慢性痛」「第4章 神経障害性の慢性痛」「第5章 非器質性の慢性痛」「第6章 慢性痛の治療法」「第7章 神経変性疾患と慢性炎症」の7章であったが,第2版では,「第5章 非器質性の慢性痛」が「第5章 痛覚変調性の慢性痛」に変更され,さらに最近,大きな注目を集めている腸と脳の連関が第8章として追加されている。本書を改訂した大きな理由の一つとして,国際疼痛学会において「nociplastic pain」の概念が追加されたことを挙げている。わが国ではこれの日本語訳が「痛覚変調性疼痛」として承認され(日本痛み関連学会連合,2021年9月),本書第5章として解説されている。

 さて,慢性痛は単に急性痛が長引いたものではなく,脳回路網の変容による痛みが主体であるため,急性痛の機序と比べて非常に複雑で,かつ不明な点が多い。そのため治療に難渋するケースがほとんどである。しかし近年,機能的脳画像法の進歩によって脳内機構が解析されるようになり,痛みの概念に大きなパラダイムシフトが起きて,その脳内機構に合わせた治療法の開発が進んでいる(初版の序より)。本書は各項目において脳内機構を基にした解説がなされ,これまで説明が困難であった痛みについて明快なひもときがなされている。

 ここで慢性痛の臨床の場面をみてみよう。一例を挙げれば,「いくつかの病院でさまざまな検査をされたが異常はないと言われた。でも,全身の痛みがひどく,一体,私の痛みは何なのでしょう!?」といった患者にまれではなく遭遇する。線維筋痛症や広汎性痛覚過敏などがこれに当たる。このとき患者に「何が起きているか」を説明できることが治療の第一歩となるが,本書においては「線維筋痛症患者の脳で何が起きているか?」の項目でこの問題が解説されている。それは①中枢性疼痛抑制系の破綻,②μ-オピオイド受容体の消失,③脳構造上の変化,さらに最近では④として,発症機序にミクログリアによる慢性炎症,などであるが,それぞれについて研究結果を基にした詳細な解説がなされている。これらの知識があれば,このような患者に対しても「何が起きているか」を説明でき,患者の不安を取り除くことが可能である(もちろん,かみ砕いた説明が必要であるが)。このような脳内機構の変化からみた疾患の機序については,線維筋痛症のほか,慢性腰痛,変形性膝関節症,パーキンソン病,アルツハイマー病などについても解説され,新しい側面からの新鮮な知見に驚かされる。

 腸内細菌叢の異常や慢性の便秘,また炎症性腸疾患が慢性痛の発生に大きく関与していることが注目されている。パーキンソン病,アルツハイマー病の発症にも腸管の異常が関与していることが判明している。この腸-脳連関についても新しい知見が示され,臨床の面でも,慢性痛患者への対応として便通の状態に注目する必要性が出てきた。

 本書はこのように治療に難渋する慢性痛を脳内機構の変化からとらえた画期的な著書であり,慢性痛に対応する全ての医療従事者にとって必読なものと確信する。


《評者》 横市大助教・整形外科学

 理学療法士は,整形外科医が治せない痛みや機能を治せる力を持っている。私は以前からそう思っている。今まで見てきた数多くの現象から,理学療法の魅力に取りつかれてきた。

 ただ,その一方で,理学療法士が何をどう治しているのか,理学療法士と話していても全く理解できなかった。「ここを緩めたから良くなりました」「ここが痛いのは,このアライメントが悪いからです」と言われても,原理も含めて納得のいく答えは返ってこなかった。

 また,理学療法にはさまざまな流派があり,流派ごとに言葉や考え方が全く異なる。同じ痛みをみているのに,なぜここまでアプローチの仕方が変わるのか,理解できなかった。医師からみると,理学療法は神の手の世界であり,サイエンスからは遠ざかっているように感じられるときもあった。

 2000年代に入り,整形外科でエコーが普及しはじめたことで,骨や関節だけでなく軟部組織への関心が急激に高まった。少し遅れて,理学療法士もエコーを使うようになり,身体の中がどうなっているのか,アプローチによって何をどう変えているかが,見えるようになった。感覚で行っていたことをエコーで可視化することで,医師と理学療法士の共通認識が生まれ始めた。また,共通認識ができて初めて,医師と理学療法士の共通言語が構築されてきた。同じ言語で会話ができるようになり,医師と理学療法士との距離が近づいた。

 本書は,理学療法をエコーで可視化し,しっかりと裏付けられた理学療法の方法論をサイエンスとして明確に提示している。医師でも理学療法士が何を行っているかを理解することができる教科書である。

 また,理学療法の基本である解剖についても豊富なイラストと共に詳細に記述されているので,エコーだけではイメージすることが難しい3次元的な動きの解釈も,本書を読むと可能になる。エコーと本書を組み合わせることで,患者の身体の中が透けて見えてくるような感覚になる。理学療法士にとっては,誰もが「神の手」を再現できるようにする技術書である。

 本書は,これからの理学療法のトリセツであり,バイブルである。医師も理学療法士も必ず読むべき1冊である。


《評者》 Designship Do全体監修

 本書は,プレゼンテーションを効果的に行うためのデザイン手法を誰にでもわかりやすく紹介したものである。プレゼンテーションは受け手と知見を共有し新たな行動を促すものであり,そのためには適切なデザインが必要である。私は「情報デザイン」の分野で長く教育研究に携わってきたが,本書は情報デザインのエッセンスを凝縮してスライドデザインに投入したものであり,伝えたいメッセージや情報をスライドとして具体化するために必要な内容が存分に盛り込まれている。

