医学界新聞


緊急疾患を見逃さないためのTips

対談・座談会 窪田忠夫,三浦晋

2023.05.15 週刊医学界新聞(レジデント号):第3517号より

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 救急外来において頻繁に遭遇する急性腹症は,緊急対応が必要な場合があるにもかかわらず短時間で多くの疾患を鑑別しなければならないことから,その診療に苦手意識を持つ研修医が少なくない。初診時の見逃しがなければ重篤な結果を防げるケースもあり,急性腹症の適切な診療は医師にとって必要不可欠なスキルだ。では,どうすれば複雑な診療をマスターできるのか。

 本紙では『急性腹症の診断レシピ』(医学書院)を上梓した窪田氏と,『レジデントのための急性腹症のCT』(医学書院)の編者である三浦氏の対談を企画。急性腹症を長年診てきた両氏の議論から,診療をレベルアップする術を探る。

三浦 腹痛患者の診療が難しいとされる理由として,腹部は頭部や胸部と比較して臓器の数が多く,鑑別疾患が多岐にわたることが挙げられます。そうした状況下で,適切に診断と治療が行われないと致命的になる疾患もあるために,腹痛患者の診療に苦手意識を持つ方が多いのでしょう。窪田先生はこれまで急性腹症の診療を経験・指導する中で,どのような点を意識されてきましたか。

窪田 病歴聴取と身体診察を終えた時点で初期診断を考えることです。なぜなら初期診断を挙げないまま検査に進んで診断が確定しなかった場合,振り出しに戻ってしまうからです。検査に入る前に疾患を想定しておけば,診断が確定しなかったとしても「検査で拾い上げられなかった可能性」を考慮して検査所見を再確認する,もしくは異なる検査を検討できます。当院では,「腹痛だからとりあえずCT」と検査がオーダーされ,「放射線科医が急性虫垂炎と読影したから」との理由で,研修医が外科にコンサルトすることがよくあります。研修医は放射線科医の読影に頼りきってしまっているのです。この例では急性虫垂炎がたまたまわかったからよいものの,わからなかった時に研修医はどうしていたのでしょうか。これが急性腹症診療の課題です。

三浦 おっしゃることはよくわかります。検査前に想定している疾患があれば,漫然と眺めていては見逃すような微細な画像所見も見つけられる可能性が高くなります。また,検査で診断が確定しなくても治療方針をある程度検討することは可能です。窪田先生は検査で診断が確定しない場合,どうされていますか。

窪田 緊急度分類をして当てはまったカテゴリーごとに応じた対処をしています()。例えば,ショックの状態で腹痛を伴うのであれば緊急手術を検討する必要があります。腹痛の程度が強くても,手術が必要なケースさえ押さえておけば対応に焦ることはありません。

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 診断がつかない場合のカテゴリー(『急性腹症の診断レシピ』より一部改変)
患者の生理学的徴候や身体所見,自覚症状などから5つのカテゴリーに分けて対応を検討する。

 他方,軽症を疑うもCT所見で確証が持てず患者を帰してよいか迷うのであれば,診断スコアリングシステムを使用するのも一案です。虫垂炎を疑う場合はAlvaradoスコア1))を用いるのがよいでしょう。同スコアでは典型例しか判別できませんが,診療に慣れていない人にとっては一つの指標となります。検討した結果,帰してよいとなれば外来の受診予約を取ることも忘れないようにしてほしいです。

三浦 同感です。当直帯の診療では翌朝までの数時間の間に手術や処置が必要な緊急性の高い疾患を見逃さないことが重要です。()。それらの疾患を除外できれば,緊急度に応じて,①入院させて翌朝専門医に相談する,②帰宅させて翌朝専門医の外来を受診してもらう,のどちらかを選択しています。

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 急性腹症の簡易版診療アルゴリズム(『レジデントのための急性腹症のCT』より一部改変)
救急外来で急性腹症を診療する場合は,緊急手術や処置が必要な疾患を診断または除外することが主な目標となる。これらの疾患を除外できれば,腹痛の程度や全身状態などに応じて,入院または外来で保存加療をして専門医へのコンサルトを検討する。

窪田 当直であれば数時間待てば専門医が病院にやってくるので,対応に迷う時は無理せず専門医へのコンサルトを検討してほしいですね。広範な腸壊死や消化管穿孔は緊急手術が必要ですので,そうした疾患の見逃しがないかを念頭に置いて診療に当たってもらえれば幸いです。

窪田 三浦先生は急性腹症患者の診断を検討する際に,まず何を考えますか。

三浦 私はコンサルトを受けてから診療を開始することが多いので,診断は確定でよいか,手術が必要かどうかをまずは判断します。診断する際には,身体所見と画像所見が一致しているかどうかを特に重視しています。腹膜刺激徴候を伴う圧痛がある部位とCT画像で腹痛の原因と推測される臓器の部位が一致していれば,確定診断となることが多いためです。手術の必要性を判断する際も身体所見と画像所見を大切にしています。例えば腹部全体に腹膜刺激徴候を伴う圧痛がある場合や,CT画像で消化管の破綻(穿孔・壊死,絞扼・嵌頓)を強く疑う場合は手術を検討します。

