新春随想
2023年
寄稿 春日雅人,大友康裕,南學正臣,鈴木幸雄,渡辺毅,鎌倉やよい,村田和香,成川衛,友納理緒,中嶋優子,種部恭子
2023.01.02 週刊医学界新聞(通常号):第3499号より

2023年を未来の医学・医療を考える機会に
春日 雅人
第31回日本医学会総会 会頭
公益財団法人朝日生命成人病研究所 所長
第31回日本医学会総会が本年の4月に東京で開催されます。日本医学会総会は,日本医学会に加盟する学会(2022年12月現在141学会が加盟)が,医学・医療の進歩についてその枠を越えて議論し,またそれらを社会へ発信する場として,1902年より4年ごとに開催されてきた伝統ある学術集会です。今回の第31回では講演と展示を,東京国際フォーラムを中心とした丸ノ内・有楽町エリアで集中的に開催します。久しぶりの東京での開催ですので,できる限り多くの皆さまに東京で現地参加していただきたいと思います。残念ながらご来場いただけない場合でも,講演ならびに展示をWeb配信(LIVE配信ならびにオンデマンド配信)いたしますので,日本各地からのご参加が可能です。
今回のテーマは「ビッグデータが拓く未来の医学と医療~豊かな人生100年時代を求めて~」です。現在,わが国の医学・医療においては新型コロナウイルスによるパンデミック,少子超高齢社会,医師の働き方改革の達成,地域における医療供給体制の構築など多くの課題が山積しています。ビッグデータに体現されるデジタル革命,すなわちAI,IoT,ICT,ロボティクスなどの技術革新が医学・医療にどのような素晴らしい進歩をもたらすのか,そして先述の課題克服のためにどのように活用されようとしているのか,さらにこれらの技術革新を医療として社会に実装する際の問題点は何か,という基本的な問いかけに沿って多くの講演ならびに展示を企画しました。また,これらの技術革新がどの程度のスピード感を持って医学・医療に導入されていくのかについても参加者の皆さまと情報共有ができればと思います。そして今回の医学会総会では,ダイバーシティ推進委員会ならびに40歳未満の若手医師によるU40委員会を立ち上げ,それぞれの視点からの講演や展示も企画しました。ぜひ,ご期待いただければと思います。詳細は医学会総会のHPをご覧ください(https://isoukai2023.jp/)。
4年に1度の貴重な機会です。ご自身の専門領域を少し離れて,現在のわが国の医学・医療の最先端を学ぶとともにその全体像を俯瞰し,未来の医学・医療を考える機会にしていただけたらありがたく思います。多くの皆さまのご参加を心よりお待ち申し上げております。

