新型コロナ対応で変わる,広がる!
感染対策のロールモデル
対談・座談会 林 俊誠,坂木 晴世,新改 法子
2022.02.28 週刊医学界新聞(看護号):第3459号より

感染対策チーム(ICT)の一員として活動する感染症看護専門看護師は,感染対策におけるロールモデル的存在だ。しかし,新型コロナウイルス感染症(以下,新型コロナ)のパンデミックでは,役割は管理業務中心となり,現場で見本となる行動を取れないもどかしさもあったのではないか。ICTのスタッフは実際にどう行動し,そこから見えた課題は何か。看護師と共に感染対策の戦略を考えてきた感染症専門医の林俊誠氏と,感染症看護専門看護師として新型コロナ対応の最前線に立ってきた坂木晴世氏,新改法子氏の3人の議論から,ロールモデルとしての役割と,次なる新興感染症に備えるための方策を考える。
林 感染症専門医の私はこのコロナ禍で,ICTメンバーの「在り方」とは何かを考え続けてきました。在り方とは,危機の時に「あの人ならきっとこう動く」と想像できる,いわばロールモデルとなる存在です。ただ,新型コロナで業務は管理部門に軸足が置かれ,最前線でロールモデルとなる行動が取れているのか,理想と現実のギャップに悩みながら診療してきました。
坂木 2021年3月まで感染管理部門の専従として急性期病院に勤務していた私も,コロナ禍では現場のロールモデルとしての時間を確保する難しさを感じました。感染症看護専門看護師は患者の病態をアセスメントし,それを集団に広げて病院全体,さらには地域を俯瞰して対策を考えます。実務から管理,指導まで広範にわたるICTの守備範囲の中,パンデミック時の優先順位は管理部門に比重を置かざるを得ません。限られた人員でどう行動するか葛藤を抱えながらの日々でした。
林 新型コロナで一層顕在化したICTの人員不足は,私も問題意識を持っています。神戸市立医療センター中央市民病院では,パンデミックを境にICTメンバーの姿勢に変化はありましたか?
新改 はい。当院(768床)で2020年4月に,医療者と患者計36人のアウトブレイクが発生したのをきっかけに,ICTメンバーの対策の意識はより強固なものに変わりました。もちろんそれまでも感染対策は実施してきました。でも,どこか甘さもあったのではないか。ICTのメンバーは病院管理者も巻き込み,感染対策の手順をあらためて徹底しました。
この混乱の中,全国の感染症看護専門看護師が登録するメーリングリストで助言を求めたところ,一番に電話をくださったのが坂木先生でした。その節は本当にありがとうございました。「今の対策で大丈夫」と励ましの言葉を受けたのが何よりの安心材料でした。
坂木 メールには質問内容と共に,「24時間,電話に出られる」と記され,一刻を争う事態と察しました。院長や看護部長の指揮の下,院内一丸となって感染対策を実践された結果,危機的状況を乗り越えられたのでしょう。困難なときこそ行動できるロールモデルの存在は,スタッフの支えになります。
見えた課題,その時どう動いたか
林 前橋赤十字病院(555床)で感染症内科と感染管理室の2つの役割を担う私は,感染管理認定看護師1人と共に感染管理の戦略を策定しています。新型コロナ対応を振り返ると,従来の感染管理の在り方を見直すきっかけもありました。1つは課題としての「見直し」,もう1つが良さを再認識した意味での「見直し」です。
数ある改善点から課題を一つ挙げると,やはり病院全体を巻き込んだ初期対応の遅れです。当院がクルーズ船の乗客を受け入れると決まった当初,感染管理のコアメンバーのみに情報共有の範囲をとどめたため,患者と接する看護師に不安を与えてしまいました。病院全体を災害モードに切り替え,未知の感染症に対して準備すべきでした。坂木先生は情報共有の初動はいかがでしたか。
坂木 前職の国立病院機構西埼玉中央病院(325床)も,情報の速達性が課題でした。紙カルテだったため,院長室,看護部長室の前にある会議室を対策本部とし,ホワイトボードを置いて現状をリアルタイムで書き出しました。その時に力となったのが事務職の方々です。文書の作成や情報公開など,迅速に対応してくれたからです。専門看護師の私が院外のクラスター対応で不在でも,情報共有できる仕組みが早期に構築されました。
新改 情報が伝わらないと現場に動揺が生じますね。アウトブレイク直後,知られていない情報をインターネット経由で知った現場の看護師から,不満の声が上がりました。看護師を含め全職員がリアルタイムで情報を把握できるよう,電子カルテの通知設定を変えました。