窪田 私もかつては時間をかけてCT画像を丁寧に読影していましたが,現在は病歴聴取を最重視しています。典型例ならば病歴からある程度鑑別を想定できるからです。その上で必要な身体所見を取ります。例えば,触診で胸部や側腹部に比べて腹部中央が冷たいと感じたら,腸管血流が途絶えている可能性を考え,上腸間膜動脈塞栓症や上腸間膜動脈血栓症を鑑別に挙げるといったことです。CT所見を確認した後に気になる箇所があれば,再度病歴聴取や身体診察に戻ってもよい。そうして診断を徐々に確定させていくことが求められます。

三浦 CT画像を見てから身体診察に戻ることはよくあります。例えば,心窩部痛が主訴の患者のコンサルトを受けてCT画像を確認した結果,虫垂の腫大を認めたことから急性虫垂炎を疑って腹部所見を再確認してみると,患者本人の自覚は軽度であっても右下腹部に腹膜刺激徴候を伴う圧痛を認めることがありました。身体の外(身体所見)と中(画像所見)の両面から推測していくと,確定診断に結び付くことが多いです。

三浦 現代はCT全盛の時代と言えます。窪田先生の『急性腹症の診断レシピ』でも,CTに対する考え方や活用法が解説されていますね。先生は急性腹症の診療におけるCT検査の位置づけをどのように考えていますか。

窪田 病歴と身体所見から診断をつけられるのはせいぜい60~70%程度ですが,CTは90~95%程度の診断確度を有しています2, 3)。先に病歴と身体所見の話をしましたが,「腹痛は即CTを撮り,病歴と身体所見に時間をかけるのはやめた」と言う医師がいても否定できない現状があります。これだけ有用ならばもはや撮るかどうかという議論自体が成り立たず,積極的に撮る以外の選択肢はないように思います。

三浦 なるほど。効率化という意味ではそうした選択もありかもしれません。

窪田 ええ。私の書籍で伝えたかったのは,CTを撮るかどうかではなく「どう活用するか」。全面的にCTに頼るならば,読影能力をつけた上である程度以上の腹痛は全てCTを撮影して,診察は最小限もしくは省略する。これで9割程度は診断できます。被ばくの問題から何度も撮影するのは推奨されませんが,一回であればそこまで問題にはなりません。CTの診断能力よりも高い正診率(もしくは見逃し回避率)をめざしたいならば,病歴と身体所見から初期診断を行う作業が必須になるでしょう。

 三浦先生はどのような場合にCTを撮影しておいたほうがよいと考えますか。

三浦 ショックを伴う腹痛の患者です。ただし,CTを撮る前にショックの初期対応をしておかないと,CT室で急変する可能性があるので注意が必要です。意識障害を主訴に搬送されてくる患者さんが,実は急性腹症が原因のショックで意識障害を起こしていたということはよくあります。腹痛で救急搬送されてきた場合はCTを撮っておいたほうが無難です。

 ちなみに当院は単純CTの撮影が主で,造影CTはあまり撮影されない傾向にあります。窪田先生の施設では,造影CTはどの程度撮影されていますか。

窪田 当院の救急科では患者のクレアチニン値に問題がなければ基本的に造影CTを撮る方針ですので,外科がコンサルトを受けた時点で画像データがあることがほとんどです。

三浦 それはよいですね。救急外来では基本的に造影CTを撮影すべきと書かれている成書もあります。慣れてくると単純CTでもある程度は読影できますが,造影CTのほうがやはり情報量が多いです。慣れないうちは造影CTまで撮っておいたほうがよいかと思います。

窪田 おっしゃるとおりです。後学のために他の研修医も見ることを考えれば,造影CTまで撮影しておいてもよいかもしれません。

三浦 救急外来で診療を行う研修医が緊急性の高い疾患を見逃さないようになってほしいとの想いから,私は院内の研修医用に独自のマニュアルを作成して急性腹症のCT読影をレクチャーしてきました。窪田先生もこれまでに多くの若手を指導してこられたと思います。指導に携わる中で,印象的なことはありましたか。

窪田 成長の早い研修医には,①最初から優秀な人,②最初はできないけど後に伸びる人の2タイプがいることに気付きました。①は初めから優秀で,自分の担当症例でなくても興味を持つような人です。②はいわゆるめげない人。最初は知識がなかったり不器用だったりして成果が出ないものの,繰り返し質問をしてどんどん吸収します。その結果,最終的に伸びていく印象があります。

三浦 自分の担当患者でなくても興味を持つことは重要ですよね。私も研修医を指導する際,担当患者だけでは経験できる症例に限りがあるため,「他人の症例からも学びなさい」と教えています。例えば,当直帯で外科に相談して緊急手術が必要であった症例や,初期診断が間違っていてヒヤッとした症例があれば研修医同士でシェアすることができます。そのような姿勢で日々の診療に当たっている人は,担当患者にしか目を向けない人と比べると数年後には大きな差がついている。これは急性腹症の診療に限った話ではなく,外科の手技習得においても同様で,「手技は見て盗め」とよく言われていました。