関東大震災から100年 ――災害対策;机上の空想の罠
大友 康裕
一般社団法人日本災害医学会 代表理事
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 救急災害医学分野 教授
1923年9月1日に発生した関東大震災によって,約10万5000人の命が失われた。今年は,その関東大震災から100年に当たる。大震災後,国は防災の啓発のために9月1日を「防災の日」と定め,同日を含む1週間を「防災週間」として講演会や防災訓練を実施してきた。また,1959年の伊勢湾台風の災害を受けて災害対策基本法を制定し,防災対策を進めていた。
しかし,1995年にいざ阪神・淡路大震災が起きた際,それまで真剣に進めていたはずの防災対策はほとんど役に立たなかった。1月17日午前5時46分の発災後,定例の経済関係の閣議が粛々と開催され,震災対策関係閣僚会議が設置されたのが10時40分であった。筆者の記憶によると,午前11時に行われた当時の首相の会見ではまだ「死者数20~30人」としか述べていなかった。政府レベルでの情報管理が極めて脆弱であったと言える。また医療の観点から見ると,被災地内医療機関の80%以上で,断水により診療機能がダウンし,そこに瀕死の重傷を含めて多くの(発災初日に各病院に1000人程度)患者が運び込まれた。被害が甚大な病院に患者が集中したのである。しかし,神戸市も兵庫県も医療機関の状況を把握できず,支援調整の術が全くなかったのだ。
1923年~95年の72年間,途中に太平洋戦争があったにせよ,国を挙げて真剣に震災対策を行ってきたはずであるのに,なぜこうなってしまうのか? その原因は,「真面目にやってはいるが,机上・想像の中での対策・計画発案にとどまっているため」と考える。東京都で毎年9月1日に実施されていた「ビッグレスキュー」という大規模防災訓練では,阪神大震災の際に被災地内の病院に患者が殺到したという実態が明らかとなった後も,しばらくの間,公園や学校に医療救護所を設置して最重症患者のトリアージや応急処置を施すという訓練を行っていた。大怪我をした人が,公園に搬送されるはずがないのにである。
また現在都内で実施されている震災机上訓練では,二次医療圏に1か所設置される医療対策拠点を中心として,圏内での災害派遣医療チームの配分や重症患者転院搬送の調整を行う訓練がなされている。圏内の各区から参加する担当者より,「区に災害拠点病院が1か所しかなく,想定される患者数を収容することが難しい」という発言を頻繁に聞くが,平時,その区の区民の多くは,他の区の病院を受診しているのではないか?「災害発生時,自分の区の中でなんとかしなければならない」という机上の空想に陥ってしまう具体例である。
このような行政・緊急対応機関・医療機関における災害対策の「机上の空想の罠」は,あらゆるレベルで発生する。例えば,地下鉄サリン事件以降経験していない大規模テロへの対応だ。タニケット装着の実技を学び,「テロ対策への準備はできた」とする医療機関が多く存在することも,G7広島サミットや大阪万国博覧会を控える中,不安要素である。
内閣感染症危機管理統括庁に関しても気がかりだ。司令塔機能を持つにふさわしいのは,大規模な危機対応のオペレーションを担当できる「危機対応の」専門家だ。しかし,感染症の専門家に危機対応の専門家としての知見を求める,といったちぐはぐなことが起こりかねないのではないかと危惧している。これは例えるなら銃の専門家に戦争の指揮を執らせるようなものである。「机上の空想の罠」の典型例にならないことを祈る。

日本内科学会設立120年――総合力と専門性を発揮しさらなる活躍を
南學 正臣
一般社団法人日本内科学会 理事長
東京大学大学院医学系研究科 腎臓内科学・内分泌病態学 教授
日本内科学会は長い歴史と伝統を有し,医学系学会ではわが国最大の学会であり,現在その会員数は約12万人です。歴代理事長や諸先輩方の優れたリーダーシップと会員の皆さまのご尽力で大きく発展した本学会の,第22代日本内科学会理事長を拝命して身の引き締まる思いです。
内科学は古くから医学においてその基礎中心となっている学問です。今回のコロナ禍においても,全国で内科医が救急医・集中治療医などとともにその対応の最前線で活躍しました。日本内科学会の目的は,内科学の進歩普及を図り,わが国の学術の発展に寄与するとともに,国民の健康寿命の延伸に貢献することです。今後さらにその活動を活性化したいと思っております。
そして,日本内科学会では多様性の重要性を強く認識し,これまで積極的に男女共同参画を推進してきました。多様性の要素は分野・性別にとどまらず,年代・地域・勤務形態などさまざまな要素があり,また日本の地域特性とともに国際標準を理解することも重要です。学会に所属する内科医が幅広く活躍していくために,さらなる多様性の推進を行うことで,内科学会を強化していきます。
そして,内科医の基本はgeneral physicianです。内科医はみな,総合内科医としての優れた能力を獲得し維持しながら,それぞれのサブスペシャルティ領域における専門性を高めていくことが大きな特徴です。各サブスペシャルティの専門医に加え,高レベルな領域横断的能力を有した総合内科専門医の必要性と重要性は強く認識されています。日本専門医機構が主導する専門医制度に参加する立場として,優れた専門医の育成に努めるとともに,多様な内科医のキャリアに対応したリカレント教育についても重点領域として注力していきます。
2023年は,日本内科学会120周年記念の年となります。諸先輩方と会員の皆さまに感謝するとともに,日本の未来を担う若手医師に優れた内科医となってもらえるように,日本内科学会の使命達成に向けて誠心誠意努力いたします。今後も皆さまからのご意見・ご要望や社会からの期待に応えてまいりますので,ご指導・ご鞭撻を何卒よろしくお願い申し上げます。