坂木 迅速な情報共有が必要とはいえ,どのタイミングで知らせるかの判断は難しいですね。「職員1人が抗原検査で陽性,PCR検査で確認中」のレベルでは院内に共有しないでしょう。でもどこからか漏れ伝わり,混乱を来す事態を私も経験しました。
林 それはどう対処したのですか?
坂木 診療部各科の長が全員集まる週に一度のミーティングで,周知すべき情報は速やかに知らせることを確認しました。さらに,漏れ伝わる情報も「現時点で直接関係ないこと」と受け止めるよう伝えました。人は知らされていないとネガティブな感情を持つものです。すると,正しい情報が伝わった際に協力が得にくくなることも起こり得る。情報共有の方針を明確にしたことで,トラブルはなくなりました。
林 当院も初動での情報共有の遅れを踏まえ,全施設的に指揮系統を見直しました。院長や副院長,看護部長,事務部長など決定権を有する病院幹部とICTとで,新型コロナ対策についての会議を平日はほぼ毎日開催し,決定と実行のスピードを迅速にしました。
リンクナースの活躍で進んだ院内の感染対策
林 反省点があった一方で,新たに確認できた感染対策の良さもありました。当院では新興感染症の流行を見越した,防護具・消毒薬の大量備蓄の他,流行前から病棟でのマスク着用の必須化や面会制限の厳格化などを行っていました。その甲斐もあり,全国の赤十字病院群の中でも有数の新型コロナ患者受入数にもかかわらず,院内クラスターの発生はありませんでした。これまでの準備が間違いではなかったと,ICTの価値を再確認しました。
坂木 備蓄体制とゾーニングは,2009年の新型インフルエンザの経験から,新型コロナ発生初期に既に青写真を描いていました。さらに,手指衛生や個人防護具の着脱順序といったスタンダード・プリコーション(標準予防策)の理解も進んだようです。感染症専門医がいない西埼玉中央病院では新型コロナ以前から,新しい医師が入職する毎年4月のオリエンテーションで,パンデミック時には全員診療体制になると私から伝えていたため,医師の協力も得やすかったです。
林 再確認した良さに,リンクナースの活躍も挙げられます。ICTから病棟への連絡役だけでなく,感染対策の実践者としての役割を果たしてくれたからです。
新改 看護師が1000人近くいる当院も,リンクナースを感染対策にいかに巻き込むかを重視してきました。前橋赤十字病院ではどのような役割を担いましたか。
林 病棟の環境整備や現場スタッフのスキルの更新です。具体的には感染管理認定看護師と共に,病棟における個々人のアルコール使用量や手指消毒率の算定の他,コロナ病床の増減に応じた新規ゾーニングの実行や換気状態の監視です。個人防護具の着脱手順を説明する動画を感染管理室で作り,リンクナースを通じて現場の方に見てもらう工夫もしました。リ...
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林 俊誠(はやし・としまさ)氏 前橋赤十字病院感染症内科副部長=司会
2008年群馬大医学部卒。武蔵野赤十字病院,国立国際医療研究センター病院で専門研修後,14年に前橋赤十字病院に赴任。15年に群馬県初の感染症内科を立ち上げ感染管理室長を兼任する。同院唯一の感染症専門医として,新型コロナウイルス感染症の治療や院内における感染管理の戦略策定と実行に日々奔走する。

坂木 晴世(さかき・はるよ)氏 国際医療福祉大学大学院保健福祉学研究科看護学分野 准教授
国立西埼玉中央病院附属看護学校(当時)卒業後,同院勤務。2007年国立看護大学校研究課程部看護学研究科修了,10年東大大学院医学系研究科修了。博士(保健学)。感染管理認定看護師,感染症看護専門看護師。国立病院機構西埼玉中央病院では医療安全管理室の専従看護師として院内外の感染対策に従事。21年4月より現職。埼玉県新型感染症専門家会議委員も兼任し,看護師の立場から患者目線の対策を提言する。

新改 法子(しんかい・のりこ)氏 神戸市立医療センター中央市民病院コロナ臨時専用病棟
神戸市立看護短大(当時)を卒業後,神戸市立医療センター中央市民病院に勤務。2012年愛知医大大学院看護学研究科修了,20年名市大大学院看護学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。感染管理認定看護師,感染症看護専門看護師。同院感染管理室の専従看護師を経て,21年4月から新型コロナ重症・中等症患者を受け入れる36床の臨時専用病棟でケアに当たる。
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