医学界新聞

寄稿 玉城信治

2022.08.22 週刊医学界新聞(通常号):第3482号より

 臨床において,肥満や糖尿病の患者が増加していることは多くの先生方が実感していると思われる。これに伴い,それらの疾患を背景とした非アルコール性脂肪性肝疾患(Nonalcoholic Fatty Liver Disease:NAFLD)患者が増加し,またNAFLDを背景とした肝癌の発生も増加している。

 肝癌の原因を調べたわが国における全国調査では,いわゆる非ウイルス性(non-B,non-C)肝癌が1991年に10.0%であったのに対して,2015年には32.5%まで増加していた1)。非ウイルス性肝癌の中にはさまざまな病態が含まれるが,NAFLDを背景とした肝癌の増加が,全体の増加に寄与していることは間違いない。2019年の1年間に武蔵野赤十字病院で健康診断を受診した2021人の調査では,実に797人(39.4%)が脂肪肝を有しており2),脂肪肝,すなわちNAFLDから肝硬変,肝癌,肝不全へと進展する患者は今後さらに増加することが予測される。進展ハイリスク症例の同定は重要な課題である。

 近年の技術の進歩によって,肝線維化,肝脂肪化に対する超音波やMRIを用いた非侵襲的な定量評価が可能となっている3)。具体的には,MRIを用いて肝臓の硬さを測定し,肝線維化を予測できるMRエラストグラフィ,また肝脂肪化の超音波減衰を用いた定量化が可能な減衰測定法が一例となる。これらが2022年度の診療報酬改定において保険収載されたことも,本邦においてNAFLDが重要な臨床課題となっていることの裏付けであると言える。

 NAFLDの予後や肝関連合併症発生の予測について,従来は肝生検によって病理組織のバルーニングや炎症所見を検討し,非アルコール性脂肪性肝炎(Nonalcoholic Steatohepatitis:NASH)の有無を診断することが重要とされてきた。しかし近年の研究においては,NASHの有無よりも肝線維化ステージが予後と最も相関することが明らかとなっている4)。すなわち高度線維化・肝硬変症例がNAFLDにおける肝癌・肝不全進展のハイリスク症例であり,肝線維化の程度(高度線維化や肝硬変の有無)を適切に診断することが求められる。

 ただし,NAFLDは日本人の中で数千万人が罹患していると考えられる。そこで,NAFLDのハイリスク症例の同定には大規模な集団から効率よく囲い込むことが必要であり,そのためには特にかかりつけ医によるスクリーニングが極めて重要と言える。

 2020年に刊行された日本消化器病学会・日本肝臓学会による『NAFLD/NASH診療ガイドライン』5)にて,肝線維化進展例の絞り込みフローチャートが新たに推奨されている。かかりつけ医において,健康診断や人間ドックで脂肪肝を指摘された場合,また糖尿病や脂質異常症,肥満など代謝性の危険因子を有し,肝機能異常や腹部超音波で脂肪肝などの異常を指摘された場合は,肝線維化のスクリーニングが必要となる。

 かかりつけ医でのスクリーニングは,大規模な集団からのハイリスク症例の絞り込みが求められるため,簡便に幅広い患者に適応可能な血清線維化マーカーが,一次スクリーニング法として推奨されている()。その他,日常臨床で簡便に利用可能なマーカーとして血小板数,FIB-4 Index,NAFLD Fibrosis Score(NFS)も有用である。血小板は肝線維化進行とともに減少することが知られており,血小板数20万/mm3未満は肝線維化の進行を疑う一つの所見である。FIB-4 Indexは年齢,AST,ALT,血小板数から算出される肝線維化予測式であり,日常臨床で測定される項目のみで検討できることから,一次スクリーニング法として推奨されている。FIB-4 Index≧1.3は肝線維化の進行リスクがあるため,専門医療機関での精査が望ましい。NFSも同様に年齢,BMI,糖尿病・耐糖能異常の有無,AST,ALT,血小板,アルブミンから算出できるため,日常臨床で簡便に利用可能であり,一次スクリーニング法として推奨される。NFS≧-1.455の場合も,専門医療機関へのコンサルテーションを行う。

