医学界新聞

対談・座談会 西上 ありさ,秋山 正子,筧 裕介

2022.04.25 週刊医学界新聞(看護号):第3467号より

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◎秋山氏が共同代表を務めるマギーズ東京にて収録・撮影

 地域包括ケアや地域共生が推進される昨今,ケアの専門職が地域で活躍する場面を見掛けるようになりました。しかし活動の必要性・重要性は理解しながらも,どのように取り組み始めればよいか迷う方も数多くいることでしょう。そんな方々の背中を押すために上梓されたのが,西上ありさ氏による『ケアする人のためのプロジェクトデザイン』(医学書院)です。本紙では西上氏を司会に,「デザイン」の視点を生かしてさまざまな社会課題の解決に取り組む3 氏による座談会を開催。地域へ一歩踏み出す際のポイントを共有していただきました。

西上 私は「コミュニティデザイナー」として,住民主体で地域の課題を楽しく解決するお手伝いをしています。筧さんとは「震災×デザイン」や「健康×デザイン」など,社会的な課題とデザインを掛け合わせ,学生や社会人の方と共により良い社会を作り出すためのプロジェクト(活動)に取り組んできましたね。

 ええ。私はもともと広告会社でデザインの仕事に携わっていたのですが,世の中が抱える課題の解決にデザインの手法を活用できるのではと考え,2008年にissue+designを立ち上げました。studio-Lの山崎亮さん,西上さんと共に,予算がない中で社会的な課題をどう解決していくかを考えてきました。

西上 秋山さんとは,私が地域包括ケアを学ぶために「暮らしの保健室」を2014年に見学したことがきっかけで出会いました。訪問した時,最初に感じたのは「なんて家っぽいのだろう」。医療に関連した施設という印象を全く受けず,「ただいま」と言いたくなる雰囲気さえ漂っていました。その環境を日本で,さらには東京で運営していることに驚きを隠せませんでした。

秋山 ありがとうございます。なぜそう感じられたのですか。

西上 以前,英国のマギーズ・キャンサー・ケアリングセンター(以下,マギーズ,MEMO)を見学した際,広大な森の中にひっそりと佇む建物を見て,「英国だから実現できるのだろう」と考えていたからです。暮らしの保健室はマギーズをお手本に建てられたのですよね。

秋山 はい。空間デザインなどの環境を整え,いつでもふらっと訪ねられる場所を目標に,高齢化の進んだ団地の一角に「よろず相談所」として開設しました。ただ10年前のオープン当時は,「そんなに費用や手間暇をかけて,さらにはデザインまで凝って何をやっているんだ?」と,周囲から訝しげに見られていたことを覚えています。

西上 国内に似たような場所がない中で,1からプロジェクトを立ち上げ実行される苦労は並大抵ではないと思います。今では全国に同様の取り組みが60施設ほど広がっており,素晴らしいですね。

西上 筧さんも同様に0から1を生み出す取り組みを数多く行われています。昨年発刊された書籍『認知症世界の歩き方』(ライツ社)では,認知症の方から見えた世界をわかりやすく表現されていました。同企画の発端は,「認知症未来共創ハブ」との出合いでしょうか。

 そうです。代表を務める堀田聰子さん(慶大教授)を西上さんに紹介していただいたことがきっかけでした。当初は,超高齢社会で認知症のある方の増加が見込まれることから,認知症のある方が暮らしやすい社会に変容させるサービスや商品の開発に,企業のニーズがあると考えていました。そのためプロジェクトの実施に必要な資金調達の面でも企業からの出資を期待していたのです。

西上 でも実際はそうではなかったと。

 企業の反応が本当に悪かった。まだまだ多くの方にとって,認知症は人ごとなのだと感じましたね。

 堀田さんは認知症当事者の声を広く伝えるため,100人超の認知症の方へインタビューを行おうとしていました。そこで私は,そのインタビューの構造設計やリサーチ方法などのデザインを担当することになったのです。しかし作業開始に当たり参考になりそうな資料を探したところ,認知症当事者が抱える生活の困りごとや心身機能障害に関する情報がほとんどないことに気が付きました。海外の資料を含めても同様であり,この事実は衝撃的でした。

西上 つまり,医療者あるいは介護者など,認知症の方の周辺にいる人々から見た,症状の解説と対応策に関する研究成果しかなかったのですか。

 その通りです。そこで,例えば生活上の困りごとや,取り組みたいことへの障壁について当事者の声を拾い上げ,聞き取った情報をまとめ直すことで,問題を可視化しようと思いました。

