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『医薬品情報のひきだし』より

連載 村阪敏規

2022.07.29

 臨床現場において,薬剤師には他職種や患者から,医薬品情報に関するさまざまな問い合わせが寄せられます。医薬品情報は時々刻々と変化し,情報提供の場面ごとに検討すべき要素も異なる中,医薬品情報を適切に扱い,わかりやすく的確な回答を提供する能力が薬剤師には求められていると言えるでしょう。『医薬品情報のひきだし』は,医薬品情報の問い合わせデータベースであるCloseDiに蓄積された事例の中から,薬剤師が日常的に遭遇するものをピックアップし解説します。実践的な知識が得られることに加えて,問い合わせへの回答の進め方を習得する上でも参考になる一冊です。

 

 「医学界新聞プラス」では,本書に掲載された全76事例の中から3つの事例を抜粋し,ご紹介します。

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PPI(プロトンポンプ阻害薬)による下痢の副作用はcollagenous colitis*1の可能性が考えられます.collagenous colitisが起こる理由は大腸上皮細胞のプロトンポンプを阻害し,大腸粘膜分泌物の成分が変化することが一因とされています.
PPIを中止することにより下痢が改善された症例が報告されています.

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Q-1 タケプロン®服薬による下痢の報告は?

副作用頻度 0.1~5%未満
消化器…便秘,下痢,口渇,腹部膨満感,大腸炎(collagenous colitis等を含む)
(武田薬品工業株式会社 タケプロン® OD錠15,30添付文書)

⇒タケプロン®の副作用を添付文書で確認すると下痢は「0.1%~5%未満」と記載されています.

下痢が継続する場合,collagenous colitis等が発現している可能性があるため,速やかに本剤の投与を中止すること.腸管粘膜に縦走潰瘍*2,びらん,易出血などの異常を認めることがあるので,下血,血便が認められる場合には,適切な処理を行うこと.
(武田薬品工業株式会社 タケプロン® OD錠15,30添付文書)

⇒さらにタケプロン®の添付文書には「collagenous colitisなどが発現している可能があるため,速やかに本剤の投与を中止する必要がある」と記載されています.

Q-2 collagenous colitisとは?

⇒collagenous colitisは血便を伴わない水様性の下痢(慢性水様性下痢)を特徴とする疾患です.大腸内視鏡*3検査において異常は認められませんが,大腸生検*4により病理学的に特徴的な炎症が確認されます.大腸の粘膜上皮に10μm以上のcollagen bandの形成と炎症細胞の浸潤が認められます.疾患の要因については解明されておらず,原因薬としてはNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)やPPIやSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などが考えられます.

Q-3 PPIがcollagenous colitisを発症させる機序は?

⇒PPIは胃壁面のプロトンポンプを不可逆的に阻害する*5ことで,胃酸分泌を抑制します.しかしPPIは胃壁面だけではなく,大腸上皮細胞のプロトンポンプも阻害してしまいます.その結果,大腸粘膜分泌物の成分が変異し,免疫が誘導されることでcollagenous colitisが発症すると考えられています.
(透析会誌 47:387-393,2014)

Q-4 実際の症例報告の有無は?

⇒collagenous colitisが発現した患者において,PPIを中止することで下痢が消失した症例が多数報告されています.
(透析会誌 47:387-393,2014)(三菱京都病院医学総合雑誌 22:8-12,2015)(日本プライマリ・ケア連合学会誌 40:99-101,2017)

Q-5 collagenous colitisの報告症例数は?

collagenous colitisの日本における報告は182例で男女比は50:132,平均年齢は69.9歳,ランソプラゾール服用例93例(内服期間は3日から2年)で,ランソプラゾール中止による症状軽快は90.4%と高値であった(2009年度までの報告).
(ENDOSCOPIC FORUM for digestive disease 27:30-53, 2011)

⇒2009年度までのcollagenous colitisの報告は182例と多くはありません.一方で,ランソプラゾール中止による症状軽快は90%を超えています.ランソプラゾールを中止することで,下痢が改善される可能性が高くなるということがわかります.

Q-6 collagenous colitisの報告が少ない理由は?

⇒collagenous colitisの確定診断には内視鏡のみで診断することはできず,大腸の組織標本を顕微鏡で観察(生検)を行う必要があります.
(Gastroenterol Endosc 52:1233-1242, 2010)
collagenous colitisの報告が少ない理由は,確定診断には手間がかかる生検を行う必要があり,collagenous colitisと診断された例数が少ないことが理由の1つと考えられます.

Q-7 タケプロン®以外のPPIによるcollagenous colitisの報告は?

⇒collagenous colitisはラベプラゾール(パリエット®)などのPPIでも報告されていますが,タケプロン®が最も多いとされています.タケプロン®は大腸粘膜への感受性が高いためと考えられています.
(Scand J Gastroenterol 42:530-533, 2007)(J Clin Gastroenterol 43:551-553, 2009)
各PPI間において,下痢の副作用頻度に大きな差はありません(表1).

