医学界新聞

寄稿 佐藤俊太朗

2023.04.03 週刊医学界新聞(通常号):第3512号より

 「臨床研究を実施する上で生物統計家が必要」。このような認識が一般に普及し始めてから約10年がたった。しかし今も「生物統計家=データ解析が得意そうな人」ととらえている医学研究者は多い。これは生物統計家ができること,あるいはしていることの一面である。本稿では,学術機関に所属する生物統計家の仕事のうち,生物統計学に関する学術研究ではなく,医学研究者とかかわる仕事にスポットを当てる。まず,そもそも生物統計家がどこにいるのかを示した上で,どのような仕事をしているのか説明し,次に生物統計家と医学研究者とのかかわり方の一例を提示する。

 学術機関に所属する生物統計家は,生物統計学や疫学の教室,大学病院,国立がん研究センター等のナショナルセンターの臨床研究にかかわる組織にいる。後者の組織は「臨床研究センター」やそれに近い名前がついていることが多く,より一般的にARO(Academic Research Organization)と呼ばれることもある。

 医学研究者とかかわる生物統計家の仕事は大きく2つある。

 1つ目は,臨床研究の研究デザインの提案から研究の組み立て,そして収集されたデータの解析である。組織によっては医師主導治験も含まれるし,ランダム化比較試験から観察研究までカバーしている。研究によって解決したい臨床疑問(Clinical Question:CQ)は多様かつ複雑である。生物統計家は研究者と協力して,CQを解決可能な研究疑問(Research Question:RQ)に昇華させ,バイアスが少なく,精度の高い効果あるいは関連の推定ができるように研究デザインを組む。そして適切な解析方法を考え,実施する。研究者が立てたデザインが不十分であれば不足部分を指摘するのも生物統計家の役割だ。一方で理想ばかり求めるのではなく,実現可能な落としどころを研究者や他の支援者らと検討するのも大事な仕事である。

 2つ目は,主に学内研究者が実施している臨床研究のコンサルテーションである。統計解析方法に関する相談が多いため,「統計相談」と呼ばれることも多い。研究立案の段階でのデザインに関する相談,データ収集後の解析方法,統計解析ソフトの使い方,論文中の主にMethodsやResultsの書き方,査読者からの指摘への対応に関する相談など多岐にわたる。

 他にも,学内研究者への研究デザイン・統計解析方法に関するセミナー,学生への講義,学生等への研究指導,学外の研究者からの統計相談,統計相談等から発展した共同研究,AROの統計解析やデータマネジメントの管理業務といったことを行う場合もある。

 ここからは,生物統計家と医学研究者のかかわり方の一例を提示する。どのような場合に,どう協力することで,より良い関係を築いていけるのかを考えていこう。

◆いつ生物統計家に相談するか?

 知りたい・解決したいCQを思い立った時点で相談するのが良い。生物統計家はデータ解析だけではなく,CQからRQに練り上げるサポートも,知りたいことを知るための方法,研究をより効率良く行う方法の提案も得意としている。データ収集や論文作成といった研究後期の段階に進むほど,生物統計家が提案できることも制限されてしまうので注意が必要だ。とは言っても,もちろんデータ収集後,はたまた査読対応で困った時など,どの段階でも「相談したい」と思ったら相談してほしい。

 中には「CQが曖昧だから……」「生物統計学をほとんど知らないから……」との理由で相談をためらう人もいるかもしれない。しかし,多くの生物統計家は気にしないで相談してほしいと思っている。前者については,むしろ曖昧だからこそ相談するべきである。後者については,餅は餅屋である。間違った情報から得た知識で医学研究者自身が解析をする前に相談してほしい。知識よりも対話できるほうが重要である。

 では,もし相談したい時に身近に生物統計家がいない場合はどうしたら良いだろうか。その場合は地理的に近い生物統計家や,地理的に遠くても何となく知っている生物統計家に思い切って連絡してほしい。(タイミングにはよるが)相談に乗れるかもしれない。

