医学界新聞

睡眠外来の診察室から

連載 松井健太郎

2022.12.19 週刊医学界新聞(通常号):第3498号より

 「40になる前に死のうかな」。さらっと友人が言う。

 若い人は皆知らないだろう。ノストラダムスの大予言。「1999年7の月,恐怖の大王が降臨し,人類が滅亡する……」。誰も信じていなかったかもしれないが,私は真剣に人生の終わりを予期しており,かといってその短い人生でなし得たものは一つもなく絶望していた。せめてきれいな女の人とイチャイチャしたかったなあとか,今で言うチェンソーマンのデンジ君みたいな気分。ところがまあ人類は滅亡しなかったのである。

 高校生だった私は司馬遼太郎を読んでは『信長の野望』に耽溺していたが,人類が滅亡しなかったので,ピーターパン症候群を脱却し現実と向き合う必要に迫られた。そんなタイミングでの「40になる前に死のうかな」。

 太く短く生きろ。後悔なく40前に死ね。私はそう解釈した。かっこいい……。都内の有名私立大学に進んだ彼と異なり,地方の大学に進学した私は,接点がないのをいいことに友人のセリフを丸パクリして合コンで公言するなどしたが,変な人だと思われさっぱりモテなかった。いずれにせよ「40になる前に死のうかな」は私の人生におけるメルクマールとなった。

 40を迎えようとする今振り返ると「何を言っているのかな。アホなのかな」という感じである。ぶっちゃけ中身はそんなに変わってないのである。今がめっちゃ大事なんじゃ。死んでたまるか!

 こんな調子だから70になっても80になっても内面はそんなに変わらない気がする。しかし年を重ねればいろいろな限界が出てくるだろう。膝が痛くて運動は難儀かもしれない。動体視力が落ちればゲームもつらかろう。友人も少しずつ減っていく。ふさぎ込んでしまうかもしれない。

 私も老いてはデイサービスで寝てしまうだろう。全く他人事ではない。

「認知症の夫が,デイサービス中によく居眠りしている」

 ご高齢の方がデイサービス中に気持ちよさそうに居眠りしていても全く問題ないような気もするが,時々このような相談でご来院する方もいらっしゃる。

 年齢にかかわらず,過眠症状の診察で重要なのはご本人の生活状況の確認である。ナルコレプシーや特発性過眠症のような中枢性過眠症は10~20代での発症が多く,その辺りの年代は慢性的に睡眠不足になっている人が多い(太く短く生きようとしていた私もそうだった)。そのため,就学状況や習い事・アルバイト,始業・終業時刻や残業時間,夜寝る前の過ごし方などが重要な情報となる(第2話・3468号第6話・3484号を参照)。

 一方で,居眠りしがちなご高齢の方は「日中は座ってテレビを見ています」といった具合で受動的な過ごし方をされている場合が多い印象がある。また「どうしても身体を起こして動いていると疲れてしまうんです」とおっしゃる方もいる。すると日中横になって過ごしがちで,うとうとしてしまいやすい。さらに「21時くらいになるとどうも眠たくなってしまってね」という具合に,早めにお布団に入ってしまう人も多い。

 高齢者は本来,がんばっても長時間寝られないはずなのである(Sleep. 2004[PMID:15586779])。不眠症の高齢者に対しては「6時間寝られれば御の字なんですよ」といつもお伝えしている。夜に横になって過ごす時間が長すぎると,不眠が治らないので,遅寝早起きをするよう指導するわけである。

 他方,居眠りしがちなご高齢の方に夜の睡眠について聞くと「ぐっすり寝ています」とお答えになることが少なくない。本人や家族によれば8時間以上寝ている様子だが,全く不眠症状はない,なんてこともまれではない。

 このタイプの方々は,実際にはそんなに長くは寝ていない可能性がある(=睡眠状態の誤認)。「自己評価による睡眠時間」が脳波などで計測した客観的な睡眠時間よりも極端に長い人たちは,その後の転帰が良くないと考えられている(Sci Rep. 2022[PMID:36333394])。夜ぐっすり眠れるからといって,昼間も横になってばかりいると良くないのである(これは生活指導でなんとかなる問題ではないことが多く,介入はとても難しい)。

 逆に言えば,年を重ねたとしても,太く短く,「40前に死ぬ」くらいの勢いで毎日暮らしたほうが,健康寿命が長くなるのかもしれない。そんなお年寄りに私はなりたい。

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