医学界新聞

書評

2022.12.05 週刊医学界新聞(レジデント号):第3496号より

《評者》 松村医院院長

 「お前は日本人なのに,クロサワを観たことがないのか?」

 留学先の大学院の教室の片隅で,アジアの小国からやってきた友人に当時私が言われた言葉である。動画配信など,ない時代。レンタルビデオ屋から代表作を借り,週末ごとに観た。『用心棒』『七人の侍』『天国と地獄』。衝撃的な面白さであった。いや,面白いだけではない。「生きるとは」「人間とは」といった私たちの根源的な問いに向き合った作品。黒澤映画の偉大さを教えてくれたその友人に後日感謝の念を伝えると,彼は続けてこう言った。

 「そうだろう。ところで,オヅは観たか?」

 あれからずいぶん時が流れた。私はその後,臨床に戻り,東京の小さな診療所で,日々地域の診療に取り組んでいる。2022年の今,私が診療を始めた1990年代とは様相は大きく異なっている。激変といってもいい。感染症に振り回され,変化に戸惑いながらも,なんとか診療を続けることができているのは,人間というこの複雑なものに真正面から取り組んできた先人たちの知恵と経験に,今は比較的たやすく触れることができるからである。

 本書『高齢者診療の極意』には長年,総合診療,地域医療,在宅医療を手掛かりとして高齢者医療に真っ向から取り組んできた著者の知恵と経験がふんだんに盛り込まれている。高齢化率が30%に近づく今日,高齢者の診療を避けて通ることはできない。高齢者とは誰なのか,そして高齢者にどうアプローチすればよいのか。医療・医学的知識を十分に活用しないと,これらがうまくいかないのはもちろんである。しかし,それだけでは十分ではない。その具体的な方法が,本書では事例を通じた「赤ひげ医師」と「のぼる医師」の二人の医師の対話を導入として,最新の知見を踏まえて概説されている。その上で,各項の最後に「のぼる医師が気づいた高齢者診療の極意」として,重要なポイントが簡潔にまとめられている。

 特筆すべきは「肆ノ巻」である。高齢者の「主治医」になるためには,総体としての高齢者だけではなく,その背景にある,家族,地域,医療システム,さらには文化をも意識した診療が必須である。著者の言葉を借りれば,目の前の患者に向き合いつつ,診察室にいない「第三者」を意識することである。これは口で言うほどたやすいことではない。そして,唯一の答えがあるわけでもない。しかし,ここを適切に行っていくことが高齢者診療の肝である。そして,ここが本書のタイトルが示す「極意」の「極意」たるゆえんである,と私は感じている。

 長年指摘されてきた2025年問題の到来をあと数年後に迎えた今,私たちが目にしている世界は,かつて誰も経験していない問題を無数に内包しているかのように思える。しかし,その多くは,先人たちが経験してきた問題の中に,数多くの共通点を見いだすことができる。そして,それらに対して,先人たちは正面から取り組み,数多くの優れた作品を残してきた。

 それが,クロサワ映画に続けて観た,小津安二郎の作品から私が学んだことである。


《評者》 京大病院医療安全管理室長・教授

 本書は,吉村長久氏と山崎祥光氏の共同編集によるものです。吉村氏は,京大眼科教授から北野病院病院長になられました。山崎氏は,京大医学部卒業後,同大学での研修医を経て,同大学法科大学院で学び,現在は弁護士として活躍されています。吉村氏は管理者として,山崎氏は弁護士として,カルテ記載の重要性を痛感され,本書を企画されたのだろうと思います。私も,医療安全管理者として,カルテ記載がいかに重要かを知っています。重要性を認識している3人に共通することは,「痛い目」を経験しているということかもしれません。

 病院管理者,医療側弁護士,医療安全管理者は,あらゆるトラブルを経験します。私も,臨床医のまま一生を終えていたら経験しなかったようなことを経験してきました。その経験の中で,ぜひ,スタッフに伝えたいと思ったことが「カルテの書き方」です。今まで,私がこの十数年,経験的に学んだことが,本書では,コンパクトでありつつ,豊富な根拠を示した上で記載されています。本書はどの部分から読んでも,一つひとつの話題や内容が完結しているために,カルテ記載について気になったときに読むということもできます。また,時間のあるときにパラパラとめくって,斜め読みするだけでも,十分勉強になります。医局に数冊置いておくと有用であること間違いなしです。

 さて,先ほど「痛い目」を経験したと書きましたが,医療事故調査の際,現代ならではのカルテの記載についてリスクを痛感することがあります。例えば「コピペ」。本書では,コピペによってトラブルが生じる例が示されています。「えっ! コピペ? いつもやってるけど。どこが困るの?」と思われた方は,ぜひ,本書でご確認ください。また,最近はメール機能がついている電子カルテもあります。メール内容をカルテにコピペすると便利ですが,「それ,いつもやっていますよ!」と思われた方も,コラム「医師間のメールをそのままカルテ記載することの是非」を読んでみましょう。

 医療安全学では,望ましくない結果となった事例について,その結果を生み出した背景要因を分析し,具体的な再発防止策を講じますが,本書は,「望ましくない医療者・患者関係に陥った結果から学び,カルテ記載を改善する」という学習の機会を提供してくれる有用な書です。


《評者》 トヨタ記念病院眼科部長

 眼球は,大ざっぱに言えば膠原線維の膜(角膜・強膜),血管の膜(虹彩・毛様体・脈絡膜),神経の膜(網膜)の3枚で構成されている。血管の膜は暗紫色を呈しているため,眼球から膠原線維の膜を取り去った際の外観から,虹彩・毛様体・脈絡膜を合わせて「ぶどう膜」と呼ぶ。このぶどう膜は血管が豊富な故,炎症を起こしやすく,膠原病や自己免疫疾患,がん,感染症などの全身疾患に由来した異常所見を見ることも多い。

