医学界新聞

睡眠外来の診察室から

連載 松井 健太郎

2022.07.04 週刊医学界新聞(通常号):第3476号より

 「松井,ちょっといいかな」。突然教授から言われ,私はちょっと身構える。「大学院のことなんだけどさ……」。

 とある大学病院の精神科に入局したばかりのことである。教授の初診外来でベシュライバー(患者さんと指導医の会話内容をカルテに残す係)を担当していた私は,その日もドヤ顔で高速タイピングを披露していた。「ありがとうございました」「お大事に」。こうして患者さんが退室した後,おもむろに教授が切り出したのであった。

 さかのぼってさらに1週間ほど前,大学院に関する話し合いがあったのである。同期入局9人のうち半数以上が大学院進学を希望する稀有な事態が生じ,私(負けず嫌い)も手を挙げた次第。しかし高尚な学問はどうも苦手だ。研究テーマについて意見を求められた私は,「ネズミは無理」「もともと医学に興味なかった」と心の声をそのまま言語化し,周囲の失笑を買った。議事録にもしっかり書かれた。

 したがって大学院の話題は正直憂鬱だった。キーボードをパチパチドヤドヤしていた私は一転,真顔になったが,教授は笑顔でこう続けたのであった。「松井はさ。睡眠障害の臨床研究,どうかな?」。

 思いがけない提案。睡眠障害を専門に……。こんな入局したばかりのヒヨッコにサブスペシャリティを……。私は感動してしまった。「本当ですか,めちゃくちゃうれしいです。こういうニッチな業界のスペシャリストになりたかった!」。

 「そんなにニッチでもないんだよ」と教授。「いやいや! めっちゃニッチですよ! うわあ~うれしい!」。私が全否定するので,教授はなんともいえない顔をしていた。実は教授は日本睡眠学会の評議員。お偉方なのであった。後々知った。とにもかくにも,こうして教授から紹介され,生涯の師と出会うこととなった。最初の研究テーマに選んでいただいたのが,レストレスレッグス症候群である。

 レストレスレッグス症候群は,むずむず脚症候群とも言う。下肢の強い不快感でいてもたってもいられず,夜寝付けない,あるいは夜間に何度も目覚めてしまう疾患である。ある程度認知されるようになったのは,ドパミン受容体作動薬であるプラミペキソール(ビ・シフロール®)が本疾患に対して適応拡大された2010年以降だろう。

「夏になったら脚の不快感が強くなってしまった」

 あまり知られていないが,レストレスレッグス症候群は夏に症状が増悪しやすいのである(Sleep Med. 2020[PMID:31770614])。症状が安定していた患者さんから上記のように言われると頭を悩ませてしまう。

 というのも,主な治療薬であるドパミン受容体作動薬の用量調整が結構デリケートなのだ。高用量,長期使用により,かえって下肢の不快感が増悪したり,不快感の出現する範囲が拡がったりといった反跳現象(“augmentation”と呼ばれる)が生じることがある(Sleep Med. 2007[PMID:17544323])。

 例えばプラミペキソールは1日0.125 mgから服薬を開始する。これを1日0.5 mg以上まで増量すると,augmentationが出現しやすくなる(PLoS One. 2017[PMID:28264052])。レストレスレッグス症候群では,長期にわたる服薬継続を要することがあるので,ドパミン受容体作動薬の用量を安易に増やしたくないのである。

 なぜ夏場に下肢不快感が増悪するのかは明らかではない。一説には夏場の発汗により,鉄分の喪失が生じる(Scand J Clin Lab Invest. 1997[PMID:9127455])からである,とも。ちょっと眉唾ではあるが……。

 ただ臨床上,鉄欠乏はレストレスレッグス症候群の発症や重症度に実際に関与する。直近のガイドラインでは血清フェリチン値が75 μg/L以下の場合,鉄剤の服用が勧められている(Sleep Med. 2018[PMID:29425576])。75 μg/Lという基準は思いのほか高値でびっくりされるかもしれない。臨床的には貧血でなくても鉄剤が有効であることがある。

 残念ながら経口での鉄補充は即効性がない。そこで,夏の症状増悪が出現した時,ドパミン受容体作動薬の増量や頓服での対応を促すことが多い。やっぱり用量は安易に増やしたくないので,涼しくなったら減らすよう指導している。

 ところで,冒頭の「そんなにニッチでもないんだよ」事件だが,いつだったか本人に聞いてみたところ,全く覚えていなかった。まあそんなもんである。

 研究室を決める時もこんなノリだったし,意気揚々と参加した初めての日本睡眠学会定期学術集会では話がわからなすぎて最前列で爆睡した。よくぞここまでやってこれたなぁ。

 実際そんなにニッチでもなかったので,きっと私はここに記事を書かせてもらっている。コロナが明けたら元・教授に会いに,美味しいウイスキーでも持っていかねば。

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