医学界新聞

睡眠外来の診察室から

連載 松井健太郎

2023.01.16 週刊医学界新聞(通常号):第3501号より

 興奮して眠れない,という経験は誰しもあったのではないかと思う。例えば,祖父母の家に行く前日。ディズニーランドに行く前日。ワクワクして眠れない小学生のそれである。あるいは緊張して眠れない体験も誰しもあるのではないだろうか。例えば大事な試験の前日――。

 高校3年生の時。忘れもしないが,私はセンター試験の前日の夜に,何を思ったか当時片思いしていた女子にメールを送ってしまったのであった。内容は「お互いセンター頑張ろうね」みたいな無難な内容である。内容自体はよいと思われた。しかしメールというものは返事が来ない可能性があるのである。

 高3,思春期真っ盛りの非モテ男子にとって,片思いの相手は世界の中心と言っても過言ではない。メール1つで軽躁転もすれば,鉛様麻痺を来したりもする。「『お互い頑張ろうね』みたいな無難な返事でいい。それで明日,いつも以上に頑張れる」。そんな甘い目論見があったのかもしれない。しかしまあ返事が返ってこない。

 考えてみれば向こうもセンター前日なわけである。集中を妨げ不快な思いをさせてしまったかもしれない。悩む時間がもったいないので,試験前日の悪あがきをすることにした。ノートを開く。英単語……。世界史……。化学式……。うーん。メールが返ってこない。「よし! そろそろ寝よう!」と決めて布団に入る。眠れない。枕元の携帯をパカッと開ける。通知はない――。

 しまった……。これでは緊張して眠れなくなった体験ではなく,自爆して眠れなくなったアホである。

「睡眠の検査を受けた日はよく寝られなかった」

 睡眠診療における最も重要な検査と言えるのが,1泊2日で行う睡眠の専門検査,終夜睡眠ポリグラフ検査(polysomnography:PSG)である。PSGは,睡眠時無呼吸症候群や周期性四肢運動障害,レム睡眠行動障害といった睡眠障害の確定診断において必須の検査である。また不眠症患者の睡眠構築の確認をするのも臨床上かなり有用であると言える。

 睡眠の検査入院はディズニーランドのようにワクワクするものではないが,上記のように,検査の日に限ってよく眠れなかったとおっしゃる方が一定数いる。これを第一夜効果(first night effect)と言う(Sleep Med. 2022[PMID:34998093])。緊張してしまうのかもしれないし,全身に装着するさまざまなセンサー類が気になってしまうのかもしれない。室温や照明環境,マットレスの違い等も影響するかもしれない。このように第一夜効果はよく眠れなくなる効果を指すことが多いが,逆に普段以上によく眠れてしまうことも指す(不眠症患者に生じることがある。Sleep. 1989[PMID:2711096])。

 睡眠時無呼吸症候群,周期性四肢運動障害,レム睡眠行動障害の診断においては,第一夜効果があったかどうかに関係なく,問題なく診断ができる。また不眠症患者さんでも,第一夜効果のせいで朝まで全く寝られないということはめったに起こらないし,その日の睡眠に関する自覚的評価と,客観的な睡眠構築の突合ができれば十分なので,大きな問題にはならない。

 つまり,第一夜効果は,日常臨床においてはそこまで大きな影響はないのであった。これから睡眠の検査をご予定の方はぜひ安心して受けてほしい。

 え,じゃあなんでコラムで取り上げたかって?

 第一夜効果が重要なのは,主に睡眠研究においてである。特にそれほど被験者の数が多くない実験研究では非常に大きな影響が出てしまう。これではせっかくの素晴らしい研究デザインも台無しである。そこで,「順応夜」といって,事前に実験環境で1泊してもらい,その翌日にもう一度夜間の睡眠を計測するのである。ちなみに3泊以上検査をしてもあまり効果はなく,2泊で十分らしい(Sleep Med. 2022[PMID:34998093])。

 本当は臨床でも2晩連続でデータがとれると何かの役に立つのかもしれない。ただし,人的コストが見合わないので現状は難しい。技術革新に期待したい。

 冒頭に話を戻すと,翌朝起きてみると「頑張ろうね!」といった感じでポジティブな返信が来ており,自信を取り戻した私は毅然とした態度で試験会場に向かったものの,センター試験は国語がこけて志望校を変えることになった。メール1つで恋愛の趨勢は変えられないが,人生の岐路がちょっと変わってしまった。まあこれも運命だ。

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