窪田 われわれが若手の頃は指導医の手技をくまなく観察して,自分の経験にしようとしたものです。院内で珍しい手術があったら,自分には関係なくても見学させてもらっていました。24年度から「医師の働き方改革」が施行されれば,自己研鑽の時間が取りにくくなる可能性があります。電子カルテの普及によって短時間で症例の情報が手に入る時代ですから,積極的に情報収集をしてほしいです。

三浦 今回,私が編者を務めた『レジデントのための急性腹症のCT』では当院で実際に経験した急性腹症の症例の中から,緊急性が高い疾患の典型的なCT画像を呈する42症例を厳選して掲載しています。病歴と身体所見も載せていますので,急性腹症の診療に苦手意識を持つ研修医には,ぜひ診断にチャレンジしてもらえればうれしいです。これらの症例の診断に取り組めば,急性腹症の診療に関する数年分の経験が得られるでしょう。

窪田 急性腹症の診療がうまくいかずに伸び悩んでいる研修医の方がいたら,ぜひめげずに挑戦し続けてほしいですね。

三浦 本日の対談の中で,緊急性が高い疾患をいかに見逃さないようにするかが論点に挙がりました。それらの疾患を診断できるようになった次のステップは何だと思いますか。

窪田 各自の技量に合わせて鑑別疾患を増やしていくとよいでしょう。やがて緊急性の低い疾患も守備範囲に入るようになり,そこまでいけば仮に診断ができなくとも緊急度の区分がわかり,適切なトリアージができるようになります。

三浦 同感です。最初は緊急性の高い疾患の鑑別が中心になると思いますが,カバーできる疾患の範囲が広がればトリアージもできるようになります。そうすれば自信を持って診療できるようになるのではないでしょうか。急性腹症の患者を見かけたら,積極的に診断名を考えてみてほしいです。

 また,ある程度診断ができるようになったら,学び得た知見を後輩たちに伝えることも意識するとよいでしょう。何年目から教える側に回っても良いのか,明確な決まりはありません。現場のマンパワーを考慮して,診療に関する知見をシェアして全体の診療レベルを底上げしてほしいです。

窪田 人に教えることは重要ですよね。「教えられる」側にとってレクチャーの効果は限定的で,エビングハウスの忘却曲線によれば聴衆は聞いた内容のおよそ50%を1時間後には忘れ,1日後に70%,1週間後には80%忘れます4)。聴衆に何かインパクトを与えられれば十分で,「教える」側がその準備をする過程で知識を整理できることにこそメリットがあるのです。知識や経験が十分でない人が教える側に回ることで生じるデメリットもあるかもしれませんが,それを差し引いても教える側が得るメリットは大きいと思います。

 医療においてEBMが注目されて久しいですが,急性腹症に関してはまだエビデンスが乏しいのが現状です。急性腹症に関心を持てば,自分の名前が付いた診断アルゴリズムやプロトコルができるかもしれません。研究題材としても可能性があるテーマだと思いますので,研修医の皆さんには臆することなく急性腹症の世界に飛び込んでもらいたいです。

(了)


:1986年にAlvaradoが提唱した急性虫垂炎の診断スコアリングシステム。右下腹部の圧痛の有無や白血球数などの所見から点数を計算し,10点満点中7点以上で診断確定となる。

1)Ann Emerg Med. 1986[PMID:3963537]
2)Methods Inf Med. 1983[PMID:6339868]
3)AJR Am J Roentgenol. 1997[PMID:8976942]
4)ヘルマン・エビングハウス.記憶について.誠信書房;1978.

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東京ベイ・浦安市川医療センター 外科 部長

1997年慈恵医大を卒業後,沖縄県立中部病院にて初期研修。千葉西総合病院などを経て,2012年東京ベイ・浦安市川医療センター外科に部長として着任する。救急科のある病院での勤務が多かったことから急性腹症に対応する機会が増え,そこで得た知見を『急性腹症の診断レシピ』(医学書院)にまとめた。他の著書に『ブラッシュアップ急性腹症(第2版)』『ブラッシュアップ急性期外科』(いずれも中外医学社)など。

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淀川キリスト教病院 外科 副部長

2008年奈良医大卒。大阪赤十字病院,兵庫県立がんセンター,神戸大病院などを経て,19年より淀川キリスト教病院外科に勤務。22年より現職。CT画像を用いた急性腹症の院内マニュアルを作成し,レジデント向けにレクチャーを行う。同マニュアルによるレクチャーが好評であったため,『レジデントのための急性腹症のCT』(医学書院)として書籍化に至った。他の編著に『大阪日赤ラパロ教室 イラストで学ぶ腹腔鏡下胃切除』(医学書院)。

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