医学界新聞

寄稿 亀田 徹

2022.07.18 週刊医学界新聞(通常号):第3478号より

 医療従事者がベッドサイドで観察項目を絞り短時間で行うpoint-of-care超音波(POCUS)の概念が国際的に共有され1),約10年を経て新たなステージに入っています2)。少し前までは医師の超音波検査離れが問題視されていましたが,本邦では領域横断的に診療を行う臨床医が中心となって,積極的にPOCUSを診療に取り入れるようになってきました。また,ベッドサイドでの利便性を追求した携帯型超音波診断装置(以下,携帯型装置)の技術革新がPOCUSの普及を後押ししています。一方,検査室で行われている系統的超音波検査には高度な技術が次々に組み込まれ,より精度の高い検査結果が求められるようになりました。すなわち,POCUSと系統的超音波検査の使い分けがより意識されるようになってきているのです。本稿では,POCUSと携帯型装置をキーワードとし,医療現場でのPOCUSの普及状況や抱える課題,今後の展望を述べます。

 2010年,ポケットサイズの携帯型装置の登場は衝撃的でしたが,現在では多くの製造業者から多種多様な携帯型装置が販売されています3)。大きさについては手のひらサイズからタブレットサイズまで,状況に応じた使い分けが可能となっています。また,プローブと画面との間でワイヤレス化を実現した機種,バッテリー駆動で数時間の連続使用に耐えられる機種もあります。また,遠隔診療・教育用に画像共有機能を備えたもの,人工知能(AI)によるプローブ操作ガイダンス機能を有するものも登場し,有用性が示されています4)。携帯型装置の一例をお示しします(写真)。価格は100万円前後が多いですが,個人での購入が現実的な20万円台の機種もあります。今後さらなる価格低下により,臨床と教育現場に携帯型装置が一段と普及するでしょう。

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写真 携帯型装置の一例
超音波診断装置本体とプローブが一体化し,ワイヤレスでタブレットやスマートフォンに画像を表示できる(左)。同携帯型装置を用いたPOCUS診療の様子(右)。

 実際の普及状況はデータとして示されていませんが,特に病院前救急(ドクターカー,ドクターヘリ),診察室や病棟,在宅医療の現場で活用が進んでいます。また,超音波検査の有資格者である看護師による利用も話題です。

 超音波検査をはじめ画像診断の普及に伴い,医師の身体所見取得技術の低下が進んでいると言われています。聴診器の利用はもはや時代遅れであり,体内を可視化できる携帯型装置が取って代わると唱える識者も存在し,携帯型装置の普及でその考え方に拍車がかかる可能性があります。

 しかし,観察範囲を絞り短時間で行うPOCUSを適切に活用するためには,病歴と身体所見による適切な診断推論が不可欠であることも事実です。これからの時代は,身体所見とPOCUSを別個にとらえるのではなく,それらを組み合わせて追究する姿勢が求められると筆者は考えます。いずれにしてもPOCUSの普及は身体所見の意味合いをとらえ直す機会となり,診断学の体系に一石を投じるでしょう。

 また,POCUSによる患者ケアへの貢献について,患者の生命予後を改善するという臨床研究はほぼありませんが,穿刺手技の安全性向上5),診断までの大幅な時間短縮6),被ばく低減7)といったアウトカムベースの研究報告は散見されます。一方,偽陰性による見逃しなど,診療結果にマイナスに働く可能性についても留意すべきです。

◆研修医へのPOCUS教育

 POCUS教育については,ベッドサイド教育やハンズオンセミナーなどが少しずつ広まっていますが,ごく一部の病院を除き教育システムは未整備のままで,指導者も不足しています。今後はPOCUSの教育システムの確立と,認証制度などによる質の担保が不可欠です。この課題を解決するためにまず取り組めそうなこととして,各臨床研修病院でのPOCUSカリキュラムの構築が挙げられます。これを達成することで,卒後臨床研修の趣旨に沿った魅力的な教育が提供できます。また,後期研修で診療科別にPOCUS診療技術の到達目標を示すことにより,POCUS診療の底上げにつながると考えられます。日本救急医学会が近日公開を予定する「救急point-of-care超音波診療指針」では,救急科専門医のPOCUS到達目標を明示しています。