西上 当事者と周囲の方々とのすれ違いの減少をめざしたわけですね。

 可視化をするだけでもトラブルが格段に減ると考えました。プロジェクトの成果をまとめた書籍『認知症世界の歩き方』が好評を博していることから,われわれの想いが伝わったものと感じています。

西上 秋山さんも認知症のある方に接する機会は多いと思いますが,何か印象的なエピソードはありますか。

秋山 思い出すのは,暮らしの保健室を時々利用してくれていた軽度認知症の女性のことです。ある日,緊張した面持ちでいらっしゃいました。表情から察するに恐らく何か困りごとがあるのだろうと。話をしているうちに緊張がほぐれたようで,心配ごとの種は彼女が持っていたオレンジ色の封筒だとわかりました。よく見ると,それは介護認定の更新に関するお知らせ。書類自体は放っておいても問題ない文面だったのですが,ご本人が真面目な性格だったこともあり,役所から色のついた封筒が届いたことでひどく怯えてしまった,というわけです。

西上 そこでどうされたのですか。

秋山 彼女の目の前で役所に電話を掛け,事実関係を確認し一件落着しました。ただし,この書類をすぐに捨ててしまうと,あとで「大切な書類がなくなった」と心配される可能性もあるので,赤いペンで「これはもう心配ないよ」と封筒に書いて,彼女に戻したのです。すると,ようやく表情が和らぎました。

 対話によって表情も大きく変化するのですね。

秋山 そうなんです。私が共同代表を務めるマギーズ東京でも同様に,思い詰めた表情でうつむきながらいらっしゃった方が,対話を終えて自分なりに納得いく結論を出されると,表情が明るくなり前を向いて帰られます。先ほどの女性のケースでは,何か困った時に暮らしの保健室のことを「相談する場所」と思い出して立ち寄ってくれました。このことは私にとってうれしい出来事であり,何より安心できる場を提供できていたことを再確認した事例でもありました。

西上 エンパワメント理論を提唱し,支配者層による抑圧からの脱却に向けて識字教育を行った教育思想家のパウロ・フレイレ氏(1921-1997)は,「人々が生活や社会を変える力を自らの内に見いだし行動するためには,対等な関係性とそこで生まれる対話が重要である」と述べています。対話の重要性は理解できる一方で,医療者に限らず多くの方が対話に慣れていないのではないでしょうか。

秋山 そうですね。近年は医療者・患者が対話し治療方針を決めていくShared Decision Making(SDM)の時代になりましたが,急にSDMと言われても,特に患者さんは「決断すること」に慣れていません。さらに言えば,決断するために知識を付けようと勉強していたら,正確ではない情報を信じ込んでしまうことだって起こり得る。こうした問題には強い危機感を抱いています。

 とりわけ医療・介護の世界には,断片的な情報しか得られない患者と,専門教育を受けてきた医療者という「情報の非対称性」の構図があると考えています。本来患者側が知っているべきこと,それによって解決できることが数多くあるにもかかわらず,十分な選択肢が医療者

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株式会社studio-L東京事務所代表/コミュニティデザイナー

早大公共経営大学院修了。公共経営修士(専門職)。2007~12年にかけて島根県海士町のまちづくりに携わるなど,住民参加による総合計画の策定,集落診断・集落支援,病院づくり,美術館づくり,地域包括ケア,毎日を楽しくするCo-Minkan活動を推進。現在は,地域の課題を地域に住む人たちで解決するためのコミュニティデザインの実践に国内外で取り組む。著書に『ケアする人のためのプロジェクトデザイン』(医学書院)。

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NPO法人issue+design代表

一橋大社会学部卒業後,博報堂に入社。コマーシャルや広告デザインなど商業デザインに従事する。2008年NPO法人issue+designを設立。携わった代表的なプロジェクトに,東日本大震災のボランティアを支援する「できますゼッケン」などがある。2017年より認知症未来共創ハブのメンバーとして認知症の方が暮らしやすい社会づくりの活動に取り組む。『認知症世界の歩き方』(ライツ社)など著書多数。東大大学院工学系研究科修了。博士(工学)。

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マギーズ東京センター長/暮らしの保健室室長

聖路加看護大(当時)卒。産婦人科病棟にて臨床経験後,看護教育に従事。末期がんの実姉の看取りを経た後,1992年より訪問看護に携わる。2001年に株式会社ケアーズを設立し,現在は白十字訪問看護ステーション・白十字ヘルパーステーション統括所長を務める。16年にマギーズ東京を開設し,センター長に就任する。著書に『在宅現場の地域包括ケア』『在宅ケアのはぐくむ力』(医学書院)など。

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