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カウンセラーは何を見ているか

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「聞く力」はもちろん大切。しかしプロなら、あたかも素人のように好奇心を全開にして、相手を「見る」ことが必要だ。では著者は何をどう見ているのか? そして「生け簀で自由に泳がせて生け簀ごと望ましい方向に移動させる」とはどういうことか? 若き日の精神科病院体験を経て、開業カウンセラーの第一人者になった著者が、身体でつかみ取った「見て」「聞いて」「引き受けて」「踏み込む」ノウハウを一挙公開!

*「ケアをひらく」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ シリーズ ケアをひらく
信田 さよ子
発行 2014年05月判型:A5頁:272
ISBN 978-4-260-02012-1
定価 2,200円 (本体2,000円+税)

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●『シリーズ ケアをひらく』が第73回毎日出版文化賞(企画部門)受賞!
第73回毎日出版文化賞(主催:毎日新聞社)が2019年11月3日に発表となり、『シリーズ ケアをひらく』が「企画部門」に選出されました。同賞は1947年に創設され、毎年優れた著作物や出版活動を顕彰するもので、「文学・芸術部門」「人文・社会部門」「自然科学部門」「企画部門」の4部門ごとに選出されます。同賞の詳細情報はこちら(毎日新聞社ウェブサイトへ)

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はじめに——「聞く」と「見る」

 二つのエピソードを書くことから始めたい。

 十五年ほど前のことだっただろうか、私はある学会の理事に選出され、初めて理事会に出席した。三十名近い理事たちが大きなテーブルを囲んで座り、議長が選出され、議題が一つずつ粛々と討議されていった。

 専門書でしか名前を知らないような偉い先生たちは、その多くが大学教授だった。緊張しながら座っていた私は、発言する理事の顔を見ながら「聞いていますよ」という表情を示した。仕事柄、当然の態度だと思っていたからだ。

 ところがそのうち奇妙なことに気づいた。理事のうち、三分の一ほどの人たちは目をつむっているのだ。最初は見間違えたのかと思い目を凝らしてみたが、やはりどう見ても目を閉じている。議長の隣に座っている人も討議の最中に目を閉じているので、気が気ではなかった。こんなに多くの理事が眠っているなんて議事の進行に悪影響を及ぼすのではないか。いったいどうなっているのだろうと不安がつのった。

 ところが目を開いている他の理事の人たちは、それほど不安がっている様子もない。いつものことだから慣れているのだろうか。私はこんな失礼な態度に慣れることなどできない。

 イライラしながらそう考えていたが、しばらくすると、もっと驚くことが起きた。目をつむって眠っているようにみえた理事が、自分の番になったらパッチリと目を開いて、それ以前の議事の流れに沿った見事な発言を展開したのである。な~んだ聞いていたのか、と安堵すると同時に、ではなぜ目をつむって聞いているのだろうという疑問が湧いた。

 この驚きは、背景がわかることで少しずつ解消していった。多くの心理療法の専門家は、養成課程でそのような話の聞き方を教えられるという。クライエントの話を聞くときは、あえて目をつむり耳を傾ける。理事会において目をつむっていた人たちは、話が佳境に入るにつれ、真剣に聞くためにそうしていたのである。なかには腕を組んで目をつむって聞く人もいる。私はそんな養成課程を経験することがなかったので、驚いてしまったわけだ。

 目をつむる理由はおそらくこうだろう。話をする人の顔を見て、ときにはうなずきなら話を聞くという日常の人間関係は、「目をつむる」という行為によって転換される。クライエントにしてみれば、自分を見ていない人に向かって一方的に語りかけることになり、そこに非日常的で特権的な関係が生まれる。その関係性こそが心理療法においては必要だとされるのだろう。もう一つ、クライエントの言葉を聞くためには、見えないほうがいいと考えられているのかもしれない。表情を見ることで、語られる言葉の純粋性が失われる。だから専門家は目を閉じて、クライエントの語る音声だけに神経を集中するのだ、と。いずれにしても、私からは見えない世界に沈潜しているようだった。

 時はもっとさかのぼり一九七〇年代初頭。東京の西のはずれ、高尾にある精神科病院の心理面接室で、私はアルコール依存症の患者さんと向かい合って座っていた。窓はよく磨かれていて外の風景がくっきりと見えた。南向きのその部屋は日当たりも満点だった。しかし私は緊張のあまり、窓から見える高尾山に目をやったり手にしたボールペンをいじったりしていた。