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 かかりつけ医で有用な一次スクリーニング法と線維化を疑う所見の一例(筆者作成)

 これらの一次スクリーニングマーカーの特徴として,非肝線維化進行例を予測する特異度が高く,肝線維化進行例を予測する感度はやや低い点にある。すなわち血小板数,FIB-4 Index,NFSが低リスクと診断された場合の肝線維化症例の陰性的中率は90%以上である6)。したがってこれらのマーカーが低リスクとされた症例のほとんどは肝線維化が進行していないと言える。一方で血小板数,FIB-4 Index,NFSが基準値を超えリスクがあると判断された症例の,線維化進展例の陽性的中率は高くない。以上より,血清マーカーが基準値を超えて精密検査が必要とされる症例においても,半数は線維化進展がない可能性があるため,この点はあらかじめ患者に説明したほうが良いだろう。血小板数,FIB-4 Index,NFSが低リスクと診断され,精査が必要ない症例では,繰り返しこれらのマーカーの測定を行い,基準値を超えた場合にはあらためて専門医での精査が必要となる。

 なお,専門医で行う精密検査としては,以前は肝生検が主であったが,合併症の危険性や侵襲性の高さなどの問題点があった。ただ先述したように,超音波やMRIによるエラストグラフィによって肝臓の硬さ(線維化)を非侵襲的に,かつ定量的に評価することが可能となり,保険適用ともなっている。したがって,以前は専門医に紹介して肝生検を行うことがためらわれたような症例でも安全に精査が可能であるため,少しでも気になる点があれば,幅広い症例を専門医に紹介の上,精査することを勧めている。

 NAFLDの重要な合併症は肝癌や肝不全の発生といった肝関連合併症である。これらの肝関連合併症の発生リスクは,肝線維化ステージの中等度であるF2()から上昇することが知られているため,このようなハイリスク症例では定期的なスクリーニングが必要となる4)。具体的には定期的な超音波検査による肝癌のスクリーニングなど,かかりつけ医もしくは専門医療機関での定期的な検査を行う。

 またNAFLDは肝関連合併症に加えて,心血管イベントのハイリスクであることも知られている。NAFLDにおいてどのような症例が心血管イベントのハイリスクであるかは今後の研究課題であり,ここで明確にはできないが,心血管イベントにも配慮してフォローアップを行うことが求められる。

 NAFLDに対する特異的な治療として保険承認された薬剤はいまだ存在しない。したがって合併症に対する治療が重要である。特に糖尿病,脂質異常症,高血圧を合併する症例が多く,これらの合併症に対する厳格な治療が,肝疾患の進展のみならず,心血管イベントの抑止にも効果を有する。またNAFLDに対する治療薬の治験は全世界で数多く進行しているため,近い将来にNAFLDに対する治療薬が保険収載されることが期待される。


:本邦で広く用いられる新犬山分類では,F0(線維化なし)~F4(肝硬変)の5段階で線維化ステージが評価される。中等度のF2では門脈域と門脈域を結ぶ線維の橋が確認される。

1)J Gastroenterol. 2019[PMID:30498904]
2)Int J Mol Sci. 2020[PMID:33375190]
3)Nat Rev Endocrinol. 2022[PMID:34815553]
4)Hepatology. 2017[PMID:28130788]
5)J Gastroenterol. 2021[PMID:34533632]
6)Clin Gastroenterol Hepatol. 2022[PMID:35123096]

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武蔵野赤十字病院消化器科 副部長/肝疾患相談センター 副センター長

2006年日医大卒,20年山梨大大学院総合研究部医学域修了。博士(医学)。初期臨床研修修了後,08年から武蔵野赤十字病院に勤務。20~22年1月まで米カリフォルニア大サンディエゴ校に留学。留学中は,主にNAFLDの診断と治療に対する臨床研究に従事し,帰国後も継続する。22年7月より現職。

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