医学界新聞

書評

2022.10.24 週刊医学界新聞(通常号):第3490号より

《評者》 コンディション・ラボ所長

 近年,「筋膜(myofascia)」や「膜(fascia)」という用語は,医療だけでなく一般にも認知され,コンビニに並ぶ雑誌にすら「筋膜」という言葉を目にするようになりました。そして,これまでわからなかった筋膜や膜に由来する病態が徐々に明らかになり,整形外科医を含め,運動器にかかわる医療者が,筋膜や膜の臨床的意義を認識するようになってきました。本書『アナトミー・トレイン』は,その先駆け的存在であったと,多くの医療者が認めるところです。

 臨床の世界は,どれだけ経験を重ねても,学べば学ぶほど奥が深く,発見の連続であるといえます。筋膜や膜が関与する病態については,最近になってわかってきたことが多く,その顕著な例といえるでしょう。これまで,腰部の障害や病態が原因と思われていた下肢の痺れや痛みも,筋膜へのアプローチによって改善することを,臨床では多く経験します。つまり,実は筋膜の病態であったと確認できることが多くあるのです。その他,筋や腱,靭帯,滑膜,脂肪体が原因と思われた病態が,実は筋膜や膜の病態であることも珍しくありません。こうした発見は,本書に書かれている身体の膜の構造と機能を理解することでひもとけることでしょう。

 本書の原著者であるトーマス・W・マイヤース氏は,運動器を連続体としてとらえ,筋膜や膜が姿勢制御や運動連鎖に深く関連していると考えています。これまでの運動器治療は,局所に着目しすぎてきたと私は感じています。だからこそ,この考えにはとても共感できますし,多くの医療者に「身体が連続体である」という考え方を知ってほしいと思っています。今回の第4版で追記された「ピラティス的な考え方」や「ボディリーディング®」の概念も,こうしたトーマス・W・マイヤース氏の考えを理解するのに役立つため,ぜひ一読してほしい項目です。

 今後,筋膜や膜に関する病態,ネットワークシステム,運動の連動,さらには皮神経の機能解剖との関連性など,さまざまなことが解明されていくことは疑いありません。そして,それに基づいた運動器治療の変革があるはずです。

 私たちが臨床と真摯に向き合い,素直な気持ちで,筋膜や膜の視点も含め,運動器疾患の治療に取り組んでいくことが大切であると,この一冊が気付かせてくれるはずです。

 最後に,訳者の板場英行先生と石井慎一郎先生の強い思いとご尽力により,本書がわが国に広まったことに感謝します。


《評者》 三井記念病院院長

 本書は,北野病院の吉村長久院長と山崎祥光弁護士の編集で上梓されたものである。適切なカルテ記載の重要性を認識し,もともと関心を持っていらっしゃった吉村院長が,医師の資格もあり臨床経験もお持ちの山崎弁護士にカルテ記載に関する講演を数多く依頼してきた。その講演の内容が土台となったのが本書である。このお二人の組み合わせこそが,独特の視点を持つ本書の出版を可能にしたといえる。北野病院医療安全管理室の先生方と山崎弁護士が中心になり著述されているが,本書を読むと,「カルテ記載のない事柄はなかったことになる」ということがあらためて強く認識される。その他に,何となくそうではないか,あるいはぼんやりとどうなのだろう,と思っていたいくつかのことが明瞭に説明・記述されており,大変参考になる。以下に例を挙げる。

・カルテと異なり,忌憚のない意見交換の場であるカンファレンスや医療安全事例検討会などの議事録は開示の義務はない(むしろ開示すべきではない)。それと関連して開示・非開示の書類の区別を医療機関内できちんと定めておくべきである。

・カルテ改ざんと追記訂正は別である(改ざんと思われるのをいたずらに恐れて誤った記載をそのままにするのは問題である)。ただし追記訂正で望まれるのは,初めの記載から1~2日以内,トラブル発生以前である。

