医学界新聞

こころが動く医療コミュニケーション

連載 中島 俊

2022.01.31 週刊医学界新聞(通常号):第3455号より

 医療者の態度が患者さんに与える影響は,これまで連載で述べた通りです。加えて近年,医療者―患者関係に目を向け,患者さんの振る舞いや気持ちを理解する枠組みとして,臨床心理学的知見が注目されています1)。本稿では,医療者―患者間の関係性の中で生じる感情の理解と,それへの対処法を紹介します。

女性Aさん(23歳)は子宮がんと診断されたものの治療が奏効し,予後は良好である。中学生の頃に両親が離婚し,現在は父親と二人暮らし。対人関係の悩みを抱えており,付き合ったパートナーに過度に依存しては別れることを繰り返している。医師のBさん(36歳)は幼い頃に父親と死別しており,自分と似た境遇のAさんを何とか助けたいと感じている。Aさんは親身になってくれるBさんに対し,全幅の信頼を寄せている。当初2人の関係は問題なかったが,AさんがBさんに頻繁に電話で相談するようになり,次第に業務を圧迫するようになった。

 医療行為やコミュニケーションに関して患者さんが医療者に最も不満を感じているのは,プロフェッショナルな態度で対応してもらえないことだと報告されています2)。一方医療者も人間であり,患者さんの症状や境遇,訴えによって患者さんに種々の感情を抱きます。医療の質を最大限に高めるには,医療者―患者間の感情についてポジティブとネガティブな側面の両方を理解するのが不可欠だと,米ニューヨーク大医学部臨床教授であるDanielle Ofri氏は述べています3)。医療者―患者間の双方に対する好感度の高さは,患者さんの健康状態の良さや診察後の気持ちの落ち着きなどに寄与するだけでなく,1年間に別の医療者にかかろうと考える可能性を低めたり,1年後も患者さんの診療への満足度の高さを維持したりするとされています4)

 過去の対人経験は現在の対人関係に影響を及ぼし,これは医療者―患者関係にも当てはまります。過去に誰かに抱いた感情を,患者さんが現在の医療者に投影することを「転移」と呼びます(図1)。一方,医療者が自分の感情を患者さんに向けることを「逆転移」と呼びます。医療者が患者さんに対して感情を抱くのは一般的な反応です。しかしそれに引きずられて気持ちが強くなり過ぎると,医療者自身の問題と患者さんの問題を切り分けて考えるのが難しくなったり,患者さんを必要以上に拒絶したりしてしまいます。

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図1  患者Aさんと医師Bさんにおける転移・逆転移

 CASEのAさんは幼い頃の母親との離別やパートナーとの別れの経験から,人から見捨てられることに強い不安を抱いています。そして過去のパートナーたちに持っていた「自分を受け入れてほしい」思いを医師のBさんに投影し,過度の期待を寄せる転移が見られます。一方でBさんにも,自身の体験からAさんを助けたいと考える逆転移が見られます。両者の気持ちがより強まると,いずれAさんへの支援が業務を圧迫してBさんが受容的な態度を維持できなくなり,Aさんは「また見捨てられた」と感じるでしょう(図2)。この関係性はAさんの気持ちを傷付けるだけではなく,Bさんの精神衛生の悪化や,他のスタッフの業務量増加につながる可能性もあります。

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図2  患者Aさんと医師Bさんにおける転移・逆転移の望ましくないパターン

 転移を理解するために重要なのは,医療者がこれまでの患者さんの生活史を知り,対人関係のパターンに気付くことです。その上で,患者さんが「拒絶された」と感じず医療者と適切な関係性を保てるように治療上の境界線を意識して,安全で信頼できる雰囲気で転移について話し合う機会を医療者が設けるのが重要です。これが患者さんの過去の経験と現在の困り事における関係の気付きを促します5)。また「転移は過去の葛藤に由来する強い感情が面接で喚起されることに結び付いており,医療者個人の要因にはよらない」と医療者が理解するのも必要とされています6)。これは医療者がその状況に罪悪感あるいは自己愛的な満足感を得るのを防ぐためです。

 一方の医療者は,逆転移を意識化することで,患者さんに害となるかかわりを防げるようになります。逆転移の意識化には,医療者が患者さんへの感情と考えを客観視するために,安心して相談できる同僚などの第三者が必要とされています7)。また医療者の感情や考えが8)における①に該当する場合には,連載第2回(第3401号)で紹介した自身へのモニタリングや②を通じて,自分自身が患者さんにどんな感情を抱いているのか自覚するのも有効かもしれません。

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 医療者が患者に対して抱く感情とそれを意識するための自問(文献8より作成)

 「できる限りのことをしたい」という医療者の気持ちは,患者さんにとってうれしいものです。しかし,過度なかかわりは職業倫理に抵触する恐れがあると,私たちは肝に銘じなければいけません。一人の医療者がよかれと思って患者さんとかかわった結果,医療者同士の関係性が悪化することも考えられます。例えばBさんが行った診察外での電話対応をAさんが他の医療者に求める場合には,業務が増加する他の医療者とBさんとの関係も悪化するでしょう。医療者―患者関係で治療上の境界を設けるのは,医療の安全性や質の向上と切り離せない問題とされています9)。医療者には職業倫理を保ちつつ,多様な側面に配慮した柔軟な対応が求められます。

🖉 医療者―患者間の好感度は治療の転帰や受診行動と関連する。
🖉 医療者に向けられた患者の感情を理解するには,生活史の振り返りも重要である。
🖉 医療者は自身が持つ患者への感情を客観視する必要がある。


1)Health Psychol Behav Med. 2021[PMID:34104564]
2)Nurs Open. 2018[PMID:29599998]
3)Danielle Ofri著,堀内志奈訳.医師の感情――「平静の心」がゆれるとき.医学書院;2016.
4)Patient Educ Couns. 2002[PMID:12220752]
5)Psychiatry (Edgmont). 2007[PMID:20711328]
6)AMA J Ethics. 2017[PMID:28553900]
7)Lawrence M. Brammer, 他著.堀越勝監訳.対人援助のプロセスとスキル――関係性を通した心の支援.金子書房;2011.
8)Biomed Pap Med Fac Univ Palacky Olomouc Czech Repub. 2010[PMID:21048803]
9)AMA J Ethics. Ethics Talk:Negotiating Professional Boundaries in the Patient-Physician Relationship. 2015.

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