医学界新聞

寄稿 吉野相英

2023.02.20 週刊医学界新聞(通常号):第3506号より

 脳波検査はこの30年の間にアナログからデジタル,ビデオ脳波の同時記録の導入,サーバによるデータ管理,報告書の電子化などの発展を遂げてきた。とはいえ,国際10-20法に従って記録された30分程度の脳波を判読し,報告書を作成するという基本的な作業自体に大きな変化はなかった。したがって,脳波は神経系の診療に欠くことができない検査ではあるものの,枯れた技術であり,若い医師が興味を抱かなくても当然だと,筆者は半ばあきらめつつ判読を続けてきた。

 ところが,この枯れた検査技術と考えていた脳波分野に新たな展開が訪れようとしている。それがICUにおける長時間ビデオ脳波モニタリングである。わが国では端緒についたばかりだが,ITの飛躍的進歩,特に院内LANの広帯域化(ギガビット化)によってビデオ脳波を離れた場所からリアルタイムで判読できるようになり,欧米の救命救急センターでは意識障害患者の診療に長時間ビデオ脳波モニタリングが欠かせない存在となりつつある1)

 ICUに入室してくる重症患者の多くは意識障害を呈しているが,その一部は非けいれん性てんかん重積状態(Non-Convulsive Status Epilepticus:NCSE)であることが明らかにされてきた。NCSEの出現率は疾患によって異なるが,全般けいれん発作重積の治療後や脳炎,くも膜下出血では10%を超え,頭蓋内出血,外傷性脳損傷,虚血性脳卒中,硬膜下血腫であっても5%を超える(図1)。さらに,内科疾患,例えば代謝性脳症,敗血症性脳症,向精神薬などによる中毒性脳症によってもNCSEが生じる。

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図1 長時間脳波モニタリングによるNCSE検出率(文献1をもとに作成)

 意識障害の原因がNCSEであると判明すれば抗発作薬による治療が可能となるが,NCSEの検知には長時間にわたって脳波を測定し続ける必要がある。しかしビデオ脳波の情報はかなり冗長であり,遠隔でモニタリングするには高規格の院内LAN設備が欠かせない。したがって10年前であれば,ビデオ脳波モニタリングの確立にはかなりの投資を必要とした。現在ではIT機器のコモディティ化に伴って,そうしたシステムを比較的容易に構築できる環境が整いつつある。つまり,脳波検査室に居ながらにして,ICU患者のビデオ脳波をリアルタイムで判読可能となる。

 とはいえ,NCSEの脳波診断は容易ではなく,その脳波判定は「アート」の領域に属すなどと皮肉られていたこともある。2 Hz以上の出現頻度の高い棘徐波の連続であれば,NCSEの診断は比較的容易だが,出現頻度の低い棘徐波,律動性デルタ活動,周期性放電の場合はその所見がてんかん性活動を意味しているのかどうかを見極めることは難しい(図2)。NCSEの過剰診断は不要かつ有害な抗発作薬治療につながり,過少診断は治療機会の逸失につながる。したがって,NCSEの診断精度の改善が欠かせない。米国臨床神経生理学会(ACNS)はこうした律動性/周期性パターンを読み解くためのガイドとなる救命救急標準脳波用語体系を公表している2)。この用語体系に従って脳波所見を記載することによって,てんかん発作と密接に関係している可能性の高い律動性/周期性パターンを見極めることができる。

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図2 意識障害患者にみられる3種類の律動性/周期性パターン

 また,ICUにおける脳波モニタリングは意識障害患者の予後を推測するのにも役立つ。具体的には脳波背景活動のパターン,刺激に対する反応性,周期的変化から予後を予測することが可能であり,標準脳波用語体系はこうした背景活動パターンの解釈にも役立つ。なお,標準脳波用語体系は2回の改訂を経て,2021年に最新版が公表されているが,脳波所見のさらなる定量化が推し進められていて,将来のAIによる自動解析を見据えているように思えてならない。

 長時間脳波のデータは膨大であり,これをリアルタイムで判読し続けることはできない。そのために定量脳波(Quantitative Electroencephalography:QEEG)の開発が進められている。イメージとしては2時間分の脳波をさまざまな計算解析技術を駆使して圧縮し,特徴を際立たせ,ディスプレイ上にカラー表示したものになるだろうか(従来脳波の場合,ディスプレイに表示されるのは10秒程度)。QEEGの活用によって未加工脳波の判読を効率的に進めることが可能になるだけでなく,QEEGによってNCSEを際立たせることもできる。また,QEEGによって時間単位で緩徐に変化する脳機能を捉えることもできる。例えば,くも膜下出血後に生じる脳血管攣縮に伴う遅発性脳虚血をリアルタイムで検知することが可能となる。脳波モニタリングは空間分解能においてはCT/MRIにはかなわないものの,長時間にわたって連続的に脳機能を監視できる点が強みであり,今後発展していくであろうマルチモダリティ・モニタリングやニューロテレメトリの中核を担っていくに違いない。

 とはいえ,QEEGの判読に従来脳波(未加工脳波)の判読スキルは全く役に立たない。したがってQEEGの普及には,QEEG判読に特化した研修プログラムが欠かせない。また,救命救急標準脳波用語体系を活用するためにも研修プログラムが必要であり,研修を受けることによって評価者間一致率が高まることが報告されている1)。こうした研修教育基盤を構築できるかどうかが,ICU脳波モニタリング普及の命運を握っているに違いない。


1)LaRoche SM, et al(eds). Handbook of ICU EEG Monitoring, 2nd Ed. Springer;2018.
2)J Clin Neurophysiol. 2021[PMID:33475321]

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防衛医科大学校精神科学講座 教授

1984年福島医大卒。2013年より現職。精神科診療の傍ら,30年にわたり脳波検査を兼務し,全診療科の脳波を判読してきた。近刊『脳波で診る救命救急――意識障害を読み解くための脳波ガイドブック』,また『精神神経症候群を読み解く――精神科学と神経学のアートとサイエンス』(いずれも医学書院)の監訳などを務める。

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