医療界の未来に希望を
鈴木 幸雄
コロンビア大学メディカルセンター産婦人科婦人科腫瘍部門 博士研究員
横浜市立大学産婦人科学教室
日本専門医機構 理事
命・健康の価値がますます高まっている近年において,医療が抱える社会課題は多い。世界的パンデミックへの対応,がんの撲滅,非感染性疾患(Non-Communicable Diseases:NCDs)の克服,メンタルヘルス,リプロダクティブ・ヘルス/ライツなど枚挙にいとまがない。
新型コロナウイルスへの対峙,医師の働き方改革時代の到来など,医療提供の在り方や医師の仕事の在り方が時代の大きな変換点を迎えているのは間違いない。世界はものすごいスピードで常に変化している。うまく変化していかなければ,その先には後退しか待っていない。歴史的なパンデミックを経験し,われわれは大きく変わりつつある。この変化は進化につながっているのだろうか。課題から目を背け,表面を取り繕うだけになってはいないだろうか。医師も医療技術も医療システムも一日にして成らず。積年の工夫で均てん化された素晴らしい日本の医療を守りながら,どうすれば未来に希望を感じる進化を見せられるか,今一度足元から考えたい。
今,子どもたちがなりたい職業ランキングではYouTuberなどエンターテインメント関連の職業が上位を席巻している。ヒーロー像は時代とともに変わってきた。専門職からスポーツ選手,そしてデジタル・エンタメ職へ。しかし私は今でも医師,医療者はヒーローだと信じている。米国ではパンデミック激震地での診療に当たる医療者の貢献を称え,ニューヨークのコロンビア大学病院に面した通りに“Healthcare Heroes Way”という名が付けられた。これからもわれわれ医療者は,最前線で命と向き合い,世界中の人を治す新薬を開発し,未来の医療を切り拓く,そんな命を守るヒーローでありたい。
しかし,今見える日本の医療の未来は決して明るくない。身を粉にして働き,型にはまったキャリアを好む人は確実に減った。現代の医療を担うわれわれには,より良い未来の医療のために,失望の声を期待に変えていく責務がある。あらゆるニーズをとらえ魅力的なキャリアを示すためにも,医師の仕事とは何かを再定義し,限りある“時間”の使い方を根底から見つめ直さなければならない。医師の強みを生かす仕事にフォーカスするため,コアと言える診療の効率化と密度上昇を進めていきたい。こうして生み出される新たな時間を,家族に,社会に,趣味に,研究に,教育に,再分配するのである。
2023年,今年もどんな社会の波が押し寄せるのかは皆目見当もつかない。しかし,さながら気候変動のごとくグローバルな影響を受ければ極端な現象が起こることは想像に難くない。どんな状況が訪れてもわれわれは未来に向けて後退することなく,発展していくべきである。医療界の未来に“希望”の声は少ない。今年は良い転換の年になることを願う。

新専門医制度の成り立ちと課題
渡辺 毅
一般社団法人日本専門医機構 理事長
福島県立医科大学 名誉教授
専門医制度は,医師の資質の向上(ミクロ的視点)と医療体制での人的資源の適正配置(マクロ的視点)の視点から,医療供給の質向上を目的としたものです。
日本の専門医制度は,欧米から遅れること約半世紀,1962年以降に各領域専門学会の制度として次々設立されたものです。しかし,各制度の標準化・統一性に欠け,国民には理解し難いという欠点がありました。その後,1981年~2008年までの27年間,学会認定医制協議会や日本専門医制評価・認定機構と名前は変わりながらも,日本医学会加盟学会を中心とした組織で標準化・統一化が検討され,新専門医制度の根幹となる考え方は確立されました。しかし同時に学会主導の改革の限界も明らかとなったのです。そこで,厚労省「専門医制度に関する検討委員会」の報告書に基づいて,欧米では一般的な第三者機関として,2014年に日本専門医機構(以下,機構)が設立されました。
機構の新専門医制度においては,専門医像は各領域でのいわゆるスーパードクターではなく標準的な医療が提供できる医師とされています。基本領域とサブスペシャルティ領域(以下,サブ領域)からなる二段階制となっており,必要な資質を得るための研修制度,資格を確認する認定制度と生涯教育のための更新制度からなります。
臨床医学は,診断に重点を置く内科(Medicine)と治療技術が主眼である外科(Surgery)の2つの潮流が紀元前からあり,おのおのが患者年齢,対象...
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