 勤務開始後一週間経った私は、生まれて初めて「個人面接」というものを任されたのである。私はそれまでの大学院教育では集団(グループ)による臨床経験しか積んでこなかった。心理劇(サイコドラマ)はもちろん、三歳児の母親グループの活動も一対一ではなかった。そんな私にとって、一つの部屋に患者さんと二人で座るという状況は、事前に想像していたよりはるかに不安で怖いものに思えた。ああ、これが心理劇だったら……。何度もそう思った。

 グループだったら、そこには私と患者さん以外にも大勢のスタッフや患者さんがいるだろう。とにかく二人だけではない。私を見る人たちはたくさんいるけれど、私も逆にその人たちを見ることができる。私が話せば多くの目が私を見つめるのだが、別の人が話すときには、私はそれを観客として見ることができるのに……。

 私にとって「聞く」とは、「見る」以上のものではない。聞く言葉は、ドラマや映画の脚本のように、見ることのできる世界に接続されて初めて意味を持つ。今では、一対一のカウンセリングであっても、部屋の中で二人だけの気がしないようになっている。そこにはいないけれど、クライエントの語る言葉に登場する人(母や夫、子ども、知人など)が私の頭の中に現れるのだ。その人の顔や服装までも私は見ることができる。

 十五年近く前に出会った目をつむって理事会に出席していた人たちも、私と同じように音声を聞きながら頭の中では何かを思い描いて、つまり「見て」いたのかもしれない。それは、私の「見る」とどこが異なるのだろう。確実に言えることが一つだけある。目の前に繰り広げられる姿や動きを見ながら、私は驚愕し、圧倒されている。話を聞きながら視覚化されたものに、私はひれ伏している。見ることで私は現実に降伏しているのだ。

 見続けること、子細に見ること、言葉を視覚化すること。したがってこれらは私にとって決定的に重要であるとともに、けっこう楽しい作業だと言わざるを得ない。なぜなら制圧されひれ伏すことは、実はこのうえない快楽なのだから—。

 本書はそんなカウンセラーである私見たことを描きつつ、読者のみなさんは、カウンセラーである私見ることができるような仕掛けになっている。本書を読みながら、挿絵を見ながら、楽しんでページを繰っていただきたい。

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 はじめに 「聞く」と「見る」

第1部 すべて開陳! 私は何を見ているか
 1 私は怖くてたまらない
  1 武者震いの日
  2 告白
 2 私はいつも仰ぎ見る
  1 一瞬の「上下」勝負
  2 揚力との戦い
 3 私は感情に興味がない
  1 パスワードは住所
  2 高台にのぼる仕事
 4 私はここまで踏み込む
  1 自己選択という契機をどうはさみ込むか
  2 「引き受ける」という覚悟
  3 言ったとおりにしてください
 5 お金をください
  1 エクス・メド
  2 露悪のプライド
 6 私は疲れない
  1 秘密の蜂の小部屋
  2 基準がなければ燃え尽きない

第2部 カウンセラーは見た!
  密やかな愉しみ
  息切れは気持ちいい
  無音劇場
  縦ロールとカルガモ
  最後の晩餐
  認知症とロシア人
   「信」はどこからやってくるか
  母娘探偵は耳を澄ます
  ノジマさんの生命力
  恐怖の屈辱
  共感なんてしたくない
  夜のしじまの果たし合い
  日曜昼前、余韻と予感
  出会いと別れ

 おわりに 私はなぜ見せるのか

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●新聞で紹介されました。
《偽悪家に見えて、その実、これ以上手の内を明かした本はない。ここまでバラしてよいのか、と心配になるくらいだ……》――上野千鶴子(社会学者)
(共同通信社配信、『北日本新聞』2014年6月15日 書評欄、ほかより)

《本書では既成の理論や海外の学説に頼らずに、長年の臨床経験から独自の技法を構築してきた著者が、その核心を驚くほど率直に語る。……強い自負心に貫かれた一冊だ。》――渡辺一史(ノンフィクションライター)
(本よみうり堂:読売新聞(YOMIURI ONLINE)2014年6月30日より)

●雑誌で紹介されました。
《夢中で読みふけってしまった一冊だ。……依頼主との距離感や言葉の使い方など、普段の生活で活用できそうな方法がちりばめられている。》――東えりか(書評家)
(『ハヤカワ ミステリマガジン』2014年8月号より)

●webで紹介されました。
《本書で繰り広げられる開けっぴろげな論考に、顔の見えぬ黒子が権威化するような時代は終わったんだなということを痛感する。》――内藤順(HONZ理事,広告会社勤務)
『HONZ』おすすめ本レビュー 2014年5月11日より)

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