臨床研究・疫学研究のための因果推論レクチャー
[第13回] 中間因子を用いて因果効果を推定する
連載 井上 浩輔,杉山 雄大,後藤 温
2022.04.04 週刊医学界新聞(通常号):第3464号より
Today's Key Points
✓ 古典的なフロントドア基準は,曝露―アウトカム間の未測定交絡が存在する場合において,曝露→アウトカムの経路上に「常に存在する」特定の中間因子を用いることで,曝露のアウトカムに対する因果効果を推定する手法である。
✓ 一般化フロントドア基準では,曝露→中間因子→アウトカムの経路特異的な因果効果に着目することで,曝露からアウトカムへ中間因子を介さない経路の存在も許容しており,今後医学研究への応用・発展が期待される。
本連載で説明してきたように,バイアスのない因果効果を推定するためには,まずは曝露とアウトカムの交絡因子を十分に測定することが基本になります(図1-A)。それが満たされないときでも因果効果に迫る方法として,本連載第10~12回の3回にわたり取り上げたバイアス分析や操作変数法,差分の差分法などがありました。
今回は,曝露とアウトカムの未測定交絡因子がある中で,因果推論を行うもう一つの手法である,フロントドア基準について説明します。
古典的なフロントドア基準
フロントドア基準は,統計的因果推論の大家である米国のJudea Pearlによって,1993年に提唱されました1)。この手法のポイントは,曝露がアウトカムを来す際に必ず経由する中間因子を同定し,その中間因子を操作変数のようにとらえることです。それにより,曝露―アウトカム間に未測定交絡がある場合でも曝露によるアウトカムの因果効果を求めることが可能になります。
もう少し具体的に仕組みを見ていきましょう。まず,曝露から中間因子の因果効果はバックドア経路(第3回参照)がないため,バイアスなく推定できます。さらに中間因子からアウトカムへの因果効果も,曝露を調整することで全てのバックドア経路を閉じることができるため,推定ができます。これらの結果を合わせることで曝露からアウトカムへの因果効果を求めることが可能になります(図1-B)。
上記の古典的フロントドア基準を用いるには,曝露―中間因子間と,中間因子―アウトカム間の交絡因子が十分に調整され,曝露は中間因子を介してのみアウトカムへ影響を与える必要があります。これらの仮定を満たす状況(特に中間因子を同定できること)は極めて難しいため,本手法が実際の疫学研究において有用か否か,さまざまな疫学者・統計学者の間で約30年にわたり議論されてきました。
フロントドア基準を一般化する
こうした古典的なフロントドア基準の限界点を踏まえ,筆者(井上)とOnyebuchi A. Arahの研究グループは,本基準をより応用しやすい形に一般化しました2)。新しい一般化フロントドア基準が古典的なフロントドア基準と異なるのは,曝露からアウトカムへの直接効果(中間因子を介さない効果)の存在を許容している点です(図2-A)。
たとえこの直接効果が存在していても,①曝露→中間因子の因果効果は,曝露―中間因子間の交絡因子の調整で推定でき,②中間因子→アウトカムの因果効果は,曝露―中間因子間の交絡因子,中間因子―アウトカム間の交絡因子,曝露を調整することで推定できます(註1)。これによって曝露→中間因子→アウトカムの因果効果を求めることができ,文献2ではこの効果を経路特異的フロントドア効果(Path-Specific Front-Door Effect:PSFDE)と定義しています(註2)。
なお,曝露からアウトカムへの影響をひもとく手法として,第9回で扱った因果媒介分析が挙げられます。因果媒介分析では曝露―中間因子間の交絡因子,中間因子―アウトカム間の交絡因子に加え,曝露―アウトカム間の交絡因子も測定されている必要がありました。一方で,上記の一般化フロントドア基準を用いることで,曝露―アウトカム間の交絡因子がたとえ未測定でも,興味ある中間因子を介した経路特異的な効果をPSFDEとして求めることができます(註3)。
一般化フロントドア基準の応用例
では一般化フロントドア基準を用いると,どのような問いに答えることができるのでしょうか? 例えば慢性痛を自覚した際に,医師から処方されたオピオイドを内服することで,死亡リスクがどのように変化するか,という問いについて考えてみましょう(図2-B)。腰痛などの慢性痛は頻度が高い上に,悪化すると生命予後や生活の質を著しく低下させるため,適切な管理が求められます。オピオイドはそのような痛みを緩和する薬剤の一種になります。
一方で,米国を中心にオピオイド中毒死の増加が大きな社会問題となっており,医師の不適切なオピオイド処方がきっかけの一部であることもわかっています。しかしながら,慢性痛→(医師から処方された)オピオイドの内服→死亡,という医学上生じるべきではない経路について,今まで定量化されたエビデンスは存在しませんでした。
さらにこの経路を求める上で慢性痛の原因は(基礎疾患やその重症度など)無数に存在するため,慢性痛と死亡の交絡を全て調整するのは困難でした。そこで私たちは一般化フロントドア基準を用いることでPSFDEを計算し,慢性痛がオピオイド処方を介して死亡率を上昇させていると推論しました(OR=1.06[95%CI,1.01-1.11])2)。この結果は,慢性痛に対してベネフィットがリスクを上回る場合にのみオピオイドを慎重に処方するよう定めている,現状の診療ガイドラインを支持するものでした。
臨床的問いと照らし合わせ応用を検討する
一般化フロントドア基準は古典的なフロントドア基準よりも少ない仮定(特に曝露からアウトカムへの直接効果を許容)で用いることが可能なため,今後さらに医学研究で応用されると期待されます。本手法が優先されるのは,曝露→中間因子→アウトカムの特異的な経路に興味があり,曝露―アウトカムの未測定交絡が最も懸念される場合です。一方で,曝露→アウトカムの全体効果を求めることが目的である場合や,曝露―中間因子間,中間因子―アウトカム間の未測定交絡因子がより懸念されるような場合には,バイアス分析(第10回参照)や操作変数法(第11回参照)など別のアプローチを考える必要があります。
また,オピオイド内服にとっての(さまざまな背景疾患による)慢性痛のように,未測定の交絡因子が基本的に曝露を介してのみ影響を与える中間因子を同定する必要があります。一般化フロントドア基準はこれらの観点から,他の因果推論手法と同様,いつも使える手法ではないのですが,仮定を満たせば因果効果を推定する上で大変役立つアプローチになります。上記特徴をしっかりとつかみ,それが臨床的問いに合致するような場合は,本手法の応用もぜひ検討してみてください。
註1:曝露―中間因子間の交絡因子も調整する必要があるのは,曝露を調整することで曝露―中間因子間の交絡因子と,曝露―アウトカム間の未測定交絡因子の合流点が開いてしまうためである(第3回参照)。
註2:Pearlによる古典的なフロントドア基準1),Inoueら2)およびFulcherら3)による一般化フロントドア基準の具体的な比較については,文献2のeText 1を参照されたい。
註3:曝露―アウトカム間の重要な交絡因子が未測定の場合でも,曝露―アウトカム間の未測定交絡と中間因子の交互作用がないとの仮定の下では,自然な間接効果(Pure natural indirect effect)とPSFDEは一致するため推定可能である(ただし直接効果は推定できない)。
参考文献・URL
1)Pearl J. Mediating Instrumental Variables. Technical Report R-210, Cognitive Systems Laboratory, UCLA Computer Science Department. 1993. https://ftp.cs.ucla.edu/pub/stat_ser/r210.pdf
2)Epidemiology. 2022[PMID:35384895]
3)J R Stat Soc Series B Stat Methodol. 2020[PMID:33531864]
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