・暴言を繰り返したり大声を出したりする患者・家族と病院職員とのやりとりを録音する際には患者・家族の同意を得る必要はなく,同意を得なくても証拠として役立つ。

・救急受診患者の帰宅を認めるときには,重篤な疾病である可能性を低める事実・所見も意識してカルテに記載する。

 きちんとカルテに記載するということは基本的に時間を要する作業になるが,医師および診療に携わるスタッフの時間とエネルギーはできるだけ実際の患者診療に向けられるべきであるということが本書では強調され,チェックリストを利用するなどの具体的で簡便なカルテ記載方法も示されており,現場に寄り添った視点が貫かれていることに感銘を受けた。


《評者》 日本小児麻酔学会名誉会員

 原著は第3版で,このたび初めて日本語版が出版された。著者は区域麻酔を超音波ガイド下で施行することにより,成功率が向上し,より正確に必要な部分のみのブロックが可能になり,新生児から高齢者まで恩恵を受けたと述べている。その他,新生児などに対する超音波ガイド下の内頸静脈カテーテル留置法を解説し,さらに区域麻酔以外に超音波ガイド下での肺・気道・視神経管・胃噴門部エコーについて簡潔な概要にも触れている。区域麻酔以外に麻酔科医が覚えておいて大変役に立つことだろう。

 超音波の基本的な原理の理解は当然として,p.19に記載された超音波ガイド下神経ブロックのコツは,ぜひとも目を通していただきたい。

 本書はB5判で,実際にブロックを行う場合に傍らに置けるので大変便利であり,超音波画像,写真,イラストが豊富で大変参考になる。また日本語訳が大変素晴らしく,著者の長年の苦労もあることと思うが,ブロックに際して読者は理解しやすいと思われる。

 ブロック針の太さと局所麻酔薬の種類と量は施設により異なるので注意されたい。例えば仙骨麻酔について述べると,欧米では穿刺針で,皮膚や皮下のdebrisを硬膜外腔に誤入するのを予防するために,スタイレット入りの針を使用する,すなわち22Gの静脈留置針を使用するそうだが,私は国立小児病院時代の恩師に教えられ,以来25Gの鈍針を用いている。この太さでも乳児では脂肪が多いせいか,何回も試みていると針先が詰まることがある。しかし,この25Gは長さ2.5 cmで非常に使用しやすい。

 仙骨麻酔では薬液注入中に後硬膜の沈み込みがあるそうだが,評者は不注意のせいか気が付かず,今後はよく注意したい。

 小児胸部傍脊椎ブロックのところでは,椎体,肋膜,内肋間筋,横突起などのイラストがあれば,ブロックを行うときに非常にわかりやすかったと思う。このブロックは開胸手術に非常に有効で,硬膜外ブロックと異なり開胸側のみの鎮痛であり,術後胸腔ドレーンが挿入中は体動に際して創部痛より強い疼痛を抑える。また,このブロックは腎臓手術や腎生検にも有効で患側のみのブロックであり,開胸手術とともにこのマニュアルを参考に皆さんにもっと施行してもらいたい。

 術後の鎮痛には麻薬を含む鎮痛薬よりも区域麻酔が有効なのは誰もが認めるところである。絶対的な禁忌がある場合はともかく,まずはこの本を参考に区域麻酔を試みるべきである。


《評者》 アンカークリニック船堀整形外科

 「これから動悸の患者さんが来るから,ACLS見直しておいて」。

 初期研修医だった僕は上級医に言われ,ACLSのテキストを見直していた。「意識があるということは脈あり・頻脈だな」と思い頻脈プロトコールを頭に入れた。すると心電図モニターを確認すると洞調律の78歳男性だった。僕は脈あり・頻脈のフローチャートの最初でつまずき,頭が真っ白になりそうだった。しかし,過去カルテを見にいくときに本書の「動悸」の項目を開いた。まずは「問診」「心電図」と記載がある。「それで具体的には何を聞くのか?」と思い次のページを見ると,「安静時の動悸か?」「労作時の動悸か?」「既往歴」「家族歴」と書かれている。ふむふむ。30秒でざっと確認し現場に戻る。診察や検査を終え無事に上級医へプレゼンできた。

 本書の初版は米国内科学会専門医取得後,聖路加国際病院救命救急センターに在籍していた当時卒後9年目の田中和豊先生が執筆されたもので,本書は全面改訂を行った第3版である。初版では初期研修医が救急外来において,診療科を問わず自分一人で戦えることを目的としていた。初版から約20年が経過し,さらに医学生も読者対象にしたいという想いが,序文の田中先生の言葉からうかがえる。