◆医学生へのPOCUS教育

 基本的臨床能力として位置付けられつつあるPOCUSが急速に普及する中,医学部で超音波検査,POCUSの教育を検討する時期に来ています。ハンズオンセミナー,検査室やベッドサイドでの超音波教育を通じて知識と技術をある程度身に付ければ,シームレスに卒後臨床研修に移行できるはずです。

 医学生が超音波検査に触れる利点はいくつかあります。例えば基礎医学において超音波検査を用いて心臓を観察することで,循環器系の解剖と生理を学ぶことができます。このように超音波検査は,臓器を観察することで解剖学(living anatomy)や生理学を学習する手段としても注目されており8),勉強の動機付けにも活用できるでしょう。

 また,超音波検査は身体所見学習のための手段としても可能性を秘めています。なぜなら,学生が聴診や触診で所見を取得後,自ら(携帯型)超音波装置を操作して体内を診ることで,臨床の醍醐味を体感するからです。例えば,頸部に放散する駆出性雑音を聴取後に大動脈弁の可動性不良を,ギャロップリズムを聴取後に左室収縮能低下を,Murphyサイン取得後に胆嚢腫大と壁肥厚を,片側下肢浮腫を視認後に総大腿静脈の圧縮不良をPOCUSで診るといった経験です。身体所見とPOCUSを組み合わせることで,双方に対する学習意欲が高まり,病態理解が深まることを指導者として実感しています。

 今後,医学部で超音波教育を普遍的なものにしていくためには,過密なカリキュラムへの対応,指導者・教育用超音波診断装置・被検者の確保といった課題があります。これらの解決策として,身体所見学習と組み合わせたカリキュラム,高学年が低学年に指導するpeer teachingの導入,低価格の携帯型装置の普及,シミュレーターの利用などが挙げられます8)

 各医師が携帯型装置を個人所有することがいよいよ現実的となってきました。携帯型装置を使って適切にPOCUSを実践していくためには,前述のように教育の機会と質の担保が不可欠です。その上でPOCUSの未来は,患者ケアへの貢献を具体的に示せるかにかかっていると言えるでしょう。診断精度の向上はもちろんのこと,診療手技の安全性向上,診断までの時間短縮,被ばく低減などに関して,引き続き検討が必要です。他方,画像検査を安易に行えない小児診療,画像検査へのアクセスが制限される在宅医療,裁量を委ねやすい看護領域でPOCUSの活路が見いだされる可能性もあります。

 また,忘れてはならないのが医療経済的な視点です。現状では病院内で行われるPOCUSはいわゆる超音波検査の範囲で扱われます。医療費増大の中,今後POCUSが診療の一部として積極的に利用されるようになれば,医療経済的な観点から真価や質が問われることになります。系統的超音波検査を含めた他の画像検査との使い分けも重要な課題です。POCUS導入による費用対効果の可視化が求められるでしょう。


謝辞:本稿は,第95回日本超音波医学会学術集会(廣岡芳樹会長)と第12回Point-of-Care超音波研究会(2022年4月より学会へ移行)のパネルディスカッション「Point-of-Care超音波の未来を語る――10年後を見据えて」の内容を参考に執筆しました。パネリストの皆さまに厚く御礼申し上げます。

1)N Engl J Med. 2011[PMID:21345104]
2)N Engl J Med. 2021[PMID:34670045]
3)白石吉彦.POCUSのための携帯型超音波診断装置の動向.INNERVISION. 2022;37(5):30-3.
4)JAMA Cardiol. 2021[PMID:33599681]
5)Cochrane Database Syst Rev. 2015[PMID:25575244]
6)Chest. 2017[PMID:28212836]
7)N Engl J Med. 2014[PMID:25229916]
8)J Med Ultrason(2001). 2022[PMID:35034230]

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済生会宇都宮病院超音波診断科 主任診療科長

1996年北大卒。救急・集中治療・超音波検査の研修後,超音波検査をサブスペシャリティとして救急医療に長年従事。日本超音波医学会指導医,日本救急医学会Point-of-Care超音波推進委員会委員長,日本集中治療医学会超音波画像診断認定制度設立WG副リーダー,日本内科学会専門医部会ベッドサイドエコーWGサブリーダー。『内科救急で使える! Point-of-Care超音波ベーシックス』(医学書院)をはじめ著書多数。検査室とベッドサイドから,系統的超音波検査とPOCUSの在り方を考え続けてたいと思います。

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