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  • 睡眠外来の診察室から(11)「寝ている間に妻を殴ってしまって,同じベッドで寝てもらえなくなった」(松井健太郎)

医学界新聞

睡眠外来の診察室から

連載 松井健太郎

2023.02.06 週刊医学界新聞(通常号):第3504号より

 近所に公園があった。あけぼの公園と言う。

 あけぼの公園は小学生数人が遊ぶのに程よい広さで,サッカーしてよし,ドッジボールしてよしの素晴らしい公園である。私の愛するホームグラウンドなのであった。

 小学2年生の時,同学年か1学年上だろうか,普段みかけない2人組男子があけぼの公園に現れた。彼らは友人の自転車をご丁寧に蹴って倒すなど露骨な挑発行為をするのである。平和なあけぼの公園の秩序を守らねばならない。義憤に駆られ,物申しに行ったらケンカになってしまった。

 まあ一方的にボコボコにされたのであった。私のパンチもキックも全く通らない。変な飛び蹴りを際限なくもらう。「うちらxxx拳法やっとるでね! ザーコ!」。ニヤニヤしながら彼らは言う。蹴られて痛かった以上に,相手にダメージを与えられない理不尽さに,私は怒り泣きわめいてあけぼの公園を後にした。正義が勝つとは限らないのである。

 その後ナントカ拳法には二度と出会うことがないまま,私は都会に引っ越すことになった。負け逃げである。私は肝心な場面でつい逃げてしまう意気地のないタイプの人間となった。人生が暗転したタイミングである。

 それから私は夢の中でもいつも逃げ回るような夢ばかり見るのであった。どうにもこうにも追い込まれると夢から覚める以外の解決策がなく,私は朝起きては忸怩たる思いを抱いていた。

 しかし高校生になった時である。ついに私は夢の中で正面から戦いを挑んだのであった。私は迫りくるやくざ者に対して,体重を乗せ,右足で渾身のミドルキックを浴びせたのであった。ガツン!

 ――いてええ! 私は勉強机の角に思いっきり右足をぶつけて激痛とともに目覚めた。それはもう,ものすごく痛かったのだが,私は何かを克服した,禊を済ませたような気がして大いに達成感を得たのであった。あれから人生が好転したような気がする。

 ところで,この「夢の内容に合わせて,手足が動く」というのはレム睡眠行動障害という疾患の典型的所見なのである。

「寝ている間に妻を殴ってしまって,同じベッドで寝てもらえなくなった」

 レム睡眠行動障害は中高齢層に好発する睡眠時随伴症(パラソムニア)である。レム睡眠中に生じる夢(特に悪夢)に合わせて大声を上げる,時には殴る,蹴るなど暴力的な行動がみられるのが特徴だ。

 その名の通りレム睡眠が病態にかかわる。レム睡眠中には,覚醒に近い脳波が出現している(皮質活動,すなわち夢見を反映している)のだが,同時に全身の筋肉が弛緩し身体はしっかり休んでいる(Behav Brain Sci. 2000[PMID:11515143])。金縛り状態がデフォルトである。

 レム睡眠行動障害では,何らかの理由でレム睡眠中の「金縛り司令」が障害されている。すると,本来ないはずのレム睡眠中の筋活動(REM sleep without atonia)が観察される。診断において重要な所見である(Nat Rev Dis Primers. 2018[PMID:30166532])。

 夜間の激しい行動にはネガティブな情動が関与していると考えられ,日常的なストレスが症状の増悪因子となる。また高用量のアルコール摂取も夜間の異常行動を賦活する。寝る直前に見た映画やドラマが夢に出てきてそのまま大暴れ,なんてケースもある。

 本人は夜間の異常行動を覚えていないことが多く,奥さんを殴ってしまったとしても悪気があっての行動ではない。手指の骨折,頭部打撲など,自身が怪我をすることもある。クロナゼパム,プラミペキソール等が治療において使用される(J Clin Sleep Med. 2022[PMID:36515157])が,寝言・体動の頻度や激しさこそ改善することが多いものの,症状が完全に消失することはまれなので,寝床周囲の安全を確保するのがとても重要である。低床ベッドで寝るように,とか,周りに家具をおかないように,といった指導を行う。

 レム睡眠行動障害はパーキンソン病やレビー小体型認知症(α-シヌクレイノパチー)にしばしば併存する。また特発性レム睡眠行動障害患者を追跡すると,診断から10年後に半数以上がα-シヌクレイノパチーを発症する(Brain. 2019[PMID:30789229])。残念ながら発症を遅らせる介入は現在のところない。

 上述のREM sleep without atoniaは若年者でも生じ得る(Minn Med. 2014[PMID:24941592])ので,高校生の時に夢に合わせてキックを繰り出したからといって,将来α-シヌクレイノパチーに罹患する可能性は必ずしも高くはないのだと思う(と,信じたい)。私と妻は仲良しで,子どもが生まれてからもずっと隣のお布団で寝ている。妻を殴るだなんて,絶対にあってはならない。

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