医学界新聞

睡眠外来の診察室から

連載 松井健太郎

2022.09.05 週刊医学界新聞(通常号):第3484号より

 ついに一家でコロナ陽性になってしまった。

 思いの外つらい。40℃近くの熱はまあ許せる。嫌だったのが数秒に一度生じる拍動性の頭痛であった。数秒に一度,右の側頭部~後頭部に「ビシッ」と来るのである。たまらず横になる。うーん。痛い。

 今後の臨床に生きるかもと,頭痛と向き合うことにした。まず,気持ちで負けてはダメだと思った。第一,痛くて癪に障る。素直に腹を立ててみることにした。「痛ッ」「ふざけんなク●が……」。どんどん口が悪くなる。本当に痛いからだ。しかし腹を立てても痛みは変わらないし,気持ちもますますネガティブになってきた。これはよくないな。

 次に,「痛みを感じない数秒間に感謝」してみることにした。大きく深呼吸し「感謝」「感謝」と唱える。すると,心なしかリラックスしてきた。痛みを感じる頻度も10数秒に1回……。おや,ちょっと延びたかな。しかし「ビシッ」だったのが「ビシッビシッビシッ」と群発するようになった。結局痛い。感謝してもダメじゃないか! その日は一晩中寝られなかった。夜は痛くて寝られないし,昼は横になっているせいでちょくちょく寝てしまう。もうどうしようもない。私は3日間の発熱・頭痛&臥床生活を経てひどい不眠になってしまった。

 一方,先に回復した妻や子どもたちも,朝は起きるのが遅くなり,夜は夜更かし気味になっていた。仕事にも保育園にも行けないからだ。これが隔離生活による睡眠リズムの後退か……。わがファミリーをもって体験することになった(10日間全く家から出なかった。こんなの人生で初めて)。

 コロナ禍でなくても,学生世代は長期休みに睡眠リズムが後退しがちだ。自宅隔離になった私たちと同じで,学校に行くために朝決まった時間に起きなくて良くなってしまうからである。

「何度も大遅刻してしまう。進級が難しいかもしれない」

 高校生のお子さんを持つお父さんお母さんが,こんなふうに睡眠障害外来にご相談にいらっしゃることがある。両親がどんなに頑張って声を掛けても朝起きない。あるいは無理やり起こすと,ひどい頭痛やめまいが生じて,やっぱり学校には行けなくなってしまう。

 基本的には慢性的な睡眠不足のせいである。毎日早めに寝て睡眠時間を確保することで自然に良くなる人もたくさんいるはず。睡眠障害外来にご相談にいらっしゃるケースは,「寝付きの悪さ」がセットになった場合だ。長期休みが終わって生活リズムを正そうとしても,本来寝るべき時刻に寝付けなくなってしまうのである。

 自力で修正できないとなると,睡眠・覚醒相後退障害(睡眠相後退症候群とも)を考える。睡眠・覚醒相後退障害の有病率は一般人口では1%前後だが,若年者では3~8%と比較的高率である(J Thorac Dis. 2018[PMID:29445534])。したがって学生世代の「寝付きの悪さ」をみたときには第一に疑う。

 背景には近年のデバイスや娯楽の発達があると思う。スマホやタブレットで映画やドラマが見放題。ゲームもできる。オンラインには夜中に起きている仲間もいっぱいいて,楽しく夜更かしできてしまう。どれも夜間の光曝露が問題だ。高照度光でメラトニン(身体のリズムを司るホルモンである)の分泌が抑制され(Neurosci Lett. 1991[PMID:1791996]),自然な眠りが生じにくくなる。簡単に言うと,光が目に入って,身体が「おや,まだ昼かな」と勘違いするのだ。

 睡眠・覚醒相後退障害には通常の睡眠薬が効きにくいので,難治の不眠となることがある。薬物療法では低用量のラメルテオンを使う(J Clin Sleep Med. 2022[PMID:35929592])等,ちょっと変わった介入をする。ただし,漫然と薬を飲んでも反応しにくい。寝る前の過ごし方を中心に,生活の見直しが必須である。つまり本人がかなり頑張らないといけない。

 また,治療をしていて,どう考えても「夜型生活を続けたほうが心身ともに元気」に見える方が時にいる。ただ現状,そういう患者さんたちにも基本的には朝型生活を強いねばならない。それは,社会が朝起きられない人を許容しないからである。

 得てして,外来では本人の人生設計,生き様について相談していくことになる。私はあまり自慢できるような人生を送ってきてはいないし,生活リズムもぐだぐだだが,それは棚に上げておかねばなるまい。

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