医学界新聞

インタビュー 斎藤 和夫

2022.04.04 週刊医学界新聞(通常号):第3464号より

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 作業療法の分野の一つとして,上肢に損傷や障害を負った人へのリハビリテーション(以下,リハ)を通じて機能回復を図る治療をハンドセラピィと言う。現在,多数のPTやOTがハンドセラピストとして手外科医や整形外科医などと連携しながら,患者の機能回復をめざしてハンドセラピィの実践に当たっている。また近年研究が進むハンドセラピィ領域は,損傷や障害の治療にとどまらず,将来的な疾患の予防にも寄与し得ると期待されている。

 本紙ではこのたび『動画で学ぼう PT・OTのためのハンドセラピィ』(医学書院)を上梓した斎藤和夫氏にインタビューを行った。氏が語る,多職種の中で活躍するハンドセラピストに求められる役割とは。

――作業療法士として現在大学で研究・教育活動に取り組む斎藤先生は,ハンドセラピストとして30年以上の臨床経験をお持ちです。まずハンドセラピィとはどのような治療なのかお話しください。

斎藤 骨折や末梢神経損傷,指切断などにより,上肢に損傷や障害を負った患者さんが,リハを通じて再び機能を取り戻すための治療です。

 上肢のうち特に神経が密集する器官である手は,複雑かつ幅広い運動をスムーズに行える反面,損傷を受けると日常生活上の多くの動作に困難を来します。ハンドセラピストは面接や触診,検査などの評価を実施して手外科医や整形外科医と治療方針を確立し,ROM(Range of motion:関節可動域)改善やスプリント/上肢装具使用などの治療プログラムにつなげます。

――手の機能を大きく損傷するような疾患では,機能を以前の状態まで完全に回復させるのは簡単でないようにも思います。

斎藤 そうですね。もちろん100%回復するのがベストですが,重傷の場合には難しい。その場合ハンドセラピストは,患者さんが再び社会生活を送れるように,「使える手(Useful hand)」の再構築を目標に据えます。めざす「使える手」像は,患者さんによって異なります。「もう一度,息子とキャッチボールがしたい」と言う患者さんがいれば,「またお箸でご飯が食べたい」と言う患者さんもいるでしょう。ハンドセラピストは患者さんに寄り添って,どうなりたいかのイメージを具体的に聞き取りながら治療のゴールを設定します。

――これまでに治療し「使える手」として再構築できた印象的な症例を教えていただけますか。

斎藤 2,3年目の頃に担当した患者さんです。この患者さんは寿司屋の板前でしたが,高位橈骨神経麻痺により手首に力が入らず,包丁が全く握れなくなってしまいました。私は整形外科医による機能再建術後のリハを担当しました。整形外科医や先輩ハンドセラピストの意見を伺いながら精一杯のハンドセラピィを実施したところ,完全な回復はかなわなかったものの,リハ終了時には再び包丁が握れるようになりました。

 それから1年ほど経ったある日,その患者さんがお刺身を持ってきてくれたのです。「見た目はまだまだだけど,ここまでお造りができるようになりました」とうれしそうに語る様子に感動し,「自分の治療方針は正しかった」と自信がつきました。

――完全な回復は難しくても,患者さんに真摯に向き合って,可能な限りのリハを提供することが重要なのですね。

斎藤 はい。オーダーメイドな治療により「使える手」を獲得でき,満足する患者さんの姿が見られるのはハンドセラピィの大きな魅力です。

――一人ひとりに合わせたハンドセラピィを実践するに当たって,ハンドセラピストが心掛けるべきポイントを教えてください。

斎藤 多職種との適切な連携です。患者さんの情報を共有しながら治療を進めることで,損傷状態や手術方法に合わせたきめ細かいリハが可能になります。

 例えば医師と綿密なコミュニケーションを取ることで,受傷時の重症度や術式,術中所見など,術後のリハ実践に必要な医学的情報が得られます。手術に立ち会わせてもらえれば,より効果的な情報収集が可能になります。

