睡眠外来の診察室から
[第5回] 「エアコンが壊れてから,なぜか眠れなくなった」
連載 松井健太郎
2022.08.01 週刊医学界新聞(通常号):第3480号より
夏のある日,お股がかゆくなってしまった。
かゆいのは陰茎ではない。トランクスの端のあたり,内ももが擦れる箇所であった。まあとにかくかゆい。日中,服の上から掻爬してしまうため,次第に皮膚の色も黒ずみ,ただれてきた。
読者の中には,「性病では?」と思った方もいるかもしれない。しかし,それは中高一貫の男子校に通う地味な中学生だった当時の私にとって,非常に酷な,かつ荒唐無稽な指摘である。そんなきっかけもハプニングもないのである。私は人知れず,ひっそりと悩んでいた。
3週間くらいしても全然治らないので,仕方なく母に相談することにした。母は冷静に,「汗をかいた状態で下着が擦れるのが良くないのでは」と言う。
母の意見は的を射ていた。私は「エアコンをつけたまま寝るのは体に悪い」と信じていたのである。扇風機は回していたが,たしかに毎晩,大量に発汗していた。なんなら自身の新陳代謝の良さを自慢さえしていた(母の受け売りであったことも申し添えたい。健太郎ちゃんの「健」は健康の「健」なのだ)。
いかに新陳代謝が良くても,お股がかゆいのは困る。毎晩エアコンをつけて寝るようにした。すると,なんということだろう。数日であっさり治ってしまった。1か月近くも何をこんなに苦しんでいたのだろう。
「エアコンが壊れてから,なぜか眠れなくなった」
先日,患者さんがこのようにおっしゃっていて,心から同情した次第だ。「早くエアコンを直してください」と即答した。私のようにお股がかゆくならないのを祈るばかりである。
暑くても寒くても,ヒトの睡眠の質は悪くなる。1981年のHaskellらの実験(この手の話では必ず言及される有名な研究である)から,下着一枚で寝た場合には29℃の室温が最適であること,これよりも低温・高温,いずれの場合もレム睡眠や徐波睡眠(=深いノンレム睡眠)の減少がみられることが示された(Electroencephalogr Clin Neurophysiol. 1981[PMID:6165549],ただしこの実験は,21℃,24℃,29℃,34℃,37℃の5条件での比較なので,結構大ざっぱである)。
いつも半裸で寝ている人は多くはないだろう。寝間着を着て,布団など掛けて寝るわけであり,寒い分にはある程度調整が可能である。逆に,暑さに対しては衣類や寝具での補正が困難である。29℃を超える室温は,すべからく睡眠にマイナスだと考えてよいだろう。こんな有益な情報を中学生の私は知らずに,毎日だらだら汗を流しながら寝ていたわけである。
入眠前に数時間,オフタイマーを設定してエアコンをつけている方もいるかもしれない。これはある程度合理的である。夜間前半のみ涼しくした場合と夜間後半のみ涼しくした場合とを比較すると,前者でより睡眠構築が保たれるのである(Physiol Behav. 2005[PMID:15639161])。したがって,かつての私のように睡眠中のエアコン使用が身体に悪い気がしている方は,前半の数時間だけエアコンをつけるのも手である(4時間位はつけたほうがよい)。
ところがなんと,夜間前半のみ涼しくした場合と一晩中涼しくした場合とでは,一晩中涼しくしたほうが睡眠の質が良いのである(Int J Biometeorol. 2005[PMID:15578234])。なんや。結局エアコンつけっぱなしのほうがええんかいな……。
以上から,睡眠でお悩みの患者さんに夏場の空調について聞かれた際には,「朝までエアコンをつけっぱなしにしましょう」とお伝えしている。具体的な温度設定については迷うところだが,近年の報告(Build Environ. 2014[DOI:10.1016/j.buildenv.2013.11.024],Japan Architectural Review. 2021[DOI:10.1002/2475-8876.12187])を読む限り,26℃か27℃に設定しておくと良さそうだ。半裸で何も掛けずに寝ると,明け方の寒さで体調を崩すかもしれない。きちんと寝具は使用すべきである。子どもの場合は,布団をふっとばしてお腹を出して寝ていることもあるので, 28℃くらいに設定すると良いだろう。それと,エアコンの風が直接身体に当たらないように気をつけたほうが良い。私のケースでは,首振りヘッドにせず扇風機の風を直で浴びていたのも良くなかったと思う。
私の母世代は,「エアコンは身体に悪い」と信じている方が多い印象がある。しかし同時に,脱水による健康リスクにも脆弱な世代である。お股かゆかゆだけでは済まないかもしれないので,適切にエアコンを使用するよう啓発をお願いできたらと思う。
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