 以下は,各Chapterの概要である。

 スライド作成はプレゼンテーションで伝えるべき明確なメッセージと情報を組み立てていくプロセスであり,スライドの表現のテクニックだけを追っても良いプレゼンテーションにはならない。著者は,「Chapter 1 準備をする」において,いきなりスライドのデザインを始めるのではなく準備が重要であると述べ,プレゼンテーション全体をデザインすること,明確なメッセージを考えること,認知特性を考慮することなどについて解説している。

 続くChapter 2~4では,視覚伝達(ビジュアル・コミュニケーション)のテクニックを用いて情報を効果的に伝える方法を紹介し,「Chapter 2 整える」「Chapter 3 余白」「Chapter 4 配色する」と順を追ってプレゼンテーションで情報を的確に伝えるために必要な考え方とテクニックを解説している。医療情報を扱ったスライドの例を使って説明しているためそれぞれの表現テクニックが理解しやすく,この点で本書は一般向けのいわゆるビジネスプレゼンテーションやグラフィックデザインの解説書とは一線を画していると言える。

 「Chapter 5 画像にする」では医療者のプレゼンテーションで使われることの多い画像の効果的な使い方や医療データの見せ方,グラフ表現などについて留意点とテクニックについて述べ,「Chapter 6 時間を操る」はアニメーションの適切な使い方を解説している。

 「Chapter 7 デザイン実例集」は,すぐに使えるスライドデザインの事例集である。本書のQRコードからダウンロード可能な事例集は改善前と改善後のデザインを比較できるため,スライドデザインの意味や改善による効果がわかりやすい。

 「Chapter 8 オンラインプレゼンテーション」は,オンラインでの講演や講義,プレゼンテーションの準備や注意事項,効果について述べておりこれらの知識もすぐに活用できるだろう。

 「Chapter 9 医療とデザインの可能性」では,日本におけるデザインの認識の変化を紹介した上で,医療とデザインの可能性について考察しデザインに対する新たな視点を示している。

 著者は,医療者に向けてプレゼンテーションの効果を高めるための多くの知見を提供する。受け手の認知負荷を減らすためのデザイン技法や,情報を伝えるための基本的な考え方が詳細に解説されており,医療者が自身の知識や経験を他者に向けてわかりやすく伝えるための指針となる内容である。事例集を参照しながら自身のスライド作成に応用することで,デザインの効果を実感できるだろう。さらに,オンラインでの情報伝達が重要になっている現代において,適切なデザインを通じて受け手とのコミュニケーションを円滑に行うための助けとなる。

 本書は医療者がプレゼンテーションを通じて情報を的確に伝えるための実践的なガイドとなり,知識を深めるだけでなくそのスキルを生かすことができる一冊である。また,得られるスライドデザインの知見とスキルは,プレゼンテーション以外にも市民や患者・家族への医療情報の提供や説明などにも生かすことができ,さまざまなコミュニケーションの場面への応用が期待できるものである。


《評者》 浜松医大教授・臨床検査医学

 本書は1987年に初版が上梓されて以来,検査方法から結果の判読,そして異常値のメカニズム・病態との関連性にまで言及した内容が盛り込まれ,長きにわたり臨床検査医学の教科書として使用されてきた良書である。昨今の臨床検査医学は技術の進歩も相まって,新しい検査法や検査項目が生まれ臨床応用されてきたため,新しいコンテンツも含めて第5版が作成された。

 「臨床検査医学の基礎」「検体検査」「生理検査」の3つに大別され,旧版と同様に,最初に構成マップとして概略が述べられているが,内容はより詳細にカラフルでエッセンスが抜き出され,これから新章に入る前だけでなく復習にも使いやすいと思われた。また,旧版では巻頭にカラーグラフなどがまとめられており使いにくさを感じていたが,新版では説明のある本文中適所に掲載されており,教える側も学習する側もストレスなく使用でき,改善されたと評価できる。

 新版で追加された情報を少し紹介したい。第1章ではパニック値に関する説明がされている。パニック値が臨床に適切に伝えられなければ医療過誤の危険性が高くなる重要な案件である。第2章では採血(使用する採血管)の順番についても理由を含めて詳細に説明されていた。第3章から始まる検体検査では,検体の採取から検査結果に影響することを教えるのは重要である。第6章ではSARS-CoV-2の検査が加えられた。ウィルス抗体価の評価と予防接種との関係性も加えられ,職業感染防止に有用な情報となる。第10章では遺伝子関連検査に関する記述が大幅に増えた。がんゲノムプロファイル検査やリキッドバイオプシーについても言及されている。昨今のゲノム医療への期待からはこれでも物足りないかもしれないが,全体のバランスから考えるとやむを得ないだろう。生理検査の中では,第13章として腹部と体表臓器の超音波検査が新しく取り上げられた。超音波検査機器も大きく進歩したので,待たれていた新章であろう。第11章の呼吸機能検査ではPOCTなど簡易検査機器についてもカラー写真付きで例示されていた。検体検査系でもPOCT機器は多く活用されているので,それらの紹介や注意点などについてももっと増やしても良いかと思われた。また,小さな章立てか付録としてとりまとめても良いかもしれない。付録は,検査結果による病態の鑑別チャートや検査手技に,JCCLS共用基準範囲などが新しく追加され,さらに充実がみられる。Advanced Studiesの記載も増え,この内容からも10年間の臨床検査の進歩と変革がうかがえて,旧版と読み比べるとおもしろかった。

 このようにぜいたくな改良と増量が加えられた本書,医学生のみならず,いろいろな医療スタッフの方にも手元に置いてもらいたい一冊として,強くお薦めしたい。

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