医学界新聞

レジデントのための心不全マネジメント

連載 河野 隆志

2022.07.11 週刊医学界新聞(レジデント号):第3477号より

 「10年後に心不全診療がどう変わっているか」想像したことはありますか? EMPEROR-Reduced試験の治験責任医師をされた心不全領域の大御所Milton Packer先生は,興味深いことにこう予言しています。「ほとんどの慢性心不全患者は,specialist practitioner(循環器内科医でなく,もしかしたら医師でもない)によりマネジメントされるであろう」1)。大胆すぎる予言が実現するかは不明ですが,少なくとも,私のような循環器内科医だけでの心不全マネジメントは限界に来ており,共にマネジメントを担う仲間を増やすことが重要なのは確かです。

 心不全パンデミックと呼ばれる急激な患者数増加の主な層は高齢者です。国内の患者数は,2030年には130万人を超すと推計され2),慢性心不全患者の地域における管理は不可欠です。最近では,その診療を担う診療所・在宅の先生方を対象とするガイドブックなどが次々に刊行され,より良い地域連携の模索が進んでいます3,4)。また,急性心不全に対する病院中心の医療ニーズの増加も避けられません。高齢心不全患者は,大半が心疾患以外の併存症を有します。肺炎や新型コロナウイルス感染症診療を呼吸器や感染症の専門外医師が実践するように,爆発的に増える急性心不全の診療も,循環器内科以外の先生方の支援なしには難しいと日々感じます。本連載は病棟の第一線で活躍している研修医の先生や循環器を専門としていないものの高齢心不全患者と日々向き合う先生方を対象として,心不全診療をより身近なものと理解してもらいたいとの思いから企画しました。

 ところで「心不全のマネジメント」には何が必要なのでしょうか。「救急対応時の迅速な判断」や「補助循環を用いた重症心不全診療」といった,循環器内科的(?)な豪快なイメージを抱くかもしれません。もちろん,そうした側面は重要ですが,求められる要素は極めて多様です。まずは心不全のマネジメントの構成要素を理解していただくために,心不全が持つ2つの特徴的なtrajectory(病の軌跡)の紹介から始めたいと思います。

 一つは,有名な心不全ステージ分類で示される「心不全の発症から進展のtrajectory」です(図15)。癌の進行を示すステージ分類になぞらえることで,心不全が「だんだん悪くなり,生命を縮める病気」であることを示しています。また,心不全という症候群の概念を超えて,心不全リスク因子や心臓の構造的異常をも含めて心不全としてとらえています。もう一つは「心不全急性増悪における入院から退院までのtrajectory」です。急性増悪後に心不全の状態はダイナミックに変わり,経過を踏まえて診療・ケアを実践することが米国心臓病学会から提言されています(図26)。それぞれのtrajectoryを確認しながら,心不全マネジメントに必要な要素を一緒に確認しましょう。

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図1 心不全ステージ分類(文献5をもとに作成)
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図2 入院から退院後のケア:フォーカス ポイント(文献6をもとに作成)

 まずは,心不全ステージごと(図1)に必要なマネジメントの構成要素です。

ステージA:厳密な意味での心不全ではありませんが,高血圧,糖尿病,肥満,動脈硬化などの心不全発症の素因(心不全リスク)を有する患者が該当します。構造的な心異常すらない段階ですが,リスクが高いことから心不全のステージとして分類されます。リスク因子に対する薬物治療に加えて,食事療法,禁煙,運動といった生活習慣に目を配る必要があり,予防医療としてのアプローチが求められます。

ステージB:陳旧性心筋梗塞,左室機能障害,無症候性弁膜症などの心臓の構造的異常はあるけれども,日常生活上で症状は認めない(プレ心不全)患者が該当します。無症候性であるがゆえに見逃されやすいことに加え,治療アドヒアランスが不十分となりがちである点には注意が必要です。冠動脈インターベンションなど,心臓に対する直接的アプローチが必要になることも,このステージからグッと増えてきます。