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 (表註:P-CAB*6

まとめると

●collagenous colitisは血便を伴わない水様性の下痢を特徴とする疾患である.
●PPIは大腸上皮細胞のプロトンポンプも阻害してしまうためcollagenous colitisが発症する.
●PPIによる下痢の副作用はcollagenous colitisの可能性がある.
●collagenous colitisはランソプラゾール(タケプロン®)が最も多いが,ラベプラゾール(パリエット®)などの他のPPIでも報告されている.
●PPIを中止することで下痢が改善した症例が報告されており,ランソプラゾール(タケプロン®)については中止後の改善率が9割を超える.

知識のひきだし

1 PPIの使用にてClostridioides difficile感染症が誘発されるか?
2012年にPPIの使用にてClostridioides difficile感染症やその他の腸管感染症が増加したというメタアナリシス*7の報告がある.
(Am J Gastroenterol 107:1001-1010, 2012)
しかし,添付文書には記載はなく,Clostridioides difficile感染症の予防策としてPPIを中止する根拠は不十分とされているため,「不必要なPPIの中止を推奨する」に留まっている.
(Clin Infect Dis 66, 2018)
Clostridioides difficile感染症が起こる理由は,PPI服用によって胃内pHが上昇し,胃酸で死滅する病原菌が腸管まで到達してしまい,腸内細菌叢*8が乱れることが一因とされている.

2 PPIは食前服薬がよいか?
欧米においてPPIは食前服薬が一般的である.食間や就寝前ではなく,胃酸分泌が始まる前の食前にPPIを服薬することで,酸分泌抑制効果が高まるとされている.
(Lansoprazole米国添付文書)

参考文献

▶タケプロン®服薬による下痢の報告は?
1)武田薬品工業株式会社 タケプロン® OD錠15,30添付文書
▶PPIがcollagenous colitisを発症させる機序は?
2)松村実美子,他:Collagenous colitisを発症した腹膜透析患者の1例.透析会誌47:387-393,2014
▶実際の症例報告の有無は?
3)松村実美子,他:Collagenous colitisを発症した腹膜透析患者の1例.透析会誌47:387-393,2014
4)水野雅博,他:当院でみられたcollagenous colitis 7例の臨床的検討.三菱京都病院医学総合雑誌22:8-12,2015
5)五十野博基,他:プロトンポンプインヒビター投与中止により下痢症状が改善し,Collagenous colitisが疑われた1例.日本プライマリケア連合学会誌40:99-101,2017
▶collagenous colitisの報告症例数は?
6)林智之,他:ランソプラゾール中止にて下痢が改善したcollagenous colitisの1例―本邦の報告例182例の集計結果を含む―ENDOSCOPIC FORUM for digestive disease 27:30-53, 2011
▶collagenous colitisの報告が少ない理由は?
7)梅野淳嗣,他:Collagenous colitisの診断と治療.Gastroenterol Endosc 52:1233-1242,2010
▶タケプロン®以外のPPIによるcollagenous colitis報告は
8)Chande N, et al.:Scand J Gastroenterol 42:530-533, 2007(PMID:17454866)
9)Wilcox GM, et al.:J Clin Gastroenterol 43:551-553, 2009(PMID:19142168)


Note

*1 collagenous colitis…和名は膠原性大腸炎.
*2 縦走潰瘍…大腸や小腸などに発生する線状や帯状の潰瘍.クローン病などでも認められる.
*3 大腸内視鏡…肛門から挿入し,直腸から結腸,回腸末端まで,大腸粘膜表面を観察するために使用される機器.大腸早期癌の内視鏡的切除にも使用される.
*4 生検…病理診断のために,生体の一部の組織を採取すること.
*5 PPIは胃壁面のプロトンポンプを不可逆的に阻害…PPIによる胃酸分泌阻害の持続時間は長く,新たなプロトンポンプが生合成されるまで酸分泌は回復しない.(生化学 79:520-526,2007)
*6 P-CAB…酸による活性化が不要であることが特徴で,他のPPIより効果発現と持続性が優れている.胃酸で失活しないため,腸溶錠とする必要がない.
*7 メタアナリシス…これまでの研究結果や論文を集めて質的評価と数量的な評価する研究手法.大規模な研究が経済的,時間的に不可能な場合に有用である.
*8 腸内細菌叢…腸管内(主に大腸・小腸)の常在細菌群.100種類以上,100兆個の細菌が生息している.別名:腸内フローラ.

 

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<内容紹介>PPIの副作用で下痢が発現する理由は? アセトアミノフェン経口製剤は空腹時に服薬できる? 錠剤を粉砕したときの重量ロスは? 本書はこんな臨床現場で迷いがちな薬の疑問を迅速・的確に解決するための情報が詰まった「ひきだし」です。大学病院でDI実務の経験を重ね、現在webサイト“CloseDi”を主宰する気鋭の若手が執筆。医学論文、医薬品添付文書、IFに基づく解説が豊富でDI実務の考え方も楽しく学べます!

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