 眼科医師として,このぶどう膜の炎症を苦手と感じるのは,何だかよくわからないこと,治療に終わりが見えないこと,最近話題の生物学的製剤は高価で安易に使えないこと,眼科医だけでは解決できない疾患が多い,といった高いハードルを感じるからである。

 本書は,読者のぶどう膜炎への苦手意識に応え,実際に目に見える眼所見にこだわって,そこから診療につながる系統的な考え方を身につけられるようにという目的で編集されている。その初版は2013年4月に出版されているが,この間に画像診断法を含む検査法の進歩,生物学的製剤など新たな治療法が加わり,Behçet病が減ってヘルペスウイルス前部ぶどう膜炎が増加してきたなど,わが国でのぶどう膜炎診療にも大きな変化があった。そのため,約10年を経てバージョンアップされた第2版として2022年7月に発行されている。

 本書は「総説」「総論」「各論」の3章で構成されており,総説では,園田康平教授が,ぶどう膜炎の分類と診断から治療に至るプロセスを概括しておられる。ことに「表1 問診の予備知識」(p.6)は秀逸で,ぶどう膜炎を大枠でとらえるのに役立つ。

 総論では,ぶどう膜の解剖・生理,ぶどう膜炎の疫学,画像診断という,疾患の病態をとらえるのに必要な情報が示された上で,角膜後面沈着物,虹彩癒着・虹彩結節,前房蓄膿,硝子体混濁など,一般的な眼科診療で見えてきた所見からぶどう膜炎を疑った場合,どう考えてどう鑑別を進めていくかのコツが述べられている。すなわち,これが本当にぶどう膜炎なのかどうか,緊急度の高い病態なのか,感染性か非感染性か,非感染性なら3大ぶどう膜炎(Behçet病,Vogt―小柳―原田病,サルコイドーシス)なのかそれ以外なのか,という考えで鑑別を進めていくことが大切で,その考えで観察すれば,普通の眼科診察室で十分できることなのである。

 各論では,原因のわかっているぶどう膜炎についてそれぞれの病態と診断,治療を解説しているが,大きく分ければ3大ぶどう膜炎に代表される内因性のもの,ヘルペス属のウイルスや真菌,原虫などによる感染性のもの,そして悪性リンパ腫や白血病に伴う仮面症候群の3つだろうか。一般の眼科医としては,感染性ぶどう膜炎,仮面症候群はなかなか手に負えるものではなく,内因性ぶどう膜炎にしても,サルコイドーシスなど患者の生命にかかわる疾患が含まれているため,ぶどう膜炎診療については専門家や他診療科の医師に診察を依頼するタイミングが重要である。各論ではそうした線引きについても学ぶことができる。

 本書を通して読んでみると,ぶどう膜炎は決して謎めいたものではなく,タイトルの通り「所見で考える」ことで見えてくるものがあるとわかる。したがって,日常の診療に携わる眼科医師だけでなく,ぶどう膜炎の患者さんにかかわる可能性のある診療科の医師にも本書をお薦めしたい。


《評者》 日大准教授・循環器内科学

 おおっ,山下武志先生の新刊が出ている! しかも久しぶりに心電図の教科書ときた!

 胸を張って推し活をする時代,生粋の山下先生ファンである僕は,即買いだろう。

 早速手に取ってみた。表紙には難解な心電図が散りばめられている……今回は心電図にとことんこだわっていますよ,という無言のメッセージ……そう,そうでなくっちゃ!

 とはいえ僕ももう中堅循環器医,心電図は大得意だ。

 無数にある心電図の教科書のどれに目を通しても,真新しい発見にはなかなか出合えない。

 そんな慢心とともに目次をパラパラ。この教科書は「判読ドリル」と名の付く通り,問題形式でまとめられているのか。

 まずは小手調べの7Cases! いいじゃないか,ここはさっと全問正解で読み進めるぞ! と意気込んだ矢先,Case1の選択肢を二度見してしまった。

 や……山下先生,僧帽性P波と左心性P波って……ち,違うんですか? 肺性P波と右心性P波も違うんですか(T-T)?

 いきなりの衝撃に戸惑いながらもページをめくると,定義やその違いについて,いつもの山下先生の筆調で理路整然と解説されている。なるほど,深い……思っていた以上に深いぞ。底の見えない温泉に足を浸けるときのように,おそるおそる読み進める。しかしその先も「心電図だけでここまで診られるんだ」と驚くTipsだらけ。目からウロコの連続である。

 左室の圧負荷と容量負荷の違い
 両室肥大を見落とさないコツ
 肥大と虚血によるT波の違いを見分ける「T波終末のオーバーシュート」

 いったい僕の目にはウロコが何枚張り付いていたのか……ギネス記録になりそうだから一回数えてみたいものである。これはワンランク上の教科書だ……山下先生,恐れ入りました,さっき心電図は大得意だと書いた自分が恥ずかしい。ついでに調子に乗ってTwitterに投稿した,「心電図王におれはなる!」というツイートも削除したい。海賊王になるほうがよっぽど簡単だったかもしれない。

 患者さんの経過という時間軸で心電図を比較するのも新しい!

 そうなんです山下先生……臨床医は,弁膜症や心不全の進行を,時系列の心電図でとらえるという勉強もしたかったんです! 心電図を通して患者さんの人生と寄り添う極意もちりばめられていた。もはや,人類の書き得る最高の心電図書ではないか。

 一気に読み終えてしまった。

 さぁ……もう一周しよう! やっぱり心電図王におれはなる!

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