ステージC:狭義の(症候群としての)心不全(心臓の構造的異常があり,心不全症状の既往あり)の段階です。近年,左室駆出率の低下した心不全(Heart Failure with reduced Ejection Fraction:HFrEF)の治療の彩りが増しています。アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬/アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),β遮断薬,抗アルドステロン薬による従来からの基本治療に加え,アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI),ナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬,過分極活性化環状ヌクレオチド依存性(HCN)チャネル遮断薬,可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬などの新規薬剤の登場により,大幅に予後が改善しています。予後改善が証明された薬剤がない難攻不落と考えられた左室駆出率の保持された心不全(Heart Failure with preserved Ejection Fraction:HFpEF)においても,SGLT2阻害薬による予後改善効果が示され大きな期待が寄せられています7)

ステージD:ガイドライン推奨治療を行った上でも安静時に心不全症状が出現する治療抵抗性(進行性)心不全が分類されます。補助循環を含めた侵襲的治療に関する意思決定支援は時に難しいことに加え,緩和ケアが相対的に重要となるステージです。多職種チームによる治療介入の重要性が必然的に高くなります。

 次に,入院という時間軸を意識しながら,心不全診療の構成要素を確認します(図2)6)。急性増悪時の治療の主体は「うっ血の解除」となり,可及的速やかな硝酸薬や利尿薬投与が重要です。呼吸不全や低灌流を伴う場合は,速やかで適切な治療が重要で,心不全診療の醍醐味とも言える要素です。初期治療の成否が予後に直結しますから,担当医の責任は重大です。

 うっ血が解除されると,生命予後を改善する「ガイドライン推奨薬剤の調整」がマネジメントの中心になります。入院期間は薬剤調整の絶好の機会です。地味に見えるかもしれませんが,先ほど紹介した通り,長期予後改善に直結することは忘れてはいけません。十人十色な心不全に対して,個別最適化した治療をすることが求められ,担当医の腕の見せ所と言えるでしょう。

 薬物・非薬物治療が発展していますが,心不全マネジメントの基本は生活習慣の適正化を含めたセルフケアの実践です。退院を見据えた患者支援と退院後の継続的な外来ケアの最適化は再入院予防の鍵となり,退院後の外来・地域へのケア移行の重要性が,米国心臓協会の提言でも強調されています8)。水分・塩分の過剰摂取,服薬の自己中断,症状モニタリングの不足などが誘因となる予防可能な急性増悪は,退院直後の時期に多いとされています9)。高齢者では認知機能低下を伴うこともしばしばあります。家族サポートが得られる場合は良いですが,同居家族がいない場合も最近は多く,限られた入院期間で十分な生活・療養環境が整わないまま退院することもしばしばあり,マネジメントに難渋するケースを多く見受けます。多面的なアプローチを提供する配慮が必要です。

 第1回では心不全の2つのtrajectoryを紹介しました。心不全のマネジメントに求められる要素は極めて幅広いことがおわかりいただけたでしょうか。より良いマネジメントの実践の実現のためにも,心不全マネジメントに主体的にかかわってくれる仲間が一人でも多く増えてほしいと願っています。心不全マネジメントを身近に感じてもらえるような連載にしたいと思っておりますので,どうかお付き合いください。


1)Eur Heart J.2018[PMID:29300940]
2)Circ J.2008[PMID:18296852]
3)日本心不全学会(編).急性・慢性心不全診療ガイドライン――かかりつけ医向けガイダンス.ライフサイエンス出版;2019.
4)「地域におけるかかりつけ医等を中心とした心不全の診療提供体制構築のための研究」研究班(編).地域のかかりつけ医と多職種のための心不全診療ガイドブック.2020.
5)Eur J Heart Fail.2021[PMID:33605000]
6)J Am Coll Cardiol.2019[PMID:31526538]
7)J Am Coll Cardiol.2022[PMID:35379503]
8)Circ Heart Fail.2015[PMID:25604605]
9)Circ Heart Fail.2012[PMID:22811548]

杏林大学医学部循環器内科学 臨床教授

1998年慶大卒。同大医学部呼吸循環器内科学助教,米イリノイ大ポスドク研究員などに従事後,13年慶大医学部循環器内科助教に着任。同大医学部重症心不全治療学寄附講座特任准教授,杏林大医学部循環器内科准教授を経て,20年より現職。

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