◆研究デザインや統計解析方法の高度化に伴う協力

 近年,臨床研究に求められる研究デザインや統計解析方法は非常に複雑で難解になりつつある。例えば,研究デザインに関するものだと,次に示すようなこれまでの研究デザインの考え方をレベルアップしたものがある。

●治験のように厳密に制御された状況下ではなく,より日常的な状況下での治療等の効果推定を目的にしたpragmatic trial
●観察研究であっても,「もしランダム化比較試験をするならばどのように研究を組み立てるか」という視点を取り入れてデザインするtarget trial emulation

 統計解析方法の場合であれば,下記が具体例として挙がる。

●欠測データへの対処方法としての多重代入法
●因果効果を推定するための傾向スコアの利用も含めたさまざまな方法
●生存時間解析において,関心のあるイベント(例:がんによる死亡)に対し,結果としてそれを観測させないイベント(例:脳梗塞による死亡)も解析に取り入れる競合リスク
●機械学習の手法を利用した予測モデルの構築

 これらの方法は,概念自体は理解しやすい,あるいは魅力的な性質があるため急速に普及してきている。特に解析方法については査読者からの指摘も年々増加している。これらの方法を取り入れることで,より妥当な推定ができる可能性もあり,研究の効率化に資することもある。ただし,「適切に使えている」という条件がつく。

 研究デザインについては間違った理解を基に研究を組んでしまうと,バイアスにつながったり,必要なデータを収集していなかったり,逆にコストをかけて不必要なデータを収集してしまうかもしれない。解析方法の実装は,統計解析ソフトやhow to本(やWebサイト)を使えば誰でも簡単に実施できる。しかし,間違った手順で解析してしまうと,解釈をミスリードするような結果を得てしまう。

 これらの方法は,実は生物統計家にとっても難解であり,実装のハードルも高い。もはや医学研究者が理解した上で実際に対処するのはなかなか難しいと考える。したがって,医学研究者と生物統計家が協力して研究を進めることが今後ますます求められるだろう。

 ただし一つ注意が必要である。前述したように生物統計学が扱うテーマは広く深くなってきている。どの生物統計家もある程度の内容までは対応できるが,一定のレベルを超えると自分の専門から外れるため対応が難しい場合がある。したがって相談した生物統計家が対応できない課題であっても,あまり残念に思わず,別の生物統計家を当たってほしい。もしかしたら最初に相談した生物統計家が別の生物統計家を紹介,あるいは問い合わせをしてくれるかもしれない。

 生物統計家は,「自分の研究を楽しいと感じている医学研究者」と,意義のある研究を一緒にやりたいと思っている。研究を組み立てたり,解析したりする際に,医学研究者も生物統計学の知識があるにこしたことはない。しかしそれよりもお互いの専門性を尊重し,議論できるのが何よりも大切である。生物統計家は医学研究者のパートナーである。

 本稿では,生物統計家の仕事や役割を紹介し,医学研究者とのかかわり方について,一人の生物統計家が考えていることを提示した。医学研究者と生物統計家がより良い関係で協力し,意義のある研究が増えることに本稿が微力でも貢献できれば幸いである。一緒に臨床研究を盛り上げましょう!


謝辞:原稿を丁寧に読んで,わかりやすく読みやすくなるようにコメントをしてくださった長崎大学病院臨床研究センターの川添百合香氏に感謝申し上げます。

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長崎大学病院臨床研究センター 助教

2014年から長崎大病院臨床研究センターで生物統計家として,生物統計学や疫学に関する相談,臨床研究のデザイン立案・統計解析の実施,研究・教育活動に従事。18年久留米大にて博士号(医学バイオ統計学)を取得。SNS等をきっかけとした,学術活動(勉強会,共同研究,翻訳活動等)に取り組んでいる。

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