医学界新聞

睡眠外来の診察室から

連載 松井健太郎

2022.10.03 週刊医学界新聞(通常号):第3488号より

 タイトルにある通り,甘い物の話をしようと思ったが,なんだか筆が進まない。はた,と気づいた。普段,お菓子をあまり食べないのである。

 甘い物は大好き。しかし日常的に食べるのには忌避感がある。せっかくなら特別感を感じたい。例えば先日奥さんとデートした帰りにミルクレープをいただいたが,とても幸せだった。旅先でのご当地ソフトクリームも一興だ。あるいは論文投稿を終えて余韻に浸りながら売店で買ったビスコを片手にコーヒーを飲む,なんてのも良い。

 どうして普段はお菓子を食べたくないのか。どうも予防線を張っているようだ。毎日のように食べては感動が薄れるだろう。さらに言えば,連日食べた後の「そこまで美味しくないのでは?」という悟り状態,賢者モードが怖いのかもしれない。

 そういえば,友人からもらってうまい棒を初めて食べた小学1年生の私は非常に感動し,ある時遠足のおやつをうまい棒で揃え,何本もむさぼり食べたところ,突然むなしくなってしまった。飽きてしまったのである。

 魔法が解ける瞬間ほど悲しいことはない。輝く駄菓子界のアイドルが目の前にいるのに,なんだかもう受け付けない。むなしい。これはトラウマである。私は「マックのポテトをお腹いっぱい食べる」という子どもの頃の夢が果たせないままでいる。

 薬理学的な表現をするならば,ジャンクフードの美味しさは「耐性ができやすい」のである。やはり幸せの最大値を上げるのであれば,美味しさを忘れたころに摂取するのがいいんじゃないだろうか。アイドルであれば元・モーニング娘。の辻ちゃんのようにずっと成功し続けていてほしい。

「寝ぼけて甘い物を食べる。翌朝は食べたことを覚えてない」

 というわけで私はお菓子を依存性物質みたいに認識していることがわかってきたのだが,これらを就寝後,寝ぼけて食べてしまう疾患がある。睡眠関連摂食障害という。夜中に寝ぼけながら室内を徘徊し,甘い物等を食べるわけだが,食べたことを翌朝思い出せない。「朝起きると居間のテーブルに菓子パンの袋が散乱していて,すごく胃もたれしているが,食べたこと自体は全く覚えていない」なんてことになるのが典型例である。自力では摂食行動を抑えられないので,患者は深く悩むことになる。

 睡眠関連摂食障害に関するこれまでの知見は,下記の2論文に詳しい(Psychiatry Clin Neurosci. 2015[PMID:25495278],Neurotherapeutics. 2021[PMID:33527254])。基本的に炭水化物を中心とした高カロリー食を摂取するが,寝ぼけているので,生肉を食べる,即席麺をそのままかじるといった,本来起こり得ない行動が見られることもある。患者は必ずしも肥満体型とは限らないが,御し難い摂食行動のため体重が増えてしまう人もいる。耐糖能異常もコントロールできなくなる。虫歯にもなりやすい。

 睡眠関連摂食障害は,睡眠時遊行症(いわゆる夢遊病)の類縁疾患である。したがって,①ノンレム睡眠からの覚醒への移行障害(適切に目覚められない)に,②睡眠中の頻繁な覚醒刺激が重なることで生じると考えられている。①に対しては,慢性的な睡眠不足,アルコール摂取や睡眠薬使用が影響するので,生活指導が必須である。②に対しては睡眠時無呼吸症候群やレストレスレッグス症候群といった睡眠障害から二次的に生じる可能性を念頭に置き,適切な鑑別が重要となる。また③心理的ストレスも睡眠関連摂食障害のトリガーとなる。

 小児期に生じやすい睡眠時遊行症と異なり,睡眠関連摂食障害の多くは成人以降に発症し,かつ十数年の慢性の経過をたどるとされている。薬物療法として抗てんかん薬であるトピラマートや抗うつ薬等を使用する(いずれも適用外使用)が,治療の打率を上げるにはやはり摂食行動の誘引の十分な洗い出しが大事だと思う。私は前述の理由から自宅に甘い物をあまり置いていないので,心理的に十分寄り添えないかもしれないが,ご紹介いただけたら気合いを入れて診察させていただく所存である。

 ちなみに,私が普段ジャンクフードを食べない理由がもう一つあって,体調を崩してしまうのである。国家試験に向けた勉強中,眠くならないからと,昼食は全てオレオにしていたら数日で風邪を引いた。宅配ピザは大好きだが,食べると必ず翌日お腹を下す。

 健太郎ちゃんの「健」は健康の「健」……。これは母から授けられた呪いなのであった。

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