――看護師と連携する場面も多いかと思います。ハンドセラピストが介入することには,どのようなメリットがあるのでしょうか。

斎藤 手が使えないために生じる,生活上の苦労の解消です。冒頭にお話ししたように,手を損傷すると多くの動作に不都合が生じます。例えば入浴。肩腱板修復術後に看護師が患者さんを入浴させる場合,術後早期に患肢を下垂すると疼痛や再断裂が起こる危険性があります。その場合にハンドセラピストは患者さんの生活を支える看護師と相談しながら,濡れても問題ない入浴装具をペットボトルで作製します(写真)。手の置き場所によって痛みが生じる患者さんでは,タオルやクッションを用いてポジショニングを検討しながら,適切な手の位置や角度を看護師と共に考えます。

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写真 入浴時に患肢を下垂させないためにペットボトルを用いて作製した入浴装具(斎藤氏提供)

――多職種との連携を強化してハンドセラピストがスムーズなハンドセラピィを提供することで,患者さんが得られる利益は大きそうですね。

斎藤 ええ。関節の動きが悪くなる拘縮などの二次的合併症の予防や,「使える手」の早期の再構築が可能になります。

 さらに,アイデアを昇華することで臨床研究へと発展する可能性もあります。例えば一般的に手術を行わず保存療法を選択する腱性マレット指では,伸展不全が残りやすいのが問題となっていました。そこで私は患者の痛みを軽減させる方策を医師に相談し,2種類のスプリント/上肢装具を用いる手法を治療に取り入れたところ,良好な成績を得られました1)。従来の定説とは異なるアプローチを発見することができたのです。

――斎藤先生はこれまで数多くのハンドセラピィに関する論文を発表してきました。研究の魅力とは何でしょう。

斎藤 調査や臨床研究を通じて得た知見が,患者さんの回復に寄与する点です。長期経過の観察により,新たな視点が生まれることもしばしばあります。

――具体的にはどんな視点につながったのでしょうか。

斎藤 私は長時間の伸張が拘縮の改善に効果的と考えたため,これまで整形外科だけに適用していたスプリント/上肢装具を,閉じ込め症候群による四肢麻痺の患者さんに長期間使用しました2)。すると,これまで眉毛にある皺眉筋を用いたスイッチでしかコミュニケーションを取ることができなかった患者さんが,指でスイッチを押せるようになったのです。

――ハンドセラピィの領域では,さらに研究が進んで新たな可能性が見いだされていると聞きました。

斎藤 ハンドセラピィは損傷部位の改善にとどまらず,将来的な手の障害予防にも寄与すると考えています。私は150人の大学生を対象に,スマートフォンなどの情報通信機器の使用と,手の障害の関係性を調査する研究を行いました。結果,情報通信機器を1日5時間以上使用する大学生では,手根管症候群とドケルバン腱鞘炎を発症する可能性が有意に高いと示唆されました3)。この研究結果は,情報通信機器の過度な使用を防止するための啓発となります。将来的にガイドラインが作成される際には根拠になり得るでしょう。

 幅広い研究活動を通じて,ハンドセラピストの活動領域は治療のみならず,予防などさらに多方面に広がることを期待しています。

――斎藤先生が上梓した『動画で学ぼう PT・OTのためのハンドセラピィ』では,初学者が学習する上で必須となる内容が,最新の研究動向を踏まえてわかりやすく掲載されています。最後に,本書に込めた思いを聞かせてください。

斎藤 長年の臨床経験で培ったハンドセラピィの知識や経験・技術を,余すところなく後進に伝えたいと考えています。本書には,第一線で活躍するハンドセラピストによる実践動画を100本以上収載しており,重要な手技や訓練の方法を繰り返し学習できます。本書を通じて,「使える手」を再構築するハンドセラピィの奥深さについて触れてもらえれば幸いです。

(了)


ハンドセラピィについての不明点や,書籍に関する質問などがあれば,斎藤氏のTwitterアカウントまでご連絡ください。

1)斎藤和夫,他.腱性マレット指に対する2段階スプリント療法.日ハンドセラピィ会誌.2019;12(1):15-8.
2)PM R. 2019[PMID:30609233]
3)Inquiry. 2021[PMID:34229528]

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東京家政大学健康科学部リハビリテーション学科作業療法学専攻 准教授

1990年国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院卒。西東京警察病院リハビリテーション科,渕野辺総合病院リハビリテーション室作業療法主任,技師長などを経て,2020年より現職。博士(保健学)。日本ハンドセラピィ学会理事を務める。認定ハンドセラピスト,専門作業療法士(手外科)。編著に『動画で学ぼう PT・OTのためのハンドセラピィ』(医学書院)。

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