 ここでは整形外科専門医の立場からこの書籍を切り出してみる。結論から述べると「プライマリケアの最前線にいる田中先生という熟達者から,これから実臨床を学ぶ初学者に向けたEBMと経験を融合した実践知を詰め込んだ道標」である。その理由は以下の3つである。

 ①症候からフローチャートがある:例えば「動悸」の最初の分岐は「一過性」か「持続性」かである。「持続性」の後には「ACLS徐脈・頻脈プロトコールに従い,不整脈をコントロールする」と書かれている。このようにフローチャートで視覚的に示すことで,初めて動悸を診る医学生,初期研修医にも持続性動悸は “急いで” 対処しなくてはいけない症状だとわかる。一方,一過性動悸に関しては,問診や心電図などの項目が示されており,次の一手がすぐにわかる。

 ②必要なスコアが必要なところにある:診断や治療をしていく中では疾患に特化したスコアリングを活用することがある。例えば心房細動の抗凝固療法にはCHADS2スコアがある。こういったスコアは検索しても前後の文脈までは記載されておらず,目の前の患者さんに当てはめてよいのかわからないことが多い。しかし,本書では診断や治療に関する記載のすぐ近くにスコアが掲載されている。これを参考にすれば,コンサルトする際に専門医と円滑にコミュニケーションがとれそうである。

 ③具体的に何をすべきかが書かれている:フローチャートのすぐ後には,問診や診察,検査で何をすべきかが記載されている。ここには「なぜ」を解く田中先生のTipsがたくさん詰め込まれている。まるで現場で田中先生に教わっているような気分になる。

 初期研修医のときに初版を片手にERに出ていた僕だが,いま一度,整形外科専門医としてだけでなく一人の医師として学び直しをしてみようと思う。


《評者》 栃木県立がんセンター食道胃外科科長

 著者の佐々木克典先生は本書初版の序文で,「卒後まだ日の浅い若き術者は,学生時代に学んだ解剖をうまく使えないということに,もどかしさを感じるのではないか」と述べておられるが,私はまさにその一人であった。私が1996年に大学を卒業し熊本大学第1外科に入局した年に雑誌『臨床外科』(医学書院)にて本書初版のベースとなる連載が始まった。私は雑誌から「外科医のための局所解剖学序説」の連載を切り離して冊子とし,使用してきた。2006年に書籍として本書初版が出版され,長く待ち望んでいた第2版を2022年に手にすることができた。

 本書では系統解剖学と手術の実践解剖のギャップを埋めるべくさまざまな手法がとられている。その一つとして,体表の構造物を深部の構造物と結びつけることがある。個体差を超え構造物が恒常的に同じ位置にあることは手術のアプローチやIVRの手技などの基礎となる。また手術では表層から深部へアプローチするが,視点を変え深部から表層へ,左右の違いを理解するため正中から外側へ構造物をたどる手法がとられ,立体的な理解が得られるよう工夫されている。また生体には解剖を理解するための重要な間隙や断面がありその詳細が解説されている。私は本書の立体的なシェーマと『グラント解剖学図譜』(医学書院)などの解剖図譜を見比べながら,構造物を本文に沿って一つひとつたどっていき,そして手術に入るといった作業を繰り返した。単調ともいえる作業であり,膨大な構造物をすぐに覚えられるわけではないが,繰り返しているうちに次第に血管の基本走行や隣接臓器,さらに深部の構造物との位置関係が把握できるようになり,さまざまなメルクマールを持つことができるようになった。この知識は定型的な手術の安全な遂行や時間短縮だけでなく合併切除や突発的な出血への対応に役に立つ。

 「タイムクリップ」のコラムではさまざまな術式の黎明期のエピソードが詳細に解説されている。このコラムはそもそも読んでいて楽しいし,解剖学へのモチベーションを上げることができる。どの回も古い文献をどのようにして調べ上げたのか感服してしまう。そして,随所に佐々木先生から若い外科医への温かい励ましがちりばめられている。私自身,症例の少ない病院で研修していたため大いに励まされた。

 本書を手にした若い外科医はエキスパートへの確かな航路を進んでいると断言したい。本書はまさに「エキスパート外科医への澪標